第11話「文化祭は守る力フル装備!?」
翌朝。
教室の後ろの掲示板には、もう見慣れた三枚が並んでいた。
『鶏谷ケンタ
専属ママじゃん:二人口こはね
応援会長:背園タクト(背中からこんにちはおじさん同伴)』
そして、そのすぐ前の席には――
「あ、ケンタくん。おはよう」
雨宮ヒヨリが、くるっと振り返った。
「おはよ、雨宮」
「“ヒヨリ”でいいよ。鶏谷くんも名字呼び、やめていいよ?」
「じゃあ……ヒヨリ」
「……っ」
膝のあたりで、
パサッ
と、小さい翼がひらいた。
今日も、膝の“ちび翼感情表示機”は元気らしい。
「おはよう、ケンタくん、ヒヨリちゃん」
こはねが、いつものテンションで隣に座る。
「今日ね、朝から腹村先生が、職員室で“あいつらのクラスが一番向いてるだろ”って言ってたよ」
「またイヤな前フリだな……」
そんな話をしていると、まさにその腹村先生が教室に入ってきた。
「はい席つけー。今日は連絡多いぞ」
出席簿をバンッと置く、いつものスタイル。
◆ ◆ ◆
■ 文化祭テーマ「守る/つなぐ」
「まず一つ目。
来月、文化祭がある」
教室が一気にざわつく。
「よっしゃ!」「やっと来たか!」
腹村先生は、黒板に大きく書いた。
『今年のテーマ:守る/つなぐ』
「このテーマに合わせて、各クラス出し物決めろってさ。
うちのクラスは……まあ、言うまでもなく候補多いよな」
「“候補多い”って言い方やめてほしいな」
教室の視線が、一瞬でこっちに集まる。
鶏頭。
ママじゃん。
背中おじさん。
ひざ翼。
守る/つなぐ、という言葉に、妙にリンクしすぎる面子がそろっている。
「はい、出し物の案、自由に出せ。
パンケーキ屋とか、ホラーとか、展示とか、劇とか」
手があちこちから上がる。
「普通にカフェやろうぜ!」
「メイドとかやりてぇ」
「テーマどこ行ったんだよ」
その中で、風間がスッと手を挙げた。
「“守る/つなぐカフェ+展示”ってどう?」
「カフェに乗っかりつつ来たな」
腹村先生が、あごをさする。
「説明しろ、風間」
「このクラス、特殊体質の人多いでしょ。
マッチョ症候群、背中おじさん症候群、ひざ翼症候群、鶏頭……」
最後だけ、雑に一括りにされた気がする。
「こういうのを、“怖がる”んじゃなくて、“守り方・つながり方”として紹介する展示をして、
それを見てもらったあとに、ちょっと落ち着けるカフェスペースに誘導するとか」
「“症候群付きカフェ”ってこと?」
こはねが、きらきらした目で俺を見る。
「ケンタくん、エプロン着る?」
「エプロンはお前の担当だろ」
「じゃあ、わたしママじゃんエプロン、ケンタくんは“守られる側エプロン”で」
「そんなエプロンあるか」
前の席で、ヒヨリがそっと手を挙げた。
「その展示って……わたしの“ひざの翼”も、入る?」
「もちろん」
風間が、即答する。
「“守る羽”として説明しよう」
ヒヨリの膝のあたりで、
パサッ
と、小さい翼がひらいた。
「……ちょっとだけ、やってみたいかも」
「よし、もうこれ採用でいいな」
腹村先生が、クラスを見回す。
「文化祭の出し物、“守る/つなぐ展示付きカフェ”。
準備期間は一か月。泣いても笑っても、自分らでやり切れよ」
ざわつきと笑いと、ちょっとの不安が入り混じった空気の中で、
俺たちの文化祭準備が始まった。
◆ ◆ ◆
■ 「守られ側ポスター」とママじゃんの主張
放課後の教室。
出し物会議の続きで、黒板の前に代表メンバーが集められていた。
風間、こはね、タクト、ヒヨリ、そして俺。
「まずは展示のタイトル考えよう」
風間が、ノートを開きながら言う。
「“特殊体質博覧会”とか?」
「それはさすがにストレートすぎない?」
こはねが手をあげる。
「“守る力紹介コーナー”は?」
「いいね。
じゃあ、パネルはひとり一枚、“自分の体質と守れるもの”ってテーマで作る?」
タクトが、おそるおそる口を開いた。
「ぼくの背中おじさん、守ってますかね……?」
背中が、うっすらモゾッと動く。
「はい、こんにちは~~~!」
おじさんが、机の陰からひょこっと顔を出した。
「守ってますよ~?
