表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リトルリーグ・リトルガール  作者: 翠川稜
リトルリーグ・リトルガール
6/39

5





 トーキチ、お前、今日の試合が何日だかわかってる?

 3月14日のホワイトデーってヤツなんだよ。

 先月のチョコレートのお礼に、リトル卒団の最終試合を勝ちで終わらせたいじゃないか。

 みんな口に出さなくても、お前を勝利投手で終らせてやりたい気持ちがあるんだよ。

 実は岡野なんかお前にベタボレだし、卒団した小柴さんだって、お前のこと気にかけてた。

 そんなこと知らないだろ。

 女って、肝心のところ、全然わかっちゃいねーんだから。

 そんな中でオレはお前とバッテリー組んでて、すげえ、うらやましがられてんの、実は得意だったぞ。

 オレから見れば、お前は確かにオンナノコってカンジはしねえ。

 でも、なんてゆーか、憧れたよ。

 同い年なのにな。おむつしてた頃から一緒だったのにな、おかしいよな。

 でも、オレより先にリトルに入って、ユニホーム着て、マウンドに立つお前は、文句なしにカッコよかった。

 プロ野球選手もすげえけど、もっと身近なオレの憧れのピッチャーだったんだ。

 そんなオレの内心なんて、トーキチのヤツは知っちゃいない。




 マウンド上でロージンバックを握り、指を整える。

 試合は最終回まできた。

 二死満塁。向えるバッターは4番。

 さっきから何球もいい飛距離でファールを上げている。

 三塁ランナーは足が速い。いつホームに突っ込んできてもおかしくない。

 なのに、こんな時でも、マウンドに立つトーキチは怯まない。

 さっきの打席の時、トーキチ得意のスローカーブはタイミングを計られていた。

 だから……打ちあがっていたんだ……。

 なら、もうここしかねえだろ? こい。


 直球ど真ん中だ。


 オレの出したサインを見て、表情一つ変えやしねえ。

 もし、オレがピッチャーで、こんなサイン出されたら、表情でまくりだろう。

 オレが出す、どんなサインも、お前は無表情で投げてきた。

 このチームが負けるのは、オレが研究不足でリードが上手くできなかった時が多い。

 そんな負け試合でも、試合が終るマウンド降りる瞬間まで、お前はオレの指示通り投げてきた。

 その身体を肩をしならせて精一杯のストレートがオレのミットに収まる。


 「ストライク!」


 審判の声がグラウンドに響き渡る。


 「うたせてけー!」

 「こっちこーい!」


 野手のみんなが声をかけてくる。

 オレはボールをトーキチに投げ返す。

 トーキチは足場を慣らして、オレの次のサインを待つ。

 もう一度だ。


 もう一度、直球ど真ん中。


 トーキチのストレートは球速があるわけじゃない。

 本人はそれをわかってるし、実際苦手だろう。

 小柴さんのような豪速球ピッチャーの後釜に納まったのは、コントロールとスローカーブが武器のお前だから、できれば、そっちで勝負したいだろうな。

 でも、この4番はお前のスローカーブを狙ってる。

 トーキチは、表情に何も浮かべず笑顔さえもなく、オレの指示通り投げてきた。


 「ツーストライック!」


 パシィンとトーキチのボールがオレのミットに収まる。

 今度はどうだ?

 またストライクで攻めると思ってるか?

 バッターはバッターボックスから一度出て、2、3度スイングをしてから、またバッターボックスに戻る。

 振りたいだろう、ここで振ったら逆転だもんな。

 4番のプライドにかけて、勝負に出たいだろうさ。

 内角に投げるように、オレは指示を出す。

 でも、球種はストレートだ。

 内角から外へ変化するスローカーブに出だしは見えるはず。

 勝負に出たと思って、思いっきりバッド振ってくれよ。

 バッターのグリップを握る音が聞こえる。

 力入ってるぞ。


 来い、トーキチ!


 トーキチは内角ストレートを投げる。

 ミットを構えるオレは、一瞬思う。

 最後の試合だから、オレの指示じゃなくて、自分の投げたいコースに投げたい球種で勝負したいんじゃないかって。

 でも、それはほんの、一瞬だった。

 トーキチはオレの指示通りのコースで、ストレートで投げてきた。

 バッターが思いっきりスイングする。

 パシイィンとオレのミットにボールが届く。

 空振り三振!!


「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!!」


 野手がトーキチの背中をバンバン叩く。


「やった、やった、トーキチすげえ! 最後粘ったなあ! 三振だ!!」

「偉い!」


 バッターは悔しそうに呟いて、ホームにバッドを叩く。

 マスクを上に上げて、マウンドに視線を送っていると、相手バッターは呟く。


 「最後の試合だってーのに、しまんねえ終り方」

 「コッチは心臓ドキドキもんだった」

 相手は驚いたような顔でオレを見る。

 「……ウチのピッチャーの引退試合だからな、花道つくってやりたかった」

 「オレ達も引退だ」

 「あいつ、女だから、もう、野球はこれでお終いにするんだと」

 「……なんだそれ、あいつ、女じゃねーだろ。勿体ねえ」


 それは褒め言葉なんだろうけど、トーキチに伝えようかどうかは迷うところだ。


 「全員整列!」

 道具をそれぞれベンチ近くに投げて、感動の余韻をまだどこかに残しつつ、ホームベースを挟んで一列に並ぶ。

 「3対2で梅の木ファイターズの勝利! 一同礼!」


 『有難うございました!!!』


 45度に身体を曲げて、帽子を外してフカブカと一礼する。

 帽子を被りなおす。

 あとは荷物をまとめて集会場でもんじゃ大会だ。

 多分、そのまま、卒団会になる。

 勝ちゲームで卒団会は気分がいい。

 だけど、そうしたら、オレ達がこの「梅の木ファイターズ」のユニホームを着ることはもうない。

 3年間このチームにいたオレがこれだけ名残惜しいんだ。

 多分、トーキチは……オレ以上に想うところはあるんじゃないかな。


 「トーキチ」

 「……ヒデ」

 「勝利投手じゃん」

 「ヒデのリードが想いの外よかった」

 「なんだよ、それ」

 「褒めてんの、ヒデ……」

 「あ?」

 「ありがとう」


 らしくねーじゃん。そんな顔は。

 勝ったんだから、笑えよ。

 泣き出しそうな顔すんな。

 オレはトーキチの帽子の鍔をグッと下に向けさせて、顔を半分隠してやった。

 頼むから、泣き出すな。

 いつだって、お前は泣かなかっただろ?

 むしろオレの方が泣いていたぐらいだったんだから。

 すげえ勝手だなって自分でも想うけど、そのユニホームを着ているうちは。


 最後の最後まで、オレの憧れのピッチャーでいてくれ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