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婚約破棄されたら、破棄友ができた

作者: 原田 和
掲載日:2026/05/15




これは、底辺の底辺まで落ち込み、己は生きて息する価値もない無能だと思い込んでいた時に掛けられた言葉だ。


 『できん事ばっか探してどうすんのね。どうせやったら、できる事探しんさい。あんた国民的有名体操第一から幻の第三まで、通しでできるじゃろ。父ちゃんも母ちゃんも教えとらんのに。何言うとん。第三なんて幻言われとるんよ?それをあんたはできるんよ。充分自慢できる事やないの。ほいじゃあ、あんたが言う立派な事ってなんね?地球ね?地球救うんね?やったら母ちゃんいくらでも応援するけぇ、やってきんしゃい。地球は粛々と生かしてくれとるけんな、命張るんやったら地球の為に張りんさい。……え?違う?……地球救う以上に立派な事って、何ね?』


……何だろうね、母ちゃん。あるのかな、地球を救う以上の立派な事。

規模でか過ぎて、矮小な俺には考えもつかないよ。

上を見たらキリがない。下を見過ぎてもキリがない。

だったら今立っている場所で、少しずつでもできる事を増やせばいい。

けれどそれでも悩むだろう、人間だもの。思考を広げろ、地球規模で考えろ、悩みなんて元気集めた玉で吹っ飛ばそうぜ。誰かが言ってたじゃないか、頭空っぽの方が夢詰め込めるって。

偉大な母ちゃんは、きっとそう言いたかったんだ。

多分。







 「国民的有名体操第一ぃぃぃぃぃ!!――さん、はい」


拝啓、父ちゃん母ちゃん。お元気ですか。

俺は、こうして朝から第一から幻の第三まで体操できる程、元気でやってます。

悩みのるつぼにすっぽり嵌り、下ばかり向いていたあの頃と比べたら、精神的にも身体的にも今は超健康です。

名前も変わりました。今の俺の名は、カゲツ・クロガネです。カゲツが名で、クロガネが苗字です。

何カッコつけとるんね。きっと母ちゃんは、そう言ってくれるでしょう。

でも違います。ツッコミ待ちじゃないんです。本名なんです。俺も俺という記憶が蘇ってからは、違和感との闘いでした。


 「国民的有名体操第二ぃぃぃぃぃ!!――はい、いっちにー」


あんたどうしたんね。きっと母ちゃんは、そう言ってくれるでしょう。

事実だけ告げます。俺はどうやら転生したようです。前世とは世界観がまるで違います。和洋折衷な感じです。科学じゃなくて、魔法なるものが発達し、世界を動かしています。ファンタジーです。

地球かどうかも分かりません。でも、前世と似たものもあるので、もしかしたら平行世界の地球なのかもしれません。俺はその世界の片隅に生まれました。魔物、居ます。超怖いです。

でも、クロガネ家は大きな家です。領民を守るのが第一の使命なんです。魔物と戦うのが、クロガネ家の日常茶飯事です。俺も微力ながら戦ってます。前世よりは、確実に強くなっていると思います。


 「国民的有名体操第三ンンンン!!――はい、ついてこーい」


魔法あるなら、あれも夢ではないのでは。きっと父ちゃんは、そう言って胸を滾らせてくれるでしょう。

俺も、考えました。世界の少年少女を熱くさせた、誰もが一度は真似たくなるあの技。

地球出身代表として、やらせていただきました。

腰を低く落とし、構え。掌に気……いや、魔力を集め。己がツンツン金髪ヘアー、眼光鋭い緑の目となっているイメージを固めて。

結果だけ伝えます。できませんでした。主人公だから駄目だったのかなって、亀のおじいちゃんや緑の大魔王や戦闘民族な王子やツルルンやめちゃつよ宇宙生命体も試したんですが、できませんでした。

