第一章 第一話
本当にすみません、遅れましたm(_ _)m
自分は魔法の扱いが上手い、だから何者かに襲われても問題ない。それは驕りだ。戦いを、それも本当の殺し合いを経験したことがないから言える弱者の言葉。殺す覚悟、殺される覚悟がない者は、その時点で弱者なのである。
だが人殺しの経験が有るだけでは強者とは言えない。強者の定義とは人それぞれだが、ルキフェルは他者から強者と思われることこそが強者だと思っている。肉体、精神が強くても他者にお前は脆いと言われたらその時点で弱者。それがルキフェルの強者と弱者の定義である。
さて話は変わるが、人間の中にとっさの判断で瞬時に行動出来る者は多いかと問われればルキフェルは真っ先に否と答える。何故か。それは人間とは他者に任せて自分は傍観に徹する者が多いからに他ならない。
そして今現在ルキフェルの目の前では一人の少女が一人の強者と複数の男に攫われそうになっている。小柄だが明らかに美少女と呼ばれても遜色ない少女は必死な形相で男達に抵抗している。
地上界に出る際に一応の護衛兼見張り役として付いてきた“エインヘリャル”副隊長のランスリンデはここには居ない。ルキフェルは散歩で外を出歩いているときに事件に遭遇してしまったからだ。
(……誘拐か。正義感の強い奴ならすぐに助けに入るんだろうな)
ルキフェルは達観した表情でそれを傍観する。下手に助けに入っても面倒ごとになるだけだからだ。
「ふぅ……帰るか」
「ちょっと、何帰ろうとしてんのよ!」
踵を返して帰ろうとしたルキフェルを呼び止める声。振り返ると少女が男達から一時的に逃れて、こちらに走ってきていた。
(風系統の使い手か。弱者にしては、なかなかの腕だな)
ルキフェルは少女が風系統の魔法を扱う者であることを瞬時に理解する。ルキフェルの瞳は微弱な魔力を感知し、属性の判別まで出来る特殊な瞳なのだ。
少女はルキフェルの下まで走っていくと、男達から盾にするような形でルキフェルの背に隠れる。
(おいおい、勘弁してくれ)
ルキフェルは内心で溜息を吐く。面倒ごとを嫌う性分のため、ルキフェルはダルそうな表情で男達と背中に隠れた少女を交互に見る。
「あんた、今助けてくれるならさっきの無礼は許してあげるわ。だから、あの男達をぶっ飛ばしなさい」
「あ? 何で俺がそんな事しなくちゃいけねえんだ」
「はぁ? こんな可愛い女の子が男達に襲われてるのよ? 一般人なら助けに入るのは当たり前でしょ?」
「知るか。俺はさっさと帰りてえんだ」
心底どうでもよさそうな表情でルキフェルは言い切る。強気そうな少女もルキフェルのその言葉に流石に焦りの表情を見せる。
「クッ、なら私は貴方に何をすれば助けてくれるの!?」
(ここで金目な物で釣らないということは、多少なりとも俺の性格を理解したからか)
ルキフェルは焦りながらもしっかりと人柄を見分けた彼女に僅かな関心を持つ。
「そうだな……いや、前言撤回だ。特別に今回は無償で助けてやる」
「は?」
「俺は俺自身に危害を加えなければ何もせず、すぐに帰えろうと思った。だがな、危害を加える、ということなら話は別だ」
少女と話しているうちに既に男達はルキフェル達を取り囲んでいた。
「小僧。戯れ言を言ってないで、早くそちらの娘をこちらに渡せ。そうすれば貴様は生かしてやる」
「はっ……お前はどう思うよ?」
「間違いなく私を渡したら、あんたは殺されるわね」
「そういうことだ。残念だが、俺は抵抗することにする」
「後悔す―――」
男が何かを言う前にルキフェルは殴り飛ばす。有言実行。ルキフェルは言ったら即座に行動を起こす男なのだ。
「ガボッ!?」
意味不明な声を出して男は吹き飛ばされる。不意打ちとはいえ、鍛え上げられた大の大人を一撃で沈めたルキフェルに少女は驚愕で目を見開く。
「……………」
ルキフェルは殴った男を確認もせず次々と他の男達を殴り飛ばす。
「この糞餓鬼がッ!?」
仲間を次々と倒され、頭に血が昇った一人の男が銃を取り出してルキフェルに向けて構える。
「危ないッ!」
少女の声が上がる。
ルキフェルなら普通に避けることは出来ただろう。だがルキフェルはそれをあえて避けなかった。
左肩を魔力の銃弾に撃ち抜かれるルキフェル。しかしルキフェルは怯みもせずに拳銃を持った男も殴り倒した。
「……馬鹿が。頭を狙わずに肩を狙ったのは、お前等が弱者である証拠だ。要は甘過ぎなんだよ、雑魚」
ルキフェルがぽつりと呟く。
ルキフェルと少女の周りにはうめき声を漏らしながら、地面に倒れた複数の男達の姿があった。
本来ならルキフェルを魔法を使い倒すべきだったが男達が子供と思って油断した結末だ。思考回路が乱れて最後まで魔法を使うまでもないと考えた男達の敗北である。
パチパチパチパチ
拍手の音が聞こえてくる。音の方向に視線を向けると一人のスーツを着込んだ紳士風の男が立っている。
