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復興者のトリニタス  作者: 上野衣谷
プロローグ
2/22

第2話

カイはそのままの姿勢でいる訳にも行かず、すぐに立ち上がる。立ち上がって分かるのは、自分を床に叩きつけた女の身長が、女にしては高いということ。カイは決して身長が高い方ではなかったが、目線をほんの少し下げるだけで、エルフ女と目線がしっかりと合う。サルヴァトーレに至っては、完全に身長で負けていた。

 立ち上がって、すぐに、呆けた頭を再起動させる。取るべき行動は──怒りをぶつけることだ。


「貴様こそ、何のつもりだ! この部隊はミラル王国とロー連邦との合同部隊ということは聞いている、しかし、王国は連邦に負けた訳じゃないぞ! このようにいきなり攻撃されるのは、心外だ!」


 カイは抗議の声をあげた。もうミラル王国とロー連邦の戦争は終わったはずではないのか、と。その様子をにやにやと見守っているサルヴァトーレもサルヴァトーレだと思ったが、思えば、このサルヴァトーレも連邦側の人間。今、この場にいる王国の人間はカイただ一人なのだ。

 エルフ女は、金髪の肩にかかるくらいの髪が僅かに揺れるくらいに激しい剣幕で、カイの言葉に呼応した。


「お前こそ……! 王国は、最下級の新人士官風情の小僧が、お前のような若造が、高級士官に対して無礼な口を聞き、馴れ馴れしく接するようにと教えられているのか! 確かに、所属する国は違うかもしれないが、それなら、なおさらじゃないか!?」


 目の前にいる女性は、カイにとって、もはや女性というより、豹。今にも襲い掛かられるのではないかという威圧感がある。先ほど投げ飛ばされた時も、受け身こそ取れたものの、全く反応できないほどの速さだった。

 そして、考える。つまり、この女が言うには、この女の階級はそれ相応に高いということだろうか。よくよく、この目の前にいる女を見ると、身体こそ引き締まっており、実に軍人らしい、けれども、女性らしい身体であるものの、見た目には、自分と同い年くらいに見える。カイはさほど女遊びをしている訳でもないが、士官学校に通うほどの育ちの良さもあり、多少のたしなみはある。その目から見て、そのくらいの年だと言うのだ。多少、見積もりが間違っていたとしても、二十代後半にはとても見えない。

 しかし、ここで、あることに思い至る。それは、相手が人間ではないということ。姿形こそ、人間に近いが、その耳や肌の美しさ、非常に綺麗な金髪からも分かるように、この女は確かに間違いなくエルフだ。そして、エルフといえば、長寿で知られる。詳しい生態は、ミラル王国に住んでいたカイにとって全く未知の領域ではあったが、その知識から考えるに、見た目だけで年齢を判断するのは実に愚かだということに気づく。

 だが、ここまで強く出てしまった以上、もう引っ込みはつかない。カイは、もし、本当に、この相手が、例えば、大佐くらいの高い階級の相手だったらどうなることかという不安を抱えつつも、そんなことはありえないだろうと考え、強い態度で聞いてみることにした。


「貴様、階級は!?」


 本来、それは、カイの立場では言いにくい言葉である。カイの階級は士官学校卒業したての曹長。つまり、相手が高くとも曹長以下でなければ、辛い立場になってしまう。エルフ女の口から発せられた言葉は、カイの期待を、裏切る。


「私は、リカ・ケトラ大尉。貴様は!」


 カイ、絶句。

 押し黙るカイを見て、リカと名乗った女性は、なお冷徹な目で、不快そうな目でカイを睨みつけている。


「……だっ、だけどなぁ! ロー連邦の人間が、たとえ階級がどうであっても、会っていきなり人を床に投げ落とすなんてのはちょっとやり過ぎなんじゃないか!」


 カイの言う事も一理ある。つい数年前まで戦争を繰り広げていた両国だ。終戦して三年が経ったとはいえ、友好関係が強固に結ばれているとは言いがたい。一触即発、とまではいかずとも、それなりに緊張感のある状態が続いている。


「うるさい男だ……。後ろからの攻撃とはいえ、あれだけの足音を立てて接近したんだ。本当なら、さっさと自分の間違いに気づいて、無礼な行動をやめれば、私だってこんな乱暴なことをせずに済んだというのに」


