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復興者のトリニタス  作者: 上野衣谷
プロローグ
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第1話

 ロー半島。多種族国家であるロー連邦が半島南部と周辺の島、人間のみの単一種族国家であるミラル王国が半島の北部及び周辺を統治、南北に広く二大国家により統治されている、人間、エルフ、ドワーフという三つの種族が居住する地帯。

 半島暦250年、ロー連邦が統治するドワーフの住む鉱山島──コルス島へ、ミラル王国の民族解放戦線を名乗る勢力が「ドワーフの解放」という名目で軍を進め"第一次民族解放戦争"が勃発、小規模な戦闘ながら、二大国共に、名目上大きな軍を派遣することは出来ず、終戦が見えぬまま、戦況は泥沼化。

 五年後の半島暦255年、ロー半島中央に位置し、ロー連邦の勢力圏である中部地区に対して、ミラル王国の民族解放戦線は「中部地区の人間は単一民族での生活を望んでいる」という名目で、国の総力をあげて一気に中部地区を制圧する。ロー連邦も、この大規模な侵略行為に対して対応しない訳にもいかず、大きく反撃を開始。これが"第二次民族解放戦争"の引き金となり、半島全体はより大きな戦争の渦に包まれていった。




「終戦! 終戦だ! 終戦だぞ!」


 その知らせは、ミラル王国、ロー連邦、二国中に、次々と広まる。半島暦257年12月20日。民族解放戦争は、終結した。

 ある者はその知らせを街中を駆け巡りながら叫びたてる騒ぎたがりな人たちの声で知り、ある者はまさに今、殺し合いを始めようとしていた前線の街で知った。ほとんど多くの市民の頭の中に思い浮かんだのは、安心、良かった、終わった、という安堵の思い。これでようやく平和な生活が送れるんだという強い思いは、主戦場として悲惨な生活、遠方への疎開などが求められていた中部地区の市民に特に強かった。

 中部地区の市街地──レンガ、石造りの家々はその殆どが度重なる砲撃や市街白兵戦における放火、治安悪化による野盗の出現などで崩れ落ち、焼け跡となっていた。それは何も市街地だけではない。戦場になり農耕が許され無くなった農地は荒れ果て、荒み、住む者はとっくに戦場に行き、そして、死んでいた。

 中部地区に住んでいた人々は、ほんの数年ではあるが、ミラル王国の徹底的な支配、搾取の元におかれ、身も心も疲弊していた。

 そして、人々が安心したのもつかの間、市民たちの生活と平和、という言葉は程遠いものとなる。

 終戦により悪化した治安は戻らず、復興もなかなか追い付かず、両国間による協議の結果、中部地区はミラル王国とロー連邦双方により協力統治されることとなり、両国の平和のための活動が開始されるも、両国に支配されるのを良しとしない中部地区を支配していた貴族の一部は野盗化。自ら勝手に民族解放戦線を名乗り、解放という名の略奪、破壊活動を密かに行う。これに呼応する両国駐留軍や、中部地区の自治軍によって、混沌は収束を見失っていた。




 半島暦260年5月20日。中部地区に一つの組織──戦災復興組織トリニタスが編成された。


「……で、ここが、その基地……か?」


 中部地区の南方に位置する大都市、ロー。またの名を城塞都市とも呼ばれ、ロー半島が、かつてロー連邦一国によって支配されていた時の首都でもある。このローは、第二次民族解放戦争の時、ロー連邦の最後の砦、最終防衛ラインとして、終戦まで陥落されることなく守り通された優秀な軍事拠点でもあった。

 そのローの端、城壁の付近に、戦災復興組織トリニタスの基地──と呼ぶにはあまりにお粗末過ぎるただの木造の建物はあった。城塞都市内は、そのほとんどが火矢など城外からの攻撃を想定し、石造りの頑丈な建物であるのにも関わらず、この街の外れにあるトリニタス詰所は、応急で作られたことが良く分かる簡易な二階建て木造建築。

 隙間風が入りこむことは十分に予想でき、今の季節は良いものの、冬が心配になるその建物の前に居たのは、この日、設立された戦災復興組織トリニタスに配属が決まった、ミラル王国の一兵士だった。

 まだ年十八にして士官学校を卒業、配属された先はこの戦災復興組織。青みがかったグレーの軍服、肩に着換えや装備が入り膨れ上がったリュックサックを担ぎ、ため息をつきながら、詰所に入るこの男の名前は、カイ・ナッサウ。種族は人間。身長は平均的だが、ミラル王国民に多い、明るめの茶色の髪の毛を妙に格好つけて整えているために、若干背が高いという印象を受ける。体つきは、それ相応にしっかりしているものの、まだまだ若さの残る体だ。

