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第零章 エピローグ

第零章“始まりの幕開け”、これで終了です。

ルキフェルが情事に耽っている頃、一人の少女が地上界有数の危険地域に訪れていた。

“五大禁止地域”が一つ、通称“魔界門”。立ち入るのを禁止された場所でも最も危険とされる地域だ。

一応魔界に通じる門だが、人間が無理矢理魔法でこじ開けたため“魔界門”には残留魔力と呼ばれる空気中に分散した魔力が漂っている。こういった残留魔力が漂っている地域は魔力惹かれた強大な力を持つ魔物達が好んで住み着くことが多い。魔物にとって非常に住みやすい地域だからだ。

その危険度は人が定めたⅠ~Ⅹまで存在するランクの中でも高位のⅧランク。世界的な実力者でも単独で近づこうとは考えない地である。

そんな“魔界門”の地域を一人の少女が歩いてる。通常なら信じられない光景だ。だが現実に少女はそこにいる。一本の剣を持って。



「………私は強くなれたのか?」



大体16、7歳の年頃の少女は誰かに問うように呟く。

彼女が手に持つ全長2メートルは在ろうかという巨大な片刃の剣はべっとりと血で塗れている。そして彼女の周りには息絶えた魔物の死骸が無数に転がっている。全て彼女が葬った魔物だ。



『グロロロロロッ!』



そんな中、一匹の魔物が再び血の臭いに誘われて少女の下にやってきた。

ブラッド・タイガー。魔物の強さの中でもⅥランクを誇る巨体の魔物だ。“強欲の魔王”マモンが統治する領地、通称“血界”に生息する魔物の中でも、一二を争う獰猛さである。

全長3メートルの巨体に生え並んだ鋭利な牙、強靱な四肢と鋭い爪、そして融解性の唾液は一瞬で対象を溶かすほど強力だ。非常に危険な魔物である。

ブラッド・タイガーは周りの死骸に目もくれず、少女だけを睨んでいる。魔物は死んだ生物の肉より、生きた新鮮な肉の方が好みなのだ。



「お前は……強いのか?」



呟いた瞬間、少女はブラッド・タイガーの正面に移動した。



ザンッ!



そしてブラッド・タイガーの左前足が飛ぶ。少女が片手で振り抜いた剣がブラッド・タイガーの厚皮を斬り裂き、骨を絶ったのだ。



『グラアアアアッ!?』



ブラッド・タイガーは痛みに咆哮を上げる。だが、そこは魔物。圧倒的な生命力と強靱な肉体で痛みを耐え、少女に向かって胃酸を吐き出した。

少女はそれを横に跳ぶことで避け、着地と同時にブラッド・タイガーに向かって疾走する。



『グロァッ!』



ブラッド・タイガーは少女の行動を目で追っていたため、即座に対応した。強力な胃酸が再び吐き出される。

だが少女には当たらなかった。理由は先程少女が一瞬でブラッド・タイガーの目の前に移動したのと同じ、ある魔法を使ったからだ。

“雷通引力”。火、水、土、風、の“四大元素”、別名“四大属性”の内、風系統を昇華した雷系の魔法と土系統を昇華した鋼系の魔法を同時に使うことで使用することが可能になる魔法だ。

鋼系の魔法で空間に強力なN極の磁場を出現させ、自分自身にS極の磁力を纏わせることでN極の空間に移動する“引力移動”。一時的に雷を纏わせることで高速で移動を可能にする“雷通”。その2つを同時に使用することが出来て、初めて使えるのが“雷通引力”なのだ。



「ッ!」



だが高速移動法の“雷通引力”にも欠点がある。それは一直線にしか進めないことと、体にかかる負担が大きいことだ。

少女は自身が受ける重力に耐えながらブラッド・タイガーの攻撃を避け、巨大な剣でブラッド・タイガーの後ろ足を斬り裂く。“雷通引力”で移動した勢いも増して、その威力は絶大だった。ブラッド・タイガーの左後ろ足は肉の半分を絶たれた。




