第零章 第三話
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サタンが部屋を出てから、しばらくたった後のこと。部屋の扉にコンコンとノックする音が聞こえてきた。
「私よ」
その声だけでルキフェルはすぐに誰だか理解した。ベルフェゴールもその人物とは顔見知りなので、すぐに誰だか理解はしたが、無表情の彼女にしては珍しく微妙そうな顔をしている。
「鍵は開いているから、入っても問題ないぞ」
ルキフェルの返事を聞いた声の主は、扉を開ける。
「失礼するわ」
入ってきたのは長い黒髪をツーサイドアップテールにした魅惑の女性、リル・リリスだった。
先ほどまでルキフェルに熱烈な求愛をしていた彼女は何を言うわけでもなく、当然のようにルキフェルの隣に座った。
「それで、何のようだ? 用があったから俺の部屋に来たんだろ?」
「あら、用がないと貴方の部屋に来ちゃいけないのかしら」
「別にそういうわけじゃないが、どうせ正妻の話だろ?」
「ふふふ、私のこと、よ~く分かってるじゃない」
クスクスと楽しそうに笑う彼女からは先ほどまでの必死さは窺えない。
ルキフェルはリル・リリスのその様子に疑問を抱いていると、彼女は不意打ちにルキフェルの肩にもたれ掛かった。
「貴方の温もり、貴方の鼓動、貴方の強さ、昔から知っているつもりだったけど、こんなに逞しくなって……」
「今更、昔話をしても何も出ねえよ。それは、あんたが一番よく知ってるだろ? なあ、師匠」
ベルフェゴール、奈々鬼、フレイヤの三人しか知らないことだが、ルキフェルとリル・リリスは師弟関係にある。
だがリル・リリスはルキフェルに師匠と呼ばれた瞬間に眉を顰めた。
「師匠は止めなさい。私を打ち負かした、あの日から貴方の実力は私を越えたわ。
それに、今の私は貴方の前では一人の女よ。そういうところも考えてほしいわね」
「悪い。次からは気を付ける」
ルキフェルの返事に、リル・リリスは抱きつくことで答える。
「悪いって思っているなら、体で謝罪の意を示してもらおうかしら」
「……師匠、あまりルルにくっつかない」
ベルがリル・リリスを睨みつけながら、リル・リリスが居る場所の反対側でルキフェルに抱きつく。
「ふふふ、ベルは嫉妬深いわね。いったい誰に似たのかしら……」
「少なくとも、俺はリルに似たんだと思うがな」
ルキフェルの言う通り、ベルフェゴールの嫉妬深いところは彼女とルキフェルの師でもあるリル・リリスに似たのだろう。二人にとってリル・リリスは半ば親のような者なのだから。
「確かにルキフェルの言う通りよね。
ベルは親の顔を知らないし、育てたのは私だし」
「俺も似たようなものなんだが……」
「ええ。私好みの良い男によく育ってくれたわ」
「えっ、俺って元々そういう目的で育てられたの?」
「ええ、そうよ」
「知りたくなかった真実!?」
思わずルキフェルは頭を抱えてしまう。師としてリル・リリスに師事されてきたルキフェルは彼女のぶっ飛んだ思考も知っているつもりだった。だが予想の斜め上に行くのが彼女、リル・リリスである。
「因みに出会った当初から貴方を食べることばかりを考えていたわ」
「出会ったって、俺はその時はまだまだ餓鬼だっただろ?」
「ええ、そうよ。その時から私は………ポッ」
「ショタコン……だと?」
ルキフェルの頬が引きつる。師匠であり、とりあえず正妻になる予定の女性が、まさか変態(ルキフェル限定)だとは思っていなかったのだ。
「ふぅ……じゃあ、そろそろ本題に入らせてもらうわ」
「……場をここまで混沌とさせたのは、お前だろうが!?」
「さて、ね。それより私が正妻になることは確定として」
「……それは聞き捨てならない」
ベルフェゴールがリル・リリスの言葉に割ってはいる。
色々と疲れたルキフェルはそれをとりあえず見ていることにした。
「奈々とフレイは、納得しないはず」
「確かに納得はしなかったわ。だけど参謀のフレイヤ、大将軍の奈々鬼の二人に政治や交渉術に長けた私の三人が揃うことで得られる利益は大きいわよ」
リル・リリスの言ったことは全て事実である。彼女が王妃となることでの利益は計り知れない。
