依頼人 アリス・プラネット 恋愛押しかけ失踪事件 【捜査編】
昼下がりの緩やかな日差しを受けて、輝くブロンド。ブルーカーバンクルのような青の瞳に、端正な顔立ち、陶磁器のような白い肌。金細工の髪飾りに、ダイヤのついたネックレス。それに似合わない武骨な首輪
クロネが見なくても貴族奴隷だと一目でわかる少女は、駆け込んでくるなり叫んだのだった。
「お願いします、わ、私を買う男を探してください!!お金はありませんが!!何卒、お願いします!」
「金がないなら客じゃない、帰れ」
「取りつく島がない!?」
依頼主を一目見ると、興味なさげに『帰れ』と帰宅を進めるこの街唯一の探偵クロネは、使用人兼助手のアーサーのほうを向くと一言「お茶とお菓子」を要求するのだった。
始まりのダンジョンの街、グランゼにある探偵社「探し屋キャロル」にまた厄介ごとが持ち込まれる瞬間だった。
1、依頼主アリス・プラネット 押しかけ恋愛事件
「アーサー、追い返せ」
「話くらい聞いてあげましょうよ。ね?ほらそれがいいってアーサーくんも言ってるわよ?探偵さん」
「言ってないです」
「聞いてよー!!ほら可憐な女の子の話なのよ?少しくらい話聞くべきでしょ?」
「出てけ、胸もぐぞ」
「クロネ、それは普通にセクハラだよ……」
豊満な胸を睨み付けると舌打ちをする。
「セクハラしたんだから話きいてよー!!訴えないからー!!」
入ってくるなり無銭だと言い放った自称依頼主の、そのまた自称可憐な少女は、あの手この手の搦め手を使っても取りつく島がないのが分かるとそこから半刻も「話を聞いてー!!」と泣き喚く強硬手段にでていた。始まりのダンジョンの街グランゼの8番街の袋小路に位置するこの店の周りはさびれた廃墟が立ち並んでいるので近所迷惑にはならないが、それでもグランゼ中に響き渡っているのではないかと思うくらいの声量でさすがのクロネも本を置いて耳を手でふさいでいる。
「あー!!もう煩いったらありゃしない。わかったわかった。話だけ聴こう。そして帰れ、速やかに!!!」
「本当に!?本当に聞いてくれる?」
「ああ、だからさっさと話せ。僕は気が短いんだ。まず名前から!」
「私の名前はアリス・プラネット。隣町のダーゼの領主の娘よ。元だけど…」
「よろしくアリス嬢。僕はクロネ、こっちはアーサーだ」
「へ?隣町のプラネット男爵のご令嬢?隣町のご令嬢が奴隷落ちしたなんて聞いたことが」
「話を折るなアーサー。首輪ならイミテーションだ。魔力がこもってない」
そういうと、なんだ、知っていたの…とつぶやき首輪を取り外す。
奴隷落ちの首輪は、強力な魔法具で、契約魔法の奴隷契約によって結ばれる。一度結ばれると契約主が解除するか【奴隷じゃなくなる】、つまり死ぬまで外すことはできない。
「アーサーが失礼した。アリス嬢」
さ、続けたまえ。と促して椅子に座りなおすと、お茶を一口すする。
「愛しいベティがいなくなってしまったの!あの方を探してほしいの!」
「いまいち要領を得ないな、もっと詳しく話せ」
アリスと名乗った少女は、隣町の領主の娘と名乗り事情を話しだした。
領主の家にダンジョンの報告に来ていた冒険者の鎧姿に一目ぼれしていた彼女は、その冒険者が儲けた金でゴーレムを買って家事をさせようと言っていたのをたまたま聞いてしまい、家を飛び出して押しかけようとしたらしい。そして貴族奴隷だと言って家においてもらおうとしていた。が、いざ行ってみると目的の人がいない。待てど暮せど一か月間も帰ってこない。駆け落ちしますと書置きをしたから家には戻れない。どうしようかと暮れていたら偶然ここの噂を聞いたとのことだった。
「お願い、ベディを探してほしいの!お金はないけど!!そこをなんとか!!」
「話は聞いた。よし帰れ」
「取りつく島が相変わらず無いわ!?」
「大体金がないとこっちは損するばかりだ。そこからしてどうにもならん」
「それは確かに。冒険者を探そうと思うならダンジョンに潜ることだってあるだろうし…」
金銭面は大事だ。ダンジョンに潜るなら特に。
金がないと食料も買えないし、霊薬、装備も整えられない。さらにダンジョンに潜るなら登録料もいる。ある程度の金がないと、潜ったあと合法的に出てこれなくなる。