 手にしていた地図を胸ポケットへと雑に詰め込み、詰所の入口のこれまた木造の薄っぺらいドアを開け、中に入る。申し訳程度の廊下の先には二階への階段。通路の先には、一階の部屋への入口となるドアがある。通路をカツカツと軍靴で踏みしめながら歩き、一階の部屋のドアをノックした。コンコンという音が、廊下に、そして、恐らく、部屋の中へも響きわたる。


「……誰もいないのか?」


 けれども、ノックに対する返事は返ってこなかった。中に誰もいないのだろうか、と思いつつ、


「失礼します」


 と声を出しながら中に入る。カイの階級は、士官学校を卒業した直後であるため、曹長ではあるが、これが初めての配属先。実務経験がない以上、下の立場に立って行動した方が得策だと考えたからだ。

 入った部屋は、これまた、外装に負けず劣らず質素なものだった。木製の机が何個か置いてあり、入口近くには、柔らかそうなソファーとローテーブルで接客スペースがつくってある。ここは、この組織の詰所であると共に、唯一無二の拠点でもあるため、隊員のための作業机、居場所以外にも、接客スペースがあるのだろうと推察できた。

 部屋の奥、なんらかの資料が大量に入っているであろう本棚に向かい、本を読んでいる少年が目に入る。彼以外に、今、この部屋にはだれも来ていないようだ。カイは、初勤務ということで、少し早めに来ていたため、むしろ、この少年が早すぎると考えるのが自然だろう。

 少年の後ろ姿で、特に気になるのは、その髪の色。とにかく黒い。漆黒、と表現するのが最も適切だろうか。このロー半島に黒髪の人間は珍しい方だ。茶色がかった黒髪や、金髪の濁ったような色の暗い色合いの髪を持つ人間は比較的多いが、ここまで黒い髪はなかなか珍しいだろう。カイも、ほとんど見たことはなかった。そして、さらに注目すべきは、髪の長さ。男にしては長く、両耳はほとんど隠れ、うなじの八割が隠れるくらいの長さだった。一瞬、カイが男か女か判断に迷ったほどだ。軍人という職業柄、女の髪の長さでも、このくらいが多い。身体のラインで、男だとは分かったが。

 軍服を着ていることから、関係者だということは分かるが、カイが見たことのない、見慣れない軍服だった。同じミラル国軍人ならば、軍服の肩あたりについているワッペンで階級がどのくらいなのか、遠くからでもおおよそのものは検討がつくのだが、視線の先にいる少年は、黒に近い深緑の──カイが推察するに、ロー連邦の軍服を身にまとっていた。

 階級を示すらしきワッペンは、ついている。なんとなく豪華そうに見える。豪華そうに見えるのだが、残念ながら、カイに、その階級が一体どのくらいのものなのか知ることは不可能だった。

 カイは、推察しながら近寄る。近寄って分かるのは、肌の白さだ。透き通ったように白い。いや、黒髪がその白さを強調しているのかもしれない。さらに、この目の前の本棚に向かって本を読んでいる少年が、カイよりも随分と小さいことも分かる。つまり、普通に考えれば、新入りだろう。この新設部隊に、自分と同じように来た新人。カイは、士官学校時代のノリを思い出しながら、明るく話しかける。こういうのは初めが肝心。どうせ大した規模の部隊でもないんだから、早いうちに、ぱっぱと人間関係を築いてしまえ、と思った。目の前にある華奢な肩をポンポンと叩き、


「おはよう、初めまして、カイ・ナッサウ曹長だ」


 と、言いながら手を差し出し、相手が振り返るのを待つ。目の前の少年は、落ち着いた様子で、じっくりと身体の向きを反転させる。カイは思った、なんだ、やっぱり年下であってた、と。顔つきは綺麗で、目つきも鋭いが、これは、どう見ても十六歳前後。志願兵の類だろうか。少なくとも、自分より上の年には見えない。少年は、口元をにっこりとさせると、差し出されていたカイの手をしっかりと握り返し、握手をする。


「おはよう、初めまして、僕はサルヴァトーレ・アルマディオ。君も今日からこの部隊なんですね? よろしく、カイ君」


 握り返されたその手は、軍人にしては、華奢なものだと思えた。しかし、それも仕方のないことかもしれない、とカイは考える。自国ミラル王国が戦争に疲弊してたと同じくらい、かつての敵国だったロー連邦も疲弊していたのだ。それゆえに、訪れた終戦だった。だから、このような年少兵が軍隊にいるというのも、珍しいことではないのだった。