「それにルキフェルは近々地上に出るらしいわね。城の留守を預かる者が居た方が良いんじゃないかしら?」
「………………」
ベルフェゴールは理解はしたが、やはり納得することは出来ないと表情で表す。
「安心しなさい。私はフレイヤと奈々鬼、貴女まで敵に回すほど愚かじゃないわ」
「……どういうこと?」
ベルフェゴールからは嘘は許さないと言わんばかりに膨大な魔力が溢れている。
『七大罪の魔王』(セプティプル・ダークロード)の中でも最大の魔力量を誇るベルフェゴールの魔力は師のリル・リリスをも勝る。リル・リリスもそれを理解しているため、彼女を敵に回したいとは微塵も思っていない。
「私が正妻となっても、貴女達とルキフェルの関係が変わるわけじゃないわ」
「そう……でも貴女が言っても、ベルはルルの側を、離れない」
「それでこそ、私の弟子。師に刃向かうだけの実力を付けてくれたことを私は師として喜ばしく思うわ」
笑みを浮かべてリル・リリスは成長したベルフェゴールを見る。
腰下辺りまで伸びる蒼色の神秘的な髪は手入れもしていないのに美しく透き通るような艶を保っている。体型も女性が羨むようなグラマーな姿態をしており、服越しから二つの膨らみがその存在を主張している。そして最後にシミ一つ無い綺麗な肌に整った一つ一つの顔のパーツ。師匠や育て親の贔屓目を無しにしても、ベルフェゴールは神秘性を含んだ美女にしか見えない。
「本当に綺麗になったわね……」
「ん……それより、貴女がルルの、正妻になる利点は何?」
「そうね……変わるのは私がルキフェルの妃となることだけで、利点は領地外からルキフェルに寄ってくる女が減ることだけよ」
「……興味深い」
ベルフェゴールはリル・リリスの話に興味を示す。それもルキフェルに近づく女性が減る話にだ。
これだけでも彼女が如何にルキフェルを想っているかが窺えるだろう。
「貴女も知っての通り、私は嫉妬深いわ」
「ん、それは私もルルも、城のみんなも知っていること」
「そう。それならすぐに分かるでしょう?
魔王に匹敵する実力の私がルキフェルの妻となれば……」
「嫉妬に狂った、貴女の往復を恐れて、誰も手出し、しない」
「正解♪」
陽気な声で言うリル・リリスだが、その目は本気だった。もしルキフェルが領地外で知らない女性を抱こうものなら、間違いなく彼女はその女性を殺すだろう。彼女の瞳はそう物語っている。
実際にリル・リリスの嫉妬深さは魔界でも有名だ。魔王となったルキフェルに執拗に求婚していたリル・リリスは玉の輿を狙ってルキフェルに近づいた女性を全て処理していた。ルキフェルに近づいた女は殺される、そんな噂まで流れたほどだ。
だが、それでも玉の輿を狙う女性は後を絶たなく、それを対処するルキフェルも面倒だと思っていた。
「どう? 結局、何時もと変わらないわよ。それどころかメリットの方が大きいわ」
「ん……それなら」
「ふふふ、これでフレイヤ、奈々鬼に続いてベルまで納得させたわ。これで私は正式に貴方の妻よ、ルキフェル」
「……そうだな。そろそろ頃合いか」
意味深なルキフェルの言葉にリル・リリスとベルフェゴールは首を傾げる。
ルキフェルは徐に懐から携帯電話を取り出し、ある人物に電話をかける。
プルルルルッ
「おっ、フレイヤか? ああ、俺だ。今すぐ俺の部屋に来れるか? それと近くに奈々鬼も居たら連れてきてくれ。ああ、そうだ。それじゃ、頼んだぞ」
携帯電話を閉じ、ルキフェルは二人に顔を向ける。
「フレイヤと奈々鬼が来るまで待ってろ。すぐ終わる用事だから」
抱きついたままだった二人を離れさせ、ルキフェルは部屋に置いてある椅子に座った。
◇
フレイヤはルキフェルから連絡が来る少し前まで、奈々鬼と共に“エインヘリャル”の隊長格九名と“ヴァルキュリア”の隊長格九名の訓練風景を見ていた。
警備兵でもある“エインヘリャル”の者達は何時も通りの武装した姿だ。しかし“ヴァルキュリア”の女性達は珍しくメイド服姿ではなく、鎧姿だった。
訓練なのだから当たり前だが“ヴァルキュリア”の隊長格である彼女達は普段、執務室で書類整理をしていることが多い。そんな彼女達が訓練するのは、体が鈍らないようにするためだ。
