第13話
「あ、今週の新聞に載ってますよ。ブラッチャー地区の貴族が野盗と癒着、って~」
詰所で、書類などの整理に追われている──もとい、暇な日々を送っているキアラが同じく、本日の朝の訓練を終えて一息ついているリカに話しかける。
訓練を終えたばかりで少しほてった身体の息を整え、水分を補給しつつ、リカがキアラの方を向く。
「そうなの? キアラちゃんはきちんと新聞とか読むのね」
褒められてうれしいのか、キアラは、でれでれと顔をにやけさせ、髪を触り、落ち着きがなくなる。
「いやぁ~それほどでもないですぅ~。リカ様は新聞とか読まないんですね」
リカ様という呼び方に少し戸惑いを覚えつつも、
「そ、そうね。私は、ただの一人の軍人に過ぎないわ。いつかしなければならないことが来た時のために、訓練をすることしかできない……」
「ところで、新聞の記事には、ロー連邦の軍の一部が武器を入れていたということは書かれていなんですね」
そんな二人の会話に、カイが無神経にも入りこんでくる。カイもまた、暇なのだ。無論、ミハエルやリカのように訓練に一日中明け暮れることもできるのだが、カイは職務となっている時間以上に、訓練に時間を費やすことはあまりなく、どちらかというと、この詰所内に多く置かれている、サルヴァトーレの持ち込んだ書籍を読むことに時間をかけていた。
キアラは、カイの割りこみに少しムッとしているようだったが、リカは、確かに、と頷く。
「まぁ、それは……色々あるんでしょう」
意味あり気に言うと、サルヴァトーレの机を見る。そこに、今、サルヴァトーレの姿はなかった。レンビー子爵の一件が片付いた後、会議、会議、とロー連邦の首都である城塞都市ロー南部に位置するハポリへと出張中だ。ハポリは、戦火に晒されることなく守り抜かれた街だけあり、その賑わいは、今も相当なものと聞くが、残念ながら、サルヴァトーレ以外の人間はお留守番だ。司令官がいない今の間は、待機を命じられている。
もっとも、首都部に行ってみたいと考えているのは、どうやらカイくらいなもののようで、自分たちは行かないで良いと知った時のトリニタスの面々の顔は、ほっとしたような表情であったことは、カイは見逃していない。きっと、それぞれがそれぞれの理由を抱えているのだろう……。
「リカ様! リカ様! ところで、そんなことはいいんですけど、今、お時間ありますか? 私も、剣技を少しは身につけたいなぁ、なんて……」
キアラは、カイが言葉を発するよりも前に、リカに纏わりつくようにして、腕を絡めるキアラの様子は見ていて恥ずかしい程にデレッデレであり、彼女のエルフ好きは相当なもののようだ。リカは、気丈な武人であった故か、これまでこのように部下に、ある意味馴れ馴れしく接された経験はないようで、困惑顔であるものの、まんざらでもない様子だった。サルヴァトーレの皆仲良くの精神がここに生きているのであろうか。
カイも、自分と同じ所属であるミハエルに何か訓練でもしてもらおうと思ったが、生憎と、ミハエルは、ほとんどこの詰所に戻ることなく身体を動かしているか、ロー内部のパトロール任務を自主的に行っている。
何とも生真面目な人間であり、ミハエル曰く、
「動いていないと落ち着かない」
らしい。ずっと前線にいて、戦闘状態で常に緊迫した状況下にいたため、そういう身体になってしまったらしい。言葉を変えれば、常に身体を怠けさせずに戦闘に向けて備えていると言ってもいいだろう。とても、カイには真似できなかった。そう言うところも含めて、最近、カッコいいなぁと尊敬の念を覚えつつある。いい上司、と言った具合か。
キアラが、リカを連れて退室していってしまったので、カイは詰所に一人になる。一人になったから、どうということはないのだが、詰所の外からは、リカとキアラの談笑が聞こえてくるので少しだけ寂しかったりする。
仕方なく、キアラが読んでいた新聞を手に取ってみる。
