フライ・・飛び続ける
18日結構直しました。
私が小学一年生まで住んでいたのは、都内とはいえまだまだのんびりとしていた下町界隈で、工場を曾祖父の代から地道に受け継ぎ,やがて父の若い頃にはそれをテレビ部品にのみ絞り、それが成功をおさめた。
そのあり余ったお金で不動産業にまで手を伸ばし、見事に成金になった。
そんな家に産まれた私は今時珍しい四人兄弟の三番目にあたる。
長男である卓にぃが定時制高校の一年、長女の啓ねぇが中学二年生、そしてこの私、都が小学一年で末っ子の桜が三歳になる仲良し四人兄弟だ。
歳が離れているのは上の二人の母親と私と桜の母親が違うからだ。
その事は私が赤の他人の噂話しで知るよりもきちんと知っておくべきだ、と卓にぃが啓ねぇと一緒に私が小学校に上がる前に教えてくれた。
上の二人は私と末っ子の桜にとって親がわりで、二人が学校を交代で休んでくれながら私達を必死に育ててくれて大きくなった。
無関心な両親に代わり兄と姉が私達を育ててくれた。
私達の母親は水商売上がりでろくでもない女だと祖母はよく愚痴をこぼす。
きっと兄と姉を育てた人だもの、優しかっただろう兄と姉の母親である嫁をいつも懐かしむ。
私の母は、そんな出来の良い人を追い出して正妻の座を獲得した。
ところがいざ乗り込んでみれば経済状態は火の車で何とかやっていたというそんな状態だった。
そうして母はその現状をみるやいなや、腹に抱えた私を産み落とすと、なりふり構わず取れる物は取っとけとばかり動いた。
細い紐で何とか繋がっていたような工場の経営を資金面で支えていた命綱といえる幾つかの不動産に手をだしていった。
それを担保にして表のまっとうな所からも、やがて裏の金融からもお金を借りまくり遊びほうけ、父がそれに気づいた時にはもうどうしようもなくなっていた。
それでも昔かたぎの父は家族の為に何とか立て直そうと、工場で働いてくれていた従業員をなくなく全て解雇し、工場の運営はバイトの人間のみでやっていった。
私の母はそれでも全て許した父に、またもや最悪の裏切りでもって答えた。
私の次に生まれた妹の桜はどうみても日本人には見えない黒い肌で生まれてきたのだ。
そうして・・・父が壊れた。
仕事もせずに体が不自由な祖母が持っていた貯金や年金を食いつぶし、亡くなった祖父が祖母に残した家も厳しくなる取り立ての為に勝手に処分してしまった。
そんな状況の中、家に居着かない両親に代わり祖母と私達兄弟は小さなアパートで生活保護を受けひっそりと暮らしていた。
私は私をずっと育ててくれた兄と姉が親だとそう思いこんでいた。
ものごころがつくと、親ではなくニィニとネェネだよと優しく教えられたのに、どっちにしても私の家族だと喜んでいた。
そうして毎日のように私が夕飯においしい、おいしいと食べていたのは、学校の給食のパンや果物だった事もすぐ理解した。
小学校に上がって初めて給食を食べた時、私は兄や姉が自分の分を食べずに持ち帰れるものは持って帰って私や祖母に食べさせてくれていたんだと見慣れたそれを初めての給食で見て知った。
だから私も桜と祖母の為にパンや果物を持ち帰るようになった。
先生は何も言わなかったし、他のクラスメートもいらない分はくれるようになった。
小さい子供である私達は、何の事もなく自然な感じでいた。
まだまだ下町の気風が残るこの界隈ではプライベートはない代わりに、いまださりげなく助けてくれる人がいて、生活保護のお金さえも桜のミルク代さえ残さず持ち去られる現状を知る近所の人にそれとなく助けてもらっていた。
