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復興者のトリニタス  作者: 上野衣谷
第一章「かつて英雄と呼ばれた女と男」
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第5話

 その姿は──死の舞。

 リカ・ケトラ大尉。種族はエルフ。エルフとは、ロー半島南部に位置する島、セツリ島に多く住む人とは異なる存在。そのほとんどは美しい金髪で、肌は白く美しく、耳は長い。そして、人間との決定的な違い──魔力。

 リカは、己の身体を魔力で簡易的にではあるが強化した。武装した男四人相手とあっては、リカも手を抜く訳にはいかない。無論、彼女が本気を出すとなれば、まずは武装する必要があるが、装備が手元にない以上、今、それは叶わない。そうであったとしても、リカが全力を出せないにしても、男四人なら──いや、男四人程度なら、この身と剣があれば十分事足りた。

 その剣の一裂きは、固い鎧をまるでただの布の服を切るように切り裂き、内側の肉にまで達する。その威力は、およそ、金属的な鋭利さとは全く別種のただならぬ脅威。鎧などただの飾り、そう表しても問題ない。

 しかしながら、流石に四人もいれば、一撃くらいは入りそうなもの。一人やられて残る三人だが、リカをなるべく囲うようにして陣取る。囲んでからの、一斉攻撃。これにはさすがのリカも避けきれず、二撃避けたところで、最後の剣を左手の甲で受け止め──強い苦悶の表情を浮かべながら、右手に持つ剣で、敵一人を切りつける。既に、魔力により強化されている剣は、右手のみの軽い払いでも、篭手の装着された手を動けなくさせるくらいには痛めつけることができたが、問題は、リカの左手。

 リカに対峙する残る二人の男は思った。左手に一撃を加えた、と。例え利き手でなかったとしても、左手が使えなければ、戦いは多少有利になるはずだった。だが、その予想は大きく外れる。リカは、再び両手で剣を構える。その左手に傷は、ない。魔力で強化された服は、鉄製の防具くらいの強度を持ち、軽い剣ではとても貫けないような装甲となっていたのである。


「!? な、なんだおまえ!」

「化物かよ!」


 二人の男の声は、もはやただの音でしかなく、リカを止めるには至らない。

 リカの周りには、四体の男どもの身体がいも虫のように転がっていた。何体かからは、赤い液体が流れており、その返り血は、リカの軍服の足元付近へぽつぽつと付着していた。

 カイの目の前の相手は、仲間が負けたことを悟ったらしい。だが、もはや退路は断たれている。彼にできるのは、目の前のカイを倒すことくらい。にらみ合いをやめ、カイへと男が斧を振り下ろそうとしたその時、パン、という乾いた、けれども耳に強く響く音がして、カイの目の前の男は肩を抱えてうずくまる。カイは何が起きたかはわからないが、ともかくチャンスとばかりに男を捕縛。


「ま、まにあいましたぁ~!」


 カイが、音のした方を見ると、そこには、マスケット銃を構えてにこにこしてるキアラがいた。銃口からは、小さく煙が上がっており、マスケット銃より放たれた銃弾が、自身の目の前の敵を打ちぬいたということが分かる。もっとも、銃に鎧の固い部分の装甲を貫通してまで致命傷を与える力はないのだが、今回、その事は目の前にカイがいることにより問題とはならなかった。


「……えぇ」


 カイは二つの意味で安心する。一つはもちろん、目の前の男の斧による攻撃を受けなくて済んだこと。もっとも、カイはきちんと避ける算段はあったし、避けきれると思っていた。そして、もう一つは、キアラの放った銃弾が自分に当たらなかったということ。むしろ、こちらの方が大きい。

 カイの戦闘がキアラによって終止符を打つ頃には、ミハエルはとっくに男二人を倒しており、捕縛していた。

 争いが収まったのを見計らってか、教会の中から、教会の人間と思われる人達がぞろぞろと出てくる。リカは、医者はいるかなどの交渉をし始める。民族解放戦線を名乗った男たちは全員怪我こそしているものの、致命傷とまではなっていない。後は、この男たちの生命力にかかっているだろう。応急処置を終えたら、軍上層部へと身柄を送ることになる。その後の扱いは、カイらには分かったところではないが……。

