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第1章 異世界転移と覚醒

前作 最弱記録係は今日も天才美少女たちの戦いを見守るだけの主人公達が異世界転移!?

最弱記録係はどうやって活躍するのか?


主要人物紹介


綾瀬陽太(あやせ ようた

- 本作の主人公。蒼城学園で「記録係」を務める普通の高校生

- 能力者ではないが、観察力と記録力に長けている

- 控えめで真面目な性格だが、仲間思いで責任感が強い

- 異世界で「魔眼」の力に覚醒し、世界の真実を見抜く能力を得る


倉田美咲くらた みさき

- メインヒロインの一人。「絶対領域」を操る能力者

- クールで真面目、責任感が強い。成績優秀で品行方正

- 異世界では「神域展開」として時空を操る力に進化

- 陽太に対して特別な感情を抱いている


若林香織わかばやし かおり

- もう一人のメインヒロイン。「千変万化」の能力を持つ

- 明るく天真爛漫、感情表現が豊かで積極的な性格

- 異世界では「創世魔法」として物質創造能力に進化

陽太と美咲を大切に思う親友

1-1 いつもと変わらない朝のはずだった


 蒼城学園の朝は早い。


 窓から差し込む朝日に目を細めながら、綾瀬陽太は身支度を整えていた。無能力者でありながら「記録係」として学園に在籍する彼の日常は、他の生徒たちとは少し違っている。


「今日も一日、観察と記録か……」


 小さくため息をつきながら、陽太は手帳を確認した。今日の予定は、午前中に美咲と香織の合同訓練の記録、午後は彼女たちの個別能力測定。いつも通りの、平凡な一日になるはずだった。


 ——あの瞬間までは。


 寮の部屋を出て、いつもの待ち合わせ場所である中庭へと向かう。朝の清々しい空気を肺いっぱいに吸い込むと、少しだけ気分が晴れた。


「陽太くん、おはよう!」


 振り向くと、そこには若林香織の姿があった。少し長めのボブヘアが朝日に輝き、明るい茶色の瞳がきらきらと光っている。小柄な体型だが、その存在感は誰よりも大きい。


「おはよう、香織さん」


「もう、そんなに堅くならないでよ。私たち、もう一年も一緒に活動してるんだから」


 香織は頬を膨らませながら、陽太の肩を軽く叩いた。その瞬間、反対側から冷静な声が聞こえてくる。


「香織、朝から騒がしいわよ」


 倉田美咲だった。肩までの黒髪がさらりと揺れ、端正な顔立ちに柔らかな笑みを浮かべている。制服を完璧に着こなし、その立ち姿は凛としていた。


「美咲おはよう! 今日も可愛いね!」


「……香織は本当に朝から元気ね」


 美咲は苦笑しながらも、その表情には親愛の情が見て取れた。陽太は二人のやり取りを見ながら、手帳にさらさらと記録を始める。


『午前7時15分。倉田・若林両名、体調良好。若林の活力値、通常より高め。倉田の精神状態、安定』


「また記録してるの?」


 香織が陽太の手帳を覗き込む。陽太は慌てて手帳を閉じた。


「あ、すみません。つい癖で……」


「謝る必要はないわ。それが陽太くんの仕事でしょう?」


 美咲の言葉に、陽太は小さく頷いた。無能力者の自分にできることは、ただ観察し、記録することだけ。それでも、この一年で二人との距離は確実に縮まっていた。


「それじゃあ、訓練場に行きましょうか」


 美咲の提案に、三人は歩き始めた。いつもと変わらない朝の光景。しかし、この日常が一変する瞬間は、すぐそこまで迫っていた。


1-2 突然の異変


 訓練場への道を歩いていた時、それは起きた。


 最初の異変は、空気の震えだった。


「……?」


 美咲が立ち止まる。彼女の鋭い感覚が、何かを察知したようだった。


「どうしたの、美咲?」


 香織が首を傾げた瞬間、地面が激しく揺れ始めた。


「地震!?」


 陽太が叫ぶ。しかし、これは普通の地震ではなかった。空間そのものが歪み、世界が引き裂かれるような感覚が三人を襲う。


「絶対領域、展開!」


 美咲が即座に能力を発動する。青い光が三人を包み込み、空間の歪みから守ろうとする。しかし——


「だめ……力が、吸い込まれる!」


 美咲の顔が苦痛に歪む。絶対領域が、何か巨大な力によって侵食されていく。


「美咲!」


 香織が叫び、自身の能力を発動しようとする。しかし、千変万化の力もまた、空間の歪みに飲み込まれていく。


「二人とも、つかまって!」


 陽太は必死に二人の手を掴もうとする。だが、その瞬間——


 世界が、砕けた。


 視界が真っ白に染まり、重力の概念が失われる。上下左右の感覚が消失し、ただ虚無の中を漂うような感覚だけが残った。


 陽太は必死に意識を保とうとする。美咲と香織の手を離すまいと、渾身の力を込めた。


(絶対に、離さない……!)


