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第5話 「血まみれクッキング、ママじゃん!?」



 翌日。


 全身バキバキの筋肉痛の俺は、ベッドの上で天井を見つめていた。


「……タイヤ引きずってロープで引っ張られて鉄アレイ見せられて……あれ体育じゃなくて拷問だよな」


 昨日の校舎裏“守る特訓”のダメージが、まだじわじわ残っている。

 腕をちょっと上げるだけで、ぷるぷる震える。


 そのとき、スマホが震えた。


 差出人:二人口こはね。


『今日、うち来る? リカバリーごはん作るよ。

 ママじゃん特訓・食事編だよ』


「特訓、続編あったのか……」


 体は悲鳴を上げてるのに、なぜか指は「行く」って打ってた。


◆ ◆ ◆


■ こはねの家、初訪問


 玄関のチャイムを押すと、中からドタドタと足音が近づいてきた。


「ケンタくん、いらっしゃい!」


 勢いよく扉が開いて、エプロン姿のこはねが現れた。


 胸元には、でかでかと「ママじゃん♡」の文字。


「そのエプロン、主張強いな」

「これ着ると、守る力が120%になるんだよ」

「数値化されてるの怖いな」


 靴を脱いで上がると、ふわっといい匂いがする。

 台所のほうから、フライパンの音も聞こえた。


「今日はね、ケンタくんの“守られ体質”をサポートするスタミナごはん作るよ」

「まだその単語、納得できてないんだけどな」


◆ ◆ ◆


■ キッチン、並んで立つ二人


「まずはハンバーグだよ。いっしょに作ろ」


 こはねがキッチンに案内してくる。


 テーブルの上には、材料がずらっと並んでいた。


・ひき肉

・たまねぎ

・パン粉

・卵

・牛乳

・トマトケチャップ(異様にでかい業務用ボトル)


「ケチャップだけサイズおかしくない?」

「ママじゃんにとって、ケチャップは酸素みたいなものだからね」

「重要度、高すぎない?」


 まな板の前に立つと、こはねが俺の手を後ろからそっと包んだ。


「ケンタくん、包丁こうやって持つと切りやすいよ」

「近い近い。息当たってる」


「細かく刻むときはね、トントントンってリズムでいくと、ちょっと楽しいよ」

「楽しいって言いながら、たまねぎが目に刺さってくるんだよな……」


 たまねぎを刻むたびに、目がしみて涙が出る。


「うわ、涙止まらん」

「はい、ママじゃんハンカチ」

「ママじゃんって名乗り方、すぐ出てくるな」


 渡されたハンカチにも、端っこに小さく「ママじゃん」と刺繍されていた。


「グッズ展開までしてるのか……」


◆ ◆ ◆


■ 事件の引き金は、ケチャップのフタ


 タネをこねて、丸めて、フライパンに並べる。


「よし、焼けてきたらソース作るよ」

「本格的だな」

「ケチャップとソースと、ちょっとだけ赤ワイン入れるやつだよ。大人っぽいハンバーグになるよ」


 こはねが、業務用ケチャップボトルを持ち上げた。


「これ、フタ固いんだよね」


 ぐいぐい、ねじる。


 ぐいぐい、ねじる。


「開かないね……」


「貸してみ? ちょっとだけ力入れて――」


 俺がボトルを持った瞬間、


ベキィッ。


 嫌な音がした。


「……今の、平和な音じゃなかったな?」


 次の瞬間。


 ボシュウウウッ!! 


 ケチャップのボトルが、底から派手に裂けた。


 真っ赤な液体が、ロケット噴射みたいに吹き出して――

 天井、壁、床、俺、こはね、一気に赤で染まった。


「ぎゃあああああ!!」

「ぎゃあああああ!!」


 悲鳴二重奏。


 白い壁に、べったりと飛び散る赤い飛沫。

 冷蔵庫にも、電子レンジにも、シンクにも。

 足元には、べちゃっとケチャップの水たまり。


「これ、見た目だけなら完全に事件現場だよ」

「ニュースになりそうなレベルだよ……」


 ケチャップが前髪からぽたぽた落ちる。


「ケンタくん、前から見るとホラー映画だよ」

「こはねも、エプロンのハートマークが余計に怖いぞ」


◆ ◆ ◆


■ ケチャップ滑り台 × マッチョ発動


「とりあえず、タオル……タオル取ってくるよ!」


 シンクの下に手を伸ばそうとして、一歩踏み出した瞬間。


 ツルッ。


「うおっ!」


 足元のケチャップで、きれいに滑った。


 世界がスローモーションになる。


(床に顔から突っ込んだら、今度こそほんとの流血コースじゃないか?)


