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ペイフレンズ

作者: ONWELL

予約投稿二回目です。またストーリーを改変したバージョンをアップする予定ですが、とりあえず今はこれで。


赤貧の中で喘いできた私にとって、端正な顔立ちの俳優たちがテレビCMの中でカップ麺を上品に啜っている姿は憧れだった。余裕に満ちているように見えたし、粗食がまるで高級料理のように思えたからだ。

 その昔、兄弟姉妹の多い私の実家では一つのカップヌードルにつき、二人で消費していた。なのでがっつきあい、奪い合いーーまあ、時には殴り合いーー今まで何とか生き残ってきた。箸を探す手間さえ惜しく、私たちはまだ固いままの麺を指で啜っていたこともある。今では嘘みたいな話だけれど、一食もとれず一日過ごしたこともある。

 そんなこんなで、何とか大学に通うための奨学金を手にし、そんな毎日生きるためだけに生きていた生活から抜け出せる目処がたったとき、私は歓喜した。諸手を上げて。

 東京! あの、大都会!

 おしゃれなバーや喫茶店。人々は小ぎれいな格好でガラス張りのビルへ早足に向かう。彼らはカップ麺の取り合いなどしないし、手で物を食べたりもしない。

 何もかもが今までの生活とは違う。全てが洗練されているんだ。

 ずっとそう、思っていた。

「ねえ。何でカップヌードルをフォークで巻き取って食べてるの」

 自分でもその質問をする声が震えていることには気づいていた。

 目の前にいる20歳前後と見られる女、それもとびきり美しい女は、銀色に輝くマイ・フォークの動きを止めて、私に一瞥を向ける。

「何でって。このワタシが売店の使い捨ての箸を使うわけないでしょう? それに今はエコの時代よ。上流階級の嗜み」

 何を当然なことを、と彼女は食事を再開する。

 はぁ、と溜息をついて周りを見渡すと、ラウンジ中の学生たちが私たち二人を遠巻きに見つめているのがわかった。好奇の視線。ひどく居心地が悪い。

 私はとっくに手作りの弁当で食事を終わらせているので、彼女がカップ麺をフォークで巻き取り、咀嚼し、嚥下するその一連の動作を静かに見守っていることしかできない。ワビサビを意識しているのか、茶道でもやってるみたいだった。

「これが庶民の食べ物なのね、アサミ。最低よ。カロリーの固まりを食べさせられている気分だわ」

 最低、最低と何度も口にしながら、スープまでご丁寧に飲みきってしまう。こりゃ、結構おいしいと思ってるな。青山さんはこういう大衆っぽいものに関しては途端に素直じゃなくなるのだ。

 そんなことしてると太るよ、と言いたかったけど私よりはるかにスタイルのいい彼女には死んでも言えない。八頭身くらいあるんじゃないの、ってくらいの長い手足。でもガタイがいいってわけではなくてその肩は女性らしくなで肩で華奢だ。彼女のまつげは物語に出てくる恋する乙女も真っ青なくらい長くてカールしてるし、栗色の髪の毛は雲で造られたみたいにふわふわしている。身につけている瀟洒なアクセサリーも彼女にはかすんで見えてしまう。

「さて、じゃあワタシは次の民法の講義に行かなくちゃ。アサミは?」

 ブリティッシュイングリッシュ訛の彼女、青山愛染は立ち上がる。

「同じだよ。民法。必修だし」

「あら。じゃあ一緒に出ましょう。チップも弾むわよ」

 もう彼女の口にする『チップ』という言葉にも慣れたものだ。

 最初はポテチか何か奢ってくれるのかと思ったけれど。

 

※※※


『アルバイト募集 女性希望。詳しくは法学部一年青山まで。給与応相談』

 科目登録書類を取りに事務所に行ったとき、私は掲示板の前で釘付けになった。

 学部事務所にひっそりと掲示してあったその張り紙を見つけたのは、どうやら私くらいのものだったらしい。仕事内容を書いていないその紙には確かに胡散臭さがあったし、女性希望という縛りまであったから、無理もないかもしれない。いくら事務所公認らしいとはいえ、みんな忌避したのだろう。

