押しかけ恋愛失踪事件【推理編】
「さて、それではご拝聴願おう。ベティ氏の失踪事件はどのようなものか」
水滴の落ちる音を聞きながら薄暗い階段を一歩ずつ降りていく。壁に掛けられた篝火と、ダンジョンに生えるヒカリゴケのおかげで仄暗いくらいですんでいるが、ここから先は文句なしに危険区。
【冒険を志す者よ○▽○○××へ】と真ん中の文章が削り取られた門へと付くと、そこは煌びやかなグランゼの街の香りの一つもない死の香りと足音が響く【ラナンキュラス】の迷宮の入り口だった。
ベティ氏の足跡を追って、クロネと依頼人のアリス嬢と一緒に懐かしきダンジョンへと戻ってきた僕は、自分の収納呪文を発動させると愛用のリボルバー式のライフル銃を取り出して用心をしながらクロネの推理を聞くのだった。
1、依頼主アリス・プラネット
押しかけ恋愛事件 推理編
「君たちがサネキチ氏への聞き取り調査をしている15分の間、僕は足跡を探していたわけだが。その中で2.5人の足跡が同じ方向、後ろの廃教会へと続いていた。さて、ではなぜ2.5か。そして誰か、そしてなぜか、が問題になるわけだが、答えは簡単だ」
「わ、私は廃教会へは行ってませんわ。あんな恐ろしいところ!!」
「聞く前に答えないでくれ。疑ってないから。その噂は恐らくここ2ヵ月あたりに出回った物だね。内容は教会に幽霊が出るとかそんなところだろう?」
「夜な夜な黒ずくめの目が血走った男と、呪いの呪文が…って知ってましたの?」
「いや、知らなかった。僕の考察と現状の情報と照らし合わせた只の推察さ。さて、足跡の主を特定するにはそう難しくない。なぜベティ氏が教会に行ったかを考えればね」
「変だな。モンスターが全然でない。」
「今は推理を聞くのに集中してくれアーサー。モンスターならいないだろう。恐らく未踏破エリアからこっちは居ないはずだ。何せベティのゴーレムが全部倒してしまっているだろうからね。」
「は?」
「足跡の前に先にこっちから説明するべきだな。ゴーレムを作る際に必要な素材と条件はそう多くないんだが。二人は勿論わかるだろね?」
「確か、EMETHの呪符、霊核となる骨、粘土や土だよね?」
「あとは場所と時間ですわ。魔力が豊富な土地に1週間。あぁ、それで廃教会とあの噂ですのね。教会は魔力脈の上に建てますから」
「そう、ベティ氏はゴーレムを作ろうとしていた。ゴーレムを手に入れようとしていた件については、アリス嬢の最初の発言からもわかる。何せ本人が言ってるからね。そしてサネキチ氏の発言によると彼は、素材と言ったらしいが、オリジナルを作るつもりだったのだと思われる」
オリジナルのゴーレムは、未登録の霊核を使って作るゴーレムで、霊核の元の持ち主そっくりに出来上がる。唯一の見分け方は目の色で、ゴーレムの目の色は必ず赤になる。
「オリジナルは規制が厳しいだろ、呪符も特殊な物が使われるはずだ!そもそもなぜサネキチ氏はそれが素材だとわかったんだ!?」
「そればっかりはわからない。まぁサネキチ氏がなぜ素材に精通していたかは今は置いておいてだ。これでなぜベティ氏が教会に出向いたかははっきりした。彼はゴーレムを作るつもりだったのさ。シンシアの足の骨を霊核にした、彼女の顔の愛玩用奴隷を」
「まてまて、どっからシンシアが出てきた!?愛玩用ってなんだ!?そもそも彼女は事故で足を失ったんだろう。未踏破エリアで!」
「なぜ事故だと決めつける。」
「いや、だって…」
「不思議に思わないのかい?前衛のベティ、中衛の魔法使いシンシア、後衛の弓使いベリル。おかしいじゃないか。なぜ前衛や後衛じゃなくて一番防御が厚い中衛の魔法使い、しかも運よく足だけを失うなんて」
「それは…」
「地雷型魔法や前方からの攻撃なら前衛が、後方からのモンスターは、まぁ可能性が低いと思うが、弓使いのベリルがそれぞれ怪我をするはずだ。しかも足が吹っ飛ぶ威力の攻撃だぞ?」
