10話 なでなで
スライムの体液の調合から始まった調合実験は、最後にバッドポーションと魔力水のそれぞれに薬草を調合して終了した。
ちなみに、調合結果は回復量が微量に増えただけである。
次にメインイベントである火属性魔法の適正に移ろうかと思ったが、閉店前にルブテーを訪ねてポーションを見てもらうことにした。
「あ、ルフツ!いらっしゃい。」
幼女のかわいい声がルフツを迎える。
「こんばんは、父ちゃんはいる?」
ルフツは視線を同じにするためにしゃがんでから挨拶をする。
幼女はぺこりと頭を下げて挨拶の返事をすると、「待ってて!」という言葉を残してルブテーがいるであろうところへとテトテト走っていった。
ルフツはそんな幼女の姿を見届け、あぁ、今なら孫を過剰に甘やかしてしまうおじいちゃんおばあちゃんの気持ちがよくわかると妙な共感を抱いた。
「おーう、旦那。どうした?今日は魔物狩りの日じゃないのか?」
数分もしない内にそう言ってルブテーが姿を現す。
フルローラと同様に、ルブテーもルフツの行動パターンである薬草採取→魔物狩りを把握している。
そして今日が魔物狩りの日であり、ポーションを持ってこない日であることを知っているため、用事は何だ?と間接的に尋ねたのである。
「今日は魔物も狩ったさ。ただ試したいことを思いついてな。ちょっと見てもらいたい。」
「よしきた。こっちだ。」
ルフツが一日に魔物狩りと薬草採取を行ったという事にルブテーは驚いた。
しかしそれもつかの間、ルフツがより興味を引くことを言い出した。
ルブテーは二つ返事で親指を奥の部屋へと向けた。
ルフツは慣れた足つきでルブテーの後を追おうとしたが、足に抵抗を覚えて立ち止まる。
「どうした?エチアちゃん。」
「父ちゃん呼んだ…。」
足にあった抵抗は幼女の手の力によるものであった。
幼女は不満げで少し泣きそうな雰囲気でルフツとは逆側の床を見つめている。
あぁ、かわいい。と思いながら、ルフツは接触を試みる。
「ごめんごめん。呼んできてくれてありがとな、エチアちゃん。」
そう言って幼女の頭を撫でまわした。
初めはガシガシと。
途中からは、やりすぎてくしゃくしゃになった髪を整えるように。
「えへへ~。」
撫でられるのが好きなのか、幼女は心底嬉しそうな声をこぼした。
「いいなぁ~。こんな事ならもっと早く来ればよかった。」
「えっ、あ、フルシェさんこんばんは。」
気付けばルブテーの嫁さん、フルシェがベストポジションでしゃがみ込み、幼女を愛でる様子をうらやましそうに見ていた。
ちなみにルフツは慌てて手を引っ込めた。
「……ねぇ、ルフツさん。私には?」
フルシェは何かを待つようにルフツを見つめてから、なでなでを要求した。
フルシェは先ほどからしゃがんだままで、ルフツは立っている。
自然とフルシェはルフツを見上げる形となり、ルフツからはフルシェが上目遣いをしているような見栄えとなる。
美人の破壊力は凄まじく、有無を言わさぬその力に圧倒されたルフツは、撫でてもいいんだろうか?撫でてもいいんじゃないのか?っと気持ち的に撫でてしまいそうになっていた。
「ダメ!」
と立ちふさがったのは幼女。
ルフツは幼女のおかげで我に返り、いかんいかんと思い直した。
「お母ちゃん、父ちゃん呼んできてない。ダメ!」
「あら、父ちゃんを呼んでくればいいの?」
「え?あっ、違う。ダメ!」
「どこが違うの?」
「うー……。ダメなの!!」
と、幼女にしては上出来なやり取りであったが、最終的には言葉を失い、奥の手である駄々っ子が発動した。
ダメダメと駄々る幼女を見てほほ笑むフルシェの奥底にSっ気を感じ、ルフツは鳥肌を立てた。
「おーい、ルフツ。一体いつになったら来るんだよ。」
「あら、呼ばなくても来たわね。はい。」
いつまで経っても来ないルフツに痺れを切らしてやって来たルブテーを見つけたフルシェは、条件を満たしたらしくルフツに頭を差し出した。
ルブテーには理解できないかもしれないが、話の流れからして、頭を撫でろという要求に他ならなかった。
ダメッ!ダメッ!と周りで騒ぐ幼女に聞く耳は持たず、フルシェの頭がルフツに迫る。
そんな光景を見て、ルブテーは何を思ったか、ため息をつきながらフルシェに近づき、手刀をコツン。
「いて。」
ルブテーはそのまま幼女にも近づき、コツン。
「あう。」
「フルシェは店番。エチアはもう寝ろ。客を困らせるな。」
ルブテーは亭主らしく二人を叱咤した。
「はーい。」
と凄く不満げにフルシェは返事をした。
幼女はというと、ぶすっとした顔をしたまま、動こうとしていなかった。
不満たらたらである。
それを見たルフツは、これは紳士の出番だ!と立ち上がる。
「エチアちゃん、早く寝ないと美人さんになれないぞ~。」
成長面でも美容面でも寝不足は天敵。至極真っ当で当たり前のことを助言したのだが、どういう解釈をしたのか幼女は変なことを言い出す。
「安心して。私、ルフツの美人なお嫁さんになる!」
フルシェが声を当てでもしたんじゃないかと思うほど、流暢にそう宣言した。
安心するどころか、とても不安になるその一言に、ルフツが周囲を見回すと、案の定猛々しい雰囲気を放つルブテーの姿がそこにはあった。