 だけれどそれまで仕事らしい仕事をしたことのない私には、むしろ学内のバイトの方が安心できた。いい勤め先を探してずっと目を皿にしていたのだが、その時『やっと見つけた!』と思ったわけだ。すぐに連絡して会う手はずが整った。

 面接場所は世田谷区の青山さんの自宅だった。私は特に気負うものなく、ラフな格好で訪問したのだが、それが間違いだった。

 青山家は、いわゆる億ションという奴だった。実家にある金目のものを全て売り払い借金したところでとてもじゃないが購入できないだろうと言うことが一目でわかった。オートロックで敷地内にはちょっとしたジムや中庭さえ存在する。まるで別世界だった。

「そこのアナタ、もしかして渋谷麻美さんかしら。バイトの面接に来た」

 呼び止められて振り向くと、そこには同い年くらいの若い女の人が立っていた。容姿はとても大人びていて、どきりとしてしまった。肌の若さから同い年くらいだとわかるけど、写真か何かで見たらもう一、二歳くらいは大人に見えるはずだ。老けているという訳ではなくて、女のとしての格のようなものが違った。

 だから、それが青山愛染という同学年の学生だということは言われるまでわからなかった。

「何よ変な顔して。ワタシ、青山よ」

「あ、ああ! でもなんで私が渋谷だって・・・・・・」

「なぜって」

 そういって青山さんは私の格好をつま先から頭の天辺まで眺めて、苦笑した。確かに金のやりくりに追われる苦学生そのもの、といった雰囲気だった。学内のバイトだということで油断してしまって、ついついユニシロの普段着で来てしまったことをそこで後悔した。青山さんは全身ブランド物で固めていた。髪の毛も私と違って枝毛なんてない。まるで血統書付きの艶やかな毛並みが自慢のゴールデンレトリバーと、泥だらけでしょぼくれてる雑種犬みたいな感じだった。

 なんだか情けなくなってしまって、つい謝ってしまう。

「あ、すみません、私・・・・・・」

「別にスーツで来いなんて言ってないし、いいのよ。部屋に行きましょう」

「はぁ・・・・・・」

 青山さんの部屋はそのビルの最上階だった。

 正直、最初みた時は絶句した。まるでホテルのスイートルームだった。一度も泊まったことはないけど、ドラマにでも出てきそうなかんじの。

「ちょっとソファに座って待っていて。お茶を出すわ」

 数分後、出された高級そうな紅茶を恐縮しながら飲んでいると、青山さんの方からこんな風に切り出してきた。

「で、アサミさん。アナタに頼みたいことだけれど。いくら欲しい? これでどう?」

 そういって青山さんは指を二本たてる。

 二万円か。生活の足しにはなる金額だ。そう思ったが、内容を知る前に即答するわけにはいかなかった。あり得ないかもだけど、”アブナイ”仕事かもしれないし。

「そんな、何をするかまだ知らないのに・・・・・・」

「別に怖がるほどのことじゃないわよ。簡単だから」

 にこにこしながら青山さんは言う。

「友達になってほしいの」

 私たちが愛人契約ならぬ友人契約を結び、ペンフレンドならぬペイフレンドになるのはそれからそう時間はかからなかった。

 お金に困っているのは事実だったし、友達になるだけなんて何て楽なバイトなんだろう、だなんて思ってしまったからだ。

 それが大きな誤算だったことは、後になって知ることになる。

 それは十分に、”アブナイ”仕事だった。 


※※※


 青山さんから提示された条件は以下のようなものだった。

 第一に、青山さんの恋路を手伝うこと。青山さんの意中の相手は同じ一年のある男子学生だったのだけれど、彼と青山さんの仲を取り持つことが私に課せられた責務だった。第二に、友人契約の件は他言無用であること。そして最後に、目的を達成したら青山さんの個人情報は全て削除し、以降彼女とは連絡を取らないこと。この最後が重要で、意中の彼に気づかれないように徐々にフェードアウトしなければならない。

