14話 神の加護
「ったく、とんでもない目に合ったわい。」
そう悪態をつくのはヴァーラ。
公衆の面前で男に抱き着かれるという珍事に合ったのだから、無理もない。
「いってー。頭の形がおかしくなってないか?」
そう頭を撫でるのはルブテー。
直ぐに手が出る爺さんに抱き着いた代償は頭の形が変わったと錯覚させるほどの痛みであった。
「して、坊主。お前さん火の加護を持っておるのか?」
ようやく痛みが引いたなとルフツが思ったタイミングで炉の前に鎮座するヴァーラが尋ねる。
「あぁ、そうだ。」
「それで、今日はここに来たというわけじゃな?」
「そうだ。」
そう、ルフツは火属性魔法の適正を完遂させるために、ヴァーラの鍛冶場まで来ていた。
徹夜で火属性魔法の適正を終わらせる心づもりだったが、無理難題にぶち当たった。
それは、火の精霊を感じろ。である。
精霊を霊と同列に扱うのは忍びないが、簡単に言えば霊感の無い人に幽霊を感じろ。という無茶ぶりだった。
何ならその前に合った魔力を感じろも大概だった。
だが、こっちはヒントとしてあった、魔物は魔力を放っている。魔物の気配のようなものを感じ取ろう。というのが辛うじて役に立ち、何とかなりはした。
しかし、精霊に関しては、精霊の多い場所に行こう。火の精霊は火の近くに多くいる。と深夜には到底できないヒントをくれたのであった。
だから、仕方なく翌日に火の精霊の多そうな鍛冶場へ足を運ぶ事となった。
ルフツの肯定を受け、ヴァーラはルフツの方へとゆっくりと歩む。
ガチコン。
再びルフツの頭に衝撃が走り、ヒヨコが飛び回る。
「やっぱり邪魔しておったではないか。」
「だからなんで!」
ルフツはもう涙目である。
連続よりも、継続的に殴られた方が精神的に痛い。
もうさっきからずっと痛い…。
「精霊が騒がしかった。それに、坊主のせいで精霊が乱れておったわ。」
ルフツが邪魔にならぬよう家の裏でこそこそとやっていた精霊を感じるは、見事に邪魔をしていたらしい。
ヴァーラは精霊の声を聞き取れはしないが、騒いでいるという表現が正しいと思えるほど精霊を感じ取れるようだ。
だから、精霊が乱れるとうるさい。ということらしい。
「そうなのか…。それは知らなかった。すまない。」
「分かればよい…。」
素直に謝ったのが功を奏したのか、あっさりと許しを得た。
ルフツの感覚とは合わないだけで、ヴァーラは優しい。
ただ、戦前の考え方というか、頑固爺というか…。
ルフツからすれば古い人間という表現の合う男だ。
「しかし意外じゃの。坊主が火の加護を持っておったとは……。」
「そうなのか?加護持ちぐらいそこら中にいるのに。」
ルフツの感覚だと、神の加護。という恩恵はそれなりにレアリティのあるものだったのだが、この世界はそうでもない。
何せ、魔力適正があれば神の加護を持つことになるからだ。
魔法を使う冒険者は少なくなく、一般人にも生活に役立てる程度の魔法を使う人ならそれなりの数がいる。
神の加護という括りで集計すれば3人に2人くらいは持っているじゃないかと思えるほどである。
ちなみに、神の加護を持っていれば魔力適正がある。にはならない。
魔力適正につながらない神の恩恵も存在するからだ。
「いや、そういう事じゃない。坊主、一体いつから精霊の修行を始めたんじゃ?」
「え?昨日から……だけど…?」
「坊主。年寄りだからとからかっておると、痛い目に合わせるぞ~。」
有言実行。とばかりに、ポキポキといい音を鳴らしながらヴァーラがルフツに接近する。
ルフツは嘘をついたわけではない。
むしろ、近くに火がなく直ぐに詰んだ事を考えれば、今日から修行を始めたと言った方が正しいほどである。
しかし、こんなチート。事実を言っても冗談にしか聞こえない。
ルフツは苦し紛れに事実を言う。
「殴らないで!神!神様の加護!!」
ルフツの弁明はいざ殴らんと肩を上げるヴァーラの動きを何とか止めることに成功した。
しかし、この男。好戦的過ぎる。
「神の加護?一体どんな加護じゃ。」
「どんな……。魔力の扱い、精霊の感じ方。火属性魔法を使うまでに必要なことが何となく分かる。」
自称神のいい加減な爺からもらったチート。
魔法適正は全部あるはずなんだけど、チュートリアルが必須みたいでまだ火属性しかゲットできてないんだ。
何てことは言えるはずもなく、火属性魔法の適正のざっくりとした説明をするのみとなった。
「そんな都合の良い加護があるわけなかろう!いいか坊主、魔法ってのはな、鍛冶と一緒じゃ。一生をかけて培うものじゃ。一朝一夕じゃあ、なまくらすら打てん。一人前になるのに5年、10年かかるもんじゃ。その基礎をたったの1日でやったと言うのか?」
ヴァーラは力説する。
火の加護を持ち、鍛冶師をやっているヴァーラはどちらにも時を費やしたのだろう。
放つ言葉には力強い思いが感じられた。
しかしルフツは、そう言われてもなぁとどうしようもない気持ちになる。