八百屋さんのおばちゃんは売れ残りで捨てるだけだと言って、どうみても未だ新鮮な野菜を帰り道に持たせてくれたり、肉屋のおばちゃんもあげたてのコロッケを失敗したからと言ってくれたりした。
昼は働き定時制の高校に通う卓にぃが、学校が終わっても更に数時間深夜まで働き、何とかそれで私達は生きていた。
もうじき梅雨がくるある日、小学校から帰ったら、父がアパートにいた。
時々夜遅くやってきて卓にぃが頼んでも啓ねぇが泣いても、鬼の形相でお金を持っていく父がニコニコと笑いながらまだ明るいうちにそこにいた。
私は怖くて動けなかった。
そんな硬直する私に祖母が、
「大丈夫だよ、都。やっと昔のこの子にもどってくれるんだ。ほら、つったっていないで上がってきな」
そういって笑い泣く祖母に向かって父は、
「母ちゃん、泣くなよ、俺が悪かったからさ」
そう頭に手をやり苦笑いしながら続けて私を見て、
「都、大きくなったな、父ちゃん頑張って働くからな」
そう言って私に家に上がるように促した。
どうしていいかわからず借りてきた猫のように固まる私は、ひたすら祖母と父の会話を聞きながら、早く姉が保育園から桜を連れて帰ってこないかとひたすら待った。
そんな父を見ようともせず話そうともせずにいつまでも強張った顔でいる私に、
「なんだ、可愛くねぇ愛想のないガキだな」
父はそう言った。
そこにやっと啓ねぇが桜を連れて帰ってきた。
啓ねぇは父を見るなり、その目をきつくして「何しにきた、帰れ!」と怒鳴った。
怒鳴りながら私を自分の側に抱き寄せ、私の背中を優しく叩いて強張る私の頬をそっとそっと大丈夫だよというように優しく撫でてくれた。
背中に桜をおぶったまま、祖母に何で父を入れたのかと怒る姉に、祖母は父が心を入れ替えて家族みんなでやり直すと誓ってくれたとまた泣いた。
定時制の学校にいく前の兄に連絡して慌てて帰ってきてもらったその兄も初めは「出ていけ」と罵っていた。
けれど土下座して泣きながら謝る父から具体的な話しを聞いて、兄は念のため父から聞いた新しい仕事先に電話をかけ確かめた。
そこがNPOの認定を受けた組織が運営する更正を目的とする働き先だと知り兄もやっと父の話しを信用した。
そこの職員としばらく話しをした兄が、「このままではいわゆる闇金業者に食いつぶされて終わりだから」との説明と説得を受け、それならと父の話しに乗った。
私達は慌ただしく夜逃げの準備をして、隣のおばちゃんにだけだけど兄が簡単な事情を説明し、近所の皆さんにも急にいなくなるけど心配しないでと、今までお世話になった、ありがとうと伝えて欲しいとお願いした。
おばちゃんに「よかったね、頑張ったね」と言われ兄はその場で号泣していた。
私は初めて兄が泣くのを見た。
泣く兄が悲しくて私も大泣きし、そんな私を慰めながら姉も泣いていた。
そのまま家族揃って迎えのトラックの積み荷の中に乗り込み初めて年相応の顔をしている兄と姉が少しはしゃぐ姿に私も嬉しくなった。
桜は飴をもらいそれを大事に一つ手に握りしめながら寝てしまって、いつのまにか私もぐっすりと寝てしまった。
そして何かの大きな声で目がさめた私が見たのは、「話しが違う」と口から唾をまきちらし大声で怒鳴る父と、何故か縛られて転がされたまま呆然としている兄、そしてどこか見た事がある女の人だった。
私は何がおきたのかわからなったが、兄を見るなり側によった、兄がいれば大丈夫だから。
暗がりで見えなかったが兄の後ろに桜がまだ寝ていた。
兄の縛られている縄を何とかしようと触ろうとしたら、鈍い痛みと共に私の体が飛ばされた。
