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02、タヌキでござんす




       ○




 いや、獣は別に睨んでいるわけではないようだった。

 真っ赤なルビーのような瞳からは、敵意や殺気は感じられない。


 人語を話すような相手だから、まさに話せばわかる……の、かも……。

 うまくすれば、助かるかもしれない。


 そんなことを僕が考えていると、突然獣に変化が起こった。

 ヒグマのようなその巨体がスーッと縮始め、犬くらいの大きさに。


 そうして改めて見ると、こいつは熊は熊でもアライグマに似ていた。

 ただし、アライグマとは色々差異があり、別の生き物だとわかる。


「お助けいただき、ありがとうごぜえやす」


 そいつは一言礼を言うなり、ぴょんと一つ宙返りをした。

 と、その過程でさらなる変化が。


 手足が伸び、獣毛がひっこみ、体躯が変わって……。

 トンと地面に足をつけた時には、何と人間の女の子に――


 狩人みたいな恰好をして、髪の毛はブラウン。瞳は赤かった。

 かなりボーイッシュだけど、大きな瞳の愛らしい、いわゆる美少女である。


「おかげで助かりやした。治癒の術をかけていただき、まっことに……」


 深々と頭を下げる美少女。

 彼女はアレだろうか? 魔法で姿でも変えていたのだろうか?


「あっしは赤星のサブと申しやす」


「僕は……ナムジ……」


「ナムジさん。よろしいお名前で」


「それはいいけど、君……ナニ?」


「へえ。あっしはここよりずっと西の大陸より渡ってきたタヌキでござんす」


 サブはニコリとしながら、そんなことを言った。

 しかし、言われた僕のほうは……。


「タヌキだあ?」


「へい」


 いや、へいっと言われてもなあ。

 僕が生まれ育ったのは、東部と言われる地域である。


 しかし、この大陸にタヌキという生き物はいない。いるのはアライグマのたぐいだ。

 もっとも、西の大陸というのは聞いたことあるけど。


 なるほど、別大陸から来たのなら、まあそれほど不思議でもないのか?

 まあ、いいや。考えるのはよそう……。


 ともかく今は――


「まず、こっから抜け出すことを考えないと……」


 僕は岩の天井を見上げながら、ため息をついた。


「旦那は、こっから出たいんで?」


 何を考えてか、サブはきょとんとした顔で聞いてくる。


 なに、こいつ……。


「当たり前だろ」


「なんだ。そんなのは、わけねーや。あっしにおまかせだ」


 すると、サブ。自信たっぷりに胸を叩く。


「旦那、こうおいでなせえ」


 言うなり、サブは暗い洞穴の中を無造作に歩きだした。


「おい、ちょっと……!」


 僕はあわててそれを追った。

 まるで岩石の迷路みたいな洞穴の中を、ひたすらに進む。


 どうなることかと、ヒヤヒヤしているうちに、


「旦那、見えやしたぜ」


 サブの声と共に、前方に日光らしき輝きが見えた。

 ひょいと顔を出してみると、そこは確かに地上の世界。


 遠くにドゥーエのお城が見える。

 草に覆われているために外からはわかりにくいが、その出口は入ってきた場所とそう遠くはないところだった。


「嘘みたいだ……」


 外の空気を思い切り吸いながら、僕はしゃがみこんで苦笑する。


「旦那、これからどうなさるんで?」


 僕の隣にしゃがみ込みながら、サブが聞いてくる。


「どうするって、特にあてもないけど……。それより、旦那っていうのはやめてくれ。そんなたいそうに呼ばれる身分じゃないんだ」


「でも、あっしを一発で治してくれたじゃねーですかい」


「あれは……自分でもよくわからないんだ。人間以外に法術を使ったのは初めてだし」


 うまくいっていたとしても、普通ならあれだけの重傷を一気に治癒する……。

 そんなのは、僕からすれば奇跡みたいなことのはずなんだ。


「なるほど。わかった」


 思い悩みかけていた僕に、サブは能天気な口調で言う。


「あっしが思うに、旦那の術は人間にゃ効果が薄い。しかし、人間以外には効果抜群なんで。どうもそうに違いねえ」


「……なんだ、それ。そんな話聞いたこともないぞ?」


「でも、今まで試したことはねーんでしょ?」


「そりゃね……」


 動物に対して、治癒の法術を使うということはあまりない。

 牛馬や、貴族のペットに対して使う例がいくつかある程度だ。


 基本動物の治療なんかの、専門家? 獣医みたいなものはここにはいない。


「よっしゃ。じゃあ、もっと試してみようじゃありやせんか」


 と、サブは膝を叩いて立ち上がる。


「な、なにをさ」


「獣とかそういうのに旦那の術を使いまくってみるんで。そうすりゃあっしの考えが間違いかどうかハッキリするってもんだ」


「そ、そうかもしれないけどなあ……」


 人外には良くに効く治癒法術かよ――

 そこで、僕はフッと転生前の図書館みたいな場所を思い出す。


 あそこにいた、白い変な生き物に言われ、好きな本を持っていって……。


「……ひょっとして、これが僕がもらった才能とかいうんじゃあ」


 だとすれば、コレ。どうすればいいんだ。

 一応役に立つには立つかもしれないけどさ。


「じゃ、旦那。あそこの街まで行って試してみましょうや。テキトーに看板でも持って歩けば声をかける野郎もいるでしょうよ」


「お、おい……!」


 サブはこっちの意見を聞く前に、僕の手を取って歩き出す。


 ……。


 そういえば、こうして女の子と手をつないで歩くなんて……。

 いや、そんなことを考えている場合じゃなくって!


「こら、人の話も聞けーー!」


 ドゥーエに向かって引っ張られながら、僕は抗議する。

 しかし、サブのやつはまるきり聞いちゃいないのだった。



 かくして、九死に一生を得たと思うと、変なのがお供になってしまったわけで。


 ああ、これからどうなるんだろ。





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