始まりのダンジョン【ラナンキュラス】は発見されてから300年間もの間、厳しい法規制の下、違法アイテムの持ち出しや魔物の違法飼育なんかを取り締まっている。ダンジョンに入る前にきちんとお¥ダンジョンから出る手続きをしておかないと大変なことになる。
「だいたい領主の娘なら金は何とかなるだろ。金持って来たら受けてやる」
「まぁお金がないと何ともならないしねぇ。分割にするにも頭金もないとね」
「それは………無理よ。」
「へ?いや隣町に戻るだけだよ…?」
「駆け落ちしますって、書置きしてきちゃったし…領主の娘が駆け落ちしてノコノコ戻ったりしたら」
貴族社会の駆け落ちは、地位も何もかもを神王に返上するという意味を持つ。一度口に出したら最後。神王の魔法が感知して、貴族じゃなくなる。そう、つまりアリス氏は事実上もう貴族じゃなくなっていたのだ。
「じゃあ帰れ。金がないなら金に釣りあうものもってこい、300000ドーラくらいのものでも構わん」
「持ってないわ、あげれるものは何もない」
「話にならんな」
「まって。ええっと、ものじゃないけど。ほんとはすっごい、いやだけど………報酬は、私でどう?」
「は?」
「私を上げるわ、領主の娘の初夜権を上げる!十分でしょ?300000ドーラ以上の値段のはずよ、たぶん。」
震えた顔でそう言い切った彼女の頬は、わずかに赤く染まっていた。
「いらん。帰れ。大体お前はもう領主の娘じゃないだろう。元だ元。元領主!」
「ねぇ、クロネ?帰ろうにもこの分だと帰る場所がないんじゃないかな…たぶんだけど」
「探し人の家があるだろう」
「無いわ、今日の朝家を追い出されたもの。家賃未納で」
「なっ、そんなバカな。一か月で家賃未納で強制退去なんてあるわけないだろ!?」
「さすがに女性をたたき出して、もしなんかあったら寝覚めが悪いんじゃない? 」
基本的にクロネは、寝覚めが悪いのが何よりも嫌いだ。安眠を阻害されるのを何よりも嫌う。三年前の事件からずっと本当の意味で安らかに眠れたことなどないというのに。
「はぁ、仕方ない。安眠のためだ。よし、こうしよう。初夜権なんぞ要らないが、その髪飾りとペンダントで前金、残りは探し人に今回の金額を請求するとしよう」
「う、わ、わかったわ。本当はおばあさまの形見なのだけど。この際だものね・・・」
金細工の髪飾りとダイヤのペンダントだけで500000ドーラはくだらないと思うんだけどな。という僕のつぶやきは誰にも届くことはなかった。
「さて、それでは非常にやる気が出ないが本格的に事件の捜査と行こうか。アーサー。内容を纏めてくれ」
「纏めるも何も、ベティ氏の失踪事件だろ?」
「いかにも、確認は大事だよアーサー。それではまずは現場検証と行こうか。アリス嬢。ベティ氏の家へ案内してくれたまえ」
「まぁ、構いませんわ。やる気になって頂けたんですものね。でも家に行っても何も無いですわよ?」
「それは見なければ何とも言えない。僕は暇じゃないんだ。早く案内しろ。その胸もぐぞ」
胸をもぐと脅されたアリス嬢の案内で現場へ向かう。
グランゼ6番街にあるその宿舎は簡単に言えばボロ屋といって差支えがないほど寂れていた。6番街は下町然とした雰囲気のアパルメントや兵役宿舎、商店街が立ち並ぶ賑やかな街だが、一本入った路地のこの場所は一段と人気がなく、いつ昼下がりにドロドロの殺人事件が起きても恐らく誰も気づかないだろう。
三回ほど路地を曲がり見えてきた廃協会のそばのひと際背が高い建物の2階が件の部屋だという
「ここですわ、でも部屋の中には入れませんね。部屋追い出されてしまいましたし。」
「そこに捨ててあるのがたぶんベティ氏の私物なんだろうね。燃やされてる。あと、鍵なんて僕には造作もない、鍵開けは得意なんだ」
「な、なんて事を!帰ってくるかもしれないじゃないですの!」
「私物には興味がない。靴は残ってなさそうだしな。部屋の前に足跡が残っていれば捜査には問題ない。アーサー、ベティの人物像を調べてくれ。特に失踪する前夜あたり、おかしな点がなかったか管理人に聞いていてくれ」
「あのね、クロネ。足跡なんて残ってませんわ!部屋の中は私が、廊下に関しては管理人さんが割とこまめに掃除していましたもの!」