蹴飛ばされたと気がつくと同時に痛みで泣く私に「泣くな!」と父が怒鳴って、兄が私を蹴飛ばした男に、「私に触るな!」と怒鳴り、それでひどく蹴飛ばされ殴られていた。
兄は「妹に手を出すな!」とそれでも叫び再び顔をけられて顔から血を流していた。
何がおきたんだろう?昨日寝るまではこんなじゃなかった。
こんなまっ暗な所も、こんなひどく臭う場所も知らない。
そこに父が「約束が違うじゃないか!」とまたわめき立てた。
「連れていくのは、そこのクソアマと、そいつの子供らだけじゃねーのか!」そう言って大声をあげて憎々しげに私を見、男たちを見る。
クソアマという言葉は知らないけど、私を見るその顔は憎悪に満ちていた。
それに震える私に兄の殴られてかすれた小さな声が聞こえる。
「大丈夫だ、都。気にするな、大丈夫だ」と。
卓にぃが大丈夫だという時はいつも大丈夫だった、私はこくん、とうなづいた。
やがてクソアマと言われた女の人と父が言い合いになり、クソアマと呼ばれた人が、
「はっ、いい気味だ。あたしを地獄に引きずりこむ前に自分の親を海に棄てられ、娘は闇の風俗に沈められやがった。はっ、いい気味だ、ざまあねぇ」
そう言ってあざ笑って、それを聞いた父がとびかかり二人でとっくみ合いになった。
それをニヤニヤ見てた別の男に父とクソアマという人はすぐに殴られて、父は離された後に、「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」とぶつぶつ言ってそのまま崩れるように座り込んだ。
「 あいつらは売っ払ってそれで借金はチャラになるはずだった。それで俺と婆ちゃんと息子と娘、四人仲良く昔みたいに暮らすんだ、暮らすんだ」
何度も何度も同じ事を繰り返し呟いた。
卓にぃがそれを聞いた途端静かに泣いた。
やがてあの怖い男達が兄に何か話して兄の縄を解いた。
私に腕を開く兄に私は抱きしめて欲しくて血が出てる兄が心配でぐちゃぐちゃに泣きながら急いで兄の元に走った。
卓にぃに抱かれた私は、もうこれで大丈夫だと安心した。
けれど全然大丈夫じゃなかった。
初めにあのクソアマと呼ばれた女の人が連れていかれた。
その女は卓にぃが、その後やっとおきた桜に桃太郎の話しとその童謡を歌い終わった頃に戻ってきたが、意識はなく、お腹に大きな傷があり呻いていた。
ちらりと小さく左右に首を振る時見えた顔には、目の部分が腫れ上がりまるで空洞のように見えた。
私が怖くなって悲鳴をあげそうになるのを卓にぃは、強く抱き寄せ「大丈夫だ」と繰り返しおまじないのように繰り返し優しく頭を撫でてくれた。
その女の人はまたすぐきた男の人に連れていかれて、私達の他にもいた同じように座り込んでいる大人の男の人の一人が、
「わかってる事をわざわざ見せつけるなんざぁ、たちがわりぃぜ」
そう言って泣いたような顔なのに笑って言っていた。
その場所には私達の他にも十数人の人が押し込められていた。
卓にぃは怖がる私と桜に大好きなシンデレラのお話しを繰り返ししてくれた。
ずっと私達を抱き寄せ抱きしめ、いなくなった啓ねぇや私達の赤ちゃんの時の話しをしてくれた。
啓ねぇにも、私達にも、おむつを取り替える時やお風呂に入れる時に、おしっこをかけられたんだと私達に言って、どこか遠くを見ておかしそうに笑い、次に私達を大事そうにまた強く抱きしめてくれた。
桜が、「ちがうもん、ちがうもん、おしっこしてないもん」と卓にぃに文句を言うと、卓にぃが、
「ああ、そうだな、ニィ二が悪かった」
そう言って小さく笑って、ふくれる桜の頭を撫でて抱き寄せた。
その卓にぃが連れていかれる時、私は暴れて一緒に連れていけと騒いだ。