ロマンは、打ち砕かれました。しばらく起き上がれずに、草原で泣きました。


 「はい最後に大きく深呼吸ぅぅぅ!!」


また馬鹿な事やってからに。母ちゃんはそう言って、呆れるでしょうね。

父ちゃん、母ちゃん。もう会えんけど、俺は此処で元気にしとるよ。心配せんでええからね。

もしかしたら、親不孝モンって、怒っとるかもしれんけど。









……俺はカゲツ・クロガネ。突然ですが、婚約破棄されました。

相手曰くの運命の人とその周囲の方々に、衆人環視の中責められ、極悪非道な女の敵というとっても不名誉なレッテルを叩き貼られ、今に至る。

向こうは俺に、動揺し情けない姿を晒して欲しかったのだろうが、諸事情によりノーダメージ。御礼を言って軽やかに立ち去るのを我慢しただけでも、えらいと思うんだ。

因みに婚約破棄告げられたその日に、家族に全てを(したた)めた手紙を送ったから、今頃家族揃って拳を突き上げてるんじゃないかな。


 「……っっ……、やっと、深呼吸で締める事ができた……」


 「よかったね」


 「カゲツ、これで僕も健康体に仲間入りだろうか?!」


 「まだだな、体力作りしなきゃ」


此方に満面笑顔の顔面凶器を向けてくるは、レオン・グランディーノ。この国の第八王子である。

彼もまた、衆人環視の中婚約破棄された。意気消沈している姿を見ていられなかったので、体操しようぜと誘った。破棄友だ。

彼は、立てば眩暈座れば脱力歩く姿は生まれた小鹿。と揶揄されてしまう程の病弱であった。それは破棄されても仕方ないよね、なんて空気があったせいか、そこまで騒ぎにはならなかったらしいが。

けれど、婚約者をとても大事にしていた彼は、重篤かと問いたくなる程顔が白かった。


 『寄り掛かるつもりなんて、なかった。僕なりに、互いに支えられる関係になれたらいいなって、頑張ってはいたんだ……』


アカン、こいつええ奴やん。不覚にも俺が先に泣いてしまった。彼には健康で幸せになって欲しい。俺は体操を強く勧めたのだった。


 「そうですわ、レオン様。息切れせずにやり切ってこそ、健康体ですわ!そうよねカゲツ!」


 「そうですね、ローズマリー様」


 「だからどうして私には敬語なの?!距離があり過ぎましてよ??!」


 「一応女の敵ですから、俺は。一定の距離あってこそ、何もないよと言えるんです。あ、離れて離れて。ローズマリー様が醜聞にまみれたら、クロガネ一族全滅しても贖えません」


此方を睨んでくる端正な美人は、ディアナ・ローズマリー公爵令嬢。彼女もまた、破棄友である。

とはいえ、俺は誘っていない。彼女自らやってきたのだ。


 『悪魔を喚び出す儀式をしているとは、本当かしら?!』


と。国民的有名体操していただけですよと告げ、事無きを得たが、まさかあの動きが悪魔の儀式と思われていたとは。そりゃあ、誰も近付いて来ないよね。

彼女は、一方的に突き付けられた婚約破棄に納得いかず、同じ境遇の俺達なら気持ちが分かる筈と、周りが止めるのも聞かず乗り込んできた。その時にはもう、レオンは区切りをつけてたんだよね。

けども、話ぐらいなら聞くよと傾聴態勢に入ったと分かるや、彼女は溜まった鬱憤を吐き出し、思い切り泣き、そして……立ち上がった。強い。

こんな意志が強くて聡明で、素敵な御令嬢に破棄を突き付けたは誰だよ?と思ってたら、俺の元婚約者の運命の人だった。俺が謝ることじゃないけど、ごめんね。


 「それです!貴方、どうして弁解もせず受け入れましたの?!カゲツは、女の敵でもなんでもないじゃありませんか!たった数ヶ月見ていた私でも分かる事を、あのこむ、いえ、ユキメ・シロガネは!言い掛かりにも程があります!」


何を言っても、言い訳と捉えられるだろうし。ユキメに骨の髄まで抜かれた奴等に、俺の声が届くとは到底思えなかったし。破棄上等ヒャッハーだったのもあるし。あとは、


 「相手するのが面倒だったからかなぁ」


 「面倒……って、相手は一応王族でしてよ?」


 「ははっ、ディアナ嬢も一応って言っちゃってるじゃないか」


 「も、申し訳ございません、レオン様」


 「謝らなくていいよ。第八王子なんて、居ても居なくても同じようなものだし。でも、僕も納得いかないな。カゲツは優しいし、気遣いができる人だ。僕の為に、覚えやすくて動きやすい体操を考えてくれるんだから。そんな人を、極悪非道なんて……そのユキメ・シロガネ嬢は、余程見る目がないんだね」