フレイヤ、奈々鬼を除いた“エインヘリャル”と“ヴァルキュリア”でもトップクラスの実力を誇る18人の訓練も終盤に近づいた時だった。フレイヤの携帯電話が鳴り響いたのは。予めルキフェルから携帯電話を貰っていた彼女は素早く取り出すと、すぐさま通話ボタンを押した。
「もしもし。その声、ルキフェル様ですね。はい、問題ありませんわ。……奈々鬼もですか? はい、分かりましたわ。すぐにお伺いします」
携帯電話を閉じ、懐に仕舞うとフレイヤは奈々鬼にチラッと視線だけで伝える。奈々鬼もルキフェルの名が出てきてからフレイヤに視線を向けていたため、即座に彼女の視線の意味を理解して頷く。
「ブリュンヒルデさん、わたくしと奈々鬼は急用でルキフェル様のお部屋に向かいますわ。後のことは頼みましたよ?」
「はっ、了解しました!」
フレイヤは副メイド長のブリュンヒルデに後のことを任せると奈々鬼と共にルキフェルの部屋に向かっていった。
◇
コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。ルキフェルは即座に誰か理解した。
「失礼します」
「邪魔するよ」
部屋に入ってきたのは勿論フレイヤと奈々鬼。二人が部屋に入って来るとルキフェルは立ち上がり早速本題に入ろうとする。
「来たか。なら、お前等はそこに座ってくれ」
ルキフェルに促された4人は6つある椅子にそれぞれ座る。
それを確認するとルキフェルは部屋のタンスから4つの小さな黒い箱を取り出して、4人前にそれぞれ置く。
「ルキフェル……もしかして、これって」
「指に填めるか填めないかは自分の好きにしろ。それと一応言っとくが、俺は無責任な男だ。後悔だけはしないように、よく考えろよ」
ルキフェルの言葉を聞き終えると4人はすぐに黒箱を開けた。
中に入っていたのは指輪。それぞれ彼女達に合った色の魔宝石がはめ込まれた綺麗な指輪だった。ベルフェゴールは蒼、リル・リリスは黒、フレイヤは銀、奈々鬼は紫色の魔宝石が指輪にはめ込まれている。
全員が迷いなく左手の薬指に付けたことに目を丸くしたルキフェルだったが、それを愛おしそうに触れている彼女達を見ていたら自然と笑顔になる。
「物好きめ……もう一生俺からは離れられないぞ」
魔人や亜人、天人の結婚は人間の結婚とは、ひと味違う。
先ず重婚が可能。その点は人間も地域によって可能だが全てという訳ではない。
そして決定的に違うのが二つ目。浮気が出来ないということだ。
三種族にとって結婚とは一種の儀式である。
基本的に自分より実力が優れた者にしか靡かない三種族の者達は自分より強き者、強者に永遠に操を捧げるという誓いを立てる。そのため一夫多妻、一妻多夫も可能なのだ。
そして手渡された指輪を自らの意志で左手の薬指に付けると、体に一つの魔法が刻み込まれる。その魔法の名は“死印”。人間は使用しないが、三種族は結婚時に必ず使用する魔法だ。決められた約束を破ると体内を巡る魔力を暴走させ、死に至らせる。そんな効力を持つため、誰も浮気をしないのだ。
それは彼女達4人も理解していることだ。
「物好きで結構。私は誰よりも貴方の、ルキフェルの側にいたいと願った。それが全てよ」
「この忠誠も、愛も、向くべきところは全て貴方様ですわ。わたくしは何を言われようと貴方様のお側に」
「闘争も好きだが、それ以上に好きなのがルキフェル、あんただよ。あたしに人を愛す喜びと女としての悦びを教えたんだから、絶対に離れないよ」
「ん……ずっと、ずっと好きだったから、嬉しい。だから、ルルの側にいる」
彼女達の言葉にルキフェルはプイッと顔を逸らす。その顔は若干朱に染まっていた。
「おっ、照れてんのかい? 可愛いところも有るじゃないか」
「うるせえ……」
「ふふふ、それなら今日は新婚初夜といきましょうか」
突如リル・リリスが口にした言葉に他の三人がピクッと反応する。
「それは……頑張るしかないな」
新婚初夜が大切なことは知っていたため、ルキフェルも無碍に断れなかった。
その事実にそれぞれ4人が妖艶な笑みを浮かべてルキフェルをベッドへと誘った。
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