六歩 初めての戦い
口が緊張のせいで渇いてきた。
「さっきから黙りこんでるけど、まさか、緊張してんのか?」
「そんなこひょない」
噛んでしまった。恥ずかしい。
「ハヤト君、初めてなんだから仕方ないよ。危なかったら助けるから気軽にね。あと、ベルガ笑いすぎ」
バカ笑いするベルガ。くそっ、後頭部に木刀振り下ろしたい。
「しっ、いるよ」
ライナスさんが急に立ち止まり指をさした。
ゴブリンが4匹、座り込んで何かしらの肉を食べながらギャッギャッと鳴いている。
「4匹か、なんとかなるだろ。いけっ、ハヤト」
「バカ、初心者が4匹も相手にできるかっ」
「大丈夫だ、1匹も4匹も変わらねぇよ」
「変わるわ、このチンピラ顔」
「チンピラ言うなこれでも人相の悪さは気にしてんだぞっ。お前こそ何処にでもいそうなツラしやがって」
ゴブリンに気付かれないように小声で悪口を言い合う。
「まぁまぁ、危なかったら必ず助けるからいっておいでよ」
ライナスさんが笑顔を近づけてくる。
おかしい、笑顔なのに圧力が半端ない。これは断れない、いや、断るとヤバい気がする。
「いってきます…」
「はい、いってらっしゃい」
木刀を持つ手に力を込める。
「危なくなったら任せとけよっ」
ニカッと歯を見せる笑顔がイラっとする。
返事もせず、ゴブリンに見つからないように音を立てずにゆっくりと隠れながら近づく。
残り数メートル。走ればあっという間の距離。
木の陰に隠れながら深く深呼吸する。
生まれて初めての命のやり取り。
ゴブリンに気付かれるのではないかと思うぐらい鼓動が激しい。
もう一度ゆっくりと深く息を吸い、吐き出す。
「よし、いくぞ」
落ちている石を拾いながら、小さな声で気合いを入れる。
木の陰から出るとすぐに拾った石を投げる。
石は弧を描きながらゴブリンの頭上を通りすぎ、ガサッという音を鳴らし地面へと落ちる。
「ギャッ?」
ゴブリンは4匹とも急に音がした方向へと顔を向ける。
反対方向に意識を向けれたことを確認し、全力で走り出した。
ゴブリンはまだこちらに気付いていない。
木刀が届く距離に入った。
「ギャッ?」
こちらの音に気付き1匹がこちらを向こうとする。
ブンッ。
顔を向けようとしたゴブリンの首を横から力の限り薙ぐ。
ボギッっと骨が折れる音とともにゴブリンが吹き飛ぶ。
異常事態に気付いた3匹がこちらを向く。
「まだだっ」
反応されるよりも早く近くにいたゴブリンの脳天目掛け木刀を振り下ろす。
メギョッ。
力の限り木刀を振り下ろしたので体が前傾になる。
片手で地面に手をつくことで倒れこまないようにし、そのまま砂を握り混み残ったゴブリンに向け投げる。
ギャッと短い声を出したのは砂が目に入ったゴブリンだ。
もう1匹は武器であろう汚れたナイフを構えているものの声を出したゴブリンに意識を取られ目線を向けてしまう。
よしっ。心の中で声を出しながら素早く体制を立て直し、ナイフを構えていたゴブリンの顔に向け木刀を振り抜く。
何の防御も出来ず強烈な一撃を顔に受けたゴブリンは吹き飛ばされる。
「ギッ、ギャギャッ」
目をこすりながら残ったゴブリンが喚く。
視界が戻っていないことをいいことに後ろに周り混み、木刀を頭上で構え勢いよく振り下ろす。
最後のゴブリンに一撃を入れると後ろに飛び退き、周囲を確認する。
よしっ、どのゴブリンも起き上がってくる気配はない。
どうやら、初戦闘は終わったようだ。
「やったぞ、ベルガ、ライナスさん」
何時でも助けに入れるように待機してくれていた2人に声をかける。
初戦闘を終えたことで興奮気味なのか自分で思ってたよりも大きな声だった。
「あ…あぁ、うん、お疲れ様」
「何、お前?暗殺者でも目指してんの?」
えっ?なんで2人とも引いてるの?