言われ見れば確かに。長年ソロでダンジョンに潜っていた僕は不自然と思わなかったが、パーティの損耗率と被害部位の関係性は通常、前衛が大けがをする。そして真ん中が比較的安全。仮に中衛が死亡事故や大けがを起こす場合、大抵パーティの前衛は間違いなく死んでいる。
「友達がいないとはかくも悲しき事態かな。さてベティ氏が作ろうとしていたのは、シンシア嬢のゴーレムだった、用途に関しては彼の性格でわかるだろう。愛玩用と、あと裏ルートで流す腹つもりだったと思われる」
「え、でもお城では家事用って」
「建前だろ。なぁアーサー」
「少なくともそこまでバカ正直ではなかったろうね。なるほど、一儲けはそういうことか」
「そこを右だ。それで未踏破エリアへの扉への壁がある。恐らくそこがスイッチだろう。」
クロネが指さした石を押すとゴゴゴと音を立てて先ほどまで壁だった場所が通路へと変わる。未踏破エリア独特の臭いが僕らの鼻孔を刺激する。
「さて教会で作ろうとしたゴーレムは、失敗した。じゃないとベティが失踪する理由がない。なぜ失敗したかは魔力が足らなかったのか、それとも邪魔が入ったのか。まぁ両方ではないかと思う。足跡の残りの1.5によってね」
「不審に思った二人が、ベティの部屋に行った。そして現場を見てしまった。って事?」
「その通りだと思う。多分ベティ氏は作成の場所を変えたのさ。ここにね。なぁそうだろ?ベティ氏。やっと会えたじゃないか」
「ひっい、嫌ぁぁぁああああああああああああああああ!!」
未踏破エリアをしばらく進んだ小部屋から、さらにクロネが壁をつつくと隠し部屋が現れるとアリス嬢の悲鳴が響き渡った。
そこにあった。ベティ氏だったものが
ぐちゃぐちゃの肉塊が、発酵して腐って蛆が沸いて、目を当てることが出来ない醜悪な見た目で転がっていた。身に着けていたであろう鎧はひしゃげ、傍らの剣は抜かれないままものすごい力でねじ切られたような跡、足だけが一本足り無い。
そして奥へと続く道には、ベティ氏ではないたくさんの魔物の屍が積み上げられている。
その傍らに鎮座していたものはゴーレムだった。
体調2メートルはあろう筋骨隆々とした巨体に、武骨な骨剣。
三番目の迷宮を制した大英雄【ねじ切りポルポル】は30年前に死んだはずの人物だが、こうして死後もなお、その身をゴーレムとして使われている。彼は今でこそ骨剣を持っているが、本来は素手で数多の敵を葬った。まるで雑巾を絞るかのようにねじ切って
彼の両手には、最近の被害者だったであろう肉塊が握られていた。ぐちゃぐちゃで元が何だったのか判別がつかないが、どうやら人間だったようだ。未踏破エリアに入ってしまった冒険者だろうか。
グロテスクなその見た目にアリス嬢が思わずえづくと、クロネはまるで見慣れた芸術作品を見るかのように頷きパイプ煙草を取り出して火をつける。
「これが事件の正体さ。ベティ氏はそこのゴーレムに殺された。失踪してから1週間後に、【ねじ切りポルポル】の骨を使われたゴーレムにね。」
「どうだい?推理はあっているかい?ベリル氏」
「いつから気づいていた?」
「なっ」
声がする方に振り向くとそこにいたのは、160㎝くらいの小柄な少年だった。銀髪の彼は弓に矢を番えながら僕らに矢先を向け近づいてくる。
いつの間につけられていたのか、何故誰もつけられていたのに気づかなかったのか。その答えはベリル氏の肩にかかっているマントにあった。
魔法具の【鬼さんこちら】は、ダンジョンで斥候によく使われる魔法具で、所有者にそれなりに資格さえいるものの、一度使えてしまえば視覚的に敵に見つかることも足音や匂いで見つかることもないという優れものだ。かなりの高額で500000ドーラはするだろう。
「その魔法具は便利だがね。残念なことに君の足跡までは隠してはくれないのさ。僕の跡をつけたいなら次からは空中浮遊をおススメしよう。まぁ最も君が僕と同じ追跡魔法持ちだって推理は外れたが、大筋があっていれば問題ない」