「ケンタくん!」


 こはねが素早く腕をつかむ。

 そのまま引き寄せて、ぐっと支えてくれた。


 目の前、こはねの顔。

 距離、ゼロに近い。


「ケンタくん、倒れたら危ないよ……

 こんなに赤いの、全部ほんとに見えてきたら、やだよ……」


 こはねの手に、ぎゅっと力が入る。


 そして――


「……胸の奥が、ぎゅーってしてきた……

 なんか、筋肉も、うずうずしてきた……」


 嫌な予感しかしない。


「落ち着け、深呼吸しような。はい、すー、はー……」


「マァァァァァァァマーーーじゃぁぁぁぁぁん!!」


 叫んだ瞬間、こはねの肩がぐん、と膨らんだ。


 エプロンの紐がギチギチ軋む。

 袖がパツンと張り裂ける。


「やっぱり来たか、マッチョモード……!」


 こはねの腕が、さっきの倍くらい太くなっていく。

 ケチャップまみれの筋肉が、ライトを反射して妙にテカっている。


「ここはキッチンだからね。

 家庭とケンタくんは、ママじゃんが全力で守るよ」


「なんか、守る対象に俺入ってて少しうれしいけど、見た目が完全にボスキャラなんだよな」


◆ ◆ ◆


■ マッチョママじゃん、掃除もフルパワー


「まずは、転ばないように安全確保だよ!」


 こはね(超マッチョ)は、俺を片手でひょいっと持ち上げる。


「ちょっと、また持ち上げた!?」

「足元汚れてると危ないからね」


 そのまま、軽々と抱えられたまま、テーブルの上に移動させられる。


「テーブルが避難所になった……」


「じゃあケンタくんは、上から指示係ね。ママじゃん、実働部隊やるから」


 こはねは、モップを片手で持ち上げた。

 柄が、筋肉に負けてミシミシいってる。


「よし、フルスイング!」


 ブンッ。


 一振りで、床のケチャップが、きれいに一方向へ寄せられた。


「モップの動きがホームランなんだよな……」

「見てケンタくん。床がどんどん安全になっていくよ。ママじゃん、えらい?」

「えらい。えらいけど、モップの寿命が心配だよ」


 次は壁だ。


「壁はね、こうやって――」


 腕立て伏せの要領で壁に手をつき、そのままシュッシュッと雑巾がけ。

 1秒間に何往復してるのかわからないスピード。


「人力高圧洗浄機だ……」


 数分後。


 床も壁も、ほぼ元通り。

 なのに、こはねのエプロンと俺の服だけは、ケチャップまみれのまま。


「掃除はできたけど、俺たちは救われてないな」

「これはね、ママじゃん勲章だから。このままハンバーグ食べよ」

「その状態で食べるの? 食欲試されるな」


◆ ◆ ◆


■ ハンバーグは、ちゃんとおいしい


 フライパンでは、ハンバーグがいい感じに焼けていた。


「ソースはね……えっと、さっきのケチャップの生き残りを……」


「生き残りって言い方やめよ?」


 なんとか半分残っていたケチャップを救出し、

 ソースと赤ワインと混ぜて、いい匂いのソースが完成した。


「はい、ケンタくんの分。特別に、ケチャップ文字つけてあげるね」


 こはねは、俺のハンバーグの上にケチャップをかけて、文字を書き始めた。


「……“守”って書くのやめない?」

「じゃあ、“守守守”にする?」

「増やさないでいいから!」


 結局、ハートマークでごまかされた。


 一口食べる。


「……うわ、うまいな」

「ふふん。ママじゃんの料理だよ」


「筋肉モードの迫力を知らなかったら、もっと素直に褒められるのにな」


 それでも、手作りのあったかいごはんが、全身の筋肉痛にしみる気がした。


◆ ◆ ◆


■ 写真立てと、「いつか話す」の約束


 ひと段落して、ソファに座る。


 ふと、テレビ台の上の写真立てが目に入った。


 そこには、エプロン姿の女の人と、小さいころのこはねが写っていた。

 女の人は、オムライスにケチャップで文字を書いている。


「それ、こはねのお母さん?」


 口が勝手に動いていた。


 こはねは、少し驚いた顔をして、写真立てを手に取る。


「うん。

 この人、すっごい料理上手でね。

 いっつも、“守るごはん”って言ってた」


「守るごはん?」


「食べたら元気になって、また明日もがんばれるごはん。

 倒れそうなときに、なんとか立てるようになるごはん。

 そういうの、作るのが得意だった」


 こはねは、写真のガラス面をそっとなぞった。


「……だからかな。

 誰かがこけそうだったり、倒れそうなの見ると、

 体が勝手に反応しちゃうんだと思う」


 筋肉のことを、ちょっとだけ申し訳なさそうに言う。


