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資料10:松方栄一郎:『33年戦争は計画的な虐殺だった!』(月刊マー6月号);2023

――本日は大変に貴重なお話を、どうもありがとうございました。早速ですが、松方教授に……


松方:もう僕は教授ではないよ。昨年、定年で退官したからね。私的な場で何と呼ばれようと構わないが、文字として残るなら、そのあたりは正確にお願いしたいね。


――大変失礼しました。では松方先生、でよろしいでしょうか? 松方先生は33年戦争研究の世界的な大家として多くの本を上梓されておられますが、先月出版されました最新の研究書は、特に大きな評判となっています。


松方:そのようだね。僕としては理論的に当然の帰結を述べただけなんだが、世間的には松方はボケただの、こんなものは学問ではないだの、いろいろと姦しいねえ。

 君としては、そのあたり、どう感じたかね。何か特別な感想を抱いたから、こうしてわざわざ会社の予算を使って、僕に話を聴きにきたんだろう?


――そうですね、まず最初に、とても斬新な見解であると感じました。失礼を承知で言えば、突飛というか、SFに近いかな、とも。ですが繰り返し読むうちに、これは単なるフィクションや歴史小説の類で済ませるわけにはいかない、と思うようになりました。


松方:ほう。どのあたりが、君にそんな危機意識を抱かせたのかな?


――なんと申しますか、空想で片付けるには、あまりにも筋が通り過ぎるなと。確かに仮説としては異常かもしれませんが、33年戦争という圧倒的な異常を、そのたった1つの異常が無矛盾に説明する以上、荒唐無稽の一言で片付けて良いのか、にわかには判断できないと考えました。


松方:君はなかなか、面白い考え方をするね。

 さて、本来なら僕が質問されて、答えなきゃいけない場で、随分と君にサービスしてもらったから、僕もちょっと真面目に答えるとしよう。

 33年戦争は特定個人の悪意によって引き起こされた戦争なのではないかというのは、随分昔から漠然とした思いとしてあったんだ。当時はまだ、仮説と呼べるほどのものではなかったけどね。

 最初にそれが確信の、そのまた欠片のようなものに変わったのは、2018年頃だったかな。その頃の最新の研究をもとに、簡単な年表を作ってみたんだ。中学校の歴史の教科書に出てくるような、アレだね。君も学生時代はさんざん手こずらされたんじゃないかな?


――ご明察です。私は親が使っていた参考書を譲ってもらって勉強したので、フソウ最初の武家政権の成立年に1192年と書いてバツをもらったのを、今でも覚えています。


松方:ははは、そういうこともあるだろうねえ。

 学生諸君にとっては不快な年表だが、これはこれで意味があってね。どんな出来事が、どの順番で起こったのかというのは、因果関係の基本中の基本だ。事件Aのほうが事件Bより先に起こっているなら、事件Bが事件Aの原因などということはあり得ない。おそろしく当然のことだが、意外とこれは簡単に無視される。

 年表の利点はともかく、そのときに作ってみた年表を見た時、僕は突然、ピンときた。どれ、実際に書いてみよう。


1579年 魔術式ラジオの放送開始

1581年 グルック市におけるエルマ族居留区焼き討ち

1581年 魔術式電気炉の稼働

1583年 カロル市におけるエルマ族虐殺


 どうかね、これを見て、何かを感じないか?


――うーん、申し訳ありませんが、すぐには……。


松方:そうかね? よく見てごらん。

 グルック市における居留区焼き討ちは、歴史的に見ても顕著な事件だ。

 エルマ族に対し、政府が計画的に差別政策を打ち出し、ときにエルマ族からスケープゴートを選ぶというのは、それまでもあった。

 だがグルック市において、焼き討ちを主導した市民は後に処刑されている。つまりこれは、為政者が主導したのではなく、市民の間から始まった運動だった、ということだ。こんなことは、それ以前にはなかったんだよ。

 グルック市で起きた焼き討ちは、あらゆる面において異常だ。

 例えば疫病が大流行することで誘発されたパニックが、スケープゴートを求めて特定少数民族への虐殺を引き起こすというのは、珍しくない。だが当時のグルック市は経済的に見て成長していたし、人口も増加傾向を示していた。まさに、繁栄のまっただ中にあったんだ。

 グルック市が他のそれまでの歴史的状況と異なっているのは、ただひとつ。そこにラジオ放送があった、ということだ。


――もしかして、ラジオによって市民が扇動されていた、と?


松方:それ以外に考えられない。ブール共和国のジェノサイドと同じだよ。

 理由なんて、どうでもいい。社会に対する不満は、どんな時代にもあるからね。その不満の根源を成しているのはエルマ族だと、ラジオが放送し続けていたとしたら。グルック市で、世界最初の、市民による自発的な虐殺が勃発したとしても、不思議ではないね。


――ですがグルック市における焼き討ちは、それほど多くの犠牲者を出さなかったということですが……


松方:そこなんだよ。そこが、最大の気づきだ。

 33年戦争を意図的に誘発させた誰かは、グルック市でまず実験をしたのではないのか?


