六月の就活生Ⅲ
遅れました。二劇完結話になります。
中村は当惑していた。
「キミが言っている意味がよくわからないんだけど」
「あたしの話の信憑性が知りたいと言うのなら行動してみることね」
シャウは飄々と言い返す。
「それに義を見てせざるは勇無きなりっていう故事もあるでしょ? 年長者ならいいとこ見せてよ」
中村は嘆息し、覚悟を決めた。
「ねえ、ちょっといいかな?」
中村が話しかけると男は訝しむような視線を向けた。
「は、何あんた?」
「ちょっとさっきから様子を見ていたんだけど、そのお連れの子大分お酒が入ってるようだから大丈夫かなーって思ってさ」
ただの通りすがりであくまで様子が心配だったと説明する。
「キミの知り合い?」
「……まあな。見た通りなんで俺が肩かしてんの。もういいか?」
目はさっさと消えろと言っているがあえてそ知らぬふりをする。
「しかしキミも飲んでるみたいじゃないか。タクシーでも拾った方がいい」
「大丈夫だって。俺んちこっから近いし。もうほんと俺たちのことはいいから、行ってほら」
苛立ち交じりに女の肩を抱いている方とは別の手で背中を叩く。
「…………」
促されるまま中村は押し黙って進んだ。元来気が弱い彼はこれだけでも既に手汗をかくほどだった。しかしいつもだったら帰るところでも今は違った。
再び振り返り来た分を戻る。
「なあ、やっぱり心配だな。一応僕と連絡を」
「まじでしつけえ。いいっていってんだろ!」
「だったらもたもたしてないで早く送ってあげなよ」
男は舌打ちすると、ゆっくりと女を歩かせた。完全の意識がないようで足元が覚束ない。
ある程度歩いたところでそっと振り返るとあの五月蠅い男の姿は見えなかった。
そのまま歩き続けると、ネオンが彩られた看板が目立つとある建築物の前に男で止まった。隣を見ても女はまだ起きる様子はない。
ふっと笑うと男はそこに入ろうと、
「あら、あなたの家に行くのではなくて?」
背後から子供の声が聞こえた。そいつは男の前に素早く回り込むと、にやにやと笑った。
「介抱するフリしてこんなところ連れてくるだなんて、なんて狼よ」
「なんだテメエ」
睨んでやるがちっとも怯える様子がない。
「ガキがこんなところくんじゃねえよ。失せろ」
「果たしてガキはどっちなのかしら」
シャウは片手を唇に当てた。
「後先考えずに行動しちゃってるあなたでしょ、ガキは。ここで思いとどまれば見逃してあげるからそっちこそ失せなさい」
「……」
男は傍らの女をそっと地面に座らせると、据わった目でシャウを見た。
「……そういや俺ってさ、ガキ嫌いだったわ。殴ってもなんも思わねえ。時にテメエみたいなのは」
「強がっちゃって」
「……っ!」
シャウがせせら笑うと男が突進してきた。
しかし拳を降ろす直前で背後から羽交い絞めにされる。
「こんな小さな子に! 正気かよお前っ!」
声でさっきの男だと認識した。腕を振り回して離れる。
「てめえらグルか!?」
「あたりー」
シャウが後ろで拍手をしているが、それを気に留めない様子で中村は真剣な表情をしている。
「……この娘どうするつもりだったんだ」
尋ねると今度が男が笑った。
「自己防衛もろくにしねえこの女が悪い」
開き直った言い分に中村は眉を動かす。
「ああ、そうだよ。無防備なのが悪いんだ」
「もういい」
冷たい声で遮る。これ以上聞きたくなかった。
「もうここで口を開くな。あとは警察の仕事だ」
手元のスマホを見た瞬間、男の怒号が響く。
「なにしてんだっ!」
男が振りかざした拳がスマホをはじき落とす。さらに荒ぶった様子で中村の頬をうった。一瞬よろめくがついに中村も怒りも沸点を超えた。
「いい加減に!」
襟を掴むと、背中越しに男を背負う。
「しろやっ」
中村の技にかかった男は宙を飛び、アスファルトにしたたかにうった。
「…………」
しばらく動かないことを確認したのか、シャウが近寄ると屈んで懐を漁った。
あるものを手にすると、中村に投げて寄越した。
「おっと。なにこれ、学生証?」
「やったじゃん。ドラゴンスレイヤー」
シャウがにこにこしながら名前を見ろというので、学生証の名を確認してみる。
人相の悪い顔つきの下には『竜堂司』と記されていた。
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「おー、奇遇だな中村クン」
「……どうも」
すっかりスーツ姿が板についてしまった中村がテンション低めに挨拶した。
「今帰り?」
「うん。そっちはまだ就活やってたんだ?」
いくつも内定出てるくせに。心の中でそう呟いたがもちろん口には出さない。
「やっぱ、ギリギリまでやっていいとこ狙いたいじゃん? 後就活してねーとゼミ来いって教授うるせえし」
ゼミをサボる口実に就活すんな。あとその片手間で内定とりやがったらしばくぞと思ったが絶対に口には出さない。
「今日はデートの約束はないの?」
「あ、やべ」
どうやら忘れていたらしく「またなー」と去っていった。できればもう二度と会いたくない。
「…………」
ため息をついたのち、中村は路地を曲がると上から笑い声がした。
「おーやつれてますなあ」
シャウが塀の上に腰かけている。
「……危ないでしょ」
一応窘めるものの聞く耳を持たない。
「まあ今は売り手市場なんだから最後にはどこか入れるでしょ」
「そうやって楽観してるのが一番危ないんだ」
ジト目でいってやると「ふーん」と唸って飛び降りて地面に着地する。
「どう? 華麗かしら」
「危ないだろ」
「もーそればっかり!」
そういえばさっきから危ないって何回言っているのだろうか。
「あたしたちはそろそろ行くわね。一応、お世話になったからお礼言っておこうと思って」
彼女と高校生二人は今朝がた出発した。その時さんざんお世話になりましたと二人には頭を下げられたものだ。
「そうか。どうか気をつけて」
「ええ。あなたもね」
遠くから中村を呼ぶ女の声が聞こえた。
「……彼女の為にも精々就職活動頑張って」
「彼女じゃないって」
「でもいい感じなんでしょ」
シャウはそう言い残し踵を返した。行ってやれと彼女らしいメッセージだ。
中村にはあの訳の分からない力はもうない。竜と名がつきものには無条件で問答無用で投げ飛ばすなんて恐ろしいものだ。
ちなみに仮に竜と名がつく企業に就職すると、一年も経たずに倒産させるらしい。
いらねえよこんなもんといったら、シャウにあっさり回収された。
しかし思い残すことはない。既に十分すぎる恩恵を授かったし、就職活動に対して前向きにもなれるようになった。
何より履歴書に書けるような代物ではないのだから。
第二劇 了
次回からは長くなるかもしれないです。




