エルティティスとミハイルの場合 4
※長すぎたため分割しました。ご迷惑おかけしております。
「このへんなら話は聞かれづれえかな」
「ええ、いいと思います」
学園からやや歩いたところにある公園の噴水近くで、アヴグストが周囲を見回した。
人目はあるが、噴水の水音で会話も聞かれにくい。つまり潔白の証明が簡単で、かつ盗み聞きもされづらい。よほどこみ入った話でないならこのあたりが無難だろうとエルティティスとサリホもうなずく。
「それで、ご用件は」
「ああ……本題に入る前に。俺はアヴグストだ。『家名』はねえ。よろしく」
「はい。エルティティス・エルヴィエントと申します。よろしくお願いいたします、アヴグスト様」
改めて互いに頭を下げる。
「様はいらねえ。慣れねえから。
で、本題な」
アヴグストは言ってから一瞬止まって、少し言葉を選ぶそぶりを見せた。
「俺はミーシャと同期で、同じグループの隊員だ。
――って言えば、ある程度わかるか?」
エルティティスはその言葉に固まる。
サリホはよくわからなかったのか、首をかしげている。
「その、ミーシャが……どうかしましたか?」
「泣いてる。ウザいくらい泣いてる」
その言葉にエルティティスは沈黙する。
「で、なに企んでるか知らねえが、授業にも訓練にもあんま身が入っていない。さすがにグループ組んでる俺たちも我慢の限界に達した。端的に言えばキレた」
「そうでしょうね……」
「こうなったのはあんたのせいとは言わないけどさァ、さすがにあいつがこのまま再起不能になられたら困るわけだ。アレでも普段は役に立つし……ウザいが。
というわけで、提案がある」
「はい」
「俺とあんたが婚約するってのはどうだ?」
「へ」
「今のままだと、ミーシャは魂抜けたままだからな……いい年したバカの泣き声ほどウゼえもんはないんだよ。
役に立つウザさはギリギリ許容範囲でも、使い物にならねえバカは願い下げだ。
というわけで、メンバーで話し合ったんだが、あのバカが立ち直らせるため……というか、動かざるを得ないように無理矢理にでも状況を変えてやろうかということになってな」
「え、ちょちょちょ、ちょっと待ちなさい!
それでどうして、あなたとエルがこんや――むがっ」
「うっせえよ、もうちょっと小声で話せ。人に聞かれてえのか?」
「ふむー! ふむがー!」
言葉が出ないエルティティスの代わりに声をあげたサリホを、アヴグストが素早く羽交い締めにして口をふさいだ。
一瞬ぎょっとしたが、それなりに手加減されていてサリホがケガや窒息をする心配はなさそうなことと、なんとなくアヴグストが楽しそうに見えたので止めに入るのはやめた。が、男性に羽交い締めにされているわけだし、彼女の貞操的な意味で止めた方がいいだろうか。だが、どう見ても貞操の危機には見えない。どちらかというと、小さな子供たちのじゃれ合いに見える。
――ただ、サリホの女性的な魅力という点では、かなり評判が下がりそうな気がする。
(ああ……学年一の淑やかな美女と評判のサリホが……)
見る影もない。
どうしようかと二人の顔を交互に見ているエルティティスに、彼は何事もなかったかのように話を続ける。
「ちなみに俺は親のいない卑しい出ってヤツだから、あんたんとこに婿養子で全然問題ねえし、総合成績も学園二位だ。悪い買い物じゃねえぜ?」
「二位、ですか。
優秀なんですね」
技師になるためには身辺調査も行われる。孤児ならばそれだけで不利なわけだが、それだけで振り落とされることもない。だがこれまでにエルティティスと同様かそれ以上かわからないがそれなりに日常での一挙手一投足を見張られて育ってきたことだろう。残念なことだが、極端に家柄が良いものと、極端に家柄のよくないものというのは、同じくらい他者を蹴落とそうという悪意をもった者の視線にさらされやすい。
そんな中で総合成績二位ならば、人間性も社会性もともに優秀だと太鼓判を押されているようなものだ。婚約者として申し分ないだろう。
「ふんむー!」
「ま、驚くのもわかる。あんたにとっちゃ俺は得体の知れないガキだろうしな。そういう選択肢があるって考えてといてくれればいいさ。
――んでもって、ことの詳細はヤルンちゃんに聞いてくれ」
「え?」
後半部分は小声で言うと、彼は抑えていたサリホの体を解放した。
と同時にすばやくサリホがアヴグストから離れ間合いをとった。その顔が怒りに染まっている。
「あなたは! どうしてそうやって、いつもいつも、ひとを――」
サリホが魔力を高めて回路を組んだのがわかる。肉体強化だ。
「からかってええええぇぇぇ!」
そのまま素早い身のこなしでアヴグストに肉薄し、くるりと一回転。上段回し蹴りだ。
スカートでそれはまずいんじゃ、とエルティティスがひやりとするが、アヴグストは笑ってそれを避けた。幸いにしてスカートの中身も無事だ。
彼も肉体強化の回路を組んだようだが――それだけではない魔力が周囲に拡散する。エルティティスは目を見開いた。
(私と同じ? 収まらない魔力が体からあふれて――?)