「筋肉のせいじゃなくて、そういうの、優しいって言うんだろ」


 気づいたら、そう口にしていた。


「こはねが守ろうとしてくれるの、俺はうれしいよ。

 ……マッチョになるのは、毎回びびるけど」


 こはねが、ふっと笑う。


「いつかね、お母さんの話、ちゃんと全部するよ。

 ケンタくんにも聞いてほしい」


「そのときも、ここでハンバーグ食べながらとか、いいかもな」


「うん。

 そのときも、ママじゃんエプロン着てるね」


「そこは普通のエプロンでいい気もするけど」


◆ ◆ ◆


■ そこへ、イケメン乱入


 ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴った。


「誰だろ。ちょっと見てくるね」


 こはねが立ち上がって玄関に向かう。


 数秒後。


「ケンタくん……」


 リビングの扉から顔を出したこはねの後ろに、

 見慣れたシルエットが立っていた。


「やあ、鶏谷。

 二人口さんの家から、すごい悲鳴と“何かの破裂音”が聞こえたから、様子見に来たよ」


 風間リンタだった。


「聞きつけて来るなよ!」


「ご近所安全パトロールだから」


 風間は、リビングの中を見回して、固まった。


 壁の一部に残る赤い点々。

 床の端っこに残った赤い線。

 ケチャップで文字が書かれたハンバーグの皿。


「…………」


 すっとスマホを取り出し、カメラを構える。


「記念写真、撮っといていい?」

「やめろ!!」


「犯人と被害者と現場、全部そろってるから、資料価値高いよ」


「誰が犯人で誰が被害者でどこが現場か、ややこしいやつだな」


 こはねが、慌てて両手を振る。


「ケチャップだからね!? 本物じゃないからね!?」

「わかってるよ。匂いで」


「匂いで判断するな」


◆ ◆ ◆


■ 三角関係(?)、ケチャップ味で進行中


 そのあと、風間もハンバーグをひとつ受け取って、三人でテーブルを囲んだ。


「ケンタくんのハンバーグ、文字ついてる……“守”って書いてある……」

「二人口さんのセンス、相変わらず一直線だね」


「お前の分には何て書いてあるんだ?」


 風間の皿を覗き込む。


 そこには「観察」と書いてあった。


「すごい似合ってるな」

「でしょ?」


 こはねは、自分の皿に「ママ」と書いていた。


 守。観察。ママ。


「役割、はっきり分かれた感じするな……」


「じゃあ今度、ケンタくんの分、“旦”って書いとく?」

「いきなり旦那の“旦”に行くのやめよ?」


 そんなやり取りをしながら、夕飯は進んでいった。


◆ ◆ ◆


■ 帰り道と、掲示物地獄


 帰り道、こはねと並んで歩く。


「今日は来てくれてありがと。

 ケチャップまみれ事件、ちょっと楽しかったね」


「“事件”って言い方していいの、たぶん関係者だけだよな」


 街灯の下で、こはねの横顔を見る。


「なぁ、こはね」

「ん?」

「いつか、お母さんのこと、ちゃんと聞かせてくれるときさ。

 そのときも、俺が隣、いていい?」


 自分で言ってて、ちょっとだけ照れくさくなる。


 こはねは、一瞬きょとんとしてから、ふわっと笑った。


「もちろんだよ。

 ケンタくんは、“守る対象”だからね」


「……そろそろ俺も、誰か守れる側に行きたいけどな」


「じゃあ、守られながら強くなるコースにしよ。

 ママじゃん、ちゃんと見てるから」


「そのコース名、ちょっと情けなく聞こえるんだけど」


 そんな会話をしながら、家に帰った。


 ――翌朝。


 教室に入ると、みんなが妙にニヤニヤしていた。


「おはよー、鶏谷。

 後ろの掲示板、見てみ?」


 指さされた先には、色紙が一枚、でかでかと貼られていた。


『鶏谷ケンタ

 専属ママじゃん:二人口こはね

 ※追加ママじゃん募集中(審査員:風間リンタ)』


「勝手に制度作るなーーーーー!!」


 こはねは、顔を真っ赤にしていた。


「わ、わたし知らないからね!?

 風間くんが勝手に――」


「研究の一環だよ。

 “守られ体質”の社会的影響を観察してみようと思って」


「やめてくれ……」


 こうして。


 戦う鶏頭。

 守るマッチョ女子。

 観察するイケメン。


 ケチャップ臭の残る教室で、

 三人の関係は、さらにカオスに進んでいくことになった。


 ――つづく。

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