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雨の日の質問

ある学園の先生と生徒の会話。

 いいかげん、季節はずれの雨が降り止んでほしいと思える今日この頃。


 今年の夏は水不足になるのではないかと心配されていた声もなんのその、遅れてきた雨は例年よりも多く降っているのではないかとさえ思える。

 こんな日は窓辺に置かれたこのテーブルで紅茶を飲むのに限る、窓からは雨に踊る草花がよく見える。

 花壇の少し離れたところに一輪の花が咲いている、白い花びらを上に向かって静かに咲くこの花は私のお気に入りだ。

 なかなか気難しい花で育てるには根気がいるが、そんなところを含めて私はこの花が好きだ。


「ギブソンせんせぇー、ギブソンせんせぇーえ?」

 うるさいのがやってきた。


「なんだい、ラーヤ?」

 私を探して廊下を歩き回る少女に声をかける。


「あ、せんせぇー質問があります!」

 元気いっぱいにそう言いいながら近寄ってくる少女の目には星が輝いているように思えた。

 本を胸に抱えるように持ちながら、私の返事を待っている少女に少女に向き直りながら少し昔のことを思い出していた。


「また質問かいラーヤ?」

「はい、せんせぇー!」


 "また"である。

 この少女には一つの癖というものがあった。何か気になることがあるとことごとく辞書を引き調べ、それでもわからないときは回りの大人を質問攻めにするのである。

 そういった癖のせいで多くの大人達は彼女を疎ましく思っているのか、まともに相手にするものは少なかった。

 かくゆう私も、初めはこの少女に対し別段特別な感情もなく『変わった子だなぁ』くらいに思っていただけなのだが、あるとき受けた質問の答えがよほど気に入ったのか彼女はそれ以来なにかあるたびに私に質問するようになった。


あの時はなんて質問されたんだったっけ?えーと…



「…と、辞書にはこう書いているんですけど、わたしは違うと思うんです、だってこういうものの感じ方は人それぞれだし、ひとつの言い方では表せないものだと思うんです」


「………」

「せんせぇーはどう思いますか?」


「………」

「せんせぇー?…聞いてますか、せんせぇーえ?」

 ごちゃごちゃと考えながらも私はしっかりラーヤの質問を聞いていた、別の思考をしながら人の話を聞くのは私の特技でもある。


「そうですね、確かにラーヤの言いたいことは分かります、辞書に書いてあるのはあくまでも言葉の意味でしかないからね、求めた答えじゃないってことはあると思います」


「はい、ではせんせぇーはどう思いますか?」


「私個人の考えでいいのかな?」

「はい、お願いします」


「では、その前にキミの考えを教えてくれないかい?いつも言っているように私は努力しないで答えを求めるものに真実の答えはあらわれるとは思っていません、そのためにまずはキミが考えた答えを聞かせてください」


 私が"いつものように"そう言うと、彼女も私の顔をみて"いつものように"微笑んでみせた。


「はい、せんせぇ、わたしはこう考えます・・・」


 そう言って彼女は自分の考える答えをできるだけ分かり易く伝えようと努力している。


 彼女はこうやって私と話をしているときは実にいきいきしている、普段の彼女といえばいつも部屋の隅で本を読んでいるか、そうでなければ人目のつかないところで一人でいるような少女だった。

 それでも最近は私を介して周りの子たちとも少しづつ話をするようになって、まれにクラスの友達と思われる子と一緒に遊んでいる様子も伺えるようになってきた、前から彼女を知っている人に言わせると『人が変わったみたい』だそうだ。

 私自身はそれまでに彼女のことをよく知らなかったこともあり、今のようにいきいきと自分の考えを話す彼女のほうが本来の姿だと思っている。


「…どうですか?…やっぱりこんなこと考える方が、おかしいんでしょうか?」

「いえ、そんなことはありませんよ、わからないことをそのままにしておくほうが私はいけないことだと思います、そういう意味ではラーヤのそういう考え方はとても良いと思います」


「…はい///…ありがとうございます」

こんなことで照れてしまうなんてかわいいとこあるじゃないか。


「せんせぇはどうお考えですか?」

「…そうだね、じゃあこう考えみてはどうかな?」


「?」


「逆を考えてみるんだ?」

「『逆』ですか?」


「そう『逆』」

 少女は一瞬眉をひそめ、ギブソンの言葉について考えた


「ではラーヤがその状況におかれていると考えて…どうかな?」

 ラーヤは少しうつむき考えた後に答えた。


「…とても、嫌です」

「うん、だろうね…きっと私も同じです」


「………」

 ラーヤは少し昔のことを考えていた、そう彼女がまだギブソンとこうやって話すようになる前のことだ。

 彼女はその性格や行動のせいか"友達"といえる人物は皆無だった、自ら関係を結ぼうとしなかったのはもちろん彼女の責任だが、それ以上に周りの環境が彼女の孤独を加速させていた。

 周りの大人が自分を疎ましく思っているのは知っていた、せめて彼女が問題を起こすような性格であれば何かしら対応があったのかもしれないが、そうではない彼女への扱いはいわいる"適当"、当たり障りのないことを言ってその場を逃げるというのが周りの大人の対応だった。

 彼女はそうされるうちに自分の世界を閉塞的にしていったのだった。


 あるときふいに話しかけた相手は初めて見る顔の大人だった、振り返った胸元の名札をみて名前を呼び、いつものように質問をしてみた、なかばあきらめながら。

 すると思いのほかその大人は自分の話を聞き真剣に答えてくれた、単なる気まぐれだったのかもしれない、しかしこの大人はいくつもの質問にしっかりと耳を傾け、答えてくれた。

 この人は他の大人とは違う、ちゃんと自分を見てくれる、信頼できる人間をはじめて手に入れ彼女はそれまでの世界に別れを告げ、生まれ変わった。


 考え込んでいたラーヤの思考に区切りをつけるようにギブソンが言った。


「…ラーヤ、今はキミが考えたその状況はつらいかい?」

「…ハイ」


「ちなみに、ラーヤは今その状況にいるのかな?」

「い、いえ!そんなことありません!」

顔をぶんぶんと横に振り、否定の意味を体全体で表す、その姿に思わずクスリと笑ってしまった。


「それはよかった、私はね…その状況、それ以外の全てがこの質問の答えだと思うんだ」

そう言って私は彼女の顔を見つめて微笑んだ、すると彼女の顔がパァと明るくなった。


「これが私個人の考えです、キミの求める答えになったでしょうか?」

「はいっ!」

ラーヤは元気いっぱいに答えた。


やはりそうだ、この人はかならずわたしに必要な答えを与えてくれる、きっと…どんなときでも。


「ありがとうございました♪」

「ハイ、どういたしまして」


「失礼します」

そういって彼女はペコリと頭を下げ、タタタと駆けていったかと思うとくるりと振り返って微笑みながら言った。


「せんせぇー! わたし・・・いま  " し あ わ せ "  です♪ 」




 …雨はまだやまない、この雨はきっと恵みの雨だから、庭では白い花びらがいつまでも雨に踊っていた。

 なかなか気難しい花で育てるには根気のいるが、そんなところを含めて私はこの花が好きだ。

カウンセリングとかトラウマとか難しいことは知りません。

単にある大人と子供が少しだけ心を通わせる話です。

できるだけ深読みしないで雰囲気を楽しんでもらえれば嬉しく思います。


感想、評価、お待ちしております。

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