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リトルリーグ・リトルガール  作者: 翠川稜
キャッチボール・プレイボール
32/39

7





 「どうしたの? 中谷君」


 透子がリトルリーグの監督代行になって1ヶ月経過。

 秋も深まって、プロ野球はシーズンオフ。

 透子はマスコミが流す野球の情報よりも、受け持ったリトルリーグに意識を集中させているようだ。その様子を見て美香は一安心していた某日。中谷がウィークデイにも関わらず、昼休み時に美香を尋ねてきた。


 「ごめん、昼休み中におしかけて……仕事で外に出たんだけど、この近くに来たから」

 「ううん、逆に、なんか嬉しいな」


 美香はにっこりと笑う。この笑顔が凍りつく事実を中谷は今、握っている。

 中谷もできればこんなことで、美香を訪ねたくは無かった。もっと、普通に、関係を進展させるための訪問をしたかったと思う。


 「あの。藤吉さんて、荻島のこと、まだ好き? 前、云ってたじゃん? 荻島のスクラップ作ってるって、まだやってるの?」

 「……なんで?」

 「荻島の記事がでるんだ」

 「メジャー移籍の?」


 それはシーズン前から騒がれていたことだから、美香も知っている。


 「違う。ゴシップ系だよ」

 「ゴシップ?」

 「コレ系」


 中谷が小指を立てる。

 美香はそれを見て、笑顔を消した。


 「詳しくは明日発売のヤツだけど」


 中谷は写真雑誌を美香に渡す。

 表紙に載っている幾つかの扇情的な見だしから、荻島の記事を瞬時に見分けて、ページを捲る。




 熱愛発覚!?


 女優の時村亜里沙(28)とブルーオーシャンズのピッチャー荻島秀晴(24)が深夜デートを本誌が独占スクープした。2人は10月27日の夜、東京・六本木のイタリア料理店で食事を楽しんだのを本誌カメラマンが激写。

 この後、2人はタクシーで某ホテルへ直行している。

 時村亜里沙は今年公開された映画「この空へ」に出演し、今のりにのっている女優。これが本当に"お忍びデート"なら大物カップルの誕生だ。だが球団側からのコメントはなし。荻島本人からのコメントもとることはかなわかった。「荻島さんとは親しくさせていただいてます。一緒に食事をするいい友人です」と時村は語る。時村の事務所は「プライベートなことなので、本人の意思にまかせている、いい友人らしい」とのコメントだ。

 荻島は今期チームの成績を上げて、メジャーへと移籍を考えているようだ。となると時村は遠距離恋愛かそれとも彼と一緒にアメリカへ。ハリウッドへ進出か……!?