 しかし、意識はゆっくりと闇に沈んでいく。最後に感じたのは、二人の手の温もりだけだった。


1-3 見知らぬ世界で目覚めて


 意識が戻った時、最初に感じたのは草の匂いだった。


「……ここは?」


 陽太はゆっくりと体を起こす。見渡す限りの草原が広がり、遠くには見たことのない山脈が連なっている。空は青く澄み渡り、二つの太陽が天に輝いていた。


「二つの……太陽?」


 思わず呟いた瞬間、近くでうめき声が聞こえた。


「美咲さん! 香織さん!」


 陽太は慌てて立ち上がり、声のする方へ駆け寄る。そこには、草の上に倒れている二人の姿があった。


「大丈夫ですか?」


 陽太が肩を揺すると、まず香織が目を開けた。


「ん……陽太くん? ここ、どこ?」


「分かりません。でも、学園じゃないことは確かです」


 続いて美咲も意識を取り戻す。彼女は素早く周囲を見渡し、状況を把握しようとした。


「これは……異世界転移?」


「異世界って、まさか……」


 香織が信じられないという表情を浮かべる。しかし、二つの太陽と見知らぬ景色は、ここが地球ではないことを雄弁に物語っていた。


「とりあえず、安全を確保しないと」


 美咲が立ち上がり、能力を発動しようとする。


「絶対領域——」


 しかし、次の瞬間、彼女の表情が驚愕に染まった。青い光は確かに現れたが、その規模と密度が以前とは比較にならないほど増大していた。


「これは……私の能力じゃない」


 青い光は瞬く間に半径百メートルを覆い、空間そのものを支配し始めた。草が風もないのに揺れ、小石が浮遊し始める。


「美咲、それ以上は危険!」


 陽太の声に、美咲は慌てて能力を解除した。青い光が消えると、周囲は元の静けさを取り戻す。


「私の能力が……変質してる」


 美咲は自分の手を見つめながら呟いた。


「私も試してみる」


 香織が前に出て、千変万化を発動する。光の粒子が舞い上がり——


「きゃっ!」


 香織の悲鳴と共に、巨大な光の柱が天まで伸びた。そして、光が収まった時、そこには——


「うそ……」


 小さな竜が、香織の前で羽ばたいていた。手のひらサイズの可愛らしい姿だが、その瞳には確かな知性が宿っている。


「生き物を……創造した?」


 陽太が驚きの声を上げる。以前の香織なら、生物の形は作れても、自律行動する生命体は創れなかったはずだ。


「キュルル」


 小竜が鳴き声を上げ、香織の肩に止まった。


「かわいい……でも、どうして?」


 三人が困惑していると、遠くから地響きが聞こえてきた。振り向くと、巨大な影が草原を疾走してくる。


「魔物!?」


 それは、体長五メートルはあろうかという巨大な狼だった。赤く光る眼、剣のように鋭い牙。明らかに、友好的な存在ではない。


「逃げるわよ!」


 美咲が叫ぶが、魔狼の速度は尋常ではない。逃げ切れないと判断した彼女は、再び能力を発動した。


「絶対——いえ、神域展開!」


 本能的に口をついて出た新しい詠唱。青い光が爆発的に広がり、魔狼の動きが急激に鈍くなる。まるで水中を進むような、極端なスローモーション。


「今よ、香織!」


「創世魔法・光刃!」


 香織もまた、本能的に新しい詠唱を紡ぐ。光の粒子が集束し、巨大な光の剣となって魔狼に襲いかかる。


 斬撃が魔狼を両断し、その巨体が光の粒子となって消滅した。


「倒した……」


 陽太が呆然と呟く。二人の能力は、明らかに以前とは次元が違っていた。


「この世界の法則が、私たちの能力を変質させているみたい」


 美咲が分析する。その時、陽太は自分の体にも変化が起きていることに気づいた。


「あれ……?」


 視界が、妙にクリアになっている。いや、それだけではない。美咲と香織の体から立ち上る力の流れ、空気中に漂う不思議なエネルギー、地面に刻まれた魔力の痕跡——


 全てが、見えた。


「陽太くん、目が……」


