十一歩 謎の部屋
眩しすぎるほどの光が落ち着いてきたと思ったら、さっきまでいた場所と全く別の場所へ立っていた。
まるで洞窟の中に作られたような小さな部屋。
テーブルと椅子が1脚づつと簡易なベッド、そして小さな本棚。
部屋に出入りするための扉もない密閉された空間。
しかし、何故か埃っぽさなど一切無い。家具なんて新品のようだ。
「なんだここ?皆はどこに行った?」
誰の返事も無く、自分の声だけが部屋の中に響く。
「状況から考えると俺が何処かに飛ばされたのか」
原因はあの文字だろう。
「滅びた文字とか書いてあったな…」
ライナスさんは言っていた。国の研究者でも文字として解読できず、ラクガキと処理された言語。
どうやら、初めてスキルが反応したようだ。
「どうしたらこっから出れるんだ?出れなかったらシャレにならないぞ」
ペタペタと石の壁を触る。
うん、ただの石だ。押しても叩いてもビクともしない。
テーブルと椅子。材料は何かしらの木材だろう。
ベッドも材料は木材だ。掛け布団が欲しいところだがブランケットのようなものが1枚だけ。
何も脱出の手掛かりは無い。残すは本棚のみ。
何となく1番怪しそうなところを探るのを最後にしていた。
小さな本棚にはビッシリと本が並んでいる。背表紙には題名が書かれているものと何も書かれていないものがある。
「なになに『世界グルメ巡り』『初心者の魔術』『秘蔵お宝マップ』『可愛い獣人をモフる』…」
色々と気になる題名の本が並んでいるが一冊の本に目が止まる。
「背表紙には何も書いていないか…どれ」
辞書ぐらいの厚みのある本に手を伸ばし手に取ってみる。
重厚感のある黒い本。表紙には『ミコトの書』と書かれている。
「何だこれ?」
読んでみないとことには何の本かわからないと思い、表紙を捲ろうとするが微動だにしない。
ページが何らかの原因で一体化してるのか、もしくは本の形をしているが本じゃないのか。
「よくわからん」
『ミコトの書』を片手に持ちながら『淫乱拳士の100人斬り』と背表紙に書いている本に指をかける。
実に気になる本だ、読んで…みたい。
ピクリとも動かない。『ミコトの書』は何の抵抗も無かったのに微動だにしない。
試しに違う本に手を伸ばすが、どの本も本棚から取り出せない。
「この本が特別なのか?」
他の本を取り出すことを諦め、捲れない本を手に持ちベッドに腰掛ける。
「これからどうしたものか…」
出口は無い。そもそも入口も無いのだから助けが来るとは考えれない。
アノ文字を口に出し読んだことで、この部屋に飛ばされたと考えると似たような文字が何処かに書いてあるのか。
もう1度部屋を見渡しても、それらしきモノは見当たらない。
「考えてもしかたない…取り敢えず仮眠でもするか」
初めてのダンジョンで少なからず疲れている。ちょうどベッドがあるんだから少しぐらい休んでも何も変わらないだろう。
ゴロンと横になりよく分からない本を枕代わりにする。
「ミリナたち心配してるだろうなぁ…ふぁ」
心配をかけているだろうがどうしようもない。
ゆっくりと瞼を閉じる。
眠りに落ちそうになっていると、バコンっと音が鳴ったと思ったらベッドの底がなくなった。
意味もわからず重力に従い落ちていく。
「うそーん」
まさかこんな罠があったなんて…これは死んだかも。
落下していく中、自分の死を感じることで冷静に…なれなかった。
「ぎぃやぁぁ、たすけてぇぇ。だれかぁぁ」
どれぐらい落下しただろうか、数秒なのか数分なのかもわからない。
ただ長い時間落下している気がする。
「何かもう慣れたわ」
恐怖で叫び続けていたが終わりの見えない落下に冷めた感想が出る。
「ん?下に光が見える。出口か?」
光が見えたと思うと何故か落下速度が落ちていく。
どういうことだ?こんな現象地球ではありえない。
「さすが異世界」
異世界だから不思議なことも起こるだろうと結論付ける。
落下がスピードがだんだん落ちていき、ついには明るい場所へと降り立った。
真っ白い部屋のようだが家具などは一切無く、1枚の扉だけがあった。
地面には錯乱のあまり手から離してしまい先に下に落ちていた木刀と本が地面に転がっている。
さっさとそれらを拾い扉の前に立つ。
「開けるしかないよな」
扉を開けば何が起こるか不安だが、それ以外に行動のしようがない。
ガチャ。
軽い音とともに扉を開く。
どうか、このよく分からない空間から脱出できますようにと願いを込めて。
「開けぇぇ、このクソ扉がぁぁぁ」
扉を開いた場所で見たのは怒声とともにこちらに向かって剣を振り下ろそうとしているベルガだった。
「ひぃぇっ、死ぬっ」
必殺の一撃を後ろに飛び下がり、ギリギリかわす。
鼻先でチッという音が鳴り、背筋に冷たい物が走った。
「何するんだっ。危うく真っ二つだったぞっ」
「ハヤト…なのか?」
「こんなイケメン、俺に決まってるだろうが」
「…この馬鹿野郎がっ。ダンジョンで勝手なことするなっ」
ベルガの怒声が響き渡る。
「お前が勝手なことすればパーティーに迷惑がかかる。死にたいなら人に迷惑かけず1人で勝手にくだばれっ」
今までみたこともないベルガの怒りに身が縮こまる。
「ごめん」
「ごめんだぁ?反省なんか誰でもできんだよボケがっ」
「…ベルガさん…そんなところで。ハヤトさんもわざと消えたわけじゃないだろうし」
ミリナが何とかベルガの怒りを納めようとする。
「ちっ。女に庇ってもらっていい身分だなぁ」
悪態をつきながら離れていった。
「…ハヤト君、ミリナちゃん、取り敢えずダンジョンから出ようか」
ライナスさんが歩いていくベルガを見ながら声をかける。
「…はい」
トボトボとベルガの後を追う。
チラッと目をやると先ほどの扉はいつの間にかなくなっていた。
帰り道は一切戦闘をさせてもらえなかった。
まるで怒りをぶつけるかのようにベルガが1人魔物を切り裂いていく。
流石はBランク。魔物の攻撃など1度も当たらず。あっという間に魔物の屍を作っていく。
俺は剥ぎ取りすらせず真っ直ぐにダンジョンの出口へ向かうベルガの後を着いていくだけだった。
「ふぅ、漸く出口だね」
「…ライナス。俺は先に帰るから後からゆっくり帰ってこい」
「…わかったよ」
こちらに1度も視線を向けずにベルガは1人で村の方角に足早に去っていった。
「…ライナスさん」
「村に帰るまでぐらいなら僕がいれば大丈夫だから。さっ、行こうか。」
ニコッと笑うライナスさんに何も言えず頷く。
ミリナも無言のまま着いてくる。
それ以上は誰も口を開かなかった。