 カイは、戦闘の後処理が行われている傍らで、銃を持ってぼへーっとしているキアラへと駆け寄る。


「ちょ、ちょっと! キアラちゃん!? な、なにやってくれてるの!」


 カイの慌てた表情に、キアラは一体何のことを言っているのか分からないと言った目でカイを見て首をかしげている。カイは、きちんと言葉にして今自分が思っている強い思い──というか恐怖心を事細かに説明してあげることにした。


「もしかしたら、キアラちゃんは銃の扱いに長けているのかもしれない、訓練で沢山的に命中させてきたかもしれない。勿論、小規模ながら戦闘であり、相手の方が数は多く、それも十分な武装をしている。その戦闘に果敢に参戦してくれるという意気込みは非常にありがたく、軍人としてすべき行動だっただろう。だけど、もう少しやり方ってのがあるんじゃないのか?」


 久々に上から物を言える相手だったからか、カイはやけに饒舌にぺらぺらと語ってみせる。


「は?」


 命が助かり、機嫌良く話しているカイに対して発せられた言葉は、およそ目の前のきゃぴきゃぴとしたあまりにマスケット銃が似合わない──まだ剣や斧よりはよっぽど似合っているが──少女が発したものとは考えられないものだ。


「え?」


 思わず、カイも、聞き返してしまう。その「は?」は、キアラが意図して発したものではなく、単なる偶然、何か返答をしようとして誤って発せられてしまった音だということを期待してのことだ。カイの期待は、けれども、残念ながら、裏切られることとなる。


「いや、だから、は? って聞いたんですよ。なに? キアラが外すと思ったってことですか?」


 きゃぴきゃぴとした空気は一切なく、カイをまるで下種のように見下した目線で見てくるこの少女は、果たして──


「キアラちゃん、だよね……?」

「その、キアラちゃんって呼び方やめてくれます? 伍長でいいし……。そんなプライベートに踏みこむような接し方、迷惑なんですケド。リカ様やサルヴァトーレ様ならともかく……」


 後半、エルフとハーフエルフの名前を呼ぶ時、僅かにうっとりとした表情になったのは、決して気のせいではないだろう。なんなら、身体もくねくねさせて、スカートをひらひらと可愛らしく躍らせていたりする。それは分かるが、カイの理解はあまり及んでいない。ともかく、自分が暴言を吐かれたのは確からしいのだが……。


「キアラ、こう見えても銃の扱いは、ナッサウ曹長より上手いし、なんなら、部隊の中でも一番って自信ありますよ? そりゃあ接近戦になったら、かよわいキアラに勝ち目はないかもですケド。だから、クッソどうでもいい心配しないでください。あと、もうキアラちゃんって呼ばないでくださいね」


 クソだのなんだの汚い言葉が次々と飛び出す。二重人格かなんかだろうか。いや、違う。多分、この子、危ない子だ。触れたらいけないタイプの子だ。無論、カイの立場であれば、強く注意してこの態度を是正させることは出来る。強制することも出来るだろう。軍隊で階級は絶対。しかし、それをしてしまえば、もう二度とキアラとの関係が良好になることはあり得ないだろう。今すでに、良好とは言いがたい関係になっているような気もするが、冷戦状態になるよりは幾分かマシだと言える。それに、もしかしたら、時間が経つにつれ、自分に対しても、せめてもう少し普通に、上官に対するあるべき接し方で接してくれるようになるかもしれない。

 そして、さらに注意しにくい理由として、実際に一発で命中させるという技能を見せていることだ。もしかしたら偶然かもしれないが、これを盾にされたら余計強く言えない。元来、銃は一対一の戦闘で用いられるようなものではなく、多数対多数だから当たる──下手な鉄砲数打ちゃ当たる理論で運用するものなのだ。にも関わらず、見事狙った相手に一発で当てているキアラは本当に彼女が言う通り凄腕の射手なのかもしれない。

 以上の考えから、カイは注意することをやめておくことにした。なんと返答したら良いのかわからないので、とりあえず褒めておくことにする。


「そうなんだ……そっか、そっか。それはすごい」


 先ほど適度に不満をぶちまけたからか、キアラは、その発言に対しては何か言うことなく、代わりに、一瞥をして、その場を去り、その場を去っていってしまっていた、多数の市民を呼び戻しに行った。

