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3話 ギルドに来たよ。

 冒険者ギルド。それは異世界ファンタジーにおける定番中の定番であり、俺のような「放り出された身」が合法的かつ迅速に路銀を稼ぐための唯一の窓口だ。石造りの重厚な建物の扉を押し開けると、そこには熱気と、安酒と、乾燥したハーブが混じったような独特の匂いが立ち込めていた。剥き出しの太いはりの下、屈強な男たちや、身の丈ほどもある杖を携えた女たちが、掲示板に群がったり、円卓で談笑したりしている。


(……よし、気圧されるな。俺には『!』がある)


 俺は腰の木刀をさりげなく、しかし確実に意識しながら受付へと歩を進めた。受付には、いかにも仕事が出来そうな、怜悧な顔立ちの女性が座っていた。


 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 「あの、冒険者の登録をお願いしたいんですが」


 俺がそう言うと、彼女は一瞬、俺の顔と、次に俺の「服装」をじろりと眺めた。仕立屋で新調したとはいえ、ただの少年の姿に見えたのだろう。


 「登録ですね。手数料は銀貨2枚になりますが、お持ちですか?」


 銀貨2枚。仕立屋の店主が「お釣り」として持たせてくれた袋の中には、まだ数枚の銀貨が残っている。俺は無言でそれを差し出した。


 「確認いたしました。では、こちらの『ステータス水晶』に手をかざしてください。ギルドカード作成のために、あなたの適性と現在の能力を測定します。」


 彼女がカウンターの下から取り出したのは、城で見たものよりは二回りほど小さい、淡く濁った水晶玉だった。


 「これに触れればいいんですか?」

 「はい。集中する必要はありません。ただ、ありのままの自分を投影するつもりで」


 (ありのまま、か……)


 城では「光りもしなかった」代物だ。だが今の俺には、階乗によって上書きされた数値がある。下手に目立ちすぎるのも考えものだが、登録できないことには始まらない。俺は意を決して、ひんやりとした水晶に右手を置いた。


 ブワッ、と微かな振動が伝わる。水晶の内部で、青い光の粒子が砂時計のように舞い、やがて一定のパターンを描き出した。受付の女性は、手元の魔導書に浮かび上がる数値を読み取ろうとして——ぴたりと、動きを止めた。


 「……え?」


 彼女は眼鏡のブリッジを押し上げ、食い入るように水晶を見つめる。


 「あの、何か問題でも……?」

 「いえ……問題というか。……失礼ですが、田中様。あなたはどちらかの貴族のご子爵、あるいは、どこかの秘境で賢者にでも育てられた『箱入り』の方ですか?」


 突拍子もない質問に、俺は面食らった。


 「いえ、ごく普通の……あー、放浪者ですけど。」

 「おかしいですね。まず、あなたの技能スキル欄ですが……。炎、水、風、土、光、闇、生活魔法……果ては剣術、体術に至るまで、確認できる全項目において、数値が『1』を下回っていない。これは、極めて稀なケースです。」


 彼女は困惑したように続けた。


 「通常、人間には『向き不向き』というものが残酷なほど明確に存在します。魔法のセンスが皆無な戦士なら、魔法技能は『0』。逆に、剣を握ったこともない魔術師なら、剣術は『0』なのが普通です。」

 「『0』だと、どうなるんですか?」

 「『0』は、その分野における『才能の欠如』を意味します。どれだけ努力を積み重ねても、決して技能が伸びることはありません。一生、火を灯すことすら叶わない。それがこの世界の理です。なのに、あなたは全ての項目において、最低限の『センス』を有している……」


 (なるほど。0の階乗は1。俺が遊び半分で全部に『!』を付与したせいで、俺は全属性に適性を持つ『万能の天才(見習い)』になってしまったわけか)


 だが、彼女の困惑はそれだけでは終わらなかった。


 「……そして、さらに不可解なのが、あなたの『レベル』です。」


 彼女は周囲に聞こえないよう、少し声を潜めて言った。


 「失礼ながら、田中様は現在15歳程度とお見受けします。この年齢まで生きていれば、日常生活の中での経験……例えば、重い荷物を運ぶ、簡単な狩りをする、あるいは移動中の危機を乗り越えるなどで、普通はレベル10から20程度には上がっているものです。なのに、あなたは……。」

 「……1、ですか?」

 「はい。寸分狂わず、清々しいほどに『1』です。それこそ、今日この瞬間に産み落とされた赤子か、あるいは一切の労働を禁じられ、地面をほぼ歩くこともなく、指一本動かさずに守られてきた超弩級の『箱入り』でもなければ有り得ない数値です。」