『ガアアアァァァァァァァァッ!?』



ブラッド・タイガーは悲痛な叫びと共に地面に倒れる。斬り飛ばされてはいないとはいえ、最早一本の後ろ足は使い物にならなくなったのだ。前足一本と後ろ足一本では立ち上がるのは困難だろう。

少女はブラッド・タイガーの後方で足を地に着けて勢いを殺す。そして止まると同時に剣の切っ先をブラッド・タイガーに向ける。



「鋼の剣軍をかたきに!」



詠唱が終わるのと同時に少女の後方から無数の剣が出現する。“屠殺剣軍”と呼ばれる、その魔法は鋼系の上位魔法だ。



「刺し殺せ!」



少女の声と同時に剣軍が一斉にブラッド・タイガーに向かって飛来する。

鋼の剣はザクザクッと次々にブラッド・タイガーに突き刺さり、その命を奪おうとする。



『ガアアアァァァァァァァァ……』



断末魔を上げていたブラッド・タイガーは徐々に叫び声が小さくなり、その命を散らした。

少女はつまらなそうにブラッド・タイガーの死骸を見ていたが、しばらくすると踵を返してその場を離れた。















少女が“魔界門”の周辺から離れるとすぐに丘の上に辿り着く。丘の上からは広大な都市の全体が見える。



「もう夕方か……朝方に出たというのに、あそこでは時間の感覚が鈍る」



確かに少女は朝方から“魔界門”に出かけていた。だが今は太陽が沈み初めている。これは“魔界門”の周辺には霧が立ち込めており、霧を抜けても空には暗雲が広がって太陽を遮っているためだ。“魔界門”では時計や携帯もおかしくなってしまうため確かな時間が分からないのだ。



「……やはり、お前が居ないと世界が色褪せて見えるな」



独り言のように、ぽつりと呟く。少女は沈む夕日をチラリと見ると自嘲気味に笑みを浮かべる。



「結局、私はお前が居ないと駄目な女ということか」




少女は首に掛かっていた銀のロケットを握り締める。そして銀のロケットを開ける。中には小さい頃の少女が一人の腕の組んだ少年に抱きついた写真が入っていた。



「情けない、とは言わせないぞ。そうさせたのは他の誰でもないルキフェル、お前だからな」



彼女は確かにルキフェルの名を口にした。















少女、二月堂にがつどう刹那せつながルキフェルと出会ったのは、彼が偶々“大和国”に来ていた時だった。既に魔力がない落ちこぼれとして扱いを受けていたルキフェルが庭にある木の上で寝ているのを刹那が偶然見つけたのが出会いの始まりである。



『おい、貴様』



『……………』



『聞いているのか? 木の上で寝ている貴様だ!』



『あ? 俺のことか?』



出会いは正直言って最悪だった。刹那はルキフェルに対して無礼な男というのが第一印象で、ルキフェルは刹那に対して面倒くさそうな女というのが第一印象。

だが二人とも印象が変わるのは出会ってすぐのことだった。

木から飛び降りたルキフェルの佇まいを見て、刹那は驚きで目を見開いたのを覚えている。

彼女はまるで剣術の師範を目の前にしたような感覚に陥ったのだ。

その事実に刹那は信じられず、いきなり決闘を申し込んでしまった。今思い出せば刹那にとって赤面ものの出来事だった。



『貴様、私と決闘しろ!』



『……断る。何故、俺が会ったばかりの奴と決闘なんかしねぇといけねぇんだ』



『うッ……確かにそうだが』



当然である。いきなり理由もなしに決闘を申し込まれて了承するはずがない。

刹那は理解していながらも、納得することは出来なかった。大人びていると言われていた彼女もまだまだ子供だったということだ。



『いい加減、木刀の切っ先を俺に向けるのを止めろ』



『う、五月蝿い! 貴様が私と決闘すれば済む話だ!』



今思い出しても恥ずかしい。刹那は逆ギレしてルキフェルに切りかかったのだ。

だが決着はすぐについた。



『フッ!』



『なッ!?』



木刀を手で掴み取り、放った拳を刹那の眼前で止めたのだ。一瞬の出来事に刹那は何も言うことは出来なかった。才能が有った彼女には、なまじルキフェルとの実力差を感じてしまった。だが彼女は知った。自分は井の中の蛙だったということに。

