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復興者のトリニタス  作者: 上野衣谷
第四章「残された者たち」
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第21話

 激しい打ち込み合いは、ただの表向きに激しく見えるだけではなく、高度な読み合いの上で行われているのだろうと見て取れた。互いに、相手の稲妻のごとく一瞬に繰りだされる一撃を受け、避けつつ、次の一手を繰り出す。防御と攻撃が一体になった動きをし続けなければ、その隙を突かれて不利になる。その駆け引きに、カイもキアラも、入りこむ余地などなかった。

 カイは、己の無力さを感じると共に、願うしかなかった。サルヴァトーレが、ミハエルが、この場に戻って来てくれることを。

 しかし──祈るべきは、そのことではなかったということに、事が起きてから気づく。

 永遠に続くかと思われた死の舞は、


「くぁあ!」


 という、悲痛な叫びと共に、終わりを告げる。リカが、膝をついていた。膝をついていながら、まだ、勿論、警戒態勢は解けていない。相手に剣を向けつつ、安易に攻撃をして来るのなら、反撃するという意思を向け続けている。

 リカは、出血していた。戦いに敗北したということを意味していた。

 それを見て、キアラがすかさず、一発の銃弾を撃ち込む。しかしながら、相手はそれを見もしないで、ほんの少しの動作でかわす。まるで、弾が見えていて、その動きについてこれるかのような動作。さすがのキアラも、


「うそ……」


 と、呟きつつ、すぐに次弾の装填作業を急ぐ。

 黒いコートが、リカに最後の一撃を加えようと、接近していく。そこでようやくカイは動いた。黒いコートとリカの間に思わず入る。

 そして、自分の対峙するべき相手を見る。

 フードの奥に、きらりと光る、不気味な瞳。小柄な体は、一回りも二回りも大きいリカを圧倒していた圧倒的な脅威。カイの乱入にほんの少し後ずさる。そして、そのフードの奥の口元がにやりと笑っていることにカイは気づいた。

 瞳がカイへと向けられる。明確な殺意。汗が肌を伝う。この間、ほんの数秒に過ぎないが、カイは、心拍数が極限まで上昇するのを感じた。そして、思った。

 ────死ぬ。

 何故か、この前、刺された時のことを思い出した。傷口が痛んだような気さえした。死ぬことを思い出した。

 だが、自分の後ろには、傷ついたリカがいる。彼女は強い、とても強い。極限まで強い。だが、負けた。壮絶な勝負に負けた。

 ほんの刹那のにらみ合いが、終わり、相手がこちらへ突っ込んでくるのが見て取れた。とてもゆっくりにさえ思えた。カイは、冷静な判断を失い、手にしていた剣を投げつけるという奇行に出る。自らの武器を手放すという常識では考えられない行動。それは、次の一手を完全に失うことを意味している。

 しかし、それ故に、相手の不注意を招くことが出来る。カイの投擲は、見事、黒いコートの顔へと直撃しそうになる。流石に、直撃することはなかったが、相手は避ける動作に遅れを取り、かわすのがぎりぎりのところになる。故に、フードに、布に、剣先が触れ、ばさとフードが脱げ落ちる。


「……!! お前!」


 カイは、その顔を見て、ようやく敵が、あの時、自分を攻撃した子供だったということに気づく。相手は、見られてしまった以上、もうフードを戻す気はないらしく、再び戦闘態勢を整え直す。

 その髪の白さは天使のようで、戦う様は悪魔のよう。キアラは、次弾を放とうとして、狙いを定めるが、うまく定まらない。プレッシャーなのか、何なのか、その姿さえ分からない。

 カイは、相手を見て、この前よりも、よほど強い殺意を感じ取る。


「お前、なんでこんなことを!」

「…………」


 カイの問いに答えることもなく、じりじり、と間合いを詰める。カイは、胸元から、予備の剣を取り出す。刀身は短いが、一対一の勝負ならばさほど気にならないだろうと思われた。問題は、そんなことではなく、相手の力量と自分の力量にあまりに差があり過ぎることだ。

 カイは相手の攻撃をカウンターするつもりでいた。こちらに向かって切りかかってきたら、相打ちする覚悟でいた。何故なら、しばらくすれば、ハポリからの救援が来るだろうと思われたからだ。決死の作戦。それくらいの覚悟をしなければ、問答無用で切り捨てられるほどの力量の差があると分かっていた。

 とんっ、と敵が地面を蹴る音がした。


「──あ」


 しかし、反応しようとした時には、もう、決着はついていた。勝負は、本当に、本当に、ほんの一瞬だった。

 カイの剣を持っていた右手の二の腕がすらと切りつけられ、相手は即座に一歩後ろへと引く。直後、カイは剣を持っていられなくなり、落下させ、左手で切られたところを抑えることになる。