「ブラッチャー地区の貴族が野盗と癒着──」
そのどこにも、ロー連邦という文字はなく、ブラッチャー地区の貴族──レンビー子爵にのみ、その罪が擦り付けられている。結局、そういうことなのだ、とカイは思った。この一件で、レンビー子爵に武器を流していた連邦の軍の人間は、軍事裁判にかけられることだろう。しかし、結局、それは、氷山の一角に過ぎない。強大な悪を倒すことは出来ずに、トカゲのしっぽ切り、巨悪に飲みこまれていた者どもの一部が裁かれるに過ぎないのだ。
そんなようにカイは感じたし、事実、この記事が物語っているのは、そういうことだろう。まだ、詳細は分かっていないが、この後、サルヴァトーレが会議から帰ってきてから行われる報告でも、連邦の悪いことを企む奴らを一掃することができました、なんて報告があるとは思えない。
しかし、新聞とは便利なものだと思った。一週間に一度という頻度とはいえ、世間で何が起きているかが理解できるのだから──もっとも、このように、事実が隠されたりしているため、正確に理解できる、というよりは、市民がどのような目線で軍を見ているのかということが分かるに過ぎないのだが。
「ブラッチャー地区の北部で数名の市民が行方不明……?」
新聞を適当にめくっていると、たまたま、ブラッチャー地区という言葉があったため、手を止める。
「事件が多いなぁ」
書いてあることは、遭難だとかなんとか。そうは書いてあるが、先のレンビー子爵の記事を見るに、これだって本当にただの行方不明なのかあやしいところがある。
新聞の内容、全てが全て、暗いニュースという訳でもないのだが、やはり、戦争から何年か経ったにも関わらず、まだまだ、健全な世界には程遠いように考えられた。
「さてと──本でも読みますか」
けれども、今、カイにできることは何もない。彼はただ、今のこの優雅な時間を、優雅に過ごすのであった。嵐の前の静けさを。
カイの読書続きの優雅な日々が終わりを告げたのは、サルヴァトーレが会議から戻って着てからすぐのことだった。トリニタスメンバー全員が詰所に集められ、
「まずは、レンビー子爵の件の報告を──」
という言葉で始まったサルヴァトーレの報告。レンビー子爵の件は、おおよそ、カイの予想通り。軍内部では、レンビー子爵に武器を渡していた実行犯数名のみが軍事裁判にかけられることとなったものの、その後ろへ追及は及ぶことなく、サルヴァトーレの奮闘虚しく、掘り下げることは出来なかったという結果だった。深く掘り下げて、組織的に、この犯行が行われていたという結果になれば、ロー連邦の軍だけでなく、ロー連邦という国自体が、ミラル王国や中部地区から強く責め立てられることは明らかであり、故に、実行犯たちが個人で考え、個人で行った行為だということで処分されることになった。
そして、これは、レンビー子爵やその他様々な人間に対する調査の上で出された結論だというのだから、驚きだ。カイは、ミラル王国の人間として、憤りこそしたが、実際のところ、王国だって、裏で何をやっているか分からない。温和に済ませるというのも、また一つの道なのかもしれなかった。だが、カイ以上に、サルヴァトーレは悔しそうだった。それゆえに、カイは、サルヴァトーレは、きっと最善を尽くしたのだろうと思った。そう思ったのは、カイだけではなく、他のトリニタスメンバーも同じだろう。
レンビー子爵に関する話題が終わりを告げるかと思った時、続けて、レンビー子爵関係の話で残っていた問題があったという話になる。
「実は、レンビー子爵の屋敷を、軍が徹底的に調べたところ、連邦から送られた武器や防具以外に、連邦のものではない、奇妙な銃が数丁見つかったようなんです。その実物を僕も見せてもらってきましたが──今、僕たちの軍で使っている銃とは異なる。技術的な部分はいいとして、それは、どうやらミラル王国のものでもないようなんです。連邦軍の、レンビー子爵へ武器などを送っていた実行犯達を尋問しても、銃なんて一丁も送っていないと口を揃えて言うんですね」