 「そうですわ。国民的有名なんて言ってますけど、私知りませんでしたもの。流行を知っておくのは淑女の嗜みよ。カゲツは嘘が下手ですわね」


嘘じゃないよ。俺が生まれる前からあった体操よ。俺、真実しか言ってないよ。

……そう、何度も告げたのだが信じてくれない。微笑ましいものを見る目を向けられるから、もう黙って目を逸らすに留めている。


 「……ユキメは、俺のこの顔が嫌だったんじゃないかな。この通り、傷だらけだしね」


戦いが日常茶飯事なものだから、当然無傷とはいかない。

魔物に命乞いは通用しないし、常に本気で命獲りに来る。こっちも本気で戦わないと、生き抜けない訳で。俺の顔には、大きな傷跡があった。それを、ユキメが厭っていたのを知っている。


 「でも、俺は誇りに思ってるんだ。ドジ踏んだけど、領民は守れたからさ。家族もそう言ってくれてる」


 「……うん、僕もそう思う。君は勇気ある戦士だ」


 「ええ、私も。心からそう思います」


優しいぜ破棄友。いい友達できて嬉しい。

もう自由だし、思い切り学園生活楽しもう。










 『死んじゃうんだよね』


 『え?』


 『だから、アンタは三年後に死ぬの。ここから東の方でスタンピードが起こるのよ。アンタだけじゃない、私を残して、みーんな死んじゃうの』


 『そんな、ウソだよ。なんで、ユキメは分かるの?』


ユキメは、不安そうに眉を下げるカゲツを覗き込み、笑った。相手を見下すような、嫌な笑い方だ。


 『私は選ばれた主人公だもん。この先何が起こるか、絶対分かる。私には記憶があるの、シナリオもばっちり!だから、カゲツは絶対死ぬ。アンタと私の家族も』


 『じゃ、じゃあみんなに教えなきゃっ!今から間引きしたら、誰も死なないっ……っっ、』


カゲツは思い切り、殴られた。耐えられず、尻もちをつく。痛む頭を押さえ、見上げたユキメの顔は怒りで歪んでいた。そのまま腹を蹴られ、蹲る。


 『アンタ馬鹿なの?そんな事したら狂うじゃない。アンタに教えたのは、便利に使えそうだからよ。弱っちいし。シナリオ通りにならないと、私は王子様と結婚できないの。だから私の幸せの為に力を貸してよ。できるでしょ?可愛い私が大好きだもんね。これから死ぬまで三年間、私の為に動いてね。そうしたら、デートぐらいはしてあげる。ね?カゲツ』


ユキメ・シロガネは、大人の前では可愛い子供だった。明るく素直で、少しお転婆な子。

幼い婚約者同士、仲良く歩く二人の姿は微笑ましく映っていた。

傍目には。

カゲツと二人だけの時は、ユキメは本性を露わにし、まるで奴隷のように扱った。罵倒は当たり前。機嫌が悪いと、殴る蹴る。カゲツは大人しく気が弱かった事もあり、強くは出れずされるがまま。

しかし、カゲツは誰よりも優しい子であった。

ユキメに口止めされていたが、このまま何もしないのは見捨てると同じ。意を決し、一人で夜な夜な間引きをしていた。

まだ子供、無謀な試みだ。魔物に囲まれ怪我を負い、立ち上がれない程震えた日もあった。けれどカゲツはやめなかった。両親と、上二人の兄を見ていたからだ。領民を守る事が、クロガネ家の使命。気が弱くとも、カゲツもクロガネ家の一員だった。

幸いというか、ユキメはカゲツが怪我をしようが何しようが、気にも留めておらず訊きもしなかった。見舞いも、親に言われたから仕方なくという態度。その頃にはもう、ユキメへの想いは一欠片も残ってはおらず、早く良くなってねと手を握られても、なんとも思わなくなっていた。

