6.7.3 10歳式への出発 エレノア編
エレノア達一行の旅は順調だった。
そう、今朝までは。
途中で計画された野営をこなし、残りは街での宿泊。
アイテムボックスがあるため、人数の割には荷物が少ないことで旅の進行速度はそれほど遅くない。
ジルベール達の移動距離に全く及ばないものの、日数だけは相応となる旅が計画されている。つまり、とても緩い旅だ。
例年は、女性陣は2から3組で行われるが今年は一組にまとめられている。そのため通常では考えられない規模での進行となっている。
順調な旅の終わりは突然だった。
早朝、出発前に偵察に出た騎士が慌てて戻って来た。
「クイン様、出ました。ゴブリンです。た、大量です。出たんです」
「慌てないで、きちんと説明を。位置、規模を正確に伝えなさい」
……
クインは、この部隊の部隊長だ。
公爵家令嬢となったエレノアの生みの母である。現母であるカトレア様のはからいで一緒に旅ができるようにしてくれたのだ。もちろん、能力込みでの抜擢である。
その魔力量は、一団の中では断トツであり、魔法の威力、種類も秀でているのだ。
偵察からの情報を成立すると、到着まで2時間から3時間の猶予しかない。
目測で100匹以上のゴブリンが、進路的にここを目指しているとのことだった。
ゴブリンが集団行動をとると言うことは、統率者がいると言うことだ、以前の竜の襲撃と共に現れた時は100体超のゴブリンの群れにはゴブリンジェネラルが存在した。
魔物のスタンピードにしては、100体は少ない。
前回と同じように更なる上位種が存在するからこその進行だろう。
本当に100体だけならば、自分とエイミーにタロウがいるので十分な戦力が揃っている。
たとえジルベールが居なくても上位種が出たところでエイミーが倒せる。だが、不安要素が多い。
先発隊と考えるべきだと自分の長年の勘がそう警告を出している。
ではどうするのが最善か。
娘を含めてこの場には高位貴族のお嬢様が沢山いる。我々の役割はお嬢様方を守ること。即座に撤退が正しい行動だ。
急いで隣町に戻り転移門で護衛対象であるお嬢様方を王都に逃がすべきだ。
私がそう決め、皆へ話した。
最初に意見を述べたのはエイミーだ。
「100体ならこの戦力で倒せるけど、今回の僕らの仕事は護衛だからね。クインさんの意見に反対は無いな。安全策で早期撤退ならそうすると良いよ。僕とタロウで時間稼ぎならできるしね」
「それではこの街の人はどうするのですか、子供や年老いた人は逃げられないわ。ここで一番の戦力を持っているのは私達なのですよ。この街の防衛隊など無きが如し。我々の護衛の方が圧倒的に人数が多いわ。それにゴブリンの100匹程度なら、エイミー様一人でも倒せるのでしょう。わたくしもゴブリン程度に負けません。他にもゴブリンやその上位種であっても戦える騎士がいるのでしょう。おばさまも居るのですから。わたくしは逃げることには反対です」
ああ、言われてしまった。
こう言われることは予想はしていたが、やはりか。
世間知らずのお嬢様らしい意見だ。
「クリシュナ、クイン様の言うことは間違いでは無いのだ。100体はただの先発隊だろう。おそらく本体は後ろに居たり、分隊として範囲を広げて行動しているだけかもしれない。街を見つければ合流してくるだろう。通常のスタンピードの場合100体と言うのは無いのだ。最初に見た数の10倍は存在すると考えなさい」
クリシュナ様に答えたのはアイリ様。カルスディーナ公爵家の長女で、侯爵家に嫁いだ人だ。21歳ですでに子供が一人生まれたらしいが、とても落ち着いている。
エイミーの情報によると、結婚後も訓練をしていらしく、この隊の中ではエイミーに次ぐ実力者だ。
「先発隊をしのげばよいのです。時間を稼げれば王都から応援が到着するでしょう。まずは伝令を、転移門を使って王都に応援を要請するのです。わたくしが居れば、お父様がすぐに部隊を派遣してくれます。わたくし達が居ないと解っているなら、それだけ到着が遅れる可能性もあります。貴族の義務としてわたくしはここに残ることを提案します。私達の10歳式はそういう覚悟を得るための旅なのでしょう。ここで逃げてどうするのです。私達は守られるだけの存在ではありません。エレノア様もそう思われるでしょう。皆さまはどうです」
クリシュナは周りを見渡し、意見を求める。
確かにこの旅はたんなる旅行ではない。
民の生活を見て、触れる。野営を含め自分たちで何かを経験し、自分たちがいかに優遇された生活をしていたのかを感じ、優遇を漫然とうけるのではなく、貴族としての義務を理解すること。
だからクリシュナ様の言っていることは正しいのだ、正しいだがこの状況はまずいのだ。
現実に起きる戦いはお遊びではない。
理想論は自ら戦えるようになってから言うべきだ。
おもりをされている子供が言うのは速すぎる。
それに、護衛の騎士達ですら、お飾りの預かり令嬢たちなのだ。私はお嬢様達だけではなく、護衛達の命も預かっている。ここで無駄に散らすわけには行かないのだ。
ここは部隊長である私が諭すべきなのだろう。
クインがそう言おうとしたとき。