主に、“本音をこじらせすぎて爆発する前に、外に出す”って意味でねぇ~!」
「今のだけ聞くとちょっとカッコいいのやめてほしい」
こはねが、ペンをぐっと握った。
「タクトくんのところは、“本音を外に出してくれる背中の人”って書こうね」
「そんな上品な説明でいいんですか」
ヒヨリも、ノートに何かを書き込みながら言う。
「わたしのは、“急性ひざ翼症候群”で、
くしゃみや感情でちび翼が出て、
たまに転びそうな人のバランスを助ける……で、いいかな」
「“守る羽”って単語、どこかに入れよう」
風間が口をはさむ。
「“守る羽と感情しるし”とか」
「感情しるしは恥ずかしい……」
そう言いつつ、ヒヨリの膝の横でちいさな翼が
パサッ
と、ほんの少しのぞいた。
「ほら、もう仕事してる」
「今のはホコリです!」
そして、全員の視線が最後にこっちに向いた。
「ケンタくんのパネルは?」
「いや、“鶏頭です”で完結しないか?」
「全然説明になってないよ」
こはねが、身を乗り出してくる。
「“鶏頭でもちゃんと考えてる男子”とか?」
「雑にフォロー入れるのやめろ」
「じゃあ、わたし書いてあげる」
こはねは、ノートにさらさらと書き始めた。
『鶏谷ケンタ
特徴:生まれつき鶏頭
守れるもの:
・自分のドジや失敗を、笑いに変える
・ママじゃんの隣に立つ』
「最後の一行、なんだ」
「出し物だからね。
“ママじゃんの横にいる鶏頭”っていう配置、大事だよ?」
ヒヨリが、ちょっとだけ笑った。
「いいと思う。
“守る人の隣に立ってくれる人”って、けっこう重要だよ」
その言葉を聞いて、タクトも頷く。
「たしかに……ケンタくんが笑ってくれると、
おじさん出ても、まだマシかなって思えるときあります」
背中から声がする。
「はい~、“鶏頭の隣安心感”、高評価いただきました~!」
「背中の人にまで評価される日が来るとは思わなかったな」
◆ ◆ ◆
■ カフェパートの役割決め
展示の概要がなんとか固まったところで、風間が言った。
「次、カフェのほう。
エプロン着て接客する係と、裏方の係、分けよう」
「やるやる! エプロンやる!」
こはねが即答だった。
「ママじゃん、こういうときのために生まれてきたからね」
「自分で言い切るな」
「ケンタくんも、表出ようよ」
「俺? 接客向いてるか?」
「向いてるよ。“守られ体質”の見本市だもん」
「それ接客じゃなくて展示だろ」
ヒヨリが、少し手を挙げた。
「わたしも、できれば表に出たいな……。
膝の翼、ちゃんと説明したいから」
「じゃあ、接客組は――」
風間が、黒板に名前を書いていく。
『接客係:
二人口/鶏谷/雨宮/風間』
「タクトくんは?」
「ぼく、たぶん注目浴びると背中がうるさいので、
裏方で……」
「裏方で、おじさんの声だけ店内に響くパターンもあるけど?」
「それはそれでホラーなのでやめてください」
背中から顔を出したおじさんが、ひょいっと手を挙げた。
「厨房の隅から、“ただいま満席で~す”とかアナウンスだけしてもいいですけどねぇ~」
「それはちょっと聞いてみたいかも」
こはねがクスクス笑う。
「“背中からこんにちはアナウンス”」
「命名やめて」
◆ ◆ ◆
■ ちび翼とママじゃんのエプロン試着
会議がひと段落したあと。
こはねが、自分のカバンから何かを取り出した。
「実はね、ちょっと前から用意してたんだ」
出てきたのは――
ハート柄のエプロンと、鶏のワンポイントが入ったエプロン。
「準備が良すぎない?」
「いつかこういう日が来ると思ってたから」
「未来予知でもしてんのかお前」
「ケンタくんは、こっちね」
こはねが差し出してきたのは、
胸元に小さく鶏マーク、その横に“STAFF”って書かれたエプロンだった。
「“守られスタッフ”って感じでかわいいでしょ」