生まれて初めて絶叫し、狂ったように取り押さえる男たちを相手に暴れた。
そのせいであんなに一緒にいたはずなのに私は卓にぃの顔を、最後に別れる時のその顔が見えなかった。
ただその声だけが耳に残っている。
「今度生まれてくる時も俺達は一緒だ。一緒だから怖くない。大丈夫だ、怖くないからな。またシンデレラの話しをしてやる。兄ちゃんはいつも・・・」
最後までどこにそんな元気があったのかという大きな声がドアに遮られて唐突に聞こえなくなった。
それが大好きな大好きな卓にぃといた最後の記憶だ。
どんどん人がいなくなったけど卓にぃがいなくなってからの事はあまり覚えていない。
ただ桜だけをなくさないように腕に囲った。
私も桜もひもじいのには慣れていた。
ただ桜を抱き寄せ抱きしめながら時間が過ぎていった。
何故か私達子供二人だけは最後まで残り、その暗い部屋から出されいつも聞こえていた体に響いていた音が海の音だと初めて知った。
生まれて初めて見た海はそのうねりや押し寄せる波で私の大切な兄を奪った怪物に見えた。
そこから何もない所に一件だけ立つ家に車に乗せられ連れてこられて、そこであの男達とわかれ初めて見る外人さん達に私達は預けられた。
別れ際にあの男の一人が
「お前らは大事な金持ちの子供用の部品だ。どっちがよかったのかねぇ。結局最後は同じ事だ。まぁいい子にしてるこった」
そう言っていなくなった。
私と桜はその後、五つほどの陽を数えた時に別れた。
別れた時に桜は飴をもらい、またそれを大事に握りしめて、私にバイバイしながら、帰ったらシンデレラの話しをしてね、そう言って笑って部屋を出ていった。
私はその時お腹を切られて動けないでいた。
内臓の一つを取られたばかりでまだまだ痛くて、目だけで必死に桜を追って「兄ちゃん兄ちゃん!姉ちゃん、姉ちゃん!」と声がほとんど出ないが叫んでいた。
心の中でも絶叫していた。
私はいつ桜が戻ってくるかと動けるようになってからただただドアの側を離れなかった。
私みたいに切られて戻ってくる、そう必死に思いくる日もくる日もドアを見続けた。
けれど桜は戻って来なかった。
食事も睡眠も忘れたかのような私に世話係りの若い男、銀色と灰色の混じったような髪をした青に透き通るような綺麗な目をしたシンデレラのお話に出てくるような王子様みたいな男の人が、私の傷を指し、次にジェスチャーで自分の心臓を指差し、そして手を空に向けた。
何度かそれを繰り返した後、手の平を自分の膝の所にかざし大きさを伝え、心臓を次に指すジェスチャーで、やっと私は桜が帰って来ない訳を知った。
取られたのが心臓・・・。
私はそれからどうでもよくなった。
ただ一人、それだけ。
世話係りの男二人と私、時々増えたり減ったりする子供。
私は使える部品らしい、それも何となくわかった。
どうでもよかった。
そんな日々を過ごしまた私の出番になった。
連れていかれた先で血を取られ背中にひどく痛い注射をされて、その日はそのまま帰った。
帰った先に待っていたのは、大勢の死体と一面溢れる血の匂いだった。
私を連れていたシンデレラの王子様のような男は、反狂乱にわめいて倒れた男の一人一人を確かめてはまたわめいた。
それに運転手をしていたもう一人の世話係りの男がやってきて私達二人をまとめてまた車に乗せそこから逃げた。
訳がわからないまま私は二人と一緒にしばらく逃げ続けた。
やがて彼らと片言で会話もどきをするようになり、彼らが闘う傍らにいる事も当たり前になった。
あの殺されていた人達は彼らのファミリーで裏の利権争いで襲われたらしい。