その言葉に、一同は、それぞれが、それぞれ考えるが、何も思い付かない。その見つかった物が、両軍の銃でないということが本当だとしたら、考えられることといえば、民間人が自分で勝手に作ったということくらいだろうか。
「そこで、これを調査して、その出先を突き止める、可能ならば、制作者を捕まえる、というのが、ロー連邦とミラル王国両国からのトリニタスへの命令です。配給以外の命令では、初めての、ちょっと任務っぽい任務ですよね」
不敵な笑みを浮かべるサルヴァトーレは、何だか楽し気だ。相変わらず、謎に楽しそうである。いつの日にか、この笑顔の裏に隠れているであろう何かを暴いてみたいカイであった。
ミハエルが、珍しく口を開く。こと、任務に関しては、真剣そのものの男、ミハエルが。
「しかし、ただ、闇雲に調査といっても、手の打ちようがないのではないか……?」
カイも、これには同意だ。サルヴァトーレも同意らしく、うんうんと首を縦に数回振り、
「そうなんですよねぇ~。軍は、兵器に関することだから中立的組織であるトリニタスが動くべき、と表では言ってますけど、多分、裏で動いてますよ、これ。だから、今回の任務、解決は、僕たちでやれって言うことでしょうけど、途中までは、軍が調査してくれると思うんですよね。僕たちのたった五人の人員で特定できるとはなかなか思えませんし」
やれやれ、という調子で言うサルヴァトーレはどこか呆れているようだった。
「という訳なので、僕と、そうだな──キアラ君は、ここでお留守番。今回の任務は、残りの三人で行ってもらおうと思ってます」
それに、キアラが一人で、
「きゃー……! 二人っきり……!」
などと、心の声を漏らしているが、全員見て見ぬふりをする。
「正直、この話、僕は、結構きな臭いと思ってます。二人はともかく、カイ君、特に気を付けてくださいね、死んじゃだめですよ」
変に心配されていることに気がつき、返事をする。鍛錬をリカやミハエルと比べてあまりしていないのがバレているのだろうか。いや、そんなはずはないのだが。
続いて、リカが質問をする。
「私たちは、一応、どこを調べればいいのでしょうか……?」
もっともな質問だった。先ほど、サルヴァトーレは、軍がなんとかしてくれる、といったようなことを言っていたが、任務が与えられた以上、何もせずにいるという訳にもいかない。
「あー、そーですね、忘れてました。なんでも、レンビー子爵に話を聞いた結果、どこから持ってきたのかよくわからないらしく……彼が今の立場で口を割らないというのも考えにくいですし、恐らく本当に分かっていないのでしょう。ですが、付近の商人から買い取ったことは確かなようです」
ここで、カイは、ようやく自分の意見を言ってみる。
「てことは……調査はブラッチャー地区、ということですか?」
「ええ、その通り。明らかに、その可能性が高いでしょうから、ブラッチャー地区で、調査をしていけばいいかなと思っています。子爵の屋敷の近くであれば、人もある程度集まる街ですし、情報は手に入るんじゃないかなと思うんですよ」
任務に当たる三名はそれぞれが役割を理解する。
「ついでに、のんびりしてくるといいですよ。あの辺りは、エルフの森には遠く及びませんが、湖と森が綺麗な地域でもありますからね。何かあれば、そちらの軍の駐屯地へ使いを届けますから」
なんとも呑気なもんだったが、カイ、リカ、ミハエルの任務が決定される。
さて、その翌日。見送りでは、キアラが、
「リカ様~! リカ様~! 気を付けてくださいね! 絶対に気を付けてくださいね~!」
と豪勢な声を飛ばしているのを、リカが半笑いで受け止めつつ、軽く手を振る程度。
サルヴァトーレは、
「いってらっしゃーい」
とだけにこやかにシンプルに言う。これが普通なのだが。
三名は馬車に乗り、三度目となる、ブラッチャー地区へと赴くのであった。




