可愛くないあの子は、若干15歳にして弁えている
鈴子野乃香は若干15歳にして弁えている。彼女は自分が特別可愛くないことを理解し、常に自分より地位の高い女子に阿ることで一軍の最下位をキープしていた。また、男漁りにも余念はなく、三人目の彼氏にして"そこそこ"な男を獲得するに至る。
この情報を以って、如何様に彼女を評価すべきだろうか?
しかし、批評については暫し保留されたい。彼女にも彼女なりの苦労があり、彼女が彼女になった経緯がヘソ曲がりなりにも存在するのだ。故に、少女の遍歴を共に照会することをご了承いただきたい。まずは五年前の彼女について参照しよう。
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野乃香は小学校高学年から、既に自分が可愛くないことを理解していた。男子児童も齢二桁を数える頃には分別の「ふ」の字くらいはつくものだ。もちろん、その分別も不十分ではあるので不十分別と呼んでもらって差し支えない。
分別が足りぬ至らぬでは、それが侮蔑として表出することもあるだろう。さっそくの事案となるが、思春期に全速力で突っ込んで行く性少年の会話に耳を澄ませてみよう。
「うちのクラスで一番モテるのって緒方だよな?」
「なに?緒方のこと好きなの?」
「俺は好きじゃない。好きなやつ多そうってこと」
「他は誰がモテてんの?」
「山崎、飯沼、榎本。後は鈴木とか?」
「は?鈴木?」
「いや、鈴木は"別"っていうか」
野乃香は"別"の意味を瞬時に理解した。「理解してしまった」と言い回した方が妥当かもしれない。彼女の感情を推し量れば「その日を境に世界は劇的に変貌した」と描写が続きそうだが、ここで予想を裏切るのが野乃香らしさである。
- 私ってモテるんだ
彼女の認知は卓越していた。器量の良し悪しなどは、異性を射止めるための要素に過ぎない。聡き少女が着目したのは「モテる女子リスト」に自分が名を連ねたことだった。
心的外傷にもなり得た小事件は、巧みな事実認識によって見事に学習機会と自己効力感に変換された。
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三年の月日が流れ、野乃香は地元の公立中学校に入学する。男児たちは変わらず幼稚だが、半分程度には処世術を身に付けて半分別くらいはつくようになっていた。女子側は異性への意識を高めると共に、自らの認知変容によって生活環境を階層型社会へと転換させていく。
中学一年という時期は、まだ男女の垣根は大股になれば跨げる高さである。陸上選手のような跳躍が求められる本格的思春期に突入するまでに、野乃香には為すべきことがあった。
「山岡、今週のチャンプ読んだ?」
「読んだ読んだ!新連載面白くね?」
「分かる。王道から外れた設定が新しいよね」
「そうなんだよ!」
山岡という男子は、はっきり言えばダサかった。男女ともに気にも止めない平凡な男ながらも、野乃香は彼と良好な関係を築いた。必然、モテない中学男子の発想は犬も食わない恋物語へと漂着する。
「好きです!付き合ってください!」
「いいよ」
野乃香は記念すべき「初告られ」と共に一人目の彼氏を獲得した。この格下の凡夫山岡は、野乃香を女神のように扱った。野乃香にも若干の浮つきがあり、この凡庸な男子と仲良く三年間過ごすという選択も悪くない気がしていた。
本件の結末を述べれば、それは「味気ない」の一言に尽きる。青春の与え給うた贈答品の包装紙を剥がしてみれば、中味はトキめき成分無配合の凡骨と交わす電子文通のみ。学外での逢瀬は一度もないまま、この初交際は賞味期限が切れた。
交際解消の別れ文句として、彼女が採用したのは「なんか違う」の一言だった。
「なんで?!悪いところあれば直すから!」
「悪いとかじゃなくて、合わないっていうか」
「合わないってどういうこと?!」
「山岡が変わりたいなら、山岡が考えなきゃ」
差異の説明責任を相手に丸投げし、野乃香は被害者面をして破局の縺れをやり過ごした。
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中学二年にもなると、学内カーストの輪郭は薄らはっきりと描画をはじめる。小学校時代の友達グループは解体され、美醜と賢愚のパラメーターによって学級内に再配置される。