あの日私の誰か金持ちの子供用の適合検査がなければ私も彼らも皆揃って殺されていたのだろう。
彼らは私を「愛しい子」と呼ぶ。
初めの頃、あの虐殺されていた家から逃げ出してうろうろしていた時、彼らはあまり眠れずうなされ食べれなかった。
そんな事に無関心な私だったが、あれは逃げだしてどのぐらいした時だったか、車でそのまま寝起きし移動していたのけれど、あまりに綺麗な月夜だから「十五夜お月さん」の童謡をいつのまにか口ずさんでいた。
いつも兄や姉が歌ってくれた歌を思い出しては、静かに歌っていた私の側にいつのまにか二人が寄ってきて歌う私に寄り添うようにやがて二人は寝てしまった。
その夜以来、二人は私に歌をせがみ、まるで団子のようにぴったりとくっついて寝るようになった。
いつ殺されるか怯えていたはずの二人は、やがて一つ一つと暴力の階段をかけ上がり、残されたファミリーのお金を元に今や大きな組織さえ手中におさめるようになった。
信じるのはファミリーのみ。
暴力の双璧として立つ二人と愛し子の私だけがファミリーで部下たちはただの駒らしい。
彼らの実力主義を重んじるやり方と冷静な判断、その統率力を持ってどんどん大きくなり、反面逆らったものへの冷酷無比なやり方は誰をも黙らせた。
そんな彼らの養子である子供へ向ける愛情は数々のエピソードと共に狂愛と噂され、それを聞いた彼らはひどく喜んだという。
「当たり前だ」と。
彼らもまた壊れている。
そんな私も今日で十七になる。
腎臓は一つないが優秀な家庭教師の元、いくつかの国の言葉の読み書きもできるし護身術も身につけた。
けれど我が保護者二人のどちらかと一緒でなければ、この屋敷から一歩も出れないから意味がない。
私達新しい家族のバースデーは、いつも三人だけでお祝いする。
今日のプレゼントに私が前から見たがっていた世界一と言われる我が保護者の組織自慢のオークションに連れてきてもらった。
そこでは何でもオークションにかけられる。
赤ちゃんから年寄りまで。
盗品から逸品まで。
物も人も武器さえも右から左に流れていく場所。
そろそろ退屈になった私が屋敷に戻ろうかと思った時、懐かしい日本語の叫びが聞こえてきた。
見ると舞台上に幼い女の子とその兄が泣きそうになりながら、しっかり手を繋ぎ震えながら立っていた。
その傍らには、はがいじめされた父親が日本語で「大使館に連絡してくれ!、東南アジアのある国名をあげて、そこで観光クルージングをしていて襲われた、大使館を!」と叫んでいた。
「妻をどこにやった」とまた叫び、あまりに煩いのでさるぐつわをされてしまった。
何の変哲もない男は買い手などつかず、そのまま連れていかれた。
ここは東南アジアじゃないよ、私は小さく父親らしき男に日本語で呟き教えてやった。
ちょうど連れ去られるその時に関係者用の二階席に仮面をつけて座る私と目があった。
私が日本語で呟いたタイミングで、無理やり連れ去られる父親と目が合った。
ほんの瞬間だけ見たその瞳には、ただ子供達を狂おしく案じるその気持ちだけが見てとれた。
すぐに連れていかれ、部品となるんだろう父親。
そんなのこの世界じゃどこにでもある。
だけどあの父親の目が私を過去に戻す。
あの時きっと連れていかれた兄の目もきっとそういう目をしていたんだろう。
自分の事ではなく残された妹たちを案じる目。
私は最後の兄の顔を暴れたせいで知らない。
私は舞台で震えながら、まるで手を離したらひどい事になるに違いないというように、怯えながら佇み泣くことさえできない小学校低学年くらいの兄と四歳くらいの妹を眺めた。