『お取り込み中すまない。少しの間、お話いいだろうか』
いきなり届いた『声』にエルティティスが飛び上がったのと、サリホ渾身の右ストレートをアヴグストが受け止めたのは同時だった。
(え? え? これは……)
ミハイルも回路を組み合わせて相手の思考や感情をかなり正確に『視る』が、自分の『声』を相手に届けることはできない。だから、このように肉声を使わずに双方向の『会話』を実現させることはさすがのミハイルにも無理だ。
エルティティスが触れれば、タイムラグはあるが相手の思考を読むことはできるので、二人の能力の組み合わせれば肉声なしでの『会話』は可能だし、実際そうした経験もあるが、このように遠距離での『会話』は初めての体験だった。
『グスタ――アヴグストが妨害してくれている間に、取り急ぎ用件を伝えたい』
(あっ、はい。どうぞ。)
エルティティスは状況についていけていないのだが、驚いているヒマを与えてくれはしないようだ。とりあえず、先を促す。
『まず、俺はヤルン・ティテーリン。
ミーシャ……ミハイルと同期で、俺が隊長をしているチームの仲間だ。副隊長がそこのアヴグスト』
(はい。私はエルティティス・エルヴィエントと申します。)
『エルヴィエント嬢、驚かせてすまないが、まず説明を。
俺は音声を使わない『会話』の能力に長けている。この能力は非常に有益な部分もあるが、人の思考へ入り込む能力でもあるため、人を不安に陥れ疑心暗鬼を生みかねないとして、周囲に知られないよう一部の人間を除いて箝口令を敷かれている。また有事の際と、国より許可されている範囲以外での能力の使用を制限されている。』
(え、じゃあ今……)
『私的利用だ。見つかったら退学となる。やもすると処刑か、それに近い処分を受ける恐れもある。』
(えー!)
『というわけで、このことは他言厳禁。今この会話も周囲に悟られないよう頼む。見つかったら連帯責任だ。』
ヤルンの言葉にエルティティスはひぃっと顔をしかめた。
同時にサリホの跳び蹴りを放ち、それを受け止めたアヴグストが彼女を投げ上げた。宙に投げ出された彼女に、一瞬『会話』を忘れたエルティティスがとっさに受け止めようと動くが、それよりも早くアヴグストがそれを受け止めた。
何が起きたか理解できず目を丸くしているサリホを、アヴグストは見下ろす。そしてにやーっと非常に人の悪い笑顔を見せた。
それにかっとなったサリホが、アヴグストに抱えられたままながらアッパーを繰り出し見事命中。吹き飛ばされたアヴグストが追撃の蹴りを躱したところで第二ラウンドの開始となった。
もうエルティティスが仲裁に入れる状況ではないようだった。
(……それで、ご用件は?
そんな大変な制限がかけられている能力を私的利用するくらいなんですから、さぞ重要な事柄ですよね!)