 そういったもの以外にいろいろ項目があって、その全部に目を通してチェックボックスを埋めるのは結構難儀なものだった。いくら法学部と言ったって、友達になる契約なんて初めてだったからだ。

「この約款、ちゃんと守ってね。お互い民事裁判なんていやでしょう?」

 青山さんがとびきりのウインクをしてそう締めくくり、契約は見事達成されたのだった。

 で、これは後になって気づいたのだけれど、給与は二万円ではなく二十万円だった。あの時立てた指は一本につき十万円を意味していたのだ。何てセレブリティ。ATMからいとも簡単に吐き出された札束を受け取った時、私はさすがに資本主義社会の正当性を疑ってしまった。こんなに格差社会でいいのか日本。そんなことを思いながらコンビニからとぼとぼと立ち去った時の夕暮れはまぶしすぎて目に染みたのをよく覚えている。

 ただ、私はその時ある大きな前提を失念していた。

 そもそも、あの八面六臂を具現化したような彼女が、なぜ一人の男を落とすのに私を雇ったりなんかしたんだろうか、っていう当たり前の疑問が頭からすっかり抜けていた。天は青山さんに容姿と資力という二物を与えてしまったけれど、一番重要かもしれないあるものはくれなかった。

 それはたぶん友情であり、愛情だったのだ。


※※※

 

「やったわ。デート。彼とデートの約束、しちゃった」

 休日の真っ昼間に喫茶店にいきなり呼び出されたかと思えば、さっそく第一声がこれだった。

 実際、夏休みにさしかかるころには、青山さんと意中の彼との関係はかなり進んでいた。正直三人グループを形成していた中で私が疎外感を覚えたくらいだったし、きっと時間の問題だといえばそうだったんだろう。

「よかったね青山さん」

「うん。アサミのおかげね」

 青山さんは恋する乙女みたいに(実際その通りなんだろうけど)瞳を潤ませる。

 でも、それは私たちの関係の変化ーーいや、終わりも意味していた。

「じゃ、アサミ。”契約”はこれまでね。ワタシたち法学部だし、そういうトコ、はっきりさせとかなくちゃ」

 青山さんはブランドもののバッグからファイルを取り出し、一枚の紙を引き抜くと、カウンターの上に置いた。そこにはワープロ打ちされた文字で”契約書”と書いてあった。いくつかチェックボックスがついていて、前に私がチェックしたインクの痕がくっきり残っている。もちろん私の方でも控えを渡されていた。

「覚えてるでしょう。この”契約”はワタシが彼とつきあうまでって期間限定なこと。それ以外にも細かいこと色々決めたわよね。後々お金でもめたら彼にばれちゃうじゃない」

 そういって青山さんは紙に書いてある条項を一つ一つ読み上げていく。お金の絡む取り決めなんだから、すごく綿密で厳格な決まり事だった。容赦がなかった。特に、この三つに関しては。

「お互いの連絡先は契約に関すること以外で使わないコト。契約が終了し次第、すぐに消すコト。もしワタシとの関係を口外したらーー」

「違約金を請求する。従わない場合は裁判所行き。何度も確認したよ。わかってる」

「そう。ならいいのよ。じゃ、今までどうもね。ワタシの方もちゃんと番号消しとくから安心しなさいな」

 そう言って、青山さんは長ったらしい名前の付いてるキャラメルマキアートをあおると、ごきげんよう、と言って去っていった。どうせ今日もこれから会いに行くんだろう。

「どうしようかな」

 一人取り残された私はスマホの画面を見つめながら、《削除》をタップする指を押せずにいた。

 本当に、いいのかな。これで。

 そのまま私の指はずっと《削除》と《キャンセル》の間をさまよっていた。


※※※


 もしあのときお互いに《削除》をタップしていたら、どうなっていたんだろう。あのときのことを思い出して考えてしまうのは、いつもそんなことだ。きっと私たちは二人とも卒業までお互いを避け続けていたのかもしれない。意識して離れた席に座っちゃったりなんかして。