それから刹那とルキフェルの妙な関係が始まる。



『ルキフェル! どこだ、ルキフェル!』



『大声で呼ぶな。俺はここにいる』



『ルキフェル!』



刹那は何かと有ってはルキフェルを追いかけ回し、一緒に遊ぶようにせがんだ。両親からは剣術ばかりに興味を示して一つも女性らしくない刹那を怒ってばかりだった。そのため自分以上に体術に優れ、女らしくない所も全く気にしないルキフェルに刹那は懐いたのだ。

だが、ある時刹那は飄々としているルキフェルが苦しんでるところを目撃してしまった。



『フン!』



『ガッ……』



実の父に腹を蹴られ、床に倒れ伏すルキフェル。刹那は物陰から、それを呆然と見ていることしか出来なかった。

「一族の面汚し」、「無能」、「生まれてこなければよかった」。数々の罵倒を浴びせられ、暴力を振るわれたルキフェルは何事もなかったように起き上がり、壁を背もたれにして座った。



『……出てこいよ、刹那』



『ルキフェル……』



ルキフェルは刹那の存在に気づいていたようで、刹那は気まずそうな表情でルキフェルと対面する。



『ルキフェル、私は……』



『何も言うな。所詮、この世は魔法至上主義。彼奴の言う通り魔力の無い俺は無能、価値のない男なんだよ』



『……違う。それは違うぞ』



刹那は瞳に涙を浮かべて、キッとルキフェルを睨みつける。



『少なくとも私は知っている。お前が価値がない男で有るわけがない』



『何を根拠に……』



『根拠などない。私にとってお前が……その、掛け替えのない人ということだからだ!』



『……………』



いきなりの告白にルキフェルは思わず唖然としてしまう。刹那は顔を真っ赤にして変わらずルキフェルを睨みつけている。



『……そうか。お前は俺のことを想ってくれてるのか』



『そ、そうだ。この気持ちに嘘、偽りはないぞ。魔力が無くともお前はお前だ、ルキフェル』



『それもそうだな。……はっ、まさかお前に説教されて告白までされるとはな』



『わ、私は本心を言っただけだ。そ、それでな、そろそろ答えを聞かせてほしいんだが……』



刹那はモジモジと恥ずかしそうにルキフェルを見る。

姿形はまだまだ子供の二人だが思考能力は既に大人と同レベルなのだ。ルキフェルは刹那と同じく自分の本心を口にする。



『俺は明日、本国に帰る』



『えっ………』



『だから今はお前の気持ちを受け取れない。だが……もし変わってしまった俺が、またこの国に来るようなことが有れば、もう一度想いを伝えてほしい。まっ、その時までお前が俺のことを想っているとは限らないがな』



『そ、それは聞き捨てならない。私は何時までもお前を想い続けてやる。だから、必ずもう一度私に会いに来い。絶対だぞ!』



これがルキフェルと刹那の出会いと別れ。その後、ルキフェルは早朝に飛行機で大和国を発った。

それから五年、刹那は未だにルキフェルのことを想い続けている。



「もう、私は待ちくたびれたぞ。何時になったら、私の下に来てくれるんだ、ルキフェル」



彼女の呟きは虚しく虚空に消える。だが、すぐに苦笑をしてルキフェルのことを再び思い出す。



「実年齢より年上に見える、お前なら私を見てそう言うんだろうな。いや……実年齢より老けて見えると言いそうだな」



彼女の見た目は実年齢より年上に見られがちだが、実際は十五歳である。



「今年から私も高校生か……つまらなそうだな」



後に刹那はこの日の言葉を撤回することになる。学園生活は刹那が生涯忘れることのない思い出となるのだ。

“傲慢の魔王”ルキフェルと“鋼剣姫”刹那の再会の時は近い。そして物語の序章は始まりを迎える。

誤字脱字が有りましたら、ご報告お願いします。

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