「いやはや舐めていたとはいえ、この数を素手だけで倒すとは実に興味深い」
愉快愉快と笑って答える男に少女が怯えたような表情で再びルキフェルの背に隠れた。
「おやおや、お嬢さんには随分と嫌われたようで……」
「お前は雰囲気が不気味だからな」
「ふふふ、そういう貴方からは底知れぬ強さを感じますよ。その強さを見てみたいものですが……今回は止めておきましょう」
「まあ、お前等が張った“結界”が壊れそうだから、それが妥当だろうな」
男達が少女を誘拐しようとしたにも拘わらず、野次馬一人来なかったのはそのせいだ。
“四大属性”に属さない魔法は三つ存在する。幻術魔法、治癒魔法、結界魔法、この三種類である。
その三種類の中でも結界魔法はランク付けで全てがⅥランク以上の修得するのが難しい魔法なのだ。
しかし一度修得して発動出来れば、張った結界のランク以上の魔法を放たなければ壊れることはない。
そして今回空間に張ってあった結界は認識阻害の結界だ。ランクを付けるなら確実にⅥランク。魔法も使っていないのに壊れかかってるのは些か不可思議な現象なのだ。
「……それについても答えを追求したいところですが……そろそろ時間です」
ガラスが割れるような音が辺りに響く。結界が崩壊し始めた証拠だ。
「そこの役立たずはビルの上に転移しときますから、好きにしてください。それと次に会った暁には貴方のことを色々と聞かせてもらいましょう。では私は、これで失礼いたします」
男はルキフェル達から背を向けると蜃気楼のように体が揺らめき、その姿を消した。結界が完全に壊れたのは、その直後のことだった。
辺りに町中特有の喧騒が戻る。
「はぁ……、間違いなく面倒ごとに巻き込まれたな」
「……ねぇ」
「あ?」
振り向くと少女が鋭い目でこちらを睨みつけている。
「あんた何者? 魔法を使わなかったとはいえ、相手は大の大人、それも複数人。それをたった一人で、しかも素手で倒すなんて普通は信じられない」
「……ここは目立つから近くの公園に行くぞ。そこなら人通りは少ない」
「あそこね。分かったわ。じゃっ、早速向かいましょ」
少女はルキフェルを先導するように歩き出した。まるで先ほどの誘拐未遂事件が無かったように。
「……………」
「……………」
お互い無言で歩くこと数分。都会の中では珍しく緑に囲まれた公園に到着した。
深緑公園。土地開発で森林が無くなった都会に唯一存在する人工の緑だ。範囲はそれなりに広くジョギングや散歩でここを訪れる者以外はあまり通らない公園である。
少女は公園に設置してあるベンチに腰を下ろすと再びルキフェルに質問を投げ掛ける。
「それで結局あんたは何者なの?」
「意味が分からん。何者だと? 人間とでも答えればいいのか?」
「……質問を変えるわ。何であんたには魔力が存在しないの?」
魔力が存在しない。少女のその言葉にルキフェルは少々面白そうな表情をして少女を見据える。
「その瞳……魔力が視れるのか」
「ええ、百万人に一人の割合で生まれてくる特殊な瞳よ。そして私はあんたの魔力量を視たの。誤魔化しは効かないわよ」
「なら視ての通りだよ。俺には魔力が無い」
「嘘、なら何であれだけの身体能力を有しているというの?
魔力による身体能力の強化は全人類共通なのよ?なのにあんたは魔力による強化が無いにも拘わらず、男達を圧倒した。普通なら考えられないことよ。私が風系統の魔法で素早さを強化したというのに、私は男達に手も足も出なかった。それがいい証拠よ」
各系統で身体能力を強化するのは当たり前のことだ。
例えば火系統の魔力なら攻撃力が強化し、土系統の魔力なら防御力が強化される。
少女はルキフェルに常識的なことを言っているが、ルキフェルにとってそれは関係のないことだ。
「魔力による強化、俺にはそれが無い。なら、これは俺の純粋な身体能力ということになる。お前はそれが信じられないんだろう?」
「そうよ。天人や魔人、亜人でも、あんたみたいな身体能力は無いと思うわ」
「まぁ、そうだろうな」
ルキフェルの身体能力に匹敵する者は各種族のトップ陣、それも限られた人数のみ。ルキフェルが知っている中ではリル・リリス、奈々鬼、フレイヤ、サタンぐらいだ。ベルフェゴールやその他の『七大罪の魔王』(セプティプル・ダークロード)の魔王達ではルキフェルの身体能力には劣るだろう。
「だがな、あれは紛れもない俺の力だ。信じるか信じないかはお前次第だが……」
「ふ~ん、まあいいわ。それより、あんた今何歳よ?」
「あ? そんな事聞いてどうするんだ?」
「あんた、私の護衛にならない?」
「……は?」
これが今から始まる物語の発端になるとは、ルキフェルは知る由もなかった。
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