野乃香は大規模グループに所属していたが、これは再配置の過程で選り分けを行うための一時的な措置であった。故に、今後の振る舞い如何で彼女の処遇が決定される。野乃香は地位の確約に向けて動き出した。
「ねぇねぇ、今度オンライン対戦でゲームしようよ」
「え?鈴木もゲームやるの?」
「うん。でも女の子でゲームする子いないから」
「じゃあ、他の奴も誘ってやるか!」
「二人でよくない?その方が楽しいよ」
二人目の彼氏には、田中という男を選んだ。田中は容姿こそ平均以下だが、明るい性格で好感度の高いキャラクターである。田中の重要性は物語上皆無だが、詳細を語れば皆々様も彼に好感を抱くこと請け合いだ。
「なんか違う」
「そっか...なんか、ごめんな!今までありがとう!幸せになれよ!」
ご推察の通りで恐縮だが、田中は昇降台には誂え向きの男であった。野乃香は半年の交際を経て十分に自らの価値を高めた後、トキめき成分微配合を理由にして彼を放流した。田中は涙でできた濁流を下って、野球部の群れの中に戻っていった。
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我々は長い回想道中にて、鈴子野乃香の個人的事情を拾うことに概ね成功した。しかし、評価の確定が未だ難しいことは、読者諸君とも共有できることだろう。最終的な査定には、三人目の彼氏及び中学校生活の顛末まで追う必要があるらしい。
「好きです!付き合ってください!」
「はい。よろしくお願いします」
三人目に選ばれた男は、佐久間陽斗というそうだ。美形と呼べば多数が首を傾げるが、不細工と呼べば満場一致で首が横に振れるだろう。特に背丈は得点が高く、中学三年生にして身長計は175cmという数値を刻んでいた。運動も"そこそこ"、勉強も"そこそこ"、育ちの良さも"そこそこ"。減点要素がないのは、野乃香的には到達点と呼んで差し支えない相手であった。
「大好きだよ。野乃香」
「ふふっ。私も~」
野乃香は順調に上位カーストの階段を登り、一位軍団の六席に滑り込んでいた。彼女は補欠などではなく、紛うことなきスタメンである。メンバーの中核は、小学生時代から覇者として君臨する緒方だ。同じ小学校の山崎と飯沼に加えて、別の小学校から二人の学級エリートが名を連ねる。
「野乃香、今度の休み遊び行こうか?」
「ほんと!?嬉しい~!」
野乃香はウィニングロードを闊歩していたが、あくまで足跡は道の端に沿っていた。彼女は浮かれずに、そして驕らずに、その道を踏みしめて進むべきだった。実のところ、"そこそこ"優良物件との交際は計算外の下剋上を果たしてしまっていたのだ。
この餌食となったのは、一軍女子の第三席を担う久城莉奈であった。久城にとって陽斗は幼馴染みであり、率直に言えば「好きな人」であった。甘酸っぱ過ぎて唾液腺が目詰まりしそうだが、幼馴染みの距離感は恋の進展を妨げていた。
野乃香からみれば、陽斗は粉砂糖を振りかけた程度の数多いる男子の一人に過ぎなかった。他方の陽斗視点に立てば、野乃香によってベタベタにシュガーコーティングされ、すっかり甘い夢の只中にあった。
幼馴染みとは進展の気配もなく、関係を壊すリスクまで負わされる。彼が無邪気に微笑みかける六番手に靡いたことは、何人たりとて責められるはずもない。
二人の交際が明るみになると、久城は目に見えて落ち込んだ。そこに「なんて可哀想なのだ!」と要らぬ世話を焼き出したのは、最後の一軍女子である藤田だった。久城と藤田は小学生からの親友であり、野乃香に対して「両片思いの二人にちょっかいを出した泥棒猫」というレッテルを貼った。
主張の一部は正しいのだが、大人の読者には共通認識の通り、恋愛に整理券は存在しない。掴むべき時に掴まなければ、好機は簡単に他人の手に渡ってしまう。しかし、中学生という未熟な共同体では許されないのが痴情の沙汰らしく、野乃香は言われもない誹謗を浴びることになる。更に、この非難を助長したのは次の会話であった。
「野乃香って、陽斗と付き合ったんだね~」
この藤田の追及に対して、野乃香は正しい解答を選ぶことができたのだろうか?