「あー……他の人は、まだ、みたいだな」


 特に話題のないカイは、話を途切れることを少し恐れつつ、話題を出してみる。さっきの返しからみて、もしかしたら、階級は自分と同じくらいかもしれないと考えつつ、そもそも、ミラル王国とロー連邦という立場の違う人間同士──ほんの数年前まで憎しみ合い、殺し合ってきた立場同士──気にすべきは階級というより、話がきちんとできるか、コミュニケーションが正しく取れるか、だ。自分の方が上だろうが、あまり言葉遣いなどは気にしないでいこうと思った。


「まだ、みたいです。カイ君は、朝早いんですね」


 何かを裏に隠してそうな、全てを見透かしてそうな瞳。何故かと思ったが、良く見ると、瞳もまた、髪の毛のような漆黒だったからだろう。サルヴァトーレが笑みを浮かべていなかったら、かなり接しにくかったように感じた。それだけ、なんというか、威圧感のようなものがある。


「あー、俺、士官学校卒業してから、初めての勤務地がここでね……ったく、貧乏くじ掴まさせられたよ。ミラルの北はまだどんぱちやってるって話でさ、そこ行きたかったのによ。そんで、手柄立てて、成り上がってやろう! って思ってたんだ。じゃなきゃ、士官学校なんて行かなかったっての」


 カイの話す様子を、サルヴァトーレはにこにこしながら見ていた。


「へぇ、じゃあ、カイ君はまだ実戦経験はないんですね」


 カイは、その言葉に引っかかる。


「俺は、って? どういうことだ? じゃあなんだ、お前は実戦経験があるってのか? ……あっ、さては……いや、なんでもない、悪いこと聞いたな」


 なんとなく想像した。この年で、実戦経験。そして、志願兵らしき面構え。それから考えられる結論は、そう、戦争へ巻き込まれたということだ。もしかしたら、悲惨戦場を目の前で見てきたのか、それとも、無理やり徴兵されて、無理やり戦いにでもつられたか……。どっちかは分からないが、決して良い記憶ではないだろう。そんなことを初対面でわざわざ踏み入って聞くようなことでもない。

 サルヴァトーレは、少し怪訝な顔をしている。


「ともあれ、よろしくな!」


 カイは、そう言うと、サルヴァトーレの肩をポンポンと叩く。ちょうど良い高さにあり、触りやすい位置だったことが、カイにそうさせた。その行動の最中、ガチャと扉が開いていたことにカイは気づいていなかった。バタバタと乱暴そうに駆け足で後ろから近づいてくる足音とサルヴァトーレの視線が、自分をすり抜けて、その後ろを見ているということから、何者かが急速に近づいてきていることにようやく気づき、後ろを振り返ろう──とした瞬間だった。

 カイの肩が、ぐい、と引かれ、そのまま景色が反転。ほんの一瞬の出来事だったが、なんとか、士官学校での経験を生かし、受け身を取ることには成功する。身体は理解していた、カイの体が、何者かによって地面へと叩きつけられたということを。脳が事態を理解するのに要した時間は、もう少しかかる。はっとして、視界から入る情報を認識する。

 倒れて上を向いているカイを見下ろすのは二つの影。一つは、先ほどまで話していたサルヴァトーレ。意外なのはその表情で、カイを見下ろして楽しそうに笑っている。だが、しかし、サルヴァトーレは、当然、カイを地面へと投げ落とした犯人ではない。

 犯人はもう一つの影。

 その表情は怒り、というか、不愉快に満ちているようだった。眉をひそめ、腕を組んで偉そうにカイを見下ろしているのは、綺麗な金髪に白い肌の──女。しかし、服装は、黒に近い深緑の軍服。ただ、カイにとって、それ以上に驚いたことがあった。その女の耳。一目見れば分かる。尖った耳は、エルフの証。人生でまだ数度しか見たことのない、紛れもないエルフが目の前に、頭上にいた。


「お前、なんのつもりだ」


 これは、驚くべきことに、カイが言った言葉ではない。カイは、一瞬自分の心の声がそのまま漏れたのかと思った。立ち上がって、埃を払ってから、目の前のエルフにそう言ってやろうと思った。けれども、その言葉は、カイの口からではなく、カイを投げ飛ばし、床に叩きつけ、カイを不愉快そうに見下ろしている女から発せられていた。

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