 騒ぎが収まったのに気づいてか、少しずつ市民が姿を現し始める。顔を見るに、この手の騒ぎは頻繁に起こるようで、慣れたものなのか、ちらほらと、


「終わったかぁ」

「さっすが軍隊さまだぁ」


 などという声が聞こえてくる。治安の悪さを象徴するかのような発言に、カイは少し戸惑いつつも、市民に対して説明をしなければならないと市民を集めることにした。ミハエルとリカは教会の人と協力して治療やら何やらをしているため、手が離せそうにない。


「すみません、皆さん。この民族解放戦線を名乗る人達の後処理もありますし、配給の食料が、ほら……この通り、ぐしゃぐしゃになってしまってるというのもありますので、また、明日、お願いします」


 その声に、仕方ないな、という人もいれば、なんだなんだと文句を言ってくる人もいたが、それは個別になだめる。そのうち一人が、カイに話があると言って寄ってきた。なんでも、一帯の市民を取り仕切っているらしい。それなりの年齢で、歩みもしっかりしているとは言い難かった。

 その長老が出てくると、村の人達も一旦は文句を言う者はいなくなり、後は、代表して言ってもらおうとしているのか、その姿を見守るようにして後ろに立つ。


「すみませんが、軍人さん、少しお頼みしたいことがありまして……」


 カイは、こうも何人もの市民を前に話をするのは少し緊張したが、仮にも士官学校の出身。上に立つものとして、ある程度の心得は持っている。


「はい、なんでしょうか?」


 何かお願いをされるにしても、最終的な判断をカイが下せる訳ではないのだが、市民にしてみれば、カイだろうが、ミハエルだろうが、リカだろうが、どの人も軍人ということに変わりはない。カイは、その意見をなるべく真摯に受け止める必要があるのである。


「その、ですね……さっき、民族解放戦線を名乗ってた連中──あれは、勝手に名乗ってるだけでして、そのなんとかしてもらえないんでしょうか。頻繁にうちの地区の貴重な救援物資を奪っていくんです……ほら、見たとは思いますが、教会にももうほとんど何も残っていないありさまです」

「つまり?」

「何度も、何度も、軍の人にはお願いの使者を出してるんです。何せ、ここはローに近いでしょう? だから、何回も使いを出してるんですけど……」

「はて、でも、援助が来ない、と?」


 それは、疑問なことだ。この中部地区、中央付近はここよりも遥かに治安が悪いと聞くが、それは、中部地区という王国と連邦の干渉地帯の役割を果たしている地区のさらに中央に位置するため、ロー連邦とミラル王国双方が睨み合い、軍を派遣しにくいからだ。だが、この城塞都市ローに非常に近いブラッチャー地区は、ほとんどロー連邦の領土の隣、基本的にはロー連邦が要請に答えて軍を送り、野盗を征圧するというのが筋のはずだった。

「はい、来てもらえないのです。中部地区の自治軍にも要請してみましたが、そちらは、来たいものの他が忙しすぎて厳しいとのことで、連邦に頼んでくれと言われてしまいました」

 この中部地区自治軍というのは、キアラも所属している、ロー連邦にもミラル王国にも属さない中部地区の者たちが立ちあげた組織だ。戦力こそ未熟で、人もかなり少ないお粗末なものではあるが、両国に属さず、中部地区独自の軍隊ということで、中部地区の住民たちには非常に頼りにされている。それ故に、人手不足は深刻で、このようなほとんどロー連邦近くの土地だったり、逆に、ミラル王国近くの土地に人を差し向ける余裕はなく、さらに治安の悪い中部地区の中央に多くの戦力を割いているようだった。つまり、この中部地区自治軍の回答は、仕方がないと言えば仕方のないもので、納得できるものだと言えた。


「うーん……ともかく、俺はこの部隊の指揮権を持ってませんから、一度、聞いてみないことには……」


 聞いてみるといっても、正式に指揮権を持っている人はこの場にいない。サルヴァトーレに馬を飛ばして戻ってくるには、早くても、半日はかかってしまうだろう。一旦保留せざるを得ないとの回答を聞いた市民の中には、


「なんだ、結局、戦災復興部隊って言ってもお飾りか……」

「人数も少ないしな……」


 などと、こちらにも聞こえるような声で愚痴を飛ばしてくるものがいた。悔しいが、カイにも、キアラにもどうすることもできない。だが、その時、


「分かった! 今からその野盗を一掃してみせよう!」


 という女の声が、その場にいた者全員に向けて発せられたのである。

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