 完全に王手をかけられていた。次の一撃をどうにかする手段は、もうカイにはない。自分はやられて、ぐったりとしているリカも、やられてしまうだろう。


「なんでこんなこと……!」


 カイには、まだ、理解出来ていなかった。子供がこんなことをする理由が。そして、相手が人間ではないという事実もまだ飲み込めていなかった。


「復讐!」


 そんな叫び声が聞こえた気がした。しかし、その真意を確かめるよりも前に、自分が生命の危機に瀕しているという事実に対応しなければならなかった。キアラの銃弾が発射されるも、当たることはない。周りの兵士たちは、依然として、射かけられる矢や銃により、少しずつ披露し倒れており、黒いコート──ウーナに殺された二人の損害も含め、戦えるものはほとんどいない。

 切られる──血が出るだろう──死ぬかもしれない。

 色々な思考が頭に浮かぶ。両手でなんとか防げるだろうかと身構えるが、その防御を潜り抜けるようにしてするりと姿勢を変え、カイのわき腹へ重たい一撃が押し込まれる。

 じわり、じわりと地がにじむ。カイは、どうしたらいいのか分からず、とっさにウーナの身体を捕まえる。攻撃後に、相手の痛みによる隙をついて離脱することを徹底してたウーナだが、カイの予想外の行動に、力を入れて逃げるのが遅れる。

 カイは、意地でも離すもんかと思っていた。相手の手を、身体を離さなかった。その身体はとても華奢で、こんな子に自分は殺されようとしているのかと驚きさえ覚えた。


「どうしてこんなこと!」


 ウーナに向かって叫びつける。ウーナは、その言葉を全く受け入れる気もなく、ナイフをカイの傷口から取り戻そうともがく。けれども、カイは、離そうとしなかった。何故か、どうしても、この子供をなんとかしてやらないといけないといった感情に取りつかれていた。相手が子供だからなのか、一度、過去にも刺されたことがあったからなのか、それとも、単なる気まぐれなのか、この世界が嫌になったのか、好きになったのか、全然分からないのだが、何とかしてやりたいとさえ思っていた。


「こんなこともうやめるんだ!」


 唐突に、義賊、という言葉が思い出された。正義、理念、戦争、理想、いろんな言葉が思い出される中で、自分が出血し続けて、敵ともみくちゃになっているということを忘れそうになる。

 あまりにカイが意味不明な行動をし続けるため、ウーナは、逃れなければ大変なことになるという思考に取りつかれていた。実際は、カイに何の打開策もない。こうして離さないようにしているのは、ただ、ウーナが普段、攻撃を加えてから逃げるという一撃離脱のスタイルを取っていたからに過ぎない。これ以上にどうにかできる訳ではないのだ。冷静に考えれば、ウーナはこのままナイフを突きたて続ければ良い。さらに力をかけ続ければ良いはずだった。

 しかし、ウーナは、離れることを優先する。結果として、ナイフはカイのわき腹に刺さったままとなる。

 武器を奪った、カイはそう思った。幸運にも、訳が分からないけれども、自分の大きな傷と引き換えに、相手の戦闘手段を奪った、と思った。今なら、他の人達が攻撃を行えば、なんとかなるんじゃないだろうかと考えられた。

 だが、それは甘すぎた。

 ウーナは、すぐに自身のコートへと手を入れ、そこからほとんど同じ形状のナイフを取り出す。まだまだいくらでもある、といった顔。次こそは殺す、といった顔。殺意。敵意。

 どうやら、今度こそ覚悟を決めた方が良さそうだった。相手の攻撃がこちらに向かって繰り出されようとした、その時。ウーナの攻撃を弾くようにしてカイとウーナの間に入りこむ人。


「よくここまで持ちこたえてくれました」


 カイの前に立つ背中。自分よりも、よっぽど背は小さく、まるで少年と形容されても差し支えない男──サルヴァトーレがそこにいた。察そうと現れた姿。軍服の上着を脱ぎ棄てており、白い半袖のシャツと、露出した腕が目に入る。

 カイは、サルヴァトーレが生きていたという思いよりも先に、助かった、という思いを抱く。


「あ、あれ、大佐、生きていたんですか!?」


 驚きの言葉をつい口にする。


「もちろん。僕、強いですからね」


 サルヴァトーレは余裕しゃくしゃくの顔でそう言い、指示を出す。


「カイ君は、すぐにリカの止血を。君がいても、戦いの邪魔になりますからね。それから、キアラ君他、動ける人達は、すぐに、ミハエル少佐の応援へ! 周囲の敵は、広範囲に広がっていれどもただの人間です!」