八つ当たり気味にエルティティスが問いかける。
『もちろん。
まずミハイルのことだ。奴が参っていることはアヴグストから聞いているかと思う。』
(……はい。)
『それで問題となっている件は二つ。
ひとつは、奴が気落ちしすぎて能力を十分発揮していないこと。チームの一員としてやるべきことはやっている。ただ別のことに気を取られているのか、集中力の欠如が著しい。さらに泣き声がうっとうしい。
これは協力をして悩みを取り除く必要があるとチーム内で結論が出たが、それよりも緊急性の高い別件の事案解決のため、とりあえず今は嫌がらせだけして放置することとなった。』
(はあ……)
『ふたつめが非常にやっかいな話だ。『黒服の男』が現れた。』
エルティティスは息を止めた。
その瞬間、サリホが大きく吹き飛ばされて、あわや噴水に落ちるところだったが、どこからともなく現れたアヴグストが彼女をナイスキャッチしたため事なきを得た。が、その一連の光景は、その場を見ているはずのエルティティスの頭には入っていなかった。
『黒服の男』――これは特定の人物を指したものではない。いわゆる警察が使う隠語のようなものだ。悪霊と契約し、悪鬼と化した人間が国の治安と秩序を乱すことがある。そして『黒服の男』とは、そんな悪鬼の中でもとりわけ凶悪なものを指す言葉だ。そして技師は悪鬼――悪霊に魔力を売った元人間――が引き起こす事件、犯罪を担当する専門職となる。
ヤルンやアヴグスト、そしてミハイルはその技師になるために専門学科に通う生徒で、技師の卵である。学園に通っている間は、一般的な高校の授業、技師の卵としての研修、訓練のほか、状況によっては実際の技師たちの補佐も行う。
(でも、補佐の仕事は一学年では行わないはずでは? なぜそれをあなたが知っているのですか?)
『その通りだ。だが今回の事件は少々特殊なため、俺たちにも知らされている。特定の人間が『黒服の男』から狙われている可能性が高いからだ。』
(特定の人間? まさか……)
『そう、『視る』もしくは『読む』能力を持つ者だ。俺たちの学園の中には俺やミハイル、アヴグストを含め、十人ほど該当の能力者がいる。そして、エルヴィエント嬢――あなたも『読む』能力が非常に強いそうだな? もっとも、これらの情報がどこまで犯人側に漏れているかは不明だが。』
(……私の能力は、安全のために国にすべて申告してありますから、他の方よりも情報は入手しやすいかもしれません)
『そうか。どちらにしても俺たちやあなたは今回の事件が解決するまでは特別保護対象となる。そのため俺たちのチームは一学年ながら特例として技師の補佐を命じられ、捜査を手伝うことになった。』
(え……あれ? では今、私たちは技師に見張られているのですか?)
エルティティスは冷や汗をかいた。この『会話』が技師にばれるのはまずいのではないだろうか。
でも、先ほど言っていた私的利用ではなく、これはちゃんとお役目のような気もする……と悩んでいると、ヤルンはあっさりと回答してくれる。期待外れの方に。
『いや、今現在の俺たちには人員の関係で誰もついていない。俺たちのチームは戦闘特化の技師候補生なので自衛できると判断された。犯人が現れたときのため、非常時の連絡手段は託されているが。』
(え、それ大丈夫ですか?
ていうか、結局これ私的利用なんですね……)
『無論。そもそもあなたに『黒服の男』の情報を伝える許可は与えられていない。』
(え。じゃあこれ……)
『服務規程違反だ。』
(さっきから違反しすぎですッ! もうやめて、巻き込まないでッ!)
『だがあなたにはお伝えした方がいいと判断した。』
(いやそれは……そうですね……私も当初は技師になる予定だったのである程度の訓練を受けていますから、普通のご令嬢と違って自衛手段ありますし、なんなら囮役も引き受けられます。)
『ちなみに、あなたを護衛するのは我々のチームとなった。未熟ではあるが、全力で守ると誓おう。』
(わかりました。よろしくお願いいたします。
ではもしかして、先ほどのアヴグストさま……さんの婚約者候補宣言はそのためですか?)