 一通り誌面の文字を追って、内容を確認したけれど、美香はしばらく動けなかった。

 中谷が声をかけるまでは。


 「美香ちゃん」

 「……」

 「もしもし……」

 「……かないの?」

 「え?」

 「連絡つかないのっ!? この人にっ!」


 声を押し殺しパシパシと雑誌を指で弾く。


 「うーん……そろそろ、連絡、入ってもいい頃なんだけどさー」


 雑誌を持つ手がブルブルと振るえている。


 「……時村亜里沙なんて……人気女優じゃないのよ、荻島君……」

 「うん大物」

 「確かに、ここしばらくはスクラップなんてしてなさそうだけど……。そういう素振りは見せないから。電話でもメールでもリトルのことばっかりだし……」


 美香がうーっと唸る。


 「けど、だいたい、なんで5年も荻島にこだわるんだろうね」

 「……」

 「5年は長いだろ」


 中谷に言葉に、憤りを和らげて美香は呟く。


 「好きだって、一言も云えなかったのが、ダメなのよ、透子は」

 「?」


 云っておけば、切り替えができたと美香は思う。

 云って、気持ちを伝えて、相手のリアクションがあれば、こんなにグダグダにはならなかった。

 藤吉透子は荻島秀晴がプロ野球選手だから、好きでいるというわけではない。

 透子の初恋で、バッテリーだった相手に、自分の気持ちを、伝えないで、2度も離れたのが良くなかった……。

 透子の中の綺麗な思い出だけが、純粋に野球を、荻島秀晴を想う気持ちを固めてしまい、そのまま時間だけが過ぎたのだ。


 「あたしのことなんて、気にしないでさっさと告白しておけばよかったのに」

 「美香ちゃん」

 「あたしだって、透子のこと大好きで大事なんだから」


 その言葉をちょっと自分に言われてみたいなと中谷は思う。


 「たった一言だけど、云ってしまえばよかったのよ。そうすれば、進展があったのに」

 「云えば荻島は喜んで受け入れたかな」

 「……受け入れないの?」

 「音信不通になったのがなあ……荻島の方にも気持ちの変化があったんだろう?」

 「変化ね……荻島君は変わらず、透子を好きだと思ってたんだけどな」

 「……」

 「高校の時、あれだけ透子のこと大好きだったでしょ、端から見てても丸わかりで、こっちが照れくさくなるくらい素直でそれが変わるの……?」

 「だから、5年は長すぎるんだよ」


 パンと雑誌を叩く。


 「そうね、良いキッカケかもしれないわね……透子は……、荻島君を振りきって良いと思う」

 「……」

 「荻島君を変わらずに想う透子も好きだけど、もう、いいでしょう」




 少しずつ、秋が深まってきていると透子は思う。

 グラウンドを囲むイチョウの木が綺麗に黄色に色づいていた。


 「お疲れ様でした!」

 「お疲れ様でした!!」


 日に日に気温が下がっていくのに、子供達は元気だ。

 一生懸命ボールに向っている姿を見る度に、彼等から元気を分けてもらっていると実感していた。


 「監督は――――誰のファンなの?」

 「ファン?」

 「野球選手だよー」

 「うーん、やっぱり荻島選手かな?」


 透子が笑うと、子供達は「だよねー」と一斉に返す。


 「おかあさーん、やっぱ荻島選手だってー」

 「お母さんたちと同じだったよー」

 「そうなの!?」」


 子供達が片付けていると、お母さん達が話しかけてくる。


 「じゃあ、ショックだったわよね」

 「何がですか?」

 「あれ、監督TVとか見てないの?」

 「はい、ちょっとここ2、3日、仕事も忙しくて」

 「昨日のことだもんね、無理ないか。朝もこうやって早いし」

 「?」

 「荻島選手と女優の熱愛報道よ! でも、あれよね、荻島選手はメンクイだったのね」

 「時村亜里沙と熱愛なんだってー、野球選手って結構年上の女性が好みなのかな? 多くない?」


 母親達の会話を聞いて、透子は一瞬、息が止まる。


 「ね? 監督」


 同意を促されて、透子はようやく我に返る。


 「……そ、そうですね。ははは」


 子供達が声をあげて、自分達の道具をしまいこんで、帰り支度をしている。

 週末に見なれた光景がそこにあった。

 だけど、いつものように、それを見て和む気にはなれなくなっていた。

 子供達と親と解散した後、透子はユニホーム姿のまま、グラウンド近くのコンビニに行く。

 雑誌コーナーに視線を向けて、昨日発売された写真週刊誌を探し出して、手を伸ばした。

 いくつかの見だしに、秀晴の名前を見つける。

 カウンターに出すと、高校生ぐらいのバイトがレジを通す。


 「320円です」


 云われるままに支払った。

 その仕草がガチガチと機械的だと、透子自身も自覚している。

 グラウンドに戻って、ベンチに座る。

 震える手で秀晴の記事を捲った。記事を2回ほど読んだ。そして、記事と一緒に掲載されている写真を見た。白黒だけど、肌が美しいとわかる女性と、サングラスをした秀晴が肩を並べているショットが大きな見だしと一緒になっている。

 昔、透子が予想した未来がそこにあった。彼はいつか大きくなって有名になって、その世界で自分とは違う女性を選ぶのだと……それが現実になって手元の雑誌が透子に知らせる。

 一緒にバッテリーを組んだ野球少年の影は、その写真からは見えない。


 「―――――ヒデ……」


 雑誌が滲んで見える。カサカサとなるのは枯れ葉ではなくて、透子が雑誌を握り締めたために鳴った音だ。

 ポタっと雑誌に水滴が一つ落ちると、そこからは、涙が止まらなくなっていた。

 カサカサという音から、止まらずに、こみ上げてくる自分の嗚咽だけが透子の耳に残った。






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