 真意はどうであれ、カイは、その言葉を見下したような、馬鹿にしたような言い方だというように捉えた。だが、ここで怒鳴り散らすのは、階級の差から考えても得策ではないと考える。何せ、自分は曹長。尉官の域にも達していない。となると、カイが言えるのは、皮肉くらいなものだった。

 それに加えて、カイは、エルフがあまり好きではなかった。これは、何もカイだけに特別な思想という訳でなく、ミラル王国民であれば、わりと、標準的考え方。リカは、エルフであり、女。カイという人間から見ると、あまり愉快な存在ではなかったのである。これらの理由から、カイは、ふんと鼻で笑ってから次のような言葉を口走る。


「エルフの、それも女が軍人だなんて、大変ですね。ロー連邦も人手不足なんすね」


 その言葉は、確かに、サルヴァトーレ、そして、リカの耳へと聞き遂げられた。サルヴァトーレは、特に反応しない。この場に、サルヴァトーレ一人しかいなかったら、きっと彼は、カイに対して何かしらの行動を取っていた。だが、その必要はないと判断した。

 何故なら、リカがカイの胸倉をつかみ上げ、軽々とその身体を持ちあげていたからだ。青い綺麗な瞳が、カイの顔を貫くように鋭く細められ、怒っていることが良く分かった。カイは、引っ込みがつかず、焦っていた。尉官クラスの人間に、ここまで大きく喧嘩を売ってしまったことを少し後悔してもいた。


「……よし、分かった。貴様、表に出ろ。指導してやる」


 低く恐ろしい声。胸倉をつかみ上げられているゆえに、苦しく、返事もままならないが、カイは思った。これは、もうだめかもしれない、と。

 その時だった。

 ガチャと部屋のドアが開き、第四の人物が入室してくる。一言で言うならば、巨体。巨体であり、鍛え上げられた肉体。この場にいる誰よりもその背は高かった。加えて、髪の毛が坊主とまではいかないまでもほとんど短く切られていることが、彼をより軍人らしく見せる。年は、カイよりも十ほど上だろうかと思われるほどに貫録があった。その第四の人物が纏う服は、カイと同じミラル王国の軍服だった。リカは、その軍服の色を見てか見ないでか、ひとまずカイの身体を解放する。

 入室してきた巨体の男は、カイ他二名のいる場所へと近づいてくると、低く、渋い声で言った。


「本日付けで、トリニタスの所属になった、ミハエル・ホールマン少佐だ。……もめ事か?」


 実に冷静だった。こんな揉め事は何回も見てきた、というような貫禄のある態度。荒くれものの多い軍隊では、揉め事が起きるのも日常茶飯事なのだろう。それに加え、他国同士の軍人が一か所に集っているのなら尚更……。

 リカは、怒りの表情を引っ込め、ミハエルに向かって、一礼すると、


「お見苦しいところをお見せしました。リカ・ケトラ大尉です」


 と自己紹介をする。続いて、事態をずっと見守っていたサルヴァトーレが口を開く。


「初めまして、ミハエル少佐。僕は、サルヴァトーレ・アルマディオ。リカ大尉と同じく、ロー連邦の所属です。よろしくですよ」


 一方のカイは、ようやく身体を解放されて、目の前で繰り広げられている自己紹介を見ていた。だが、少し安心していた。何故なら、少佐階級の自国の人間が来てくれたのだ。きっと悪いようにはならない立ろう、と。ミハエルは、カイを一瞥し、再び視線をリカへと戻して、言う。リカは背の高い方ではあったが、ミハエルのそれを大いに上回る背の高さから、ミハエルは、リカを見下げる形となる。


「大尉。ところで、先ほど胸倉をつかみあげていたが──何か、うちのが粗相を……?」


 カイは、心の中で願った。一発いっちゃってください、と。リカは、少し言いにくそうに、ミハエルから視線をそらしつつ答える。


「は……その男が、私に対して、エルフ、女と言い、連邦は人手不足なんだな、と言われたので……つい、感情に身を任せてしまいました。申し訳ない」


 言い方からして、カイは、リカが、感情に身を任せた愚かな行為をしたということを自覚しているのだろうと思った。だから、これで騒ぎは収まるに違いないと考えた。あわよくば、この暴力沙汰になりそうだった一件について、こちらに謝罪でもあるかと思った。