エルティティスが婚約者を決めるために動き出していることは大々的にしてはいないが、隠しているというわけでもない。
男性がエルティティスに近づくこと、会話をしていても不自然に思われないのは、簡易的なお見合いと見なされる場と思わせるのが一番自然ではある。
『ご明察だ。我々はまだ未熟。ある程度あなたと近い距離にいることができなければ護衛するのに不安が残る。かといって年頃の女性に複数の男が入れ替わり立ち替わり現れるというのも倫理的に問題があるとバカが言うのでねじ伏……いや、話し合った。
護衛のために近づくのに一番不自然でない方法として、今回これが選ばれた。』
(ええ、複数の男性と必要以上に近づくのは、私の家柄上、倫理的にとっても問題です。今のは聞かなかったことにしますが、ご配慮感謝します。)
エルティティスは事前に種明かしをしてくれていることにも感謝した。後から今回のことの真相を知ったとしたら落ち込んでいたかもしれない。
モテ期きたーとか思ってすみませんでした。
『うむ。というわけで、我々が婚約者候補として、順番に名乗り出ることとなった。
一番手がおわかりのようにアヴグストだ。次は俺の予定になっている。ちなみに次はパーヴェルの予定だ。今度紹介しよう。』
「はいっ!?」
エルティティスが思わず声を上げる。
その瞬間、幸いにもサリホが魔力の放出で助走をつけた蹴りを放ったので、その轟音でエルティティスの声はかき消された。そのとても生身で受け止めることはできないような一撃に、一瞬アヴグストは大丈夫かと息を詰めたが、彼が一瞬で回路を組んで防御したのを見て胸をなで下ろした。二人ともかなり戦闘能力が高い。
『声は出さないようお願いしたい』
(あ、しまった……すみません。
でもその、婚約者候補のフリはアヴグストさんだけでは……ダメなんですか。)
アヴグストが護衛のためにエルティティスに婚約者候補(のフリ)として近づいたのはわかる。なら順番に人が変わる必要はない気がする。顔を合わせるにしてもアヴグストの知り合いとして会うなり、お互いを知るためだのなんだの言い訳をして彼が同席するなりすれば事足りるのだ。
どうしてこんな回りくどいことをするのだろうとエルティティスは困惑する。
『先ほどの話に戻るが。』
(はい。)
『近ごろのミハイルのうっとうしさに、チーム一同非常に腹を立てている。』
(はあ…)
『どういう流れでそんな話になったのか俺には理解できないが……とりあえず、ミハイルはあなたをひどく怒せたそうだな。
以来ヒマがあればあなたに嫌われたと泣いている。非常にうっとうしい。』
(な、なんだかすみません……)
『あまりにひどく嘆くので、チーム一同ノイローゼになりかけている。このままでは埒があかないので、仕方ないが奴の要求の一部を呑むことにした』
(アッハイ。
……え?)
『俺たちは要求には答えるが、完全にミハイルの望み通りに動いてやるつもりはない。嫌がらせもすることにした』
(嫌がらせ……)
だが、そもそもエルティティスに婚約者候補を紹介すると言っていたのはミハイルだ。だからヤルンの言う婚約者候補うんぬんのどこが嫌がらせになるのかエルティティスにはいまいち理解できない。
どちらかというとミハイルからの自分に対する嫌がらせなのかもしれないな、とエルティティスは思う。
『そんなことはしない』
(……私に対しての嫌がらせではないのですか?)