依然として不敵に笑うクロネを物凄い表情で睨むベリル氏は番えた矢先を依然として変えていない。彼がその気になったなら僕が彼の矢に狙いをつけるより早くクロネは射殺される。
「追跡、しかも足跡追いか」
「正解だよベリル氏。アリス嬢よりは賢そうだ」
「汚らわしい足跡追いが!」
「お褒めの言葉ありがとう。さて続けようか。なぜベティ氏は教会ではなくダンジョンを選んだのかは先ほど話した通りだが、どうやって大量の素材を運んだかは簡単だ。魔法さ。収納魔法だろう。じゃないと大量の素材を運んでいる姿が目に付くし、物を運んでいる目撃談はなかった。何のために?言うまでもないね。ダンジョンでシンシア顔の愛玩用のゴーレムを売りさばこうとしていた。彼の儲け話ってのは最低なビジネスだったようだね。で、見つかってベリル氏に射殺されたわけだが、一つ疑問が残る。一体いつ、シンシアの骨をポルポルにすり替えた?」
「え?すり替えた?射殺された?ゴーレムに殺されたんじゃなくて?」
「よく見るんだアーサー、ベティの剣は抜かれていない。いくら警戒していないとしても目の前でゴーレムがシンシアじゃなくてポルポルへと変わったら誰だって気が付く。霊核を間違えた?いいやそんなはずはない何せこんな用意周到な計画を練っていたんだ。不測の事態なんてありえない。仮にそうだったとしても想定外の事が起きたら冒険者ならすぐに剣を抜いて身構える。つまり、ベティが剣を抜くより早く、何者かに背後から射抜かれていなければ説明がつかない。しかも一射で。そこまではいい。だがすり替えたタイミングがわからない。恐らく呪符もすり替わっていたはずだ。EMETHの呪符に、死体を攻撃するバーサークの呪文を仕込まなければゴーレムが死体を襲う訳がない。つまりその犯人は……」
「僕さ。」
今まで黙っていたベリル氏がそう言い天井に向かって矢を放つと、矢は天井付近でおおよそ考えられない軌道を描きながら、正確にクロネのパイプの金属部分と木製部分の継ぎ目を射抜いた。まるで魔法のような…
「必中持ちだクロネ!ベリルの魔法は、【必中魔法】だ!しかもかなり高いレベルの!」
弓矢、銃、投擲する武器を物理法則と魔法則を無視して、必ず当てる【必中】は、狭いダンジョンでも俄然有利に働く。何せどんな素早い敵でも刺さりさえすれば一矢で必ず仕留めることが出来るのだ。おとぎ話にでてくる弓の大英雄【階段作りのカカ】はその能力で鉄壁と謳われたエンシン国の城壁に階段をかけたといわれている。大英雄の必中はそれこそ神弓と言われる精度だが、実際の必中は当たりやすくする程度だったり、それこそ【魔弾の射手】と言われる魔法の域だったり
また連射もできたりできなかったりする。必中を編み込んで放つクーリングタイムと言われる時間が短い人もいれば、一日一射が限度の人もいる。
「動くな。次は眉間に当てるぞ。連射ができないと思うなよ」
「今はやめてくれ。謎が解けて頭がすっきりしてるんだ。なるほど矢に番えたポルポルの骨と呪符を使ってシンシアの骨を射抜いて、一瞬ですり替えたのか。ゴーレムの霊核は生成されるまでは高速で移動するが、それなら問題ないわけだ。何せ君の必中は物理法則を無視して飛ぶレベルなんだから。いやぁお見事。大道芸なら大うけするだろうな」
ふうと大きく息を吐くとくつくつと笑いながらポケットから予備のパイプを取り出して火をつける。明らかな挑発行為にベリル氏が激怒する。
「そのニヤケ顔のまま死ね!クロネ・サンジェルマン!!」」
眉間を狙って矢が放たれる。風を切って飛ぶ矢は真っすぐに、依然パイプを咥えて微動だにしないクロネの眉間へと付き刺さり…はしなかった。
突き刺さる手前で僕が撃った弾丸が粉々に打ち砕いたから。
「なっ!どこから!!」