「幸いなことだ、管理人がこまめならベティのことも良く覚えているだろう。アーサー、アリス嬢を連れて行ってくれ。そのほうが話が早い」
「はいはい。行こうかアリス氏」
クロネが非常階段のカギを開けて滑り込むのを見届けた後、犯罪ですわと声を荒げるアリス嬢を連れて管理人室へと向かう。ボロボロのアパートのところどころには剣や矢傷と思われる傷があり、落書きもされている。俺参上とか、相合傘とか、子供のような悪戯から、犯罪に使われたのかと思うようなメッセージ。あんまり治安が良いとはいえないであろうこの宿舎の管理人室には見た目50代くらいのドワーフのが座ってタバコと新聞を楽しんでいた。突然の来訪者に、しかも朝自分が追い出した人物が男を連れてきているのにぎょっとし、警戒しているのがありありと見て取れる。礼儀を守り、ノックをして中に入る。
「すみません」
「なんさね?」
「ベティ氏の事で」
「そっちのは朝ベティの部屋にいた嬢ちゃんさね、こっちは正当な理由で追い出したさね、何か言われる筋合いはないさね」
「ああ、違います。こっちは依頼人のアリス氏、僕は探し屋クロネの助手です。アーサーと申します。」
「げっ!!あの『ボロ屋の伯爵夫人』のクロネ・サンジェルマンの助手さね!?」
「なんですの?」
「クロネのあだ名さ。今日は捜査の為に来ました。あの、ベティ氏はいつから家賃を滞納していたんですか?」
「今日で半年になるさね。あれだけ儲かってるのに家賃を滞納する奴も珍しいんさね。ゴーレムなんて作れるようになったならさっさと払ってくれればいいのに。あいつは全くだらしない奴だったさね。」
「え?儲かっていたんですか?」
「二か月前に隠し通路を見つけたみたいなんさね。そんな事を酔っぱらって言っていたさね」
「いつから宿舎に戻ってないんですか?」
「1月と半になるさね。2週間しても帰って来ないから ああ、夜逃げか と思ったんさね。でもまぁその嬢ちゃんが来たもんだから案外そのうち帰ってくると思ってたんさね。」
「隠し通路が見つかるとなんで儲かったことになるんですの?」
「隠し通路ってことは未踏破地域だからさ」
隠し通路や未踏破エリアには宝箱以外にも新種の魔物がいたり、未知の霊薬が落ちてることがおおい。未踏破エリアの広域踏破地図なら3年は暮せる値段になることもあるくらいだ。隠し通路のスイッチの場所の情報だけでも結構な値段になることだろう。
「しかもゴーレムの素材まで手に入れていたみたいさね。呪符が届いていたさね」
「500000ドーラはするだろうね。呪符だけでも300000ドーラはくだらない」
「それだけありゃ、一年分なんてあっという間に返せるさね。年間で240000ドーラだから」
「お金はあったのに払わなかったって事ですね。ベティ氏の素性を知りたいんですが。誰か詳しい方は居ませんか?」
「元ギルドのメンバーなら知っているんじゃないさね?最近パーティを解散したらしいさね。なんでも女魔法使いが片足を無くしたらしいさね。名前はシンシアとベリルって奴らさね。女魔法使いと弓使い。」
「何時の事ですか?」
「たぶん2か月前さね?血まみれで帰ってきたことがあったさね」
「最後に一つ、いなくなる直前に変なこととかなかったですか?」
「そこの廃教会にダンジョンで手に入れた花を植えようとしていたんさね?スコップなんかをもっていって教会に出入りしていたさね。あとは、一儲けするとかなんとかいっていたさね。ま、いつものことさね」
「どうもありがとうございました。アリス氏、クロネのところに戻るよ。」
「ワシの名前はサネキチさね。何かあったらいつでもおいでさね」
愛しい方の悪い意味での一面をみて、お嬢様のアリス氏は茫然としていたようだった。肩をたたいて促し、管理人室を後にした。
クロネと合流するために先ほどの場所に戻ると、クロネはパイプ煙草に火をつけて優雅に一服していたところだった。どうやら収穫があったようで、こっちに気が付くとニヤリと笑みを浮かべる。
「やぁクロネ、足跡はあったかい?」
「ああ、四つ半って言った処か。出てきたよ。そっちの収穫にカラカサが居ることを願おうかな」