 香織が驚きの声を上げる。陽太の瞳が、淡い金色に輝いていた。


「これは……魔眼?」


 美咲が呟く。陽太の観察能力が、この世界の法則によって具現化したのだろうか。


 その時、遠くから馬車の音が聞こえてきた。振り向くと、騎士のような格好をした男たちに護衛された豪華な馬車が近づいてくる。


「助けが来たみたい」


 三人は顔を見合わせた。見知らぬ世界、変質した能力、そして新たな出会い。


 彼らの異世界での物語が、今始まろうとしていた。


1-4 王都への道


 馬車から降りてきたのは、銀色の鎧に身を包んだ壮年の騎士だった。顎髭を蓄えた威厳のある風貌だが、その目は驚きに見開かれている。


「魔狼を……素手で倒しただと?」


 騎士は魔狼が消滅した跡を見つめながら呟いた。そして、三人の方を向き直ると、丁寧に頭を下げる。


「失礼した。私はアルスティア王国第三騎士団の団長、ローランドと申す。貴殿らのお力、確かに拝見させていただいた」


「あの、私たちは——」


 陽太が事情を説明しようとするが、ローランドは手を挙げてそれを制した。


「詳しい話は後でゆっくり伺おう。まずは王都へご案内したい。この辺りは魔物が多く、安全とは言えない」


 三人は顔を見合わせる。警戒心はあったが、この状況では彼らに従うしかなさそうだった。


「私たちを王都へ? どうして?」


 美咲が冷静に問いかける。ローランドは苦笑を浮かべた。


「先ほどの戦いぶりを見れば分かる。貴殿らは並の魔導師ではない。我が国は今、強力な力を持つ者を必要としているのだ」


 馬車に乗り込みながら、ローランドは重い表情で語り始めた。


「実は我がアルスティア王国は、魔王軍の侵攻を受けている。既に北部の要塞都市が陥落し、王都への進軍も時間の問題だ」


「魔王……」


 香織が不安そうに呟く。まるでゲームやアニメの世界のような話だが、この状況では笑い事ではない。


「そんな中で、貴殿らのような強力な魔導師の出現は、まさに天の助け。是非とも王都で陛下にお目通り願いたい」


 馬車は街道を進み始めた。窓から見える景色は、中世ヨーロッパを思わせる田園風景。しかし、所々に焼け焦げた村や、破壊された建物が見える。


「戦争の爪痕ね……」


 美咲が眉をひそめる。陽太は金色に輝く瞳で、周囲を観察していた。


(この世界には、地球とは違うエネルギーが満ちている。魔力……いや、もっと根源的な何かが)


 陽太の魔眼は、空気中を流れる不可視のエネルギーを捉えていた。そして、美咲と香織の体内で、そのエネルギーが独特の形で循環していることも。


「陽太くん、何か見える?」


 香織が心配そうに尋ねる。陽太は頷いた。


「この世界のエネルギーの流れが見えます。そして、二人の能力が、そのエネルギーとどう関わっているのかも」


「それは……すごいじゃない」


 美咲が興味深そうに陽太を見る。


「元の世界では記録係だった陽太くんが、この世界では私たちの能力を解析できる。これも異世界の法則による変化なのね」


 ローランドは三人の会話を興味深そうに聞いていた。


「失礼だが、貴殿らは一体何者なのだ? その力、そして知識……並の魔導師ではあるまい」


 三人は顔を見合わせる。異世界から来たなどと言って、信じてもらえるだろうか。


「私たちは……遠い国から来た旅人です」


 陽太が曖昧に答える。ローランドは深くは追及せず、頷いた。


「そうか。まあ、出自など関係あるまい。大事なのは、貴殿らがこの国を救う力を持っているということだ」


 馬車が丘を越えると、眼下に巨大な都市が広がった。高い城壁に囲まれ、中央にそびえる白亜の城。それが、アルスティア王国の王都だった。


「立派な街ね」


 香織が感嘆の声を上げる。しかし、陽太の魔眼は、その街を覆う不穏な気配を感じ取っていた。


(この感じ……敵意? いや、恐怖と焦りが入り混じったような)