「お前、そこそこ喧嘩慣れしてそうだったけど、ゴブリン相手にありゃねぇわ」
「剣技も型も何もない、力任せのほとんど素人みたいなものなのに、あれは無茶苦茶だね」
あれ?誉められてはないよね?
「でも、マトモに戦ったら怪我するかもしれないじゃん。気付かれる前に殺るのが最善じゃないの?」
「まぁ、そうだけどよ。お前、絶対騎士にはなれねぇわ」
「ハヤト君が騎士なったら僕は自害するね」
「なる気なんて無いけど、2人ともヒドくない?」
戦いで怪我をすればそれだけ生き残れる確率が減るのに。
「おら、さっさと剥いで帰るぞっ」
「はいはい、りょーかい、りょーかい」
魔石と耳を剥ぎ取り、さっさとその場を後にする。
残った死体は獣や他の魔物に食べられるそうでその場にいると寄ってきた魔物に襲われるらしい。
「改めて思うと手際良かったよね」
「スキを突きゃあんなもんだろ」
歩きながらライナスさんが褒めてくれる。
「たまたまですよ。投げた石に上手く引っ掛かってくれたからですよ」
「そうそう、バカなゴブリンだったから上手くいっただけだろ」
「このチンピラヤローが、ちょっとは褒めやがれ」
「俺に褒めてもらおうなんざ10年ぇわ。…初心者なんざ褒めたところで誰も得なんかしねぇよ」
くそっ、コイツ。初心者なんだから少しぐらい褒めてくれたらいいのに。
「あっ、またゴブリンがいるよハヤト君」
群れからはぐれたのか1匹だけゴブリンがこっちに近づいてくる。
「1匹ぐらいならやります」
木刀を構え前に出る。
4匹倒した後だ1匹ぐらいならどうとでもなるだろう。
少しづつ距離を詰める。
コイツも一撃で終わらせてやる。
「ギャッ」
短い鳴き声とともにゴブリンが駆け出しナイフを振りかぶった。
「えっ?うそっ」
急に走りだしたことに驚き、振り下ろされるナイフを木刀で防ぐ。
「あぶな…」
初撃を防がれたことなど気にせずゴブリンはナイフを振り回す。
「…っ。くそっ」
右肩が斬られたようで痛みが走るが、それどころじゃない。
何とか倒そうと木刀を振り抜くがゴブリンには当たらず、お返しとばかりに腕を斬りつけられた。
幸い軽く斬られただけのようだが血が滲み出てくる。
ヤバい。さっさと倒さないと。
ゴブリンから見たらスキだらけだったのだろう。
またもや距離を詰められ、ナイフの攻撃がくる。
なんとか木刀で防ぎ、鍔迫り合いのような形になる。
獲物をいたぶることが楽しいとでも思っているのかゴブリンは下品な笑みを浮かべている。
舐めやがって…それなら。
「た…たすけてぇー」
情けない声でベルガとライナスさんに助けを求める。
ゴブリンめ、これでお前はおしまいだ。
「何やってんだよお前」
ゴブリンの後ろから呆れた声がしたと思うとゴブリンがドサッと倒れた。
ロングソードを血で濡らしたベルガがため息をつきながら立っている。
「さっき4匹倒したのに1匹ごときで何やってんだ」
「いや、さっきのは正面からじゃなかったし、たぶん今回のゴブリンはさっきのより強かったんだよ…たぶん」
「ゴブリンの実力なんてほとんど個体差なんかねぇわっ」
「まぁまぁ、ハヤト君も連戦だったから疲れてたんだよ」
「ちっ、まぁいい。帰るかっ」
「…わかった」
「その前に、ほらっ」
瓶に入った液体を傷口に振りかけられると、ゴブリンにつけられた傷がゆっくりと治っていく。
どうやらポーションは傷口にかけると治るようだ。
傷は治ったが、沈んだ気持ちは治らなかった。
「おらっ、行くぞ」
さっさと剥ぎ取りをし、村に足を進める。
道中会話はほとんどなく、少ない会話でも何を話したか全く記憶にない。
村に着くまで魔物に遭遇することなく戻ることができた。