第一章 第二話
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ルキフェルは少女の発した言葉の意味を考えたが、どうにも答えが出てこない。
今までの流れを省略すると、面倒ごとに巻き込まれ末に少女を助け、そして話しているうちに護衛にならないかと聞かれる。
「いや、ちょっと待て、何でそういう話になる」
「ん? あんた強そうだから問題ないでしょ」
「魔力がない俺は世間体から見ても落ちこぼれ。そんな俺を護衛にするとか、お前は正気か?」
「正気も正気よ。お父様が選んだ私の護衛はさっきの男達にすぐにやられたのよ。それなら私が選んだ護衛の方が万倍役に立つでしょ?」
自信満々に言い放つ少女にルキフェルは目眩を覚える。一度助けた程度で名前も知らない男を護衛にするなど両親が聞いたら、おそらく卒倒するだろう。
内心でそんなことを考えていると、近くから普段以上の喧騒が聞こえてくる。それも大量に。そしてに空にはヘリまで飛んでいる。
「……何だ? ただ事じゃねぇな、これは」
「そうね。何か在ったのかしら?」
ルキフェルと少女が二人して不思議そうに音が聞こえた方向に目を向ける。
公園の入り口に大量のリムジンが犇めき合っていた。
「「はぁ?」」
意味が分からないといった表情で二人は大量のリムジンを見ていると、スーツを着た男達が大人数でこちらに押し寄せてくる。
ルキフェルは何かに気づいたようで、少女の顔を見て心底面倒くさそうに顔を歪めた。
「どうやら、お前の知り合いらしいな」
「お父様ね……全く」
片手で頭を押さえて、少女は溜息を吐く。
少女が言った通り、この騒ぎの犯人は彼女の父親のようだ。集団の中から彼女の父親らしき壮年の男性が出てきた。
『綾香!? よかった無事だったか! 待っていろ、誘拐犯などものの数分で片づけてやるからな!』
ルキフェルはゆっくりと少女、綾香に顔を向ける。顔を逸らす綾香にルキフェルは思わず溜息を吐く。
「どうするんだよ」
「……今は大人しく捕まってきなさい。誤解はすぐに説いてあげるから」
そう言ってる間にルキフェル達は魔法師らしき男女達に取り囲まれる。
「俺は別にいいんだが………こうなると彼奴が俺を助けにこいつらを殺しかねない」
「はぁ? 彼奴って誰よ? そんな事より、この数の魔法師に一人で挑んでくる人なんて居ないでしょ」
「その常識は通用しないな。ほら、見てみろ。来たみたいだぞ」
綾香はルキフェルが指さした方向に視線を向ける。
そこには何時の間に居たのか一人の少女?、ランスリンデが立っていた。
「邪魔ですよ。僕がルキフェルさんの下に行けないじゃないですか」
ランスリンデは持っていた鋼の剣を地面に突き刺す。するとどういうことか、ランスリンデの真っ正面に居た“敵達”が地面に沈み始めた。
『なっ!?』
その光景にルキフェル以外の全員が目を見開いて驚愕を露わにする。
ランスリンデが詠唱もせずに使った魔法は土系統のオリジナル魔法だ。“泥地”と名付けられたその魔法は術者が定めた場所から半径二十メートルを底無し沼にする。
「全く……この程度の実力で、よくルキフェルさんに手を出そうなんて思いましたね。自分自身の実力を過信しすぎです」
ランスリンデは“泥地”の上を何事もないように歩く。繊細な魔力操作で自分が歩く場所を一時的に通常の地面に変えているのだ。
「くッ、何をしている。早く、奴を止めるんだ!」
護衛達のリーダーらしき男が大声で部下達に命令する。それによってようやく正気を取り戻した護衛達はランスリンデに向かって魔法を放つ。
『炎の弓を我が手に“炎矢”ッ!!!』
火系統が僅かに昇華した炎系統の下級魔法“炎矢”をランスリンデに向かって殺到する。
「霧よ」
“炎矢”が到達する前にランスリンデは深い霧に包まれる。迫ってきた“炎矢”が霧に接触すると“炎矢”が一瞬だけ音を立てて消滅する。
「そ、そんな馬鹿な……」
彼等は公園に被害を出さないように下級魔法で即座に片付ける算段だったが、ランスリンデの実力に予定を狂わされた。
役目を果たした霧が消えるとランスリンデがルキフェル達に向かって再び歩き始める。
「“泥地”」
ランスリンデが言葉を紡ぐとルキフェルの周りを囲んでいた者達は全員地面に沈み始めた。
(弱いな。下級魔人と同等か、それ以下だな)
ルキフェルが先程からの戦闘で得た綾香の護衛らしき者達の戦闘能力を分析しているうちにランスリンデはルキフェル達の下に辿り着いた。
「いらない心配かもしれませんが、大丈夫ですか?」
「ああ、特に問題はない。それより、さっさと誤解を説かないとな」
「誤解?」
ランスリンデが不思議そうな表情でルキフェルを見る。ルキフェルは苦笑して、少女に目を向ける。
「なるべく早めに頼むぞ」
「ええ、分かってるわ。だけどこれじゃあ、お父様のところには行けないわね」
見た目芝生の底無し沼を見て綾香は言う。
「ランスリンデ、魔法を解いて全員解放してやれ」
「ですけどルキフェルさん、こいつらは」
「いいから、早くしねぇとさらに説明が面倒くさくなる」
「……分かりました」
少々不満そうな顔をしながらもランスリンデは魔法を解いて、首まで地面に浸かって動けなかった魔法師達を解放する。
「じゃ、行ってくるわね」