そして、決定的となったのは。

とある日、ユキメが一人で動いている事を不審に思ったカゲツは、後をつけた。彼女は大体自分で動かず、カゲツを使う。それをしない姿は、充分不審であった。

彼女は地下室で何かしていた。魔物が溢れた時の為の、領民の避難場所だ。街のあちこちに設置されている。


 『これでよし……。少しは快適になったんじゃない?』


ユキメが戻ったのを確認し、カゲツは地下室に潜り込んだ。

……薄暗いそこにあったのは、寝具や携帯食、野営に使う魔道具。それに数冊の本。避難する事態になった時の準備かと思ったが、違う。ここにあるのは、一人分だ。そして、内側に付けられた鍵。

ユキメは、スタンピードが起こった時、此処に隠れる気なのだ。一人で。

自分一人が、一人だけが、助かる為に。









……あの時の、凄まじい嫌悪感と怒りといったらなかったね。それで、俺という記憶が出てきちゃったんだけども。混乱したけど、いい事もあった。

以前の俺にとっては、ユキメは言動がよく分からない気味の悪い子だった。記憶出てきたら、同じ転生者でクソやべー奴に変わったからね。即行で俺の家族に暴露してやりましたよ。スタンピードの件も。

最近の俺の行動を不審に思い、ずっと気に掛けていた家族は信じてくれた。後から知ったが、兄二人は心配で夜な夜な付けていたらしい。未熟な俺が無事だったのは、兄達の御蔭だったのだ。

それから、クロガネ家総出で全力間引きが続けられた。勿論俺も参加。間引き間引き、ロマン木っ端微塵、間引き間引き間引き。……と忙しく頑張った甲斐あり、スタンピードは起きなかった。

ユキメは動揺、そして困惑。俺が暴露したとやっと気付き、呼び出され胸倉掴まれ、


 『アンタ親に言いやがったな?!途中退場のモブがそんなに生き残りたいかよ!意地汚ねぇ役立たずが!!』


……ええ、百年の恋も冷めるってもんです。いや、恋すらしてなかったけど。

ユキメは、同じ転生者で完全独り善がりの最低下劣クソやべー奴だった。もう関わりたくないから超、距離を取った。そして父は、いつでも婚約破棄できるよう準備をしてくれていた。

すぐに動かなかったのは、ユキメとシロガネ側の情報を把握する為。また似たような事起こるなら、止めなきゃならない。起こったのは、盛大な婚約破棄だったんだけども。


 「聞いているのか貴様?!」


俺は今、絡まれています。

正面には、アレックス殿下とその仲間達。殿下に親しげに寄り添うは、ユキメ・シロガネ。


 「未練がましい男め!温情を与え、学園には残れるようにしてやったというのに、まだ付き纏っているそうじゃないか!!」


 「あら、それは無理ですわ。カゲツはずっと私達と過ごしておりますもの。お疑いなら、皆様に聞いて下さいませ。私達すっかり仲良くなりまして、時間が許す限り如何に日々健やかに過ごせるかを議論しておりますのよ」


何の話?


 「き、貴様は性懲りもなくユキメに復縁を迫り、あろう事かユキメを殴った!!」


 「無理だと思うよ。カゲツは女の敵と言い掛かり付けられる前から、異性と距離を置いていたし。自分の顔の傷で相手を不快にしないようにという、カゲツのとても切なくも優しい行動だ。殴られた割には、どこも怪我をしていないようだけど?」


何の話?


 「……とぼけてもっっ、無駄だ!!その諍いを見た者が居るのだ!」


 「幻覚じゃありません?」


 「幻聴もあるよね?」


何の話?


 「う、うるさいぞ!!黙らんかっっカゲツ・クロガネ!!」


俺、一言も発してないんだぜ。これが王族の理不尽か。

まぁそんな事より。 

ユキメは、相当俺が鬱陶しかったと見える。よく見なよ殿下。そいつ、悪い顔で嗤ってるよ?