 指揮官が舞い戻ったことで、輸送部隊の残りわずかな兵士たちも、少しだけ士気を取り戻す。浴びせられる攻撃をなんとかするため、それぞれが、敵の方へと散って行く。このセリフを聞いて、けれども、ウーナは全くの動揺を見せていない。サルヴァトーレへと攻撃対象を変更し、攻撃行動へ移ろうとしていた。

 それでも、動揺していないのは、サルヴァトーレも同じであった。ゆっくりと、腰に駆けてある身体に似合わない大きな剣を軽々と抜き、相手が攻撃の動作に移ろうとしているのにも関わらず、迎撃態勢を取ったまま、話しかける。


「ロレンツォ博士の残した子、何故、こんなことを? 手を組んでいるのは、野盗か、何かでしょうが、それにしたって、何故軍に」


 ウーナは、無表情な顔に、わずかな不快感を示す。


「博士の思いだから……! 復讐……!」


 サルヴァトーレとウーナのにらみ合いは続く。互いに、隙を探っている。そして、ウーナは、相手が、自分よりも強いことを察知していた。だから、相手の挑発的な質問に答えつつも、それによって相手が少しでも気を緩めてくれることを願う。


「博士の思い、ですか。傲慢ですね」


 サルヴァトーレがため息をつく。ウーナは、苛立ちつつも、その行為を、隙と見た。ふっと息を吐き、サルヴァトーレに対して踏みこみ、一閃を繰り出す。いつものような必殺の一撃ではなく、まずは、一閃。当てるための攻撃。けれども、サルヴァトーレは、その目にも見えない素早い一撃を何のこともなくするりとかわし、ウーナに向けてさらに近距離に接近すると、剣の鞘部分で腹へと打突する。

 大きな剣でその刀身の大きさを活かした攻撃をしてくるという先入観により、ウーナはその小さな一撃に対処することができず、もろに腹部へとダメージを受ける。早くも非常に重たい一撃。打突による衝撃だけでも相当なものだというのに、衝撃は、しかし、打突によるものだけではない。サルヴァトーレは、魔力を込めて、相手の身体を攻撃しているのである。

 普通の人間ならば、ここで崩れ去り、嗚咽するくらいの強い衝撃だ。ウーナは、身をよじりつつも、それでも、回避行動を取る。すぐに後ろへと間合いを空け、再び、戦闘態勢を立て直す。


「驚きましたね」


 サルヴァトーレは、言葉とは裏腹の余裕の表情で言う。さらさらとした黒髪が風になびく。黒対白の構図。カイは、リカの身体をなんとか止血させようと努力しつつも、その戦いを見ずにはいられなかった。

 ウーナは、再度、攻撃を試みる。


「うわぁあ!」


 という叫び声。無表情に彩られていたウーナの顔が、この時ばかりは怒りの表情に変わっているのが良く分かった。ウーナ自身、何故、怒っているのか分からなかったが、傲慢という言葉が頭にへばりついて、気も地悪さを覚えているからだと、なんとなく思った。

 ウーナの攻撃は、サルヴァトーレに、今度は受け止められる。手を抑えられ、そのままウーナの身体がサルヴァトーレの体術によって、ふわ、と一瞬宙に浮かんだかと思うと、サルヴァトーレの身体ごと、地面へと叩きつけられる。

 この時、ウーナは気づく。相手は、自分を殺す気がないということに。ウーナは、己の抱く全ての殺意をぶつけるつもりで戦っていたのにも関わらず、相手は、剣を構えつつも、こちらを殺さないで制圧することを頭において行動していたという事実に、がくと力が抜ける。

 サルヴァトーレは、ウーナを押さえつけながら、他の人には聞こえないくらいの声で会話をはじめる。


「君は、ロレンツォ博士に残された。そうだね?」


 もはや、勝つことを諦めたウーナは、力なくうなずく。


「ところで、さっき、カイ君──あー、あのエルフとの間に入ってきた男だが、と戦った時、何を感じた? 必死さ? 弱さ? 人間み?」


 ウーナは、正直に、答えた。もはや、ウーナは諦めていた。このまま殺されるか、軍に引き渡されるかはわからないが、この場で、もはや抵抗することは意味がないと思っていた。思えば、さっきから、矢や銃の支援がなくなっていることに気がつく。


「……何も」

「何も、か」


 サルヴァトーレは、少し考えて、続ける。


「君は、やっぱり傲慢だ」


 ウーナは、そうかもしれない、と少しだけ思った。押さえつけられながら、思った。

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