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04、浮き舟屋




       ○




 そうだ。西区へ荷物を取りに行こうか?

 僕がそんなことを考えた時だった。


「あの、もうし?」


 背後から声をかけられた。

 見てみると、大きな瞳をしたアマガエルみたいな印象のメイドが一人。


「おめえさんかね、ケダモノにも法術をかけてくださるちゅうのは」


「そうですが」


「何か頼りなさそう感じだけど、でーじょーぶかね?」


 カエルメイドは僕の顔をジロジロ見ながら、ぶしつけなことを言う。


「何を言いやがる。こちらの旦那は、獣専門! 人間以外のことなら専門家だぃ!」


 サブは僕を押しのけるようにして、これまた勝手なことを言う。


「あのな、お前……」


「へえ~~。ケダモノ専門の法術士ってのは、初めて見るね。さすが都会だけあって、商売も色々だな。そんじゃあんたに頼むべえ」


 カエルメイド、うなずきながら僕らへ手招きをした。


「でも、何を診るんだい? 見たところ……」


 カエルメイドは別にそれらしい動物を連れていない。

 まさか本人がカエルに似ているからって、本人を……ってこともあるまいし。


「いやいや。おらが勤めてるお店のほうに来てほしいってこと。そこで馬っこを診てやってほしいんだ」


「ああ、そういうこと」


「で、何かい? 馬っこって、動けないほど重い傷なのかよ?」


「いやあ、そういうわけでもねえけどよ? 先日ちょいと無理をさせすぎたらしくってよ? うちの女将おかみさんもあんまり動かしたくねえって」


「なるほど?」


「それに、馬っこに術かける法術士をちゃあんと自分の眼で見定めたいと、こうおっしゃってもいなさる。まあ、さすがだよ」


 大事な馬のことだし、用心に越したことはないってことか。


「わかりました、おうかがいしましょう」


 ま、さっきのじいさんみたいに歩いている途中ならまだしも、治癒法術をかけようっていう馬をわざわざうまやから引っ張り出すってこともないよな。


 馬は、好きな人からすれば人間や金銀宝石以上に価値を見出すものらしいし。



 そういうようなわけで。


 僕らはカエルメイドの案内の元、そのお店とやらに向かうことになった。

 川沿いの道をずうっと進んでいくと、それらしい店が見えてくる。


「あそこだよう」


 と、指さすカエルメイド。


 『浮き舟屋』と看板のかかった舟宿だ。


 ドゥーエは水上交通の発達した都市。

 街での移動、物品の運搬などは地上の道路よりも水路を使ったほうが便利なのである。



 舟宿はいわば、水上タクシーの会社みたいなものなのだ。

 中には、宿泊施設があったり、小料理屋みたいにしているお店もある。


 どうやら、このお店はそういう系統のお店らしい。


「法術士様をお連れいたしました~」


 カエルメイドは僕らを連れて店に入るなり、大声で叫ぶのだった。

 中には数人のメイドたちが忙しそうにしていたが、すぐ一人のメイドがパタパタと奥へと走りこんでいく。


 そして、店の主人らしき女性がすっと現れてたのだけど……。


 ものすごい、美女だった。


 故郷からこの都会ドゥーエにやってきて、それなりに美人は見てきたつもり。

 が、しかし。そのへんとはまるでレベルが違う。


 まるで、水の女神みたいな青いドレスと、青い髪、青い瞳。

 全てが青で統一された、バランスの整った肢体。


 単に胸が大きい、お尻が大きいというのじゃない。

 全部がバランスよく整っていて、まるで生きた美術品のようだった。


 こんな人が、現実に存在するなんて――


「ちょいと?」


 僕が完全に見惚れていると、あわてたような声でサブが足を踏んできた。


「いって……! 何をする……」


 思わず声を荒げかけたが、青い女性の視線を受けて何も言えなくなる。


「あなたが、馬の治療をなさってくれる法術士のおかたですね?」


 全身に震えが走るような美声で、彼女はそう尋ねてくる。


「あ、はい。そうです。すみません」


 別に謝る必要なんかないのに、迫力に押されて僕は謝ってしまう。


「私は、この家の女将おかみで、ルザ・ワカ・タイガと申します」


 女将さんは名乗り、静かに丁寧に頭を下げるのだった。


「な……ナムジ・ニツカミクと申します」


「あっしゃ、サブってケチなもんでござんす」


 オタオタする僕とは対照的に、サブは平然とした態度で挨拶をする。


「それでは、こちらへどうぞ。失礼なこととは存じますが……できるだけ早く馬を診てあげてほしいものですから」


 と、女将は僕らを先導して歩き出した。

 僕は何だか地面が足についてないようなフワフワ感で、泳ぐように歩く。


「旦那、頭でも打ったんですかい?」


 ついには。


 嫌味ではなく、本気で心配そうなサブに肩を貸される始末だった。

 そして、どうにか何とか、うまやにたどり着く。


 厩には毛並みの良い、いかに丁寧な手入れがされているのがわかる馬が並んでいた。

 どの馬も健康そうで、病気や怪我とは無縁のように思える。


「良い馬ばかりですね?」


 何とか正気を取り戻す僕は、馬たちを観察しながら言った。

 ざっと見たところ、別に治癒法術の必要な馬はいなさそうだ。


 女将さんはフッとはにかむように微笑んだ後、少し奥のほうへと進む。

 そこには、一頭の馬がぐったりと横になっていた。


 あちこち傷を手当てした形跡があり、かなり体力を消耗している様子。

 美しい黒い毛並に、黄金のたてがみを持つ馬だ。


 壮健な時なら、さぞかし凛々しい馬だと予想できる。

 きっと、美しい女将さんにピッタリ似合うんだろうなあ。


「この子は、迅雷と言います」


 女将さんはその美しい眉を曇らせながら、横たわる馬の首をなでてやる。

 正直、馬が羨ましいと思ってしまった。


「この子は、さるかたからの預かっている馬で、相応に面倒を見てきたのですが、ある事から非常に無理をさせてしまい、こんなことになってしまったのです」


「ははあ……」


「そこで、うちを働いているメイドの一人が腕の良い、動物を専門に診てくださる法術士様がおいでになると聞いたので、こちらにお招きした次第なのです」


「へえ?」


 女性同士の口コミかな、と僕が思っていると、ぴょこんと横から見覚えのある顔が。

 それは、最初に子犬を診てあげたあの、メイドだった。




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