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2話 木刀は鉄剣より強し。

 城門を背に、俺は自らの手のひらを見つめていた。指先に灯った小さな火種。それは、この不条理な世界で俺が手にした唯一の反撃の狼煙だった。


 「ふぅ……。」


 一つ息を吐いて火を消す。まずは落ち着こう。ステータスボードをもう一度開き、現状を整理する。俺のスキル『「!」付与』は、単なる記号の追加ではない。数学的定義に基づいた「階乗ファクトリアル」による数値の爆発的強化だ。


 今の俺は魔法技能がすべて「1」になった状態。だが、依然として装備も金もない。このまま街道に立ち尽くしていても、腹が減って野垂れ死ぬか、魔物の餌食になるのがオチだ。


 「まずは……街に入って状況確認だ。情報を集めないと。」


 俺は重い足取りで、城下町へと向かった。城壁に囲まれた街の中は、活気に満ちている。石畳の道、行き交う馬車、露店から漂う香ばしい肉の焼ける匂い。本来なら心を躍らせる光景だが、歩き始めてすぐに俺はある違和感に気づいた。


 「おい、見ろよあの格好……。」

 「妙な服だな。どこの国の人間だ?」


 通り過ぎる人々が、一様に俺を凝視してくる。原因は明白だ。俺が着ているのは、日本の高校の制服。紺色のブレザーにスラックスという出で立ちだ。この中世ヨーロッパ風の世界において、化学繊維で作られたカッチリとした縫製の服は、あまりにも「異質」すぎた。


 (……目立ちすぎるな。これじゃあ情報収集どころか、衛兵に不審者扱いされかねない)


 俺は身を隠すように路地裏を抜け、一軒の古びた仕立屋の暖簾をくぐった。店の中は、埃っぽい布の匂いに満ちていた。カウンターの奥から、眼鏡をかけた初老の店主が顔を出す。


 「いらっしゃい……おや、見ない服だな。旅の者か?」

 「ええ、まあ。この服を売って、ここで適当な活動しやすい服を見繕ってもらいたいんですが。」


 店主は俺のブレザーの生地を指先でつまみ、目を丸くさせた。


 「ほう……。見たこともないほど細かく、均一な織りだ。丈夫そうでいて、肌触りもいい。魔法の糸でも使っているのか?」

 「……希少なものだとは思います。」


 適当に合わせる。店主は鑑定の単眼鏡を取り出し、熱心に調べ始めた。その隙に、俺も自分のスキルで店内の商品を「鑑定」してみる。


【名称】 一般的な旅人のズボン

【防御力】 5


【名称】 丈夫な綿のシャツ

【防御力】 5


【名称】 革のジャケット

【防御力】 5


 どれもこれも、数値は「5」。この世界の一般人の装備なんて、そんなものなのだろう。店主が顔を上げた。


 「……驚いたよ。この服、かなりの価値がある。あんたが望むなら、店にある最高のセットと、護身用の武器まで付けても釣りが出るくらいだ。」

 「武器も? 助かります。」


 俺は店主に勧められるまま、ズボン、シャツ、ジャケット、そして新しい靴下に着替えた。制服は店主に引き渡す。鏡を見ると、そこには「どこにでもいる村人A」のような格好の俺が映っていた。これで目立つことはない。


 だが、このままでは防御力が心許ない。俺はこっそりと、新しく手に入れた装備のステータスを脳内で展開した。


 (ズボン、シャツ、ジャケット、靴下。すべて防御力は『5』か……)


 数学教師、佐藤の声が脳裏に響く。


 『例えば 5! なら 120 になる。ただのビックリマークだと甘く見るなよ!』


 (「!」を付与!)


 ピコン、ピコン、ピコン、ピコン。


 4つの装備の数値に、次々と「!」が刻まれていく。


【防御力】 5! (120)


 一瞬、服の繊維がキチキチと鳴り、目に見えない膜が全身を覆ったような感覚に襲われた。見た目はただの布と革だが、今のこれは並の鉄鎧を凌駕する硬度を持っているはずだ。


 「よし……。あとは武器か。」


 店主がカウンターの下から、一本の棒を取り出した。


 「服の代金としては、これくらいしか出せんがね。腕の良い職人が打った、硬い樫の木の木刀だ。下手な鈍器よりは軽いし役に立つ。」


 俺はそれを受け取り、「鑑定」する。


【名称】 樫の木刀

【攻撃力】 7


 「攻撃力、7か……。」


 悪くない。だが、これから待ち受ける未知の脅威を考えれば、もっと力が必要だ。俺は店主に背を向け、木刀のステータスに念じた。


(「!」を付与!)


ピコン。


【攻撃力】 7! (5040)


 木刀を握る手に、凄まじい質量と「芯」の強さを感じた。見た目は木だが、振れば空間を断ち切らんばかりの風切り音が鳴る。


 「……あんた、いい目になったな。その木刀、大事にしてやってくれ。」

 「ありがとうございます。助かりました。」


 俺は店を後にした。街のメインストリートを歩いていると、武器の露店が目に入った。屈強な戦士たちが足を止め、並べられた鉄の剣を吟味している。


 「おい、こっちのロングソードは攻撃力が『1200』超えだぜ! さすが業物だな」

 「こっちは『1300』か! これ一本あれば、森の魔物も一撃だろうな」


 男たちの会話が耳に入る。俺は興味本位で、その一番高い「攻撃力1300」の鉄剣を鑑定してみた。


【名称】 鋼鉄の直剣

【品質】 上級

【攻撃力】 1300


 なるほど、この世界の「強い武器」の基準はそのあたりなのか。確かに、先ほどまでの俺なら、1300という数値に圧倒されていただろう。


 だが、俺は腰に差した「木刀」をそっと撫でる。


【名称】 樫の木刀

【攻撃力】 7! (5040)


「……木刀なのに、鉄剣の4倍近い強さになっちゃったな。」


 ふっ、と自嘲気味な笑みが漏れる。王城で「ゴミ」だと捨てられたスキルが、この世界の常識を軽々と蹂躙している。あの王様や、俺を見捨てたクラスメートたちがこれを知ったら、一体どんな顔をするだろうか。


 俺は賑わう通りを真っ直ぐ進む。目的地は、冒険者ギルドだ。この世界で生き抜くために。そして、いつか俺を「無能」と呼んだ連中を、この圧倒的な「!」の力で驚かせてやるために。

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