『無論。俺たちは女性に無礼を働く気など毛頭ない。
それに、うっとうしいことこの上ないことは否定しないが、ミハイルもそんなことをする愚劣な男ではない。』
(そうですね……すみません、失礼なことを。)
『いや。それに実際あなたは非常に魅力のある女性だと思う。家柄、能力、立ち振る舞い……婚約者として名乗りを挙げて損のない相手だと、ミハイルの日々の言動から我々は知っていた。だから婚約者候補などという美味しい思いをアヴグストにだけ味わわせるのはいかがなものだろうということとなった』
(えっと……)
『ミハイルへの嫌がらせも多分にある。
だが、メンバーは皆、あわよくばフリなどではなく、本物の婚約者の地位を狙おうと思っている。それだけあなたは魅力的だ。』
(……ありがとうございます。)
と、アヴグストが綺麗な弧を描いて地に倒れた。それを見てサリホが肩で息をしながらガッツポーズを決めた。勝負――というよりも、サリホの一方的な猛攻――の決着がついたらしい。
周囲を見回すと二人の乱闘を眺めていた野次馬がそれなりにいたが、エルティティスの視線に気づいたのか離れていく。
それを確認してからエルティティスはアヴグストに駆けよった。
「大丈夫ですか?」
アヴグストの妨害が途切れたからか、ヤルンから声は届かなくなった。エルティティスは倒れた彼のそばに膝をつき肩に触れた。そのまま回路を組んで体の状態を確認する。痛んでいる箇所を精査してから、治療回路を構築する。『読む』力があるエルティティスが、唯一ミハイルよりも素早く精度高くに行使できるのがこの治療の回路だ。ただミハイルは精度が低く時間はかかるデメリットはあるが、遠距離からでも治療を行えるという利点はある。
治療を終えたあと、少し息を乱しながらも危なげなく起き上がったアヴグストは、じろっとこちらをにらんで小声で言った。
「――長いんだけどォ」
「――すみません。でも、私としても不本意でした」
エルティティスも小声で返すと、アヴグストはにやりと笑った。
「ヤルンちゃんは生真面目にぶっとんだこと言うからなァ」
「ほんとに……
あ、ところでアヴグストさん。サリホとじゃれている間、ずっと魔力を放出し通しでしたが、大丈夫ですか? 魔力切れとか……」
「じゃ、じゃれてたわけじゃ――」
サリホがムキになって言うが、それを遮ってアヴグストは答える。
「あァ、俺はそこそこ魔力量があるんで平気平気ィ。
それがウリでお偉いヤツばっか通ってる技師の学園行ってるんだが、気を抜くとうっかり出しっ放しにしちまうんだよなあ」
「制御がままならないだけでしょ!」
ちがう、とエルティティスは思った。あれが妨害だったのだろう。
いかにも未熟さゆえに自分の魔力を制御できず周囲に流してしまっていると見せ、その裏で『会話』が行われていることがわからないように『隠蔽』の回路を使ってヤルンとエルティティスの会話を隠した。
回路を使っていることは、熟練した人間が見れば魔力の流れで察知してしまうのだが、彼は自身の魔力を自然に広範囲に垂れ流すことで『隠蔽』を隠した。
魔力操作が苦手な者は回路の構築が苦手な者が多い。魔力の制御ができないふり、未熟なふりをすることで、彼自身が『隠蔽』という複雑な回路を構築する実力がないと思わせている。
『会話』を『隠蔽』で隠し――
『隠蔽』は自身の魔力で隠し――
自身が魔力を周囲に放つ不自然さは、未熟さのふりで隠した――
いかな強力な術者でも魔力の中に不自然さを感じなければ探そうとしない、そうしなければこの妨害には気づかない。これではよほどのことがなければ気づかないだろう。ヤルンが堂々と『会話』を使うわけだ。
「すごいですね……」
エルティティスは魔力は高いが回路の構築は人より少し優秀と言えるくらいだ。そしてあれだけの量の魔力を放出できるということは、彼もおそらくエルティティスのように魔力が強いことで苦労したタイプだろう。
彼はすでに自分の魔力を手中にしている。そして自分の欠点となっていたところを利用して、それをも実力につなげている。
こういう魔力の使い方もあるのだ、と思った。
「……とりあえず、さっきの話は覚えておいてくれな。
今日はなんかもう、疲れたし、そんな雰囲気じゃないし。近々また、詳しい話をしに来る」
「わかりました。お待ちしております」
「えっ、エルってばほんとに婚約の話を検討するつもりですの!? コレとの!?」
「コレってなんだ、コレってェ!?