「クリシュナ様の意見はわかりました。ですが私たちだけで戦う力が十分なわけではありません。残る決断をしたところで、戦うのは騎士達です。彼女たちの命を預かっているのは私達です。先発隊が100体でなく200体でも倒せるかもしれません。ですが10倍の戦力である本体が着くまでの時間も解りません。クリシュナ様のお父さまが転移門を最大限活用し王都から騎士を派遣したとして、それは何名でしょうか。本体到着までに間に合うのでしょうか。もし到着しなければ彼女たちは私達を生かす為に無理をするでしょう。彼女たちは魔力もあり、そこらの平民よりは強いとは思いますが、全員が訓練を受けていた訳ではありません。実践をする覚悟がある者がどの程度いると思いますか。防衛戦となれば、私達だけでなく訓練が十分でなかった半数の騎士たちも前に出て戦う必要があります。彼女たちの命を預かっているのはわたくしたちなのですよ。クリシュナ様は、それをどうお考えですか?」
娘のエレノアがぴしゃりと言った。
私の言いたいことを言うとはさすがわが娘。
爵位的にも反論できる唯一の立場。その立場を理解しきちんと伝えることができる。
誇らしい限りだ。
「もちろん、皆の命を無駄に散らすつもりはありません。わたくしも前線に立ちます。戦う意思の無い令嬢たち、それに覚悟の無い騎士達は先に転移門のある街に行かせましょう」
クリシュナの力説後にエレノアが周りの令嬢を見回す。
「クリシュナ、それは悪手だ。戦う力の無い者達をここから出せば、分隊に襲われるかもしれない。伝令は出したのだ、本体を残すなら全員を残すべきだ。そうでないなら全員で早期に撤退しかない」
アイリ様がたしなめる。
「では決まりですね。クリシュナ様にご覚悟がおありなら、わたくしもお付きあいします。わたくしは魔法で戦えます。そしてクリシュナ様のおっしゃる通り、戦うだけが勇気ではありません。戦えない方は後方支援をお願いします」
エレノアが残る決意を表明してしまった。
しょうがないわ、いつも親の言うことを利く良い子なのだけど。たまのわがままぐらいは聞いてあげるべきでしょうね。
「わたくし、戦う力はありませんので、何ができるのか解りませんが、ご協力します。食事の用意でもなんでもおっしゃってください」
確か、クリシュナの横にいつもついて回る子ね。
今年になって、伯爵家の3女から侯爵家に養女に入ったそうだけど元々、クリシュナ様の幼馴染だと言っていたわね。
魔力は多い方だけど、ここに居る令嬢のほとんどは、魔法の訓練がまだ始まっていないはず。習っていても、生活魔法が使える程度でエレノアと違い攻撃魔法は使えない。
つまり、魔法使いとして実戦で約立つのは令嬢はエレノアだけだろう。
クリシュナ様はスザンヌ様と一緒に小さい時から剣を習い、この半年ほどはジルベール様から身体強化の使い方や眼の力の使い方を教わっていると聞いては居るけど、どの程度使えるのかは知らない。おそらく殆ど令嬢が役に立たない。
そんな中で、他の令嬢たちも手伝いを申し出た。
こうなっては、護衛達も覚悟を決めざるを得ないだろう。
「では、皆さまは小石を集めてください。わたくしはジルベールお兄様に教えられ無詠唱で攻撃魔法を使えます。ですから詠唱付きの魔法と違って応用が利きます。土魔法を使って攻撃する場合、中心部になる石は魔力で作るよりも本物の石を使った方が魔力が節約できるのです。小石を集めて門の前、戦う場所に積み上げてください。それで少しでも魔力が節約できます」
「わかりました、皆さま、急ぎましょう」
「お母さま、部隊編成を決めて準備を」
特に、私が何かを言う間のもなく、決まってしまった。
さてでは動きましょう。まずは戦えない騎士を後ろに回して救護と食事班に、戦える者はエイミーを先頭に陣形を作る。
そうして、お嬢様達が小石を集めて準備をしている間にあっという間に2時間ほどが過ぎた。
住民の協力もあり、門の前に簡易の防護柵を作り、その前に手ごろな大きさの小石が大量に集められていた。
それからすぐに偵察隊が返って来た。
どうやら、当初聞いていたよりも数が多いようだ。
聞いていた倍近い。
やはり、分隊があり合流したようだ。
「クリシュナ様、エレノア様、当初よりも数が多いそうです。およそ倍の200体。エイミーは左、タロウちゃんは右から攻めて行って。他の方は第1防衛ラインを越えたら弓と魔法の攻撃を開始、第2防衛ラインを越えたら騎士隊と馬での攻撃を」
指示を出して自分たちも魔法を放つ場所に移動する。
戦えない騎士もどきは後ろに下げ、馬だけを前に出す方が戦力になる。
馬は訓練を受けているのだから、ある意味で贅沢な戦い方だ。
普通は騎乗する騎士よりも歩兵の方が多いのだが、今回はまるっきり逆になっている。
馬も貴重なのだが、若い令嬢ばかりなのだ。何よりも守らなければならない。
場に着いた後、一緒に移動したエレノアと手を繋ぐ。
やはり娘は震えていた。気丈にふるまっていても、子供にはきついか。
「エレノア、最初は私達がやるわよ。私達は皆よりも射程が長くて強力な魔法が使えるわ。最初の攻撃担当、大丈夫ね」
エレノアを見つめると、緊張しているようだが震えてはいない。
私はそっとエレノアを抱きしめて優しい声で言った。
「エレノア、大丈夫よ。そんなに緊張していてはまともに魔法が撃てませんよ。さあ、最初は二人でゆっくりと詠唱しましょう。敵は遠いわ、焦る必要もないのよ」
「エレノア様、私も隣に居ます。近づいた敵はすべて私が切ります。大丈夫です」
クリシュナ様がエレノアを手を握って安心させようとした。
私はエレノアの隣に立ち、ゆっくりと詠唱を始めた。
エレノアもそれに合わせて詠唱を始めた。
こうして、戦いが始まってしまった。