十二歩 ベルガの過去
沈んだ空気の中、3人で村を目指す。
改めて思うと、あそこまで怒声を浴びせられることはなかったんじゃないだろうか。
明らかに誰しもが予想出来なかったのだから俺だけが悪いわけじゃないだろう。
理不尽な物言いを思い出し、徐々に怒りが沸き上がってきた。
「…ベルガにはね、リゼルという名前の弟がいたんだよ」
少し歩いたところでライナスさんがこちらを振り向かず、唐突に話始めた。
「ちょうどハヤト君位の歳くらいだったかな。とても素直でベルガとは似ても似つかないとてもいい子だったよ。リゼルはお兄ちゃん子でね、いつもベルガの後を追ってきたんだ」
何かを思い出しているようで何処か遠くを見るように話を続ける。
「いつも冒険者になったベルガをキラキラした目で見ていて。数年遅れて冒険者になったんだ。」
「ベルガさんは尊敬できるお兄ちゃんだったんですね」
ミリナが真剣な表情で率直な感想を口に出した。
「確かに尊敬しているといった感じだったかな。僕からするとあんな乱雑な男の何処に尊敬できるとこがあったか不思議だけどね」
ハハッと笑っているが、内心ではそうは思っていないだろう。
「リゼルが冒険者になった当初はベルガはめんどくさかったよ。アイツは俺を越える冒険者になるって何度も弟の自慢話を聞かされたね。」
ドヤ顔で弟自慢をするベルガの顔が想像出来た。
「…でもね、リゼルも自分でパーティーメンバーを見つけ1ヶ月ほどした時に事件が起きたんだよ。近くの村が頻繁にオークに襲われるということがあって、討伐の依頼をリゼルのパーティーが受けたんだ」
辛そうな顔からわかるが、本当は思い出したくもない話なのだろう。
「簡単な依頼のはずだったんだ…でもね依頼した村の村長が依頼金を減らすためにオークの規模を少なく報告していたんだよ。蓋を開けてみると依頼の数倍の規模のオークの群れだった。本当なら依頼を放棄しても誰にも咎められない。でも、リゼル達は自分の実力ならいけると判断したようなんだよ」
「それで…どうなったんですか?」
「リゼル達がなかなか戻って来ないことに不思議に思ったギルドが僕とベルガに調査を依頼したんだ。嫌な予感がすると言うベルガの言葉に僕らは急ぎ向かった。」
ベルガのことだ、脇目も降らずに弟の元へと向かったんだろう。
「村はオークによって建物は壊され、畑は荒らされていたよ。でもね、人の死体は見当たらなかった。僕らは目の前にいるオークを片っ端から切り捨てていった。」
昔のことだとしてもベルガにライナスさんの力ならオークごときに遅れを取るはずがない。
例えオークの群れだとしても相手にすらならなかっただろう。
「村の奥に進むとオークが何かに群がっているのが見えた。斬り込んだよ。そこにリゼル達がいるはずだと思って。…いたよ。リゼル達はいたんだよ」
「間に合ったんですかっ」
ミリナの問いかけにライナスさんは目を瞑り首を横に振った。
「そこにいたのは生きながらオークに体を食べられているリゼル達だった。もう人の姿はほとんど保っていなかった」
「ひっ」
ミリナは短い悲鳴をあげた。
「辛うじて生きているというところだった。群がっていたオークは即座に斬り殺しリゼルの元へ向かった。血を吐きながらベルガを見ると無理矢理に笑顔を作ったリゼルは『やっぱり兄さんのようはなれなかった。ごめん』と言って息を引き取ったよ」
目の前で肉親が食われて死ぬのを見たベルガのことを考えると、何も言葉が出て来ない。
「そこからかな、新人冒険者を見ると世話をしだしたのは。まぁ、大体は煙たがられていたけどね」
「それであの時も俺に声をかけてきたんですね」
「そういうこと。仮にもBランク冒険者だから少なからず教えれることはあるしね。」
「…そうだったのか」
ベルガは出来るだけ弟のように無謀に命を散らす人間を減らそうとしていたのだろう。
「えっぐ、…ベルガさん可哀想です。 あんなチンピラ顔してるのに…うわぁぁん」
一緒に話を聞いていたミリナは号泣していた。