ってか、おめえと婚約するワケじゃねえんだ、外野は黙ってろ!」
アヴグストの言葉にサリホがぐっと言葉に詰まり、小さな声で謝罪する。強く言い過ぎたと気づいたアヴグストもサリホにぼそぼそと謝罪している。
(仲良いなあ。)
気まずそうだが一応仲直りできたらしい二人にエルティティスは微笑んで帰り道を指さした。
「二人ともそろそろにして、帰りましょ」
「ああ……一応、寮まで送ってく」
「ありがとうございます。
じゃあほら、行きましょサリホ」
「ええ……」
二人を促して歩き出しながら、ふと視線をやると、金髪を短く刈り上げた長身の男性がゆっくりと歩き去って行く姿が見えた。アヴグストに目をやると、彼はそちらの方向には視線をやらず、だがエルティティスにだけわかるようにまばたきを三回。
(あの人がヤルン様……だな。)
エルティティスは心の中で挨拶の言葉を浮かべた。先ほどの『会話』は挨拶をせずに切り上げてしまったからだ。
妨害がなければ『声』は送れないだろうが、エルティティスの声に出さないそれを『視る』ことはできるはずだ。そう思ってアヴグストを見上げると、彼女が何をしたかったのか察したらしい彼がにやりと笑ったのでエルティティスも笑った。
「どうしましたの? ふたりとも」
「いえ、なんでも。
……ところでサリー、どうしよう」
「え、なんのことかしら?」
「こんな人通りの多い公園で、魔力を全開にして立ち回ってたけど、私たちたぶん……謹慎処分も……ありえるような……」
「えっ」
当然のことだが、定められた場所で訓練などを目的とした場合以外で、回路を使って格闘するなど正当防衛以外では認められない。重大な校則違反である。
エルティティスたちの所属する学科がお嬢様学校と揶揄されるほど上流階級が多いのも一因だが、二人の通う学園が普通の高校ではないことが一般人に知られるのはまずい。もう半ば公然の秘密で、意味など瓦解しているのだが……魔力持ちでない生徒もいる学園だ、彼らが魔力持ちと勘違いされて事件等に巻き込まれることを避けるための配慮は必要だ。
それに自分たちが魔力持ちだと知られることも極力避けなければならない。魔力持ちはその特殊性と希少性のためよく狙われる。能力を悪事に利用したい犯罪組織だったり、魔力持ちを弾圧する団体――いわゆる魔女狩りを目的とした団体。またその逆で魔力持ちを崇拝する宗教団体などからの被害も昨今は問題になっている。
肉体強化や治療回路の使用などは周囲にわからなければ使用することは禁止されていないが、今回のサリホは肉体強化でアヴグストに殴りかかっている。今回はすさまじい勢いではあったが肉弾戦だったので、魔法回路の使用は一般人の傍目にはわからなかっただろうが、女性にあるまじき身体能力を発揮したサリホは、周囲に疑念を抱かせている可能性がある。微妙なところだ。
「ちなみに俺はお前の攻撃から逃げてただけだからな。正当防衛だ」
「ええっ」
「私が止めなかったのも悪いし、一緒に怒られなきゃいけないわね」
「えええ……
中学の頃は、そんなことなかったのだけれど……」
「そりゃ校内のケンカなら、けが人が出るとかじゃなけりゃ、外部にもれないように内々に処理する。
今回は堂々と公衆の面前で暴れたから……ま、学園側には連絡が行くだろうなァ」
「ううう……」
サリホがしおしおと小さくなる。
それを見てアヴグストが苦笑し、彼女の頭をぽんぽんと軽くたたく。
「まあ、反省してちゃんと叱責は受けとけ。
――お前さっき自分でやんごとないご令嬢が通う学園の生徒だって言ってたじゃねえか。ちょっとはそのへん考えろよ」
「ご、ごめんなさい……」
サリホがしょんぼりと肩を落としたのを見てアヴグストが気まずそうな顔をしたことに、エルティティスは気づいた。
長くなった犯人はヤルンちゃんです。