――実験、ですか。それはまた……あ、ああ、で、でも、だとしたら――


松方:気づいたようだね。

 〈彼〉は、まずグルック市を実験台として、ラジオを用いて社会に潜む憎悪を具現化しようとした。〈彼〉には、それが可能だという確信があったんだろう。エルマ族に対する差別意識は、長年かけて神聖サウラ帝国が培ってきたものでもあるからね。

 でもその結果は、〈彼〉の想像とは大きく異なっていた。ジェノサイドと呼ぶべき状況は、発生しなかったんだ。

 なぜか? それは僕よりも、〈彼〉の推理を見れば明白だ。民族浄化を求めて立ち上がったグルック市民には、火力が不足していた。安価に手に入る、高火力の武器が、もっと必要だったんだよ。

 かくして同じ年に、魔術式電気炉の稼働が始まった。フリントロック式マスケットが大量生産され、それまで軍隊や傭兵が装備していたマッチロック式マスケットは、民間へと払い下げられた。1581年以降、急速に市民は武装していったんだよ。

 そして1583年、次の実験において、〈彼〉は満足すべき結果を得た。カロル市で起きたジェノサイドは、カロル市のエルマ族をほぼ根絶したと思われる。大量の火縄銃でエルマ族居留区の防衛線を打ち破った市民たちは、居留区内部に躍り込むと、鉈を手にエルマ族を切り刻んだというわけだ。


――そ、その、先ほどから〈彼〉とおっしゃっておられますが、先生はその人物に目星がついている、ということでしょうか?


松方:おっと、口が滑ったな。君はいい注意力をしているね。

 これは次の次あたりで論述しようと思っている部分なんだが、いい機会だから、話しておこう。

 僕は、エルマ族の虐殺を引き起こし、やがては神聖サウラ帝国を33年戦争へと導いた人物は、〈彼〉ではないか、と思っている。ソフィア・ケスラー伯爵夫人が最期の手記として残した文章に登場する、〈彼〉だ。


――お言葉ですが、ソフィア・ケスラー伯爵夫人の手記は、後世の創作ではないか、とも言われていますよね? なにしろ文末の「編者注」に書かれている、「ケスラー伯爵夫人の血文字が残っている原本」は、いまだに実物が見つかっていません。


松方:もちろん、その点についても研究は終わっているよ。

 さすがにここから先まで喋ってしまうと本が売れなくなってしまうから、これ以上は秘密にさせてもらうがね。


――分かりました。ともあれ、その〈彼〉はタイムトラベラーであり、現代の技術に関する知識を持った状態で、1570年頃の神聖サウラ帝国に姿を現した……そういう理解でよろしいでしょうか?


松方:そうだ。それ以外に、この状況をどう説明するかね?

 〈彼〉はラジオの原理を知っており、またラジオが虐殺の道具として使えることすら知っていた。電気炉の知識を持ち、安価で信頼性の高い銃の大量生産が何をもたらすかも、熟知していた。輪栽式農業をもたらしたのもまた、ほぼ疑いなく、〈彼〉だ。

 そしてまた〈彼〉は、あえて現代的な医療知識を普及させなかった。文明を崩壊させるレベルでの大量殺戮を目指すなら、鉈や銃ではなく、病気が最も効率が良いことを知っていたのだ。

 確かにこれは、突飛な説かもしれない。だがね、ルネサンスの恩恵を受けることもなかった1570年の神聖サウラ帝国に、ある日突然、ラジオや電気炉を作り出せる天才が誕生すると思うかね? 僕にしてみれば、そんな世紀の超天才がぽっと出てきたという説よりは、タイムトラベラー説を取るね。

 それに、だ。仮にそんな超天才が生まれたのだとしたら、なぜ彼は自分の発明が社会に何を引き起こしうるかを、想像できなかった? それこそ、根本的な矛盾じゃあないか。


――その点は、私も先生のご著書を読んで、大いに納得した部分です。

 ただ、もし〈彼〉が、神聖サウラ帝国を滅ぼすという悪意を抱いたタイムトラベラーだとしたら、なぜ〈彼〉は輪栽式農業を普及させたのでしょうか? 社会が豊かになることは、その社会が滅びる方向とは真逆のように思えます。


松方:それもまた、当然の疑問点だな。

 だがそこについても、僕は研究を完成させた。というより、まさにそこが、次の本の主眼だよ。もっとも、次の本にはタイムトラベラーは出てこないから、君の会社が取材に来ることもなさそうだがね。


――いえいえ、ここまで伺ったとあっては、次回作が出版された折にも、必ずお話を伺いに参ります!


松方:君は面白い人だね。良いよ、そのときは歓迎しよう。

 今日は楽しかったよ。君はとても良い聞き手だ。


――光栄の至りです。本日は、本当にありがとうございました。


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