言っていることは分かる。
神の力のおかげで義務教育の教養を1日で身に着けたと言う人間が目の前にいるのだ。
そりゃ笑えない冗談だ。
しかし現実は小説より奇なりと言うように、ルフツは1日とかからずに精霊を感じ取ったのだ。
現実は小説より奇なりとルビ打つと、そんなに奇じゃないと思えるが…。
「しかし爺さん。現に俺はもう精霊を感じれるんだ。これ以上説明しようがないぞ。」
「ぐむむ…。確かに、精霊たちも落ち着いておる。嘘はついておらんのだな?」
「もちろん。」
ヴァーラはまだ信じられていないようだ。
受け入れられない事実を否定する理由を必死で探している。
ああでもないこうでもないとブツブツと。
しかし、結論は出ないはずだ。
神の加護と言うのは便利な言葉で、何が起きても問題ないのだ。
逆に言うと、神の加護と言われればそれを否定する術がないのだ。
何でもできるらしいからな。神は。
だから、ヴァーラはいや、しかし…と結論が出ずにいる。
――――火属性魔法の適正がlv9に上がりました。
ルフツの脳内にアナウンスが流れる。
それは精霊を動かしてみよう。を達成した証である。
ルフツはヴァーラが悩んでいる内に次の火属性魔法の適正へと移っていた。
寝てしまいそうだったことと、早く火属性魔法を使用したかったからだ。
精霊の気配を感じれるようになれば、後は簡単で、精霊にお願いする形で集まってもらったり、視線の先へ移動してもらったりと、すんなりと従ってくれた。
気配しか感じない見えない何かを自分の意思で動かすと言うのは何だか不思議な感じで、かなり楽しかった。
「おい、坊主。今一体何をしている!?」
驚きの声を上げたのはもちろんヴァーラ。
つい楽しくなって、ヴァーラの視界に入るように精霊を動かしていた。
それにようやく気付き、ルフツがとんでもないことをしでかしていることに気付いたのだ。
「何って…。精霊を動かしてみてた。」
ルフツ的には精霊を感じるのが最難関で、後はウイニングラン。消化試合だった。
魔力の時がそうで、実際に精霊を動かすのは簡単だったため余計にそう思っていた。
しかし、ルフツは気付くべきであった。
精霊を感じるのに数年かかるのだから、精霊を動かすのにも相応の時がかかるだろうという事に。
「はぁ…。間違いないのぉ。これは本物じゃ……。精霊まで誑し込むとはの。」
「おい、俺はたらしじゃない!」
反射的に否定するその様は、逆に肯定しているようにすら見えた。
ヴァーラはそんなルフツの必死な否定はどこ吹く風で、ルフツの規格外さに呆れていた。
「既に精霊に信頼されておるな……。何とも信じられん…。歳で目が腐ったのかのぉ。」
漂うだけとされる精霊がぐわんぐわん動く様を目で追いかけながら、ヴァーラはただ諦観した。
「坊主。悪いことは言わん。この馬鹿げた加護のことは隠すのじゃ。いずれ殺されることになるぞ。」
ようやく事実を飲み込めたヴァーラは、年長者としてルフツに注意を喚起する。
精霊操作に浮かれていたルフツは、殺されるという物騒な単語で我に返り、事の重大さに気付いた。
「そうか、相手が爺さんじゃなきゃやばかったのか。これ。」
ピチの街の住人は街ぐるみで親しいが、流れ者や例外もいる。
ルフツの加護を見た人が人なら、情報が流れ、異世界ものの定番の厄介ごとがルフツを訪ねてくることになるだろう。
「まぁ、冗談にしか聞こえんがの…。」
「いや、それでも助かった。爺さんも内緒にしておいてくれよ。今度そこの剣を色付けて買うからさ。」
そう言ってルフツはこの鍛冶場にある一番質のいい剣を指さした。
「それも加護かの?昔からいい物しか買っていかんかったな、坊主は。」
「さあね。加護は隠せって言われてるから、加護だったとしても教えられないね。」
「なんじゃと?――――っふ、それでいいわい。」
ヴァーラは脅すように鋭くルフツを睨んだ後、冗談だとばかりに軽く微笑んだ。
生意気な餓鬼のような反応ではあったが、自分の言ったことを直ぐに反映しているうれしさが勝った。
こんな事でうれしくなるとは、歳は取りたくないもんじゃなぁ…とヴァーラが思っていると、ゴーンゴーンと鐘が鳴る。
お昼の知らせだ。
「えっ、もうこんな時間?爺さん、俺ちょっと魔法打ってくるわ。」
ルフツはまたも規格外な事を言い放ち、ギルドへ向けて走り出す。
ヴァーラは流石に慣れたのか、もう魔法を使う気でいるルフツには驚かず、そのまま離れていくルフツの背を見守った。
「あんな坊主がのぅ…。上には上がいるもんじゃな……。」
余韻はまだ続いてるようで、ヴァーラはそう感想を述べる。
「ん…?はっは。そう言ってくれるか!いや、うれしいわい。」
認知が始まったか、ヴァーラは一人でそう話す。
もちろん、ヴァーラが振り返っても誰もいない。
まるで見えない何かがそこにいるかのように、ヴァーラは会話を続けた。