綾香は陽気にルキフェルに言うと誤解を解くために自分の父の下に向かった。
◇
「申し訳ない」
誤解を解いたことにより、綾香の父親から謝罪を受ける。
「いや、別にいい。それより誤解が解けたなら、俺達はさっさと帰らせてもらうぜ」
「待ちなさいよ」
帰ろうとしたルキフェルを綾香はすぐさま止める。そして気に入らないといった表情でルキフェルを睨み付ける。
「話はまだ終わってないわよ?」
「いいや、これで終わりだ。俺は偶然少女を助けて親元に届けた。それでこの話は終わりなんだよ」
「お父様、私はこいつを専属護衛にします」
「おい、待て。何、勝手に決めてるんだよ」
「あんたは黙ってなさい。帰るのも駄目よ」
「……………」
ルキフェルは溜息を吐いて、綾香とその父親の話をとりあえず見ていることにした。
「綾香、もう一度よく考えてくれ。彼はどう見ても、まだ学生だ。それに私の“瞳”で見たところ、彼には魔力が一切無い。護衛なんて勤まるわけがない」
「それでもお父様が選んだへっぽこ護衛よりは役に立ちます」
「うっ……それは、私の見る目が無かった。素直に認めよう。だが、それとこれとは話が別だ」
「実力が心配なら何の問題もないわ。彼は身体能力だけで複数の中位魔法師を打倒したわ」
どうだと言わんばかりに綾香は父を見つめる。
中位魔法師は上級魔法を何でも一つ使用できるようになった者に与えられる称号だ。
要人の抱える警備兵に多く、実力は下級魔人と同等な者が多い。魔人や天人からみれば正直、大して強くはない。
しかし人間の中では一人前と呼べる実力だ。
綾香の言っていることが確かなら彼もルキフェルを認めざるえない。
「それが事実なら本当の誘拐犯はいったいどこだ? 誘拐犯の魔法師ランクが本当に中級以上なら私は認めよう」
「……そういえば、あんた、誘拐犯をどこにやったの?」
「……現場、ビル、屋上」
問われたルキフェルはしんどそうに誘拐があった場所のすぐ側のビルの屋上を調べてみてみるように言う。
訝しげに了承した綾香の父はヘリの一つを現場に向かわせるように命令する。連絡はすぐに来た。
「了解。善三様、ビルの屋上に誘拐犯らしき複数の気絶した男を発見しました」
「……そうか、居たのか」
部下の報告を受けた綾香の父、善三は渋い顔でルキフェルを一瞥すると再び綾香に視線を戻す。
「……分かった。護衛のことは了承しよう。ただし、彼が拒むなら諦めてもらう」
善三がルキフェルに顔を向けるとつられて綾香もルキフェルに顔を向ける。
「……好きにしろ」
ルキフェルは小さく呟いた。
ランスリンデはルキフェルのその言葉に少々意外そうな表情をする。
「いいんですか?」
「何がだ?」
「行動を縛られることを誰よりも嫌うルキフェルさんが護衛をする事にです」
「面倒だが……面白そうだからな。退屈しのぎにはなる」
「そうですか。それなら僕はどこまでも付いていきますよ」
ルキフェルとランスリンデの話も纏まり、後は綾香達の言葉を待つのみになった。
「話は終わった? 終わったなら、付いてきなさい」
歩き出した綾香と善三にルキフェル達は続く。二人が一つのリムジンに乗り込み、ルキフェル達もそれに乗車する。
全員が座ったところで再び話が始まる。
「私の名は暁善三。先ずは名前を聞かせてもらおう。綾香の護衛になるのだ。名前ぐらいは覚えてなければならない」
「そうかい。俺の名はルキフェルだ。好きに呼べばいい」
「僕の名前はランスリンデです」
お互いに簡単な自己紹介を済ませ、善三は続ける。
「さて暁と聞いて貴様等は一番始めに何が思い浮かぶ」
「大和三皇の一つ、暁家だろ?」
「……そうだ。だが、その前に貴様には礼儀がないのか?」
「礼儀……ねぇ。そんなもの、はなっから持ってねぇよ」
「なんだと………」
癪に障ったのか善三はルキフェルを鋭い眼光で睨みつける。
「このお嬢様を守るために必要なのは実力だけだろ? あんたもそこは理解しているはずだ。それにこの御時世、上級魔法師以上の実力は護衛をやるより“魔導連盟”の依頼を遂行した方が割がいい。護衛を好き好んでやる奴なんて一部の物好きだけだぜ?」
「……ふん、それぐらい理解しておるわ」
「ならいい。それと俺はなし崩しで護衛になったようなものだからな、給金は適当でいいぞ」
「あら、欲がないのね」
綾香が不思議そうな声を上げてルキフェルを見る。魔法師に限らず実力の有る者は皆、私利私欲で動く。それに比べて大した欲を見せないルキフェルが珍しいのだろう。
「別に金がほしい訳じゃねぇからな。俺は退屈しのぎになりそうだから護衛になったにすぎない」
「ふふふ、やっぱりあんたにして正解だったわ。私の護衛になるとみんな堅苦しい口調になるから、鬱陶しいと思っていたのよね」
「それは結構」
「それで話は変わるけど、あんた、私と一緒に学園に通いなさい!」
「護衛になれの次は学園に通えか……勝手にしてくれ」
一々驚くのも面倒になったルキフェルはどうでもよさそうに呟いた。
「そう、それなら勝手するわ」
実に楽しそうに呟いた綾香にルキフェルは溜息を吐く。ひしひしと面倒くさそうな予感を感じながら、ルキフェルは頬杖を付いて窓の景色に目を向けた。
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