 周囲の冒険者たちが、聞き耳を立ててクスクスと笑い始めた。


 「おい、聞いたか? 16歳でレベル1だってよ。」

 「よっぽどの甘やかされ坊ちゃんか、あるいは才能以前に『やる気』が0なんだな。」

 「全技能1ってのも、器用貧乏の典型じゃねえか。何一つ極められないゴミカスだな。」


 嘲笑の混じった視線が刺さる。城で浴びせられた蔑みと似ているが、今の俺にはそれを受け流すだけの余裕があった。彼らの「常識」という物差しでは、俺の異常性は測れないのだ。


 「……まあ、規約違反ではありませんから、登録は進めさせていただきます。ですが田中様、忠告です。レベル1というのは、この街の外に出れば、最弱の魔物であるスライムにすら殺されかねない数字だということを忘れないでください。」


 彼女は事務的な手つきで、一枚の銀色のプレート、ギルドカードを俺に差し出した。


 「これがあなたのカードです。再発行には金貨が必要ですので、紛失しないように」


【ギルドカード】


名前: 田中大河

種族: 人族

レベル: 1

職業: 無職

技能:

 炎魔法:1 水魔法:1 光魔法:1 風魔法:1

 神聖魔法:1 空間魔法:1 生活魔法:1

 剣術:1 弓術:1 矛術:1 槍術:1 体術:1


 (ふん、見事なまでの弱キャラ設定だな)


 俺はカードを懐にしまい、ギルドの掲示板へと向かった。早く実績を作って、この「レベル1」という皮肉な評価を実力で上書きしてやりたかった。


 掲示板には、多くの依頼書が貼られていた。「薬草の採取」「溝掃除」「家畜の捜索」。どれもこれも、新人向けの地味なものばかりだ。その中で、俺はある一枚の依頼に目を留めた。


 『【緊急】狂暴化した森林狼ウルフの討伐。街の北西、街道付近に出没。推奨レベル:60以上。』


 レベル40以上。今の俺からすれば、本来なら自殺志願者が受けるような依頼だ。だが、俺は確信していた。腰に下げた、攻撃力「5040」の木刀があれば、レベルなんて数字はただの飾りに過ぎないということを。


 「おいおい、坊ちゃん。そいつは死にたい奴が取る札だぜ?」


 後ろから声をかけてきたのは、先ほど俺を笑っていた冒険者の一人だった。脂ぎった顔に、大きな戦斧を背負っている。


 「悪いことは言わねえ。大人しくお家へ帰って、ママのミルクでも飲んでな。レベル1の『万能くん』には、溝掃除がお似合いだ。」

 「アドバイスありがとうございます。でも、自分の身は自分で守れますから。」


 俺は冷たく言い放ち、その依頼書を引き剥がした。受付に戻り、先ほどの女性に札を差し出す。


 「この依頼、受けます。」

 「……正気ですか? 森林狼は、プロの冒険者でも油断すれば命を落とします。レベル1のあなたが受けるなど、自害と同義です。」

 「ルール上、受注を拒否する権利はギルドにはないはずですよね?」


 彼女は深く、深く溜息をついた。その目は「また一人、無謀な若者が死ぬのか」という諦念に満ちている。


 「……分かりました。受理します。ただし、ギルドは一切の責任を負いません。死体も回収されない可能性があることを覚悟してください。」

 「承知しました。」


 俺は背を向け、ギルドの重い扉を再び開けた。背後で「死に急ぎ野郎が」「明日の朝には胃袋の中だな」という嘲笑が聞こえたが、俺は口角を吊り上げるのを堪えられなかった。


(面白い……。レベル1の無職が、推奨レベル10の魔物を一撃で粉砕したら、一体どんな顔をするんだろうな)


 街の外へと続く門を潜る。太陽が西に傾き始め、街道の影が長く伸びていた。


 俺は歩きながら、改めて自分のステータスを脳内で展開する。そして、ふと思いついた。


 (レベル……今は「1」。1の階乗は1。だから何も変わらない。でも、もしこれを『2』に上げることができたら?)


 2! は 2。

 3! は 6。

 4! は 24。

 5! は 120。

 10! は……3,628,800。


 「!」の力は、数字が大きくなればなるほど、この世界の理を根底から破壊する「暴力」へと変貌する。


「まずは、一匹。実験台になってもらおうか」


 俺は木刀の柄を強く握り締め、森の奥から漂う、獣の匂いの方へと足を踏み出した。

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