国民的有名体操やってるから、俺も転生者って気付いただろうし。なんか仕掛けてくるかもなぁとは思ってたけど。


 「どんなに言い訳しても無駄だ!!これが動かぬ証拠!貴様私が目障りだと、暗殺計画を目論んでいたようだな!!だが私を愛するユキメが危険を顧みず取るなぁぁぁぁ!!?」


レオンとディアナが、目にも止まらぬ速さで殿下が掲げていたモノを奪い取った。

体操続けた甲斐あって、あんなに動けるようになりました。もうレオンを、生まれたての小鹿と揶揄する者は居ないだろう。


 「カゲツ、こんな物作る人物の心当たりはあるかい?」


見せられたのは、クロガネ家っぽい判が押された暗殺依頼の手紙。俺の字ですらないな。


 「……偽物を作るなら作るで、似せる努力をしなさいな。まさかとは思いますが、こんなお粗末な物でクロガネ家を糾弾するおつもりだったのですか?」


俺もクロガネ家も潰そうって魂胆か。それか、弱体化させてシロガネ家の子飼いにするつもりか。

これでアンタは一生私の奴隷!……って、喜々と告げに来るユキメが想像できる。

それより、殿下とその仲間達が震えている。俺からは見えないが、二人は今どんな形相をしているのだろう。怖いなら、もう負けなよ。負けって言いなよ。そっちのが清々しいよ。


 「これ、違いますよ」


 「は……はっ!い、言い逃れが、できるとでも?!!」


 「いやコレ、クロガネの家紋に見えますけど違います。ウチ、偽物対策で判に魔力帯びさせてるんですけど、反応が無いし。完全なでっち上げですね」


後ろめたい事は何一つ無い。そっちがその気なら、堂々としてやるわ。


 「クロガネの家紋を真似られるとしたら、シロガネだけです。似てるから。あと、暗殺者になど頼みません。我が家の家訓、『やるなら全て己が手で』なので」


 「なんだと?」


 「ご存じありませんか殿下。我がクロガネ一族は、全員揃ってガチハンター気質でして。獲物はこの手で、速やかに確実に仕留めます」


父と兄二人の腕には及ばないが、俺とてハンターよ。俺は殿下に笑顔を向ける。

目を逸らされた。

殿下の事はなんとも思ってないし、あんな裏表の振り幅激しいのをもらってくれた感謝しかない。でもなぁ……。


 「殿下。此方はもう、破棄を受け入れているんです。とうに、終わった事としているんです」


 「それが、なんっ……」


 「終わったんです。クロガネ家は、これで終わりにしてやる、と言っているんです」


この殿下も、ユキメも分かっていないようだが。辺境で魔物防衛をしっかりしているから、此処は平和なんだ。ユキメは自分には必要ないとばかりに、魔物退治そっちのけで何もしてなかったんだよ。全部俺に丸投げして、本当に何も。

まぁ、つまりだ。


 「これ以上の言い掛かりでクロガネ家を侮辱するというのなら、防衛から手を引きます」


 「……、…え、あ」


俺の言い方に顔を赤くさせていた殿下、ようやく気付いて青くなった。怪訝な顔になっているユキメを指す。


 「シロガネの助力は期待しないように。あんな偽物でクロガネを陥れようとしたんです、しっかり制裁しますんで。あ、口出しはしないで下さいね?これはあくまでも、クロガネとシロガネの問題なので」


俺は昨日届いた父からの手紙を、殿下の目の前に広げる。

ざっくり言えば、我が子を辱めた馬鹿王子がこれ以上馬鹿するなら、此方のやり方で潰シテヤンヨ。……という内容である。荒れた文字と滲んだ墨が、父の怒りが凄まじいものだと伝えている。

今生の父、とても家族思いなのよ。同じ内容のものが、殿下の御家族にも届いている筈だ。俺は全く見る目が無い殿下に、笑顔を向けた。今度は逸らされなかった。


 「彼女は運命の人なのですよね。クロガネ家一同、二人がいつまでも仲睦まじく、幸せである事を願っております」


 「っっ、」


殿下は赤くなり青くなり白くなり、と忙しなく顔色を変えている。器用だな、王族って。ユキメは、俺に何も御咎めがないと分かるや、歪んだ顔で睨みつけてきおった。

うん、反省なんかしないよね。ユキメはこの世界に選ばれた主人公だもんな、知ってた。御蔭で思い切りやれそうだよ。




俺は即行で実家に帰り、即行総出でシロガネ家を潰した。

ユキメ?知りませんよそんな奴。まともに相手するだけ時間の無駄ってもんです。











……レオンとディアナは、いつもの中庭でカゲツを待っていた。東屋のベンチに並んで座り、他愛ない話で時間を潰す。この麗しい二人の共通の話題といったら、カゲツ・クロガネである。