 王都は、何かに怯えているようだった。


1-5 王との謁見


 王都の城門をくぐり、石畳の道を進む。街の人々は、馬車を見ると希望に満ちた表情を浮かべていた。


「ローランド団長が帰ってきたぞ!」 「新しい魔導師も連れてきたらしい」 「これで魔王軍を退けられるかも」


 民衆の声が聞こえてくる。期待の重さに、三人は少し緊張した。


 王城に到着すると、すぐに謁見の間へと案内された。玉座には、初老の男性が座している。金の冠を頂き、深い憂いを帯びた瞳でこちらを見つめていた。


「陛下、ただいま戻りました」


 ローランドが膝をつく。国王——アルスティア三世は、優しい声で答えた。


「ご苦労だった、ローランド。して、その者たちは?」


「道中で出会った強力な魔導師です。魔狼を一撃で葬り去る力を持っております」


 国王の目が、三人を値踏みするように見つめる。陽太たちも、恭しく頭を下げた。


「面を上げよ。そなたたちの名は?」


「綾瀬陽太と申します」 「倉田美咲です」 「若林香織です」


 国王は頷き、疲れた表情で語り始めた。


「よく来てくれた。ローランドから聞いているだろうが、我が国は存亡の危機にある。魔王軍は既に北部を制圧し、王都へと迫っている」


 玉座の横に控えていた老魔導師が前に出た。


「陛下、彼らの力を確かめさせていただけませんか?」


「うむ、頼む」


 老魔導師——宮廷魔導師長のマーリンは、三人の前に立った。


「失礼だが、そなたたちの魔力を計測させてもらう」


 マーリンが杖を掲げると、水晶球のようなものが現れた。


「これに手を触れてくれ」


 まず美咲が手を触れる。水晶球が青白く輝き始め、その光は次第に強くなっていく。


「これは……!」


 マーリンの顔が驚愕に染まる。水晶球にひびが入り始めた。


「限界値を超えている! 測定不能だ!」


 次に香織が触れると、今度は虹色の光が溢れ出した。創造の力を示す、七色の輝き。


「創世魔法……まさか、伝説の」


 最後に陽太が手を触れる。すると、水晶球は金色に輝いた。


「魔眼……全てを見通す、真理の瞳」


 マーリンは震える声で国王に報告した。


「陛下、彼らは……伝説級の力を持っています。これならば、魔王軍にも対抗できるかもしれません」


 国王の表情に、希望の光が宿った。


「そなたたち、頼みがある。我が国を、この危機から救ってはくれぬか?」


 三人は顔を見合わせる。元の世界に帰る方法も分からない今、この申し出を受けるしかないのかもしれない。


「私たちにできることなら」


 美咲が代表して答える。国王は安堵の表情を浮かべた。


「感謝する。まずは明日の軍議に参加してもらいたい。詳しい状況を説明しよう」


 こうして、三人の異世界での戦いが本格的に始まることになった。


1-6 魔眼の真価


 謁見を終えた三人は、城内の一室を与えられた。豪華な調度品が並ぶ部屋で、ようやく一息つくことができた。


「信じられない……本当に異世界に来ちゃったのね」


 香織がベッドに腰掛けながら呟く。肩に止まった小竜が、心配そうに頬を舐めた。


「この子、ずっと一緒にいるのね」


 美咲が小竜を見つめる。香織は優しく小竜の頭を撫でた。


「うん、なんだか離れたくないみたい。ピュルって名前にしたの」


「ピュル?」


「鳴き声から取ったの。可愛いでしょ?」


