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資料11:マシュー・レヴィンソン:『戦争はなぜ起こるか:松方栄一郎氏の研究より』;2030

 我が親愛なる友である松方が、長谷(ながや)震災によって姿を消してから、7年が経った。フソウの法律に従うと、これにより松方の失踪は確定し、以後は彼の生存が確認されない限り、法的には彼は死んだことになる。

 松方は、偉大な学者であった。その晩年において、非科学的な説を提唱したことによって異端のレッテルを貼られることになったが、33年戦争研究において彼が成し遂げた業績は、誰にも否定できないだろう。イルマ・レーンが掘り起こし、ケイト・ウィンセルが発展させた研究は、松方によって大いに花開いた。


 私は彼の友として、また最大の論敵として、彼とは20年以上、折にふれて酒を酌み交わし、議論を戦わせてきた。だから彼が次に出版する予定の本の草稿を査読してほしいとメールしてきたときには、喜んで引き受けることにした。無論、前作のようなSFが書かれていたら、これは学問でも何でもないと一蹴するつもりで。

 だが彼が送ってきた論文には、歴史学というよりも、より社会科学に近い領域における、斬新かつ、魂を震撼させる大発見が記されていた。東都からアッカムに向かう14時間の飛行機の機内で、叫び出したい気持ちを抑えながら彼の草稿を読んだときのことは、昨日のように思い出せる。


 しかし彼は震災の被災者の一人となり、草稿は草稿のまま、時を止めた。


 あれから7年が経過し、法的には彼の死が確定したいま、私は彼の遺稿を、なんとかして世に出したいと思った。それが、本書である。本書の印税は全額、松方の遺族に寄付される。


 松方最期の研究は、本書の表題が示す通り、戦争がなぜ起こるかを分析したものである。生涯に渡り33年戦争がなぜ勃発したかを研究し、プレ33年戦争期を「失われた黄金時代」と持て囃した研究者たちと徹底的に対決してでも、「それでも人類史上最悪の戦争は起こった」ことに執着した松方らしい、壮大なテーマである。

 松方は戦争が起こる理由から、経済・文化・歴史・宗教といった、従来は自明とされてきた要素を、すべて排除した。なぜなら33年戦争は、そのいずれも関係せずに勃発した、最悪の戦争だったからだ。


 その上で彼は、食料生産力に注目した。

 現代先進国を特例として除くと、食料生産力とは、人口増加率とほぼ同じ意味を有する。人口の上限は、食料の総生産量によって定義されるのだ。つまり、その段階における食糧生産量を越える人口が生まれた場合、新生児は意図的ないし非意図的に、失われる。意図的な喪失は「間引き」であり、非意図的な喪失は餓死や病死だ。

 一方で、食糧生産量が十分であるなら、人口は増大し続ける。食料供給のほとんどを占める農作業において、新生児の数は、近未来における労働人口とイコールだからだ。


 このようにして増大する人口は、やがて社会に危機的状況をもたらす。成人した労働人口は、継続的な労働人口を担保する反面、長男以外にとってみると、家内奴隷的な立場から逃れられないことを意味する。農地の広さには限界があり、都市部における仕事も急には増えない。結婚して家庭を持つなど論外で、ただただ一家の働き手として死ぬまで働き続けるしかない――それが、若年人口が爆発的増加を起こした社会において発生する状況である。

 つまるところ、食料供給量を上限として人口は幾何級数的に増えるが、生活資源は算術級数的にしか増加しないのだ。


 かくしてそこで発生するギャップは、社会不安を生む。「このまま何者にもなれずに死ぬ」ことを自明として受け入れる人生を選ぶ人間は、決して多数派ではない。人間は常に、希望を希求するのだ。

 結果的に、社会全体の富は増大しているにも関わらず、社会が急激に不安定化するという事態が発生する。松方は、歴史上発生した様々な大戦争や大規模な移民、あるいはジェノサイドが、このような若年層の急激な増加(具体的には合計特殊出生率5.0がボーダーラインとして想定される)を起こした地域で発生していると指摘する。驚くべきことに、ある程度の人口統計が残っている範囲で調査する限り、これには例外がない。


 つまり戦争や虐殺は、未来なき若者の急激な増大によって、発生するのだ。

 経済的変動も、文化的遺産も、歴史的経緯も、宗教対立も、すべてはその人口圧力が戦争を求める口実に過ぎない。


 この偉大な研究を、私の名前で世に出版することには、大いに抵抗がある。これはあくまで故松方の研究であり、私はその細部を調整しただけだ。

 本書を松方が見たら、「この盗人め」と、愉快そうに笑うだろう。それでも私は、彼の最期の――そしてもしかしたら最も偉大な――研究を、世に訴えたいと思う。そして多くの歴史学者と社会学者によってこの研究が精査され、広く議論されることを望む。


 それこそが松方に対する、研究者がなすべき最大の手向けではなかろうか。


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