 でも実際は、そうはならなかった。

 そうはならなかったのだ。

 

 さて。

 その問題の無言電話――じゅるじゅると鼻をすすって、しゃくりあげている声を”無言”と称していいならだが――がかかってきたのは、夏休みの終わりも近いある日の夕暮れのことだった。例の二十万円を手に取り、社会の矛盾を糾弾したい気分に駆られた、まさにそのときのことである。

 すぐにぶつりと切れて何だろう、と見つめた画面には『青山愛染』の文字。”契約”が終わってから数週間ぶりの連絡に、妙な予感がした。足早にアパートに帰ると、見慣れた栗色の髪の毛の女性が私の部屋の前で体育座りをして待っていた。もちろん、青山愛染その人だった。ホットパンツにタンクトップ、足下は便所にでも放ってありそうなサンダルをつっかけている。彼女は私の姿を認めると顔を上げて、無言でじっとこっちの方を見つめた。

 まあ、その青山さんの顔がひどいこと。つけまつげが剥がれているし、マスカラが涙で溶けてせっかくの赤いチークがドロドロに汚れてしまっていた。瞳は充血しているし、髪の毛はかきむしったのかひどく荒れている。

 それは雨に打たれた雑種犬を連想させるくらいに哀れな姿だった。初めて出会った時の私たちと、真逆だった。

「ど、どうしたの」

 つい口ごもりつつ聞くと、無表情を貫こうとしていた青山さんは、ついに堰を切ったように泣き始めた。駄々をこねる子供のように思い切り泣くので、とりあえず肩を貸しつつ彼女を部屋の中に放り込んだ。

 青山邸のような高級な紅茶はないので梅昆布茶の缶を取り出して、やかんに火をかける。そうやって熱いお茶を差し出してやると、彼女は若干落ち着きを取り戻したようだった。泣きじゃくりながらも合間合間に言葉を紡いでいく彼女の話に耳を澄ませると、大体の話はつかめていけた。

 端的に言えば、私と青山さんの関係が愛しの彼にバレてしまったということらしかった。

「何でそんなことになっちゃったの?」

「口座に振り込んだ後のレシート見られちゃったの……」

 ちーん、とティッシュで鼻をかみつつ、青山さんはそう言った。

「ごまかせなかったの?」

「ごまかそうとしたけど、だめだったの。問いつめられて、何も言えなかった。お前は友達を金で買うようなやつなのかって言われて」

 思い出してしまったのか、彼女の顔がまたくしゃっとゆがんだ。慌ててティッシュをもう一枚渡したけど、私は気の利いた答えが思いつかなかった。

「そう・・・・・・」

 それっきり青山さんは黙りこくってしまった。私もかけるべき言葉が見つからずに、そのまま二人でちゃぶ台を挟んで畳を見つめているだけの時間が過ぎていく。

 静けさが二人を圧迫していたそのとき、それを突き破るように同時に私たちのお腹がぎゅるぎゅる、と鳴った。青山さんも思わず自分のお腹に手を当てて、おそるおそる様子を伺うように私の方を上目遣いに見上げた。

「なんか食べようか」

 そういって私は立ち上がって冷蔵庫に向かったけれど、大事なことを忘れていた。雀の涙ほどの仕送りを使い切ってしまって、今日は例のバイト代で糊口を凌ごうと思っていたのだが……とりあえず帰宅を急いだため、肝心の具材を買うのを忘れてしまっていたのだ。

 弱ったな、と流し台の下をのぞくと、そこにはデーンと例のモノが一つだけ鎮座ましましていらっしゃった。

 そう。

 日産カップヌードルシーフード味様々である。


※※※


 箸が一膳しか置いていなかったので、青山さんには割り箸で勘弁してもらうことにした。取り分けるための食器も流し台に放置してあったので、仕方なく二人でカップ麺の容器一つを回して食べることにする。華の女子大生二人が、かじりつくように一つのカップヌードルを貪っている様は、正直客観的にどう見えるか考えたくない。

