07、西区にて
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西区の、特にこのへんはやっぱり慣れないな、と僕は思った。
剣を背負った巨漢に、三角帽子の魔法使い。僕と同じく法術士。
それに、フードを目深にかぶった怪しげなやつ。
様々な皮膚の色をした人種たち。中には角や尻尾をはやした人もいる。
あちこちの店々には色んなものが売り買いされ、活気だけならドゥーエのどこにも負けないんじゃなかろうか。
雑多な人の波に酔いそうになりながら、僕は一路宿屋を目指していた。
当然だが、
『動物に治癒法術をかけます』
の看板は置いてきた。
どうせテキトーに作ったもんだし、ここでは悪目立ちするしな。
「同じ街なのに、東のほうとはだいぶ趣がちげーやすねえ?」
サブは手をかざしながら、悠然とした態度で西区の街並を見ている。
全然気圧された様子がないのは、度胸が良いというのか。
まあ、確かに同じ街とは思えないよな。
これがお城のある中央区に近づくとまた様子が変わるらしいけど、この西区の見た感じは、まさに剣と魔法の世界って感じだ。
どんな冒険が待ってるのかと胸がドキドキしそうになる……ことも、あった。
僕がこんな感想を抱くのも、前世の記憶のせいだろう。
けど。この世界でも冒険者なんて、ゲームみたいなかっこいいもんじゃない。
要は食い詰め者、まともな仕事につけないはみだし者だ。華々しいのはほんのごく一部。
そういうのが、仕方なくやってるような……ヤクザみたいなもんだもの。
だから、この西区も治安の悪さじゃあドゥーエ一番。
何度か見廻り方の手入れがあったらしいけど、効果があるのはほんの一時。
しばらくすれば、またあちこちから冒険者は集まってきてしまうのだ。
近頃では、わざわざ冒険者を目指してここに来る人間も多いとか。
そう、僕のように。
でも少しばかり体験してわかったことだけどさ。やっぱり冒険者なんてのは……。
「おい……! そこの、お前。お前、まだ生きたのか?」
ろくなもんじゃないと、思った時である。
僕は、呼びかけてきた相手のほうを、ハッと見た。
赤ら顔でひげ面のおっさんが、小さな酒場から顔を出している。
『踊る子豚亭』――豚の看板が掲げられた汚い店。
そして、僕が目的地としてやってきた場所でもある。
「生きてますよ。幽霊じゃありません」
「だろうな。幽霊にしちゃあ血色が良すぎらあ!」
笑えないジョークみたいなものを飛ばすおっさん。
『踊る子豚亭』の店主である。
ここに来たばかりの僕に、パーティーを紹介してくれた人物でもある。
「あいつらの話じゃ、洞穴でおっ死んだってことだったが?」
店に入ると、おっさんはガハハと笑って、乱暴に僕の肩を叩いた。
「はあ。でも、生きてるんで」
やっぱり死んだことにされてたか。まあ、予想通りの展開ではある。
僕をほっといて仕事を終わらせたんだな。
「どっちにしろ、生きてるってのはめでたいよな。どうするあいつらを呼んでくるか?」
「いえ。それより、僕の扱いってどうなってるんです?」
尋ねると、店主のおっさんはうーん、と顎をなでながら、
「一応は死亡扱いってことで、冒険者登録は抹消されるんだが……?」
おいおい。
「そういうのは月末にまとめてやることにしとるんで、お前の登録はまだ有効だぜ?」
「そですか」
ま、冒険者にあまり未練はないけどな。
絶望的に向いていないっぽいし。
「何だよ、味気ねー返事だな?」
「冒険者稼業、やめようかとも思ってますし」
「おいおいおい。もうやめるってか? 根性ねえーな」
店主のおっさんがつまらなそう顔をする。
「下手に根性出して早死にするよりはいいでしょ」
「そりゃまそうだ。で、冒険者登録をわざわざ取り消しに来たんか?」
「いえ、荷物を取りに来ただけです。大したものはありませんが、一応」
「そうか? こっちとしてもそりゃ助かるがよ……」
と、店主のおっさんの顔つきがちょっと変わった。
「お前さんの連れてきた、あの子はいってえ何だよ?」
コレか? と、おっさんは小指を立ててゲスっぽい笑顔。
そういや、サブのことをすっかり忘れてたなあ。
「あの子はですね……」
何だろ、考えてみればよくわからないぞ。
あの洞穴で死にかけてたでっかい獣で、でも実は人間? で。いや人間か?
向こうの言葉では、僕は恩人だからどうとか……。
ううむ。改めて考えると本当にわけわからん。
てなことを思い悩んでいると、
「あっしがなにか?」
もの珍しそうに店内を見ていたサブがぐるりとこっちを見返す。
「いや、お嬢ちゃんとこいつの関係さ」
と、ニヤニヤ笑いのおっさん。
するとサブは、
「あっしゃ、旦那の子分でさ」
つい、と僕の傍らに立つとニカリと笑ってみせた。
可愛い、というよりでかい肉食動物を思わせるすごい笑顔。
笑っていたおっさんもぎょっとした顔で、僕を見てくる。
「どういうこったい?」
そんなこと、僕がわかるもんか。
「あの、それより預けた荷物は……?」
「……あ、ああ。これだろ」
驚いてる隙を突くように僕が言うと、おっさんは荷物を出してくる。
軽く背中にしょえる程度の革製かばん。
うん。間違いなく僕のだ。中身を荒らされている様子もない。
それを受け取って、さあ行こうかとした時、
「――やっぱり、生きてたか」
聞き覚えのある声がしたかと思うと、見覚えのある顔が僕を見ていた。
「あ」
「あ、やあらへん。生きとったんなら連絡くらいよこし」
そう冷たい声で言うのは、見知った顔の女性だった。
名前は、カラスマ。僕がいたパーティーの冒険者。
黒い髪に、黒い瞳。どっちかというと、前世のアジア系に近い顔立ちをした女性。
1メートルほどの鉄棒を武器にする、素早さと盗賊スキルが売りの冒険者。
「まあ他の連中は、お前は死んだと思ってるみたいやけどな」
そう言いながら、カラスマはじりじりと近づいてくる。