 陽太は窓際に立ち、王都の夜景を眺めていた。魔眼で見ると、街のあちこちに魔力の防御結界が張られているのが分かる。


「陽太くん、大丈夫?」


 美咲が心配そうに声をかける。陽太は振り返ると、少し疲れた表情を浮かべた。


「正直、混乱しています。でも、この目で見えるものは確かです」


「どんなものが見えるの?」


 香織が興味深そうに尋ねる。陽太は言葉を選びながら説明した。


「魔力の流れ、結界の構造、人の感情の色……あらゆるものが可視化されます。例えば」


 陽太は美咲の方を向いた。


「美咲さんの神域展開は、空間に干渉する力じゃありません。時空そのものを支配する能力です。理論上、時間の流れさえ操作できるはずです」


「時間を……?」


 美咲が驚く。陽太は頷いた。


「そして香織さんの創世魔法は、無から有を生み出すんじゃなく、この世界の根源エネルギーを再構築する力です。だから生命さえ創造できる」


「そんなことまで分かるなんて……」


 香織が感嘆の声を上げる。


「ただ、この力を使うと、ものすごく疲れます」


 陽太はふらつき、椅子に座り込んだ。すぐに二人が駆け寄る。


「無理しないで」 「そうよ、休まないと」


 二人の心配そうな顔を見て、陽太は苦笑した。


「ありがとうございます。でも、この力があれば、きっと役に立てる」


 その時、扉をノックする音が響いた。


「失礼します」


 入ってきたのは、若い女性騎士だった。金髪に青い瞳、凛とした立ち姿が印象的だ。


「私はアリシア・フォン・ローゼンハイム。第一騎士団の副団長を務めています」


 アリシアは三人に向かって丁寧に礼をした。


「明日の軍議の件で、お話があって参りました」


「どうぞ、お座りください」


 美咲が促す。アリシアは椅子に腰掛けると、真剣な表情で語り始めた。


「実は、魔王軍の中に、非常に厄介な存在がいるのです」


「魔王四天王、ですか?」


 陽太が推測する。アリシアは驚いた様子で頷いた。


「ご存知でしたか。その通りです。魔王配下の四人の将軍。それぞれが一国を滅ぼすほどの力を持っています」


「具体的には、どんな能力を?」


 美咲が尋ねる。アリシアは資料を取り出した。


「第一の将、『業火のヴォルカン』は炎を操る魔人。第二の将、『氷結のグラキエス』は氷の魔法の使い手。第三の将、『雷帝ライゼン』は雷を従える。そして第四の将は……」


 アリシアの声が震えた。


「『虚無のニヒル』。全ての魔法を無効化する、恐るべき能力の持ち主です」


「魔法を無効化……」


 香織が不安そうに呟く。しかし、陽太の表情は真剣そのものだった。


「その四天王の戦闘記録はありますか?」


「え? ええ、ありますが……」


「見せてください。分析します」


 陽太の目が金色に輝く。アリシアは驚きながらも、記録を差し出した。


 陽太は資料を見つめ、魔眼で情報を読み取っていく。その様子を、三人は固唾を呑んで見守った。


「……なるほど」


 しばらくして、陽太が顔を上げた。


「弱点が見えました」


「本当ですか!?」


 アリシアが身を乗り出す。陽太は頷いた。


「ヴォルカンの炎は、特定の周波数の魔力で制御されています。その周波数を乱せば無力化できる。グラキエスの氷は、分子運動を停止させる魔法ですが、逆に分子を振動させれば破れます」


