プロローグ
雨で冷えた体をシャワーが癒してくれる。
記念すべき高校生活最後の卒業式だというのにバケツをひっくり返したようなどしゃ降りのせいで帰宅時の体は雨で冷えきって、おまけに土や埃でドロドロだった。
「あぁぁぁ~気持ちいい~」
高めの設定にしている温度が何とも心地良く、思わず日々の営業で心をすり減らしたサラリーマンが温泉に入った時のような声を出してしまった。
「しっかし、なんで卒業式の日に土まみれのドロドロにさせられなくちゃイカンのだ」
思い出しても腹が立つ。何故担任がお礼参りの相手をするのに通りすがっただけの俺を巻き込んだのか。おかげで雨やらドロやらで鼻水垂れながら畑を走り回る子供並みに汚れてしまっていた。
「あの暴力教師め、許さん」
さっきまで担任だった教師への怨みをブツブツと口に出し、癒しを与えてくれたシャワーを止める。
ガタガタッ。
どこからか物音がする。今の時間には家には誰もいないはずなのに物音がする。
もちろん猫や犬など飼ってはいない。だとすると泥棒か。
マズイっ、こんな無防備な状態は非常にマズイ。
ゆっくりと浴室のドアをあけパンツを探す。
しまった、一人だということで帰宅後そのまま風呂に直行したんだった。
しかたなく濡れた頭と下半身に急ぎタオルを巻くと慎重に廊下に足を運ぶ。
ガタッ、ガタガタ。
リビングから音がする。
とりあえず、何か武器になるモノを。
周りを見渡すと昔父親が買ってきた名品と言う名の素振り用の木刀が廊下の片隅に立て掛けてあった。
「多少重たいが仕方ないか」
素振り用の木刀を掴みゆっくりとリビングに向かった。
「はっ?」
驚愕。人はあまりの現実からかけ離れたことを目にすると思考が完全に止まり茫然としてしまうようだ。
結論から言うと魔方陣のようなモノが立っていた。
自分でも何を言ってるのかわからないが見間違いではない。
床や壁、天井に魔方陣が浮かんだ等の生易しいものじゃないリビングの中央で魔方陣が立ちながら移動している。
しかも何故か椅子やテーブルにぶつかりガタガタと音を出している。
「なにこれ?」
あり得ない状況に思わず声が出てしまうと、魔方陣がグリンと振り向きこちらを見た。見た?
「ヤバっ、先手必勝っ」
よく分からないがモノにぶつかるということは攻撃しても当たるだろうという考えで飛び上がり木刀を力の限り振り下ろした。
メゴッ。
振り下ろした先から鈍い音としっかりとした手応えがあった。
メキョ、ミキミキッ、バクンッ。
不可解な音を出しながら魔方陣は縦に亀裂が入り、両開きの扉のように開いた。
魔方陣の中は闇だった。黒なんて生易しいもんじゃない闇だ。
「ひぃやわっ」
予想外すぎて人生で出したことがないような声が自然と出た。
本格的にヤバい。逃げないと。
そう考えた時には既に遅かった。
闇の中から鎖が伸びてきて体に巻き付き引っ張りだした。
「くそっ、離しやがれっ」
なんとか逃げようと、がむしゃらに木刀を振り回す。
ガン、ガシャン
木刀はテーブルや食器、室内に干されていた洗濯物に当たる。
検討外れな場所を破壊しながらふと思ってしまった。
あっ、これ終わったわ。
そう思うと早かった。あっという間に闇の中に引きずりこまれた。
「誰か俺のエロ本処分しといて……」
生を諦めた最後の考えは机の引き出しギチギチに詰め込んだエロ本が身内にバレることだった。
なかなかにハードなモノも詰め込んでいる。
あれが晒されるわけには…
「いかないんだぁ」
気合いとともに左手だけ闇から抜け出し這い出ようとする。
しかし、気合いだけでなんとかなるものではなく、最後の足掻きとばかりに何かを掴んだまま闇の中へと引きずり戻された。
さようなら、我が青春のバイブルたち。
願わくは誰の目にも止まらず消え去ってくれ。