背を見せるⅠ
「中に人は!? まだ逃げてないのか!?」
今にも腰を抜かしそうな山西の隣で創が掴みかかるばかりの勢いでまくしたてる。
しかし当の本人はこの状況にすっかり混乱を起こして、要領を得ないので手織に尋ねる。
「何か……消火栓みたいなものはないのか?」
「いや……それよりも助けを呼んできたほうがいいでしょう」
言うなり近くの公衆電話がある場所へと駆けていく。
「室街さんは野次馬が近づいてこないようにしてください」
「でも、家の中にまだいたらどうする?」
「これだけ火の手がまわってしまっていては……とにかく気かづかないでいてください」
ガラガラと音が聞こえたかと火だるまの建物が崩れた。
「…………っ!」
**********
手織の通報後、すぐにロビーたちが消防装備を身に着けた駆け付けた。おそらくほかの誰かから既に連絡がいっていたのだろう。迅速な対応だった。
炎はおよそ一時間程で消し止められた。住宅街からやや外れた土地にひっそりと建っていたため他の建造物に燃え移ることはなかったものの、家屋は全焼し黒炭の痩せ細った骨組みを残すこととなった。
「……それで、結局家主はどうだったの?」
閑散としている店内で今日の仕事を終えた新凪が神妙な顔つきで尋ねた。
「……それがわからねえんだよ」
不機嫌そうにコーヒーを啜る創。
「消火活動が終わるなりロビーが現場検証を始めたようなんだが、締め出しをくらってな。情報が入ってこないんだよ」
事件が起こると見られる黄色のテープを至る所に張り巡らせ、見張りを立てている徹底ぶりだ。
「山西さんだっけ? 部下の人ならわかるんじゃない?」
「それにも当てが外れたんですよ」
次に答えたのは手織だ。こちらもテンションが低い。
「実際に本人の顔を確認したことがないそうです」
「家を知ってたんでしょ?」
「ええ。ただそこでは仲介人を通して指示を仰いでいたそうですよ。しかもその仲介人というのも不思議なことに毎回顔ぶれが違ったみたいですよ」
「さらにいえばそいつらもスケープゴートだということもわかった」
話を継いだ創がため息とともに愚痴る。
「結局誰一人として、雇い主の素顔を知らなかったわけだ。笑えるわ」
「下の人たちはよくそんな人を担いでいたものよね」
彼らのやり方は、顔を売る本来の選挙活動とは対極を成している。
実際に聞いたところやはり金払いがよかったという理由がほとんどであった。
「でも出火原因がはっきりとしないのも怖いよね」
手元のアイスティーの揺らしながら不安げに呟いたのは新凪だ。
「もしかしたら放火の可能性もあるわけでしょ? 治安はいいって安心しきっていたからこういうことが起きるとやっぱり不安にもなるよね」
「俺も賛成」
背後から話しかけられ振り返ると、そこには創たちよりもやや年上の青年が飲み物のお代わりをもってきていた。
「これサービスな」
「あ、ありがとうございます……」
四つのコーヒーを並べると、自分も空いている席に座る。
「ちょっと。まだ仕事中でしょ?」
「だって暇なんだもん」
頬杖をついてダルそうに答えると、「有根浩太ね。よろしく」と簡単に自己紹介をした。
「最近物騒になったって外出を控える人が増えただろ。だから選挙なんてやめとけって話だよな、なあ」
振られた手織は曖昧に、まあと同調した。
「有根さんは選挙に反対してたんですか?」
「賛成する理由がないだろ」
創の質問にしれっといいのける。
「現状がうまくいってるのに波風たてられるのは、はっきりいって迷惑だ」
「…………」
確かに貧富の差がなく、よりよい生活のために労働をする今の形は平等にみられることだろう。また権力における上下関係もないことも一つのファクターである。
「そういえば有根さん事件の日、バイト抜けてましたよね? もしかしてホシなんじゃないですか?」
「馬鹿言いやがれ」
次回投稿予定日は6月9日(土)です。