こんな時にまでチンピラ扱いするミリナには脱帽する。
「それで、さっきのこともハヤト君が憎くて怒っていたんじゃなくて、心配していたからということを言いたかったんだよ」
「…わかってますよ」
「ハヤト君が消えた時もかなり慌てていてね、突然現れた扉の向こうに必ずいるはずだっ、って言ってなんとか開けようとしてたんだよ。何をしても扉は傷1つつかず微動だにしなかったけどね」
なるほど、それで反対側から扉を開いた俺に剣が振り下ろされたのか。
「ここだけの話、前に酔ったベルガがハヤト君は剣の腕は飛び抜けた才能は無いけど、戦いの才能は俺を遥かに越える可能性がある。いずれ俺たちを越えるって言ってたよ」
「ベルガがそんなこと…」
「僕もねハヤト君は何か光るモノを感じてるからね」
ニコッと白い歯を煌めかせながら言うライナスさん。
俺がそっち系の人なら確実に惚れてしまうような笑顔だった。…危なかった。
「…それにね…どこか…似てるって言ってたよ」
誰にも聞こえないぐらいの声でライナスさんが何かを呟いた。
「えっ?なんて言いました?」
「いや、なんでもないよ。さぁ、ミリナちゃんも泣きやんで。さっさと帰ろうか」
「…えっぐ、ひゃーい」
泣き止むどころか、村に着くまで泣き続けていたミリナとともに村に帰ってきた。
「さて、ここで解散するかい?」
「それでいいですけど…ベルガは何処にいそうですか?」
今からでもベルガには会って言いたいことがある。
「うーん、あの流れからすると酒場で飲んでるかな」
「わかりました。いってきます」
「それなら僕も行くよ。どうせ一緒に飲むつもりだったから」
「私も着いていきます」
解散どころか、結局3人で酒場に向かう。
時間もいい時間なので酒場の中は陽気な声で賑わっていた。
そんな中、店内の端っこのテーブルで暗い雰囲気を出しながら1人飲むチンピラフェイスがいた。
「…ここ、空いてるか?」
「あぁっ?」
不機嫌なのを隠そうともせず、触れる者には噛みつかんばかりの目つきだ。
「…なんだぁ、ハヤト。文句でも言いにきたのかっ?」
威圧するような物言い。もうすでに酔いも回ってきているのだろう。
「ベルガ…今日は勝手なことしてごめん」
「あっ?…うん、あ?うぇ、おう?」
「いや、だからごめん」
現状を理解していないのかアホみたいな顔をして混乱するベルガに向かって頭を下げる。
「…おっ、おう。俺も言い過ぎちまって悪かった。…取り敢えず飲むか?」
「あぁ、そうさせてもらう」
後ろに控えていたライナスさん、ミリナとテーブルに座る。
「ねぇちゃーん。コイツらに適当に酒持ってきてくれー」
パタパタ動き回っている店員に向かってチンピラが手を挙げて酒を頼む。その姿は少し機嫌が良さそうだ。
「はーい。いいんですね?まっかされましたー」
「おう。任したっ」
何故か賑やかだった店内に静寂が訪れた。
「マジかアイツ…」
誰かの呟きが聞こえる。
何事かと思っていると、ジョッキを3つ持った満面の笑みの店員のお姉さんがすぐ近くにいた。
「はい、私の気紛れオリジナル実験カクテル3つ」
気紛れ?実験?何やら酒を頼んで聞くことがない単語が…
「しまった…任しちゃいけねぇ店だった」
ボソッと呟くベルガを俺は見逃さなかった。
ジョッキからは酸っぱいような甘いようなよく分からない臭いがする。
「まぁ、乾杯っ」
何事も無いように元から飲んでいたジョッキを掲げるベルガ。
「か…かんぱい…」
「かんぱーい」
諦めたようなライナスさんに、何もわかっていないミリナ。
俺も腹をくくるしか無いようだ。
「…乾杯」
俺は今後、この酒場で酒を任したりしないと心に誓った。
一口飲むと脳裏によぎった言葉はドブ。そう、まるでドブの中を泳いでいるのではないかと錯覚するような強烈な刺激臭が口から鼻から入ってくる。本能的に体内に入れてはいけないと脳が拒否反応を起こすが、勢いよく口にした液体は問答無用で喉の奥へと突き進む。これ…アカンやつやと思った先からの記憶は曖昧だ。
…あの味は2度と思い出したくもない。




