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ヒデのやつめ。バラしたな。
でも、もういいよ、この際。
あたしが元リトルのエースなんて話。知られようが、知られまいが。
なんか気分が……野球やってみたい気分になってるし。
グラブの皮の臭いのせいかなあ。
バイト辞めてからこっち走ってたせいかも?
以前、小柴さんが云っていた。
あたしは野球に関わっていた方がいいって。
あたし、そんなにグラブ持ってると周囲に与える印象とか違うのかな?
ヒデとキャッチボールしてる時もなんか癒されるっていうのか、落ちつくっていうのか。
ヒデの単純なところがボールで伝染してくるのかも。
いろいろグダグダ考えなくて、自分が素直になってる気がする。
「なあ、だけど次の次、笹原がバッターだったんだけど、どうするよ」
「いいじゃん、トーキチに打たせろよ。相手ピッチャーぐらいなら打てるだろ」
どのくらいなのかな? 相手ピッチャー大丈夫かな。速いのかな。
「相手、変化球投げれないみたいだし」
……てことはストレート速球派か?
「とりあえず、オレ、バッターボックスな」
樫田君がバットを持ってバッターボックスに入る。
「え、じゃあ、あたし、ネクストサークルでOK?」
「おう」
あたしがネクストサークルに向うと、相手チームのリーダー格がやってきた。
「ちょちょ、ちょとまて、タイムタイム!! 2年! なんでネクストサークルに女子がいんの?」
「さっきのピッチャー返しで選手交代」
ヒデはしゃあしゃあと云ってのける。
「はあ!?」
「だってピッチャー、こいつでやるから、笹原の打順に入ってもらってる」
3年の先輩達はあんぐりと口をあけている。
だよね、いくら生徒自主運営の球技大会でも女子を混ぜるのは……ないよね。
「いいじゃん、先輩、オレが投げるよりは」
ヒデはニヤリと笑う。
ネクストサークルにいるあたしまで、背筋に悪寒が走った。
有無を云わせない実力を盾にした発言。
3年はグっと一瞬押し黙る。
「ハンデつけてって云われてるし」
「ハンデって、おまえ、さっきのピッチャーライナー見てたろ? 女子の顔にあたったらどうすんの?」
「大丈夫です、あの、一応、リトル入ってたんで」
あたしが口を開く。
「あたし、やってみたいんで、お願いです、やらせください」
「……オレもお願い!!」
ヒデが3年の先輩の手をとって、お願いポーズをする。
「責任はオレらもたんよ」
3年はベンチに戻っていった。
ヒデはあたしのメットをポンと叩く。
「お前になんかあれば、オレが責任取るから大丈夫」
その発言は……意味深だなあ、だけど、そんな事になったら、夏大会どころじゃないでしょうよ。
だからあたしはこういうしかない。
「大丈夫、元エースだから」
あたしの言葉にヒデは一瞬ポケっとしていたが、試合モードの笑顔でいう。
「頼むぜ、トーキチ」
試合再開。
ネクストサークルからマウンドのピッチャーのフォームを見る。
速い。
120キロ近くは出てるかもしれない……でも、コントロールはばらつきがある。
コントロールのばらつきっても、あのストライクゾーン内に収められるんだから、練習しないとなかなかできないよ。
球技大会でピッチャーやってるのはやっぱりそれなりの経験者だもんね。
樫田君はボール、ストライクの次に、内野ゴロ。で、アウト。
あたしは樫田君のバットをチームの人に渡して、自分がバッターボックスに入る。
「怪我してもしらないよ。デッドボールだってあるんだよ」
マスク越しに言われて、あたしはバットを何度か素振りする。
「それに、打てないでしょ、女の子に」
打てません、てか打つ気はないよ。
あたしはバットを構える。
ピッチャーが投げた。
速いけど、見えないこともない。
「ボオ!」
うん。速球にしてはやっぱりコントロールは、いまいちだな。
こんだけ早ければ、女子相手なんだからド真ん中に来てもいいのに……外角よりか。
ああ、デットボールを気にしてるのか。だから外に自然とむかっちゃうんだね。
なら……。
2球目のボール、あたしは構えていたバットを水平に下ろして押し出す。
速くて打てないけど、当てることはできた。もともと、こうするつもりだった。
「な!」
「バント! サード!!」
サードが捕球して投げるけど、あたしの足の方が速かった。
一塁でたよ。
クラスのベンチが沸いた。
一塁の選手があたしを見る。
「すっげえ足速いね、陸上部?」
「吹奏楽部です」
先輩は首を傾げているようだった。
よおし。
あとは足でひっかきまわしてやる。ホームに戻るぞ。
あたしはリードをはじめた。
バッターはさっきまでキャッチャーやってた小沢君だ。
初球を思いっきり打つ。カキンっと良い音がして、ボールがセンターとライトの中間地点へ上手く落ちた。
とにかく全力で二塁を蹴る。
三塁のコーチャーに樫田君がいて、回れのサインを出していた。
「スライディングなしでOK、ホームへ行け!」
ライトからセカンドの捕球がミスで三塁打だった。
1点奪取。あと2点差。
ベンチに戻ると、みんな両手を出してハイタッチだ。こういうのもすっごく懐かしい。 楽しい。
最後にヒデにパンっと手を合わせる。
「良く走ったな、トーキチ」
あたしはバッターボックスに視線を移す。
「スクイズ?」
「打たせていこうぜ、ここは、お前が抑えやすいだろう、ホレ」
ヒデはあたしにグラブを渡す。
「ちょいと投げ込みしとけ」
「うん」
あたしがベンチ脇で肩ならし程度に投球練習を始める。
とりあえずストレートを、次は得意のカーブ。
バッターの応援をしていた数人と美香が、投球練習の方に注目する。
「遅いでしょ」
「……」
ヒデのことだから、遅くなったなあとか云うかと思ったんだけど、何も言わない。
「大丈夫、良く曲がってるよ、カーブ」
「……」
「それに、笹原も速球派だったから、お前のスピードに慣れる頃には試合終了だ」
打者は内野安打、一塁アウトだけど、もう1点追加。
あと1点のツーアウト。試合展開も気にしつつ、投球の確認も怠らない。
「よし、あと、アレも投げられるか?」
「アレね」
チェンジアップ。
ただでさえおっそいボールが更に遅く見えるから、バッターはタイミング取りづらいだろう。
しかもこれはどっちかっていうとチェンジアップっていうより―――――。
ボールは変化してヒデのミットに届く。
「おお! 投げられるじゃんよ!」
「ストライッ!! スリーアウト! チェンジ!」
審判の声が聞こえる。
ヒデはマスクを持って、キャッチャーポジションへ向う。
クラスの男子が何人か背中を軽く叩く。
「しまって行こうぜ」
「打たせていけよ、オレ等も捕るからな!」
あたしは頷く。
心臓が……ドキドキしてきた。
本当に5年ぶりのマウンドだ。
深呼吸をした。
このドキドキ感は、やっぱりここ以外じゃできない。
ボールはヒデのミットに届くから、大丈夫怖くはない!!