「必中は物理法則や魔法則を無視して飛ぶが、それは例えば死角にいる敵や、普通の軌道では当たらない敵、魔法で障壁を張っている敵に当てるときに無類の強さを発揮する、でも今回のような直線軌道ならタイミングと呼吸さえ読めれば訓練した銃使いなら必中なんてなくても撃ち落とせる。速度は普通の弓矢だしな。ご丁寧に場所まで予告してくれているならアーサーには朝飯前さ。」
「ご丁寧にどうも、動くんじゃないかとひやひやしたよ。それと質問にも答えよう。僕の魔法は収納魔法さ、あいにく銃の扱いは得意なんだ。」
「十字がかたどられたリボルバーの装飾長身銃。アーサー……吸血鬼狩りの吸血鬼アーサー・クロムウェル!?」
「また懐かしい呼び方を知っているなぁ」
「さて自己紹介が終わったところでどうするベリル氏。君が次の矢番える前に今度はアーサーが君を射抜く。僕としても使用人に人殺しをさせたくはないんだ。弓を捨ててはくれないか?」
「くっなら!女の方を!」
ベリルが抜こうとした矢を正確に打ち抜く。六発装填の愛銃が放つ弾は吸い込まれるように矢を粉々に打ち砕いた。
「させないさ。矢筒から矢を抜けると思うなよ、」
「アリス嬢、アーサーの後ろに下がり給え。万が一君と僕を同時に狙われたらいくら何でもアーサーが疲れるだろうしな。勿論そんなことはあり得ないが」
「どこまでもバカにしやがって!纏めて射殺し、ぐぁああああ!?やめっァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア」
じりじりと後退したベリル氏が走り去ろうとする瞬間にそれは動いた。今まで沈黙を守っていたゴーレムが不意にベリル氏へと襲い掛かったのだ。
ねじ切りポルポルのゴーレムは、ベリル氏に一瞬で掴み掛ると、ベリルが最後まで叫び声をあげる前にねじ切ってしまった。
「アーサー!!」
「分かってる!!」
ゴーレムがベリルの遺体を捨てる前に銃を構えると、EMETHの呪符がある喉ぼとけをめがけて銃を乱射する。ゴーレムを殺す唯一の方法はEMETH(真実)の呪符からE(生命)を削り取りMETH(死)にする。偽りの肉体と魂の情報の霊核をつなぐ橋を壊されたゴーレムは、もとの土塊へと帰る。
だが、ポルポルのゴーレムは強靭だった。大英雄は死してなお死なない術を知っている。
太い腕でのどぼとけを守られると、いかに魔物殺しの銀の弾丸といえど貫くのは無理があった。
「炸裂徹甲弾を使って腕ごと吹き飛ばす!!」
「壁に当てるなよ!通路ごと生き埋めはゴメンだ」
「腕をめがけて乱射する以外に方法がないんだ、最悪の事も考えてくれ!!」
「まったくもって計算外だな。せめて腕を下げれれば……」
「腕を押さえつければいいんですわね?わかりました。」
『御せよ土塊』
徹甲弾を取り出そうと魔法陣を広げた時だった。
不意にアリス嬢から発せられた一言が、ゴーレムの動きを止めた。
拘束や、捕縛ではなく、素材その物に干渉するかのような
「言霊の魔法、精霊魔法、どっちかな」
「腕は私が押さえますわ。長くはもちません、早く何とかしてくださいまし」
『土塊よ、その両手を地につけよ』
掴み掛ろうとしたゴーレムの腕が、言霊の魔法によって地面へと下がる。銀嶺の魔力をまとうアリスの一言一言が精霊への指令書。本来ならば自由自在に土の形を変えれる言霊の魔法も、魔力によって編まれた粘土へはもう効きが悪かった。軋む音を立て抵抗するゴーレムはゆっくりと、でも確実にねじ切るために両手を前へと付きだしていく。
「アーサー!」
ゴーレムの喉ぼとけめがけて、装填した炸裂徹甲弾を放つ。吸い込まれるかのような軌道を描いて放たれた弾丸は狙い通りの場所へと着弾すると轟音と閃光を放ちながら呪符ごと喉を吹き飛ばした。
大英雄ポルポルは、また何度目かの死を迎えるのだった。
読んでいただきありがとうございました。
次回が真相編です。あと2.3話でひと段落します。