「唐笠お化けじゃないけどね。ドワーフのサネキチ氏の証言があっていれば、おそらくシンシア氏がその唐笠お化けの正体だろうね」
ベリルは男性によく使われる名前でシンシアは女性名。女魔法使いが片足ならシンシアがその唐笠だと思われる。
僕は先ほどの管理人との話をクロネに報告した。
「ね、ちょっといいかしら?どこにも足跡なんて見えないのだけど、一体何を言ってるの?」
話をしていると地面を見つめていたアリス嬢が、不思議そうな顔でこっちを見つめている。
「魔法だよ。一人に一つ神王から与えられたギフト。クロネは追跡魔法なんだ。」
神王、マナ、セフィロトなどいろんな呼び名があるこの神様は、生まれてきた人間に必ず一つ魔法と呼ばれる才能を授けてくれる。クロネの追跡魔法は、【過去一年の間に通った人の足跡を追うことが出来る】という地味なものだ。
足跡だけでなく、履いていた靴の種類や、指の本数など、足に関する情報を知ることが出来る。
探し屋家業以外ではストーカーか病的な愛を掲げてるラミア族くらいしか羨ましがらない才能。クロネはこの魔法で【10番目のダンジョン未踏破者】というこれまたユニークなあだ名を持っている。先駆者の足跡を追って、魔物の足跡から周回時期を割り出して効果的に隠れ、ラストボスの前まで行ったが、戦闘能力皆無のクロネでは戦闘できずに扉に落書きをして帰ってくるという異業は、まだ誰にも破られていない。最も好き好んで破るやつもいないだろうが…
「そのとおり。さて、では追跡を始めよう」
「でも足跡は一つじゃありません。どれがベティだかわかりますの?」
「ベティ氏の足は30cmくらいだろう」
「確かに領主の部屋にあった彼の鎧は大きかったですわ。でもなんでわかりますの?」
部屋に戻ったときにたまたま部屋を間違いましてよ?と下手な弁解をするアリス嬢を横目に簡単だよと言わんばかりのしたり顔で推理を披露し始める。
「単純に足跡の数が多いのが部屋主だろうという安易な推理もあるが、足跡の四つの中で極端に足が大きすぎる。管理人はドワーフだろう?ドワーフ族は足の指が4本しかない。あとはアリス嬢の足跡と、こっちはブーツのようだから弓使いのベリル氏。連れ添っている片足はシンシア嬢かな」
「鎧による肥大化足症候群か。ベティ氏は戦士か騎士だったのか」
肥大化足症候群は、駆け出しの冒険者によくある病気だ。主に鎧姿の職業にありがちで
全種族対応の安い鎧を使うと大きめに作られている靴底と足の大きさが合わなくなり、足裏が変形して肥大化する。ギルドとしてはオーダーメイドを推奨しているが、駆け出しにそんなお金はない。
現状出回っている冒険病の一つだ
「では諸君。追跡開始だ。ついてきたまえ」
足跡を追跡していくとやはりダンジョンの方へ向かっていた。途中で酒場、武器屋、娼館のほうにいく足跡もあり聞いてみても誰もここ一か月半は見ていないらしい。
女好きのベティと言えば有名だと娼館のお姉さんも言っていたが行く先々でトラブルを起こしていたらしい。黙っていれば美男子だったがひとたび口を開くと屑さが溢れ出ていたようだ。ツケも溜まっていたようで、近々一括で返すと豪語していたとの話も聞けた。やはり、金の当てがあったらしい。
「相当恨まれていたようだ。かえって人物に興味が出てきたな。」
「誰が犯人でも可笑しくないような感じだね」
「いや、もう犯人は目星がついている。恐らくベティは生きてはいないだろう」
「な、何てこと言うんですの!まだ分からないじゃない!!生きているかも」
「あれだけの屑人間の話を聞いてそこで激昂できる君の歓声が今一分からないがね。恋は盲目というやつか」
「失踪事件から殺人事件に早変わりって事か。まぁ珍しくはないけどさ。」
「さてそれではダンジョンに潜ってみよう。恐らく僕の推理が正しく、見落としや隠れ情報が無ければ、ベティの魔法はアーサーと同じ収納だろう。そして多分ベリルは追跡だろうな」
自分と同じ種類の魔法を使う人間にお目にかかるとは、と呟いたクロネは楽しそうだった。
ひさびさのダンジョンに潜る手続きをしていると視線を感じる。
そのべっとりとした視線を背中に張り付けたまま薄暗い迷宮へと潜るのだった。
さて最初の容疑者は四人
アリス
サネキチ
ベリル
シンシア
次は解決編です。