 「ねぇ、ディアナ嬢。君がカゲツに近付いたのは、監視の為だよね」


 「レオン様こそ。殿下の愚行の尻拭いを、命じられたのではないですか?」


 「まぁね。僕は八番目の役立たずだから。尻拭いというか、身代わりだね」


 「私は御機嫌取りです。何としてでも落とせ、と。知ってはいましたけど、酷い父親ですわ」


ディアナの言葉に、レオンは柔らかく笑う。


 「でも、最高の友人ができたよ」


 「ええ、毎日が楽しいですわ」


辺境の地。魔物の巣窟であるその地にて、戦闘に秀でた一族あり。その名はクロガネ一族。

グランディーノが発展し、何物にも脅かされる事なく平和なのは、その一族が戦い守り続けている御蔭なのだ。

……と、一番最初に教えられるので、レオンもディアナも、カゲツの存在は認識していた。

どんな豪傑かと思っていたが、至って普通の少年で、静かで目立ちもしなかった。分家筋であるユキメ・シロガネが、悪目立ちしていたせいかもしれない。

ただ何も言わずとも、彼の佇まいや傷跡から、如何に過酷かが伝わってくる。それを、厭い貶すなど以ての外。しかし、王太子殿下とその仲間達がやらかした。悪夢である。しかも唆したのは、分家筋のシロガネ。益々の悪夢である。


 「聞いた話だけど、国王の体の震え、未だ止まらないそうだよ」


 「私も聞いた話ですけど、運命で結ばれたあのお二人、もうギクシャクしているそうですわ」


 「あぁ、周りに当たり散らしてるんだっけ。まさか全く分かってなかったなんて」


 「おめでたい方。一生飼い殺しになるというのに」


二人がいつまでも、幸せである事を願う。カゲツはそう言った。

それはつまり、最後まで王家で面倒見ろ、別れる事も投げ出す事も許さない、という意味だ。

クロガネに睨まれた以上、アレックスもユキメも王家にとって厄介者。これから少しずつ奪われ、表に出る事無く、必要最低限の世話のみで生きる事になるのだろう。

正に飼い殺し。あの二人はどこまで耐えられるだろうか。レオンは笑った。


 「うわ、レオンが悪い顔してる……」


 「カゲツ!戻ったんだ、お帰り!」


 「お帰りなさいませ、カゲツ!無事で何よりですわ。でも、予定より遅くありませんこと?」


シロガネのてんやわんやで、一時帰っていたカゲツ。聞いていた日に戻って来ず、嫌気が差してしまったのではと心配していた二人は、内心胸を撫で下ろした。


 「…うん。色々領地飛び回ってて……。これ、あげる」


 「あら、宝玉?」


 「綺麗なコハク色だね。どうしたの?」


 「……魔物から出てきた。珍しいらしいから、あげる」


二人は、手の中の宝玉を凝視した。慣れているクロガネも珍しいと言うのだから、恐らく希少だ。

それをあっさり渡してくるカゲツは、一体何を考えているのか。当の本人は、何処か疲れているように見える。


 「カゲツ?」


 「……七つ集めたんだ。両親と兄二人と、レオンとディアナと俺。……何も、起こらなかったよ」


レオンとディアナは揃って目を輝かせた。

カゲツは宝玉を見付け、家族に、そして大事な人に贈ろうと走り回ってくれたのだ。自分達が、カゲツの中で大事枠に入っているという事実に、喜びが沸き上がる。


 「ありがとうカゲツ!大事にする、毎日磨くから!」


 「…うん」


 「今まで貰った中で、一番嬉しいですわ!宝物にします!」


 「うん…」





嬉しそうにする破棄友。これだけ喜んでくれたのなら、いいじゃない。

似てるから、喚べるんじゃないかってテンション上がって、ついつい七つ集めてしまった。

……拝啓、父ちゃん母ちゃん。お元気ですか。

やっぱりこの世界、ロマンは無いようです。







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