 だが、現実は違った。

 カイの視界は、再び大きくブレた。ゴツンという鈍い衝撃が、頬を強く、強く打っていた。意識が飛ぶかと思うほどに強く打たれていた。カイの身体は頬を打たれただけだというのに、投げ飛ばされるようにして吹っ飛び、壁にぶつかりようやく勢いが収まる。立ったままの姿勢を維持することはできず、どすんと尻を床につく。

 カイは、殴り飛ばされていた。カイを殴り飛ばした拳が、ミハエルのものだったということにカイが気づくのは、直後であったが、理解が及ぶのには数秒を要した。カイは、ミハエルに殴り飛ばされたのである。

 ミハエルは、殴り飛ばしたカイの方へ一切の視線を注ぐことなく、リカに対して、


「大変、申し訳ない。これで、容赦してくれないだろうか」


 と言っていた。一方のリカはというと、


「え、えぇ……あ、あの……その……大丈夫ですか、あの」


 あたふたと慌てていた。確かに、リカは、自分の怒りに身を任せて、カイを表へと連れだし、多少、痛めつけてやろうかとは思っていた。思っていたのだが、その衝動はミハエルが入室してきた時点でとっくに止んでおり、目の前で、いきなり本気のパンチで殴り飛ばされる人間を、戦場などでなく、このただの一室で目の当たりにするのは、どう反応したらよいのかわからなくなっていた。あまりに慌てて、大丈夫ですか、とカイに向けて言っていた。

 カイも、よく状況が飲み込めないので、ぽかーんとしてその光景を見ている。殴られた頬がじわじわと痛んでくるが、それどころじゃない。ちなみに、サルヴァトーレは何が面白いのか、笑いをこらえているように見えた。この中で明らかに浮いていると言えよう。

 リカが慌て、ミハエルが許しを請い、カイが呆然とし、サルヴァトーレが笑いをこらえているその混沌とした空気の中、第五の人物が陽気に入室してくる。


「おっはよぉ~ございまぁ~すぅ~!」


 このとんでもない雰囲気、空気をものの見事に粉砕して入室してきたのは、サルヴァトーレと同じくらいの低い背丈の、はつらつとした人間の女の子。服装は軍服ではあるものの、色はミハル王国の深緑でもなければ、青みがかったグレーでもなく、また、下はスカートで女の子っぽさがにじみ出る。

 物々しいこの空気とは、全く正反対の、天真爛漫な少女。ふんわりとした栗毛色の髪の毛をるんるんと揺らし、スキップ気味に入室した彼女だったが、


「あ……失礼しました」


 その空気を察する能力は鈍くはないようで、この場に全くもって自分は必要ないと感じ取ったのか、きれいな回れ右をして、退出しようとする。誰しもが、そのまま女の子の退室を待つかと思われたが、その予想に反して、女の子の退室を止めたのは、サルヴァトーレだった。


「ちょっと待って、キアラ君」


 名前を呼ばれた女の子──キアラは、何故自分の名前を知っているんだろう、という不思議そうな顔で、サルヴァトーレを見つつ、退室の歩みを止める。

 サルヴァトーレは、これまでのこの流れを全て一新するかのように、てくてくとその小さな身体を部屋の中央へと移動させる。

 カイには、一体彼が何をしようとしているのか予想できなかったが、それはすぐに明らかとなる。サルヴァトーレは小さな部屋の中央に立つと、コホンと一つ咳払いをして、部屋にいる全員を見渡す。皆が皆、今何をするべきなのか分かっていなかったため、サルヴァトーレが視線を集めるのは実に簡単だった。


「ようこそ、みんな、戦災復興組織トリニタスへ! 私が、部隊長のサルヴァトーレ・アルマディオ大佐です。所属はロー連邦。種族はハーフエルフ。今、最後に入ってきた中部地区自治軍所属のキアラ君を含め、ここにいるそれぞれ所属の違った五人で、仲良く楽しくやっていきましょうね!」


 カイが驚く点は無数に、それはもう無数にあったが、それはカイに限らなかった。この場にいたリカを除く全員は、このサルヴァトーレ・アルマディオという少年──いや、大佐のことを知らなかったのだから。

 こうして、ここに、戦災復興組織トリニタスのメンバーが揃い、活動が開始されることとなったのである。トリニタスの戦いは、今、ここから始まった。

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