婚約破棄の作法
「婚約破棄だ!!」
殿上(正式名称:お立ち台)の上から男性が叫ぶ。
見下ろす先には女性、すなわち男性の婚約者が立っている。
彼女に向けて行うのは、罪の弾劾である。
「銘菓を購入当日に持ってこなかった」
「馬車の扉の蝶番の色が気に食わない」
一通りいちゃもんをつけたところで、選手交代である。
男性の恋人(当然、婚約者ではない)が(何故か恋敵である)女性の弁護をするのである。
「前に私が、お肉はちょっと寝かせたほうが美味しいといったから」
「ついうっかり、蝶番の色とドレスの色をコラボさせてしまったのです」
うん、弁護なんだか電波なんだかさっぱりだ。
そして元婚約者の男性と恋人が手に手を取り合ったところで、バックダンサーがずずいっと前に出る。
「彼女は素晴らしい」
「彼女は愛らしい」
「彼女はふさわしい」
彼らは男性婚約者の親友であり、なんと恋人に想いを寄せている(という設定の)賑やかしである。
ここで満を持して国王登場。
「うむ。婚約破棄を認め、新たな婚約を認める」
以上これにて、婚約破棄の手続きが、つつがなく無事に終了したのである。
ふぅと国王は溜息をつく。
「やれやれ、国祖トオコさまの偉業は多々あれど、こればかりはわけがわからぬ」
数々の革新的な発明をもって一代にて大国を築き上げた偉人ではあるが、この婚約破棄の儀式だけは不評である。
なにせ素人芝居を衆人(しかも貴族たち)の目の前で繰り広げなくてはならないのだ。
並の精神力では、最後までやりとおせない。
しかも観客は途中退席を認められない。
偽装招待状を察して出席拒否をしようにも、大抵は回避不能に手を打たれており、やむなく耳栓を持参する羽目になる。
国王も今日、このためだけに出待ちをしており、廊下で立ったまま書類仕事を片付けていたのだ。
もっともそれに不満などない。なにせ美味しい役どころだからだ。男性婚約者の親友役に比べれば。
ちなみに婚約を破棄された女性の方は、目がいろいろ死んでいた。
曽祖父の時に決められた婚約が先日発覚してより、王宮中の同情を一身に集めていた。
男性婚約者の方も死んだ魚のような目をしていたが、そこは恋人が献身的に支えたのであろう。
手続き終了後は、抱き合うように泣き崩れた。
いろいろ不安だったのであろう。なにせ久方ぶりの婚約破棄の儀である。
失敗したら目も当てられないどころか、結婚一直線である。
曽祖父の時代ならともかく、現代では情勢も変化しており、政略結婚のメリットなど殆ど無い。
あるのは処理しきれないデメリットであり、文字通り人生の墓場に一直線である。
それも、両家を巻き込んでの。
無事婚約が破棄できて、両家のみならず親類縁者に家臣使用人、一堂皆安心したことであろう。
「まあ、うっかり破棄できないからこそ、婚約も結婚も慎重かつ真剣に取り組む…と思わぬことにはやってはおれぬな」
出来た当初は優れた制度も、時が過ぎれば色々と制度疲労が出てくるが、特にこれがひどい。
晩婚化の原因である。結婚(妊娠・出産)適齢期は変わらぬのに、初婚・初産年齢がじわじわと上がっているのである。
もっとも貴族が増えて困るどころか足りないくらいなので、他国に比べて政争はかなり少ないのであるが。
ちなみに庶民の方は、もはや婚約など影も形もなく、同棲という事実婚の後、妊娠してから結婚する始末である。
まぁ庶民にしてみれば、あの婚約破棄の儀など手間も時間もカネもかかるうえに、そもそも男性婚約者の男友達役が恥ずかしいというので誰もやりたがらないがゆえの実情ではあるが。
何故に他人の恋人を褒め称えねばならないのか。
国王は国祖の肖像画を眺めては、いつものようにぼやく。
「なぜ、目線が入っているのやら」
ちなみに額縁に刻まれた本名は、ウッホー・イイオ・トウコである。
性別は不明、とだけ言っておこうか。
(おしまい)