二歩 その男、グワンダ
王城から放り出されても何処かに当てがある訳でもない。
城に戻ろうとすると斬り殺されるだろう。
異世界生活が一歩目から見事にくじかれた。
仕方なく地面に転がっているナイフを拾いフラフラと歩き出す。
街は生活の活気に溢れている。
目に写る看板には知らない言葉が書いてあるが何故か読める。
この世界の共通言語が読めるのは召喚の恩恵か何かだろうか。
飯屋の看板が目に入り気が滅入る。腹が減ってはいるが金がない、そもそもこの世界の金がわからない。
歩き続けると広場のような場所に出たのでドカッと腰を落とし、現状を振り返った。
知り合い、ゼロ。金、ゼロ。持ち物は木刀、タオル2枚、安っぽいナイフ、平民の服、そして姉ちゃんの黒レースのパンツ。
ダメだどうしようもない。
「はぁー、腹減った。これからどうしよ」
途方に暮れていてもしかたないのだが、色々ありすぎて体が重く、どうしても俯いてしまう。
何よりこの世界には知り合いはおらず唯一の知り合いの白鬼は王城だ。…孤独だ。
「お前、腹減ってるのかお前?」
突然声をかけられたことに体がビクッと反応し、顔をあげる。
そこには背丈が低く、筋肉隆々のオッサンが立っていた。
「ドワーフ?」
「なんだ、ドワーフが珍しいのか?ドワーフなんぞそこら辺にゴロゴロいるぞ」
辺りを見回すとたしかにドワーフらしき人物がチラホラといる。
それどころか獣人やエルフらしき人もいる。まさにファンタジー。
「で、腹が減っているのか小僧」
「減ってますね」
「よし、小僧。俺の荷物運びを手伝え。そしたらメシぐらい食わしてやる」
ニカッと擬音がでそうな笑顔が凄く眩しい。
あれっ?何故か目から液体が流れ出てくる。
「何泣いてんだ。いくぞ」
「はい、ありがとうございます」
どこの世界にもいい人はいるもんだ。
…と、思っていたこともありました。
目の前に積み上げられた木箱の山を見るまでは。
「さぁ、貴重な労働力よ。これを荷馬車に積み込め」
そこには爽やかな笑顔などなく、ニヤァと笑みを浮かべるオッサンがいた。
「くそっだらぁ、どうせこんなこっとだろうと思ったよ」
何が入ってるのかクソ重たい木箱を担ぎながら叫ぶ。
「小僧なかなかやるじゃねぇか」
俺が必死に運んでいる木箱をまるで積み木でもしているかのように軽く荷馬車に積み上げていくオッサン。
ドワーフの腕力…怖い。
「さっ、次は俺の村まで行くぞ。」
「もう、どうにでもしてくれ」
ゆっくりと荷馬車が動き出すと同時に空腹と疲労で倒れこむ。
ポンと、何かの包み顔の横に置かれたのでオッサンを見る。
「村に着くまで少しかかるからそれでも食ってろ」
返事をする余裕すらなく、包みを開けかぶり付く。
旨い。旨すぎる。
硬いパンの間に肉やら野菜等を挟んだモノ。肉は甘辛く煮込まれており、その汁をパンが吸い上げ硬いパンが程よく柔らかくなっている。そして野菜、シャキシャキとした歯ごたえにみずみずしさ。お互いが邪魔をせず見事に一つの作品を作り上げている。
「いい食いっぷりだな、もう一個食っとけ」
ガハハッと笑いながら差し出された包みを奪い取り食う。
「旨かった。満足だ」
「いい食いっぷりだったな小僧。奮発してレッドベアの肉にしてよかったぜ。」
どうやら買い食いするレベルの食べ物ではなかったらしい。
「ありがとう、生き返った気分だ」
「あれ?そういや、最初の丁寧な言葉はどうしたんだ?」
言われて初めて言葉遣いを崩してしまっているのに気付く。
「腹が減ってる状態でいきなり過酷な労働させられちゃ丁寧な言葉も使いたくなくなるよ」
「ガハハッ、そりゃそうか。ところで村で荷下ろししたら王都に送り帰せばいいのか?」
またここに戻ってくる…戻ったところでどうしようもない。
「いや、ここには戻らなくて大丈夫だ」
「そうか…」
荷馬車が街の出口らしい門に差し掛かる。
「止まれっ」
門兵が声をかけてきたタイミングに合わせて荷馬車が止まる。
「通行書を出せ」
「はいはい、ご苦労様ですっと」
オッサンが懐から紙切れを1枚差し出す。
「ん?通行書に記載が無いがそこの男は誰だ」
どうやら街に出入りする人間を把握できるようになっているらしい。
冷や汗が頬を伝った。
「あぁ、こいつはね俺の嫁の親父の弟の嫁の義理の息子の親友の姉貴の生き別れていた弟の初恋の人の兄貴の隣に住んでたジェームスが刺しちまった相手の息子なんだけど、俺の子どもたちが可愛いって話したら是非見せてくれって頼むもんだからちょと村まで連れて行こうと思ってですね」
「…そうか…わかった、わかった。通ってよし」
「ご苦労様でぇす」
何でこの説明でオーケーなんだよっ。途中で他人になってるし、ジェームス誰か刺しちまったよぉ。
ゆっくりと門を後にしていくとオッサンが口を開いた。
「よし、完璧だったな」
「完璧じゃねぇよ。穴だらけの説明じゃねぇか。ジェームスを勝手に殺人者にするなよっ。あれで通した門兵クビにしちまえっ」
このオッサンもバカだがあの門兵ももっとバカだ。
「まぁ、通れたんだからよしとしよう。」
また、ガハハッと笑う。このオッサン…嫌いになれない。
「そういや今さらだが、まだ名乗ってなかったな。俺はグワンダだ」
「そういえばそうだった。俺はハヤト」
「ハヤト…訳アリだな?」
言葉に詰まる。それはそうか、1人で腹を減らして呆けていたり、街には戻りたくないと言えばなにかしらあると察するか。
グワンダはいい人そうだが、果たして俺の話を信じるのだろうか。
「話したくないんだったらいいんだけどな」
深く追及する気はないようだ。しかし、何故かそれが安心した。
「実は…俺──」
この世界に召喚されたこと、スキルのこと、放り出されたことを説明する。
グワンダは真剣な顔のまま最後まで無言で聞いていた。
「あの国王ならやりかねないな。しかし『古代文字理解』か、微妙だな」
「やっぱり微妙なのか」
「どこにあるか分からない廃れた文字を探して何かに使えるようにするよりも、今あるモノを発展させ強化していく方が早いからな。今のこの国だとゆっくり時間かけて発展とか考えてないだろうしな」
「そういうものなのか」
「それにある程度昔の文字を読めるヤツはいるそうだし、勇者召喚でハズレ引いたらと考えるとあの国王ならな」
改めて聞かされてもどうやら俺はハズレだったらしい。
「これからどうしたものか」
「ん?行く当てなんてないんだろ。だったら当分おれの家に泊まればいい。」
「えっ、いいのか?」
「悪さしそうな人間には見えないし、子どもの遊び相手してくれそうだしな。嫁には俺からガツンと言えば大丈夫だし」
なんていい人…いや、いいドワーフなんだ。
「ありがとう」
「コキ使ってやるから覚悟しとけよ」
バシンと背中を叩かれる。叩かれた背中から心が温かくなるような気分だ。
ゆっくりと走る荷馬車の上で村に着くまでの間、元いた世界のこと、この世界のことをお互いに話した。