あなた達の不運は足元にいくらでもある落とし穴に気がつかず、安全と言われる日本でさえその危険があるのに、ましてや海外で観光とはいえ警戒を怠った事にある。
私はしがみつく妹を片手で強く抱きしめる兄をまた眺めた。
私はふと自分の顔が濡れているのに気付いた、すぐさま下を向いてそれを振り払い小さくため息をつくと、すぐそばにいる我が保護者におねだりをした。
あの家族を丸ごと欲しいと。
いなかった母親がどういう状況かは知らないけれど何とか日本にさえ戻れば後はどうともなるだろう。
夫婦がうまくいかなくなろうが、なぁに殺される事はない。
ケセラセラ、なるようにしかならない。
ニヤニヤ私を見て笑う銀髪の悪魔と呼ばれる我が保護者の頬を思い切り引っ張ってやって、どう対応すればいいか挙動不審になる護衛や側近の顔色を青くさせてやった。
その後小さなケーキを買って二人で食べた。
もう一人の保護者は今年の私洋のプレゼントを用意するために留守にしている。
私の部屋はシンデレラの部屋はこうだろうという感じな造りになっている。
ふわふわなぬいぐるみに囲まれた私の枕元には飴が日替わりでおかれている。
この飴を二つ用意するのも我が保護者だ。
私は寝る前に一つ口に入れ、もう一つは綺麗な瓶に入れていく。
その瓶も今では沢山の数になり、色とりどりの飴で綺麗だ。
私の楽しみは一日一個の飴。
妹の桜と私達が平穏な日常生活から連れ去られた時も、桜がこの世から消え去った時も、あの子が嬉しそうに握りしめたままだった飴。
桜が大事に舐めずに宝物のようにあの小さな手で握りしめたままだった飴を、私は毎日一日の終わりに舐める、あの子の代わりに。
そうしてもう一つは桜にとっておく。
飴が瓶に貯まっていくのを見ながら、毎日私と違い天国にいるだろうあの子のために祈る。
兄のためにも祈る。
どうぞどうぞ安らかに、と心をこめて。
私のいけない天国で優しいあなた達は笑っていて下さい、と。
もうひとりの保護者、黒い髪に緑に近い瞳の美丈夫からちょうど電話がかかってきた。
「可愛いベイビー、誕生日おめでとう。今年のプレゼントはこれだよ」と。
送られてきた動画には中学生くらいの金髪の男の子の死体と、まだ取り出したばかりの血まみれの心臓が写っていた。
「ありがとう、ジェイ。とっても嬉しいわ。桜の心臓は綺麗ね。保存して急いでホスピタルに運んで」
ホスピタルは通称で、そこには大切に愛しい人達の体の一部が一人一人並べられ保存されている。
毎年一つずつ兄や姉の、妹の体を取り返し、それをバースデイプレゼントにしてもらっている。
姉もまた精神を病んでバカな金持ちの部品にされていた。
「迎えにくる、いつか迎えにいくんだ」と、いつかまた一緒に暮らせる為にどん底で頑張っていた姉に、いつまでも前向きさを忘れない姉に嫉妬した馬鹿な女が「お前の家族は」と話したらしい。
結局姉はその事実に耐えられなくなり、一年も持たずに部品になった。
私の保護者が力を持って良かった事はこうして兄や姉や妹を一つずつ取り戻せる事だ。
まだまだ兄の角膜も肝臓も、他のみんなのも残っている。
リストは繰り返し繰り返し調べられ間違いはない。
私の誕生日のお祝いに嬉々として保護者達が毎年一つずつプレゼントしてくれる。
私は綺麗な飴を瓶から一つ取り出しポ~ンと天井に投げた。
この世界は理不尽に満ちているけど、仕方がない。
二度と喰われる側にはならなければいい。
落ちてきた飴を一つ手の平に握りしめ、兄の最後の言葉はなんだったんだろう、そう思いながら優しい気持ちになって私は眠りについた。