 そうやって二人で容器を回しているうちに、昔のことを思い出してくすっと笑ってしまった。

「何?」

 青山さんがそんな私を見咎めたように眉をひそめた。自分を笑われたとおもったのかもしれない。

「ううん。昔、私の家だとね、お父さんの給料日前の数日とかずっとカップ麺でね。よく兄弟とこうやって回して食べてたんだよね。三食。みんなで奪い合ったりとかしてさ」

 さすがの彼女も絶句したように黙り込んだ。彼女の常識からしたら考えられないことなのかもしれない。

「ワタシとは真逆ね。ワタシは三食専属の料理人が作ってくれたし。もちろん、オーガニックで」

 さすがだね、と口にしようとしたけれど、それは喉の奥で支えたまま出てこなかった。

 青山さんは俯いていた。

「でも一人だった。両親は忙しくてワタシは一人っ子だったし、三食全部一人でとってた」

 ずしん、とその言葉が私の胸の奥に重石を置いていった。

 子供時代、確かに私はいつも飢えていた。飢えていたけど、不幸ではなかった。兄弟たちと喧嘩している間にそんなこと忘れてしまったからだ。

 青山さんは、きっといつも満たされていた。環境は充実していたはずだし、大学に行くお金だって全部ご両親が出してくれたのだろう。

 でも、彼女は飢えていた。私とは違う意味で、飢えていたのだ。

「これ、あげる。残り食べちゃって」

 いくらか残ったカップの中身を、青山さんに差し出した。彼女は逡巡したようにこっちを伺うと、意を決したように一気にあおった。

 じゅるじゅるじゅる!

 いつもの彼女なら絶対に立てないような、テーブルマナーを破りに破ったすすり方。エレガントさのかけらもない、女子にあるまじき食べ方だった。

 鼻水をすすってるんだか、麺をすすってるんだか。

 ことん、と空になったカップをちゃぶ台の上においた時の彼女のメイクは、やっぱりめちゃくちゃに崩れていた。

「やっぱりまずかった?」

 私がそう聞くと、青山さんは首をぶんぶんと横に振って一言、答えたのだった。

「おいしい」


※※※


 泊まる? と聞くと、青山さんはこくんと頷いた。

 来客用の布団なんて置いてなかったので、私たちは煎餅布団にタオルケットを共有して豆電球を一つ点けたまま横になった。青山さんは豆電球を点けておかないと眠れない質の人だったのだ。

「……」

 じっとりとした熱気が部屋の中に満ちている。エアコンは元々ないので扇風機だけだ。首を回しているので物足りない気はするけど、二人で分け合っているんだと思うと悪い気はしなかった。

「ねえ、起きてる?」

 小一時間ほど経ってから、私は隣の青山さんにそう聞いた。答えはなくて、定期的な息をつく音だけが耳に届いていた。寝ているのかもしれないし、起きているのかもしれない。でもそんなものどちらでもよかった。

「私、青山さんから電話かかってきたとき嬉しかった。あれだけ消すって言ってたのに、消してなかったんだなって。連絡先」

「……」

「知ってた? 私も消してなかったんだよ。だからすぐ青山さんからだってわかったの」

 相変わらず答えはない。

 私はそのまま天井の豆電球を見つめて続ける。

「ずっと青山さんが遠い人だと思ってたんだよね。服の趣味も食べ物の好みも、生活水準も全然違うし。ある意味、憧れてたのかも」

 青山さんが寝返りを打つようにもぞもぞ動いた。

「でも、割り箸の方がおいしいよねやっぱ」

 その私の言葉は扇風機の音にかき消されてしまいそうなくらいの大きさだったのだけれど。

 でも、ちゃんと返事はきたのだった。

「……許してくれるの? これまでのこと」

 その怯えた声に応じるように、私は脇にあった彼女の手をとった。

「うん。でも――チップは弾んでね」

 明日、お金を返そう。あの二十万円とこれまでのことを、全部精算しよう。

 そう決意して私は言葉を続けた。

「のりしお味でいいからさ」

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