「かわいいかどうかはあれだけど、
まぁ、ギリギリ許容範囲だな」
仕方なく、試しに首にかけてみる。
こはねが、後ろに回って、ひもを結んでくれた。
「ケンタくん、似合うよ」
「本当に?」
「うん。
“ちょっと頼りなさそうだけど、一生懸命働いてる人”って感じ」
「褒めてるようで不安になる評価だな……」
前を見ると、ヒヨリがじっとこっちを見ていた。
「あの……わたしも、エプロン着てみていい?」
「もちろん!」
こはねが、もう一枚のハート柄エプロンを渡す。
「ヒヨリちゃんは、こっちね」
ヒヨリは、少し緊張した手つきでエプロンを身につけた。
膝のあたりから――
パサッ
と、小さい翼が、ちょろっと顔を出す。
「エプロン着ただけで出てきたな?」
「“楽しみ”が急に来ると……こう……」
翼がちょんちょん震えている。
「エプロン姿、すごくかわいいよ。
“ひざ翼カフェの看板娘”って感じ」
こはねがほめると、翼がまた
パサッ
と、少し大きくひらいた。
ヒヨリが慌てて膝を押さえる。
「やめて、これ以上パサパサしたら床が大変なことに……」
タクトが、モップを持ちながらぼそっと言った。
「“羽ばたき多めの日は床掃除強化”って書いておきましょうか、準備表に……」
背中から、おじさんの声。
「いやぁ~、このクラスの文化祭、絶対おもしろくなりますよ~!
鶏頭・ママじゃん・ちび翼・背中おじさんのフルコースですからねぇ~!」
「メニュー重すぎない?」
◆ ◆ ◆
■ 帰り道の約束
その日の帰り道。
こはねと並んで歩きながら、俺はなんとなく口を開いた。
「文化祭、ちゃんと成功するといいな」
「するよ。
ママじゃんがついてるもん」
こはねは、いつもどおりの笑顔だった。
「でもさ、今日はちょっとだけ、“守られ側”が増えた気もする」
「ヒヨリのことか」
「うん。
膝の翼、“守る羽”ってわかったら、
その羽ごと、守ってあげたくなるよね」
「お前、守りたいリスト増えすぎじゃないか?」
「そのぶん、ケンタくんにも手伝ってもらうからね」
こはねが、ちらっとこっちを見る。
「文化祭当日、わたしがバタバタしてても、
隣で笑っててね」
「……それなら、できそうだな」
「それだけでいいの?」
「“守れてるかどうか”って、
必ずしも筋肉とか特殊能力だけじゃないだろ」
自分で言いながら少し照れくさくなって、
視線を外した。
「隣で笑ってるだけで、誰かが少しマシになるなら、
それくらいは、俺でも守れてるって言っていいのかもなって」
こはねは、しばらく黙って俺を見ていた。
そして――
「……それ、“ケンタくんにしかできない守り方”だと思うよ」
少し震えた声で、そう言った。
「じゃあ、文化祭、“ママじゃん”も“ひざ翼”も“背中おじさん”も、
全部まとめて守ってあげてね」
「まとめすぎじゃない?」
「わたしは、ケンタくんを守るから」
いつものセリフ。
でも今日は、いつもより少しだけ、胸の奥に沁みた。
「……じゃあ、俺も。
文化祭の間くらい、“守る側”に全振りしてみるか」
「うん」
こはねが、うれしそうにうなずく。
そのとき、少し離れたところを歩いていたヒヨリが、
くしゃみもしていないのに、膝のあたりから
パサッ
と、小さい翼をのぞかせた。
「ヒヨリ?」
「な、なんでもない!」
慌てて翼を押さえるヒヨリの横で、
タクトの背中から、かすかな声が聞こえた。
「はい~、“ちょっと楽しみパサッ”入りました~」
「聞こえてるからね、おじさん!」
笑いながら、俺たちはそれぞれの帰り道に散っていく。
鶏頭。
ママじゃん。
背中からこんにちはおじさん。
膝のちび翼。
“守る/つなぐ”なんて、最初は少し気恥ずかしいテーマだと思ったけど――
その言葉は、もうとっくに、このクラスの日常の真ん中にあったのかもしれない。