これが是非とも皆様に評価をいただきたい事案である。この回答が彼女の今後を決定づけるのだが、正しい解答なら事情が変わったのかは誰にも分からないことだ。今回は野乃香の言葉に併せて、幼馴染を奪われた久城莉奈の反応を紹介するのみとしたい。
「いやぁ、なんか流れでさ~」
「陽斗...流れで付き合ったんだ……」
翌日から野乃香は、見事に洗練された排除を受けることになった。必要なことは言われるし、挨拶も返ってくるし、質問すれば答えも貰える。ただ、移動教室では声をかけられず、写真撮影では自然と端に寄せられた。
一軍の最下位とは、最下位であっても一軍である。中心におらずとも、一軍に腰を掛けているだけで二軍とは全く別の次元に座っている。だが、腰掛けとは端隅であり、そこで踏ん張らねば留まることは許されない。彼女を一軍のスタメンと前述したが、残念ながらレギュラーメンバーではなかったのだ。
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この大事件が意味するところは如何なるものか?
想像してみれば簡単なことである。「常に立場が上の女子に阿ること」が大きな負担を強いることは推論を要しない。なれば、本件による転落は軛からの解放とも解釈できる。少なくとも、野乃香については役務満了という認識にしても誤りはない。
強がりなどは微塵も含めず、彼女にとって二軍の環境は悪いものではなかった。そこは野乃香が中心を陣取れる場所だったのだ。高級な椅子の端に窮屈に座るより、安物のソファで真ん中を占領する方が楽なこともある。
現実論として、二軍に落ちても陽斗は変わらずに「好きな人」に鈴子野乃香を指名した。男子には彼女の所属など何でも良いある。彼女に対して重要なのは階級ではなく「可愛さ」のみであり、可愛さとは器量に由来する絶対的な尺度ではなかった。
野乃香は、可愛さとは容姿のみで決まるものではなく、愛想なども含めた総合尺度であるということを学んだ。この天啓とも呼ぶべき智慧は、後年まで続く彼女の不変の認識かつ人生の寄る辺となった。
この悟りが彼女の人生に与えた影響について、その大きさを計る術を我々は持たない。本件では、直近で行われた彼女の人生設計に関する大きな方向修正の確認を以って話を閉じたい。
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季節は進み、学生たちは高校受験という家族も巻き込む大行事へと向かっていた。野乃香は成績優良であり、大人たちは不安の「ふ」の字も抱いていなかった。正確には内申点の異常な良さが全体の成績を一段階底上げしていたのだが、これは愛想使いに熟達した証左とも言える。教師からは県内一の高校を勧められたが、彼女が首を縦に振ることはなかった。
「本当に一つ下げるの?」
進路希望調査票を見た母は、しばらく紙面に目を落としていた。野乃香は母親には目もくれず、鏡の前で前髪を整えている。
「うん。推薦なら安心だし」
「先生、一般入試なら上も狙えるって言ってたんでしょ?」
「狙えるだけでしょ」
「でも、もったいなくない?」
「別に。もったいなくない」
母は、紡ぐべき正解の言葉を探していた。顔を背けたわけではないが、少なくとも娘の方ではなく、手元の進路希望調査票に視線を落としていた。
「どうして、その高校がいいの?」
「合ってるから」
「何が?」
「いろいろ」
その「いろいろ」の中に何が含まれているのか、母は完全には理解できなかった。理解できずとも、理解すれば母親として少し困る事情が含まれていることは察した。
「野乃香」
「なに?」
「お母さんにだけは本当のこと言って」
「本当っていうか……私はさ」
野乃香は、ようやく前髪から目を離し、鏡越しに母を一瞥してから振り返った。5年間で培った愛想の良すぎる笑みを浮かべ、穏やかな口調でこう言った。
「"そこそこ"が生きやすいんだよ」
鈴子野乃香は若干15歳にして弁えている。