「そんなことが分かるなんて……」


「ライゼンの雷は、実は生体電流の延長。絶縁する結界を張れば防げます。そしてニヒルの能力は……完全ではありません。魔法の無効化には、必ず隙間がある」


 陽太の分析に、全員が驚嘆していた。


「あなたは一体……」


 アリシアが呟く。陽太は疲れた様子で微笑んだ。


「ただの観察者です。でも、この世界では、それが私の武器になるみたいですね」


 この瞬間、陽太の真の才能が、異世界で開花し始めていた。


 元の世界では「最弱」と呼ばれた記録係が、この世界では最強の「戦術眼」を持つ存在として覚醒しようとしていた。


 窓の外では、二つの月が静かに王都を照らしている。明日から始まる戦いを前に、三人の運命は大きく動き始めていた。


1-7 初めての実戦


 翌朝、三人は軍議に参加するため、作戦会議室へと向かった。部屋には既に多くの将軍や貴族たちが集まっている。


「こちらが昨日お話しした三人です」


 アリシアが紹介する。しかし、貴族たちの視線は冷ややかだった。


「ほう、これが噂の異国の魔導師か」 「随分と若いようだが、本当に頼りになるのかね?」


 嘲笑混じりの声が聞こえる。特に、恰幅の良い貴族が露骨に見下した態度を取った。


「我らは代々この国を守ってきた。どこの馬の骨とも分からぬ者に、国防を任せるなど——」


「黙れ、デュラン」


 凛とした声が響く。入ってきたのは、王国軍総司令官のレオンハルト将軍だった。白髪に隻眼の老将は、圧倒的な威圧感を放っている。


「陛下が認めた者に、無礼な口を利くな」


 デュラン侯爵は渋々と黙った。レオンハルトは三人に向き直る。


「すまない。一部の者は、まだ事態の深刻さを理解していないようだ」


 テーブルの上に、王国全土の地図が広げられた。北部には赤い印がびっしりと記されている。


「現在、魔王軍は北部を完全に制圧。主力部隊が、ここから100キロ北のセレナ平原に集結している」


 レオンハルトが地図を指し示す。陽太は魔眼で地図を見つめた。すると、ただの紙の上に、実際の地形や魔力の流れが浮かび上がって見えた。


「この配置は……」


「どうかしたかね?」


 陽太は立ち上がり、地図に近づいた。


「魔王軍の配置、一見ランダムに見えますが、実は魔力の地脈に沿っています。彼らは、地脈の力を利用して何かを企んでいる」


「地脈だと?」


 将軍たちがざわめく。マーリンが前に出た。


「確かに……古代文献には、地脈を利用した大規模魔法の記述がある。まさか、魔王軍はそれを——」


 その時、急を知らせる伝令が飛び込んできた。


「報告します! 魔王軍の一部隊が、東の街道を南下中! このままでは、明日には王都郊外に到達します!」


 会議室が騒然となる。レオンハルトが決断を下した。


「迎撃隊を編成する。騎士団第一、第二部隊が主力だ」


「将軍、我々も参加させてください」


 美咲が進み出る。貴族たちが反対の声を上げた。


「危険だ! 実戦経験もない者たちを戦場に出すなど——」


「黙れ!」


 今度は陽太が声を上げた。普段の物腰の柔らかさとは違う、断固とした口調。


「失礼ですが、このままでは勝てません」


「なんだと?」


 陽太の目が金色に輝く。


「敵部隊の中に、魔王四天王の一人がいます。グラキエス……氷結の将です」


「なぜ分かる?」


「魔力の質が違います。そして、彼らの進軍ルートは、王都の水源地を狙っている。水を凍結させ、王都を干上がらせるつもりです」


 マーリンが地図を確認する。


「確かに……この先には、王都の水がめとなる湖が」


「だからこそ、我々が行く必要があります」


 美咲が力強く言った。


「私の神域展開なら、広範囲の氷結を防げます」


「私の創世魔法なら、対抗手段を生み出せます」


 香織も名乗りを上げる。レオンハルトは少し考えてから、決断を下した。


「よかろう。アリシア、彼らを護衛せよ」


「はっ!」


 こうして、三人は初めての実戦に臨むことになった。


1-8 氷の将との激突


 王都を出た迎撃隊は、街道を北上していた。総勢500名の部隊の中で、三人とアリシアは中央に位置している。


「敵との接触まで、あと1時間ほどです」


 アリシアが報告する。陽太は魔眼で前方を見つめていた。


「敵の数は約300。そして……やはり、グラキエスがいます」


「どんな相手なの?」


 香織が不安そうに尋ねる。陽太は記憶を辿りながら答えた。


「記録によれば、身長3メートルの巨人。全身が氷で覆われ、触れるものすべてを凍結させる。かつて一夜にして、一つの街を氷漬けにしたとか」


「恐ろしい相手ね」


 美咲が呟く。しかし、その表情に恐れはない。


 やがて、地平線に敵軍の姿が見えてきた。魔物の軍勢の中央に、一際大きな影がある。


「あれが……」


 氷の巨人、グラキエス。全身が蒼白く輝き、周囲の気温が急激に下がっていく。


「全軍、戦闘隊形!」


 アリシアの号令で、騎士たちが陣形を整える。そして——


「突撃!」


 両軍が激突した。剣戟の音、魔法の爆発、叫び声が入り混じる。


「神域展開!」


 美咲が能力を発動する。青い光が戦場を覆い、味方の動きが加速し、敵の動きが鈍る。


「創世魔法・炎の戦士!」


 香織が光から炎を纏った戦士たちを生み出す。彼らが魔物の群れに切り込んでいく。


 しかし、グラキエスは微動だにしない。巨人がゆっくりと腕を上げると——


「来ます!」


 陽太の警告と同時に、極寒の吹雪が戦場を襲った。騎士たちが次々と氷像と化していく。


「くっ……!」


 美咲の神域が吹雪を防ぐが、その力は圧倒的だった。


「このままじゃ……」


 香織が創った炎の戦士も、次々と凍りついていく。グラキエスが大きく息を吸い込んだ。


「絶対零度のブレスが来ます! 美咲さん、最大出力で!」


 陽太の指示に、美咲は全力で神域を展開する。しかし——


「だめ……防ぎきれない!」


 その時、陽太の魔眼が異変を察知した。


「待ってください。グラキエスの氷の制御……周期があります」


「周期?」


「氷の魔力が、波のように強弱を繰り返している。そして今から3秒後、最弱になる瞬間が——今です! 香織さん!」


「創世魔法・太陽の槍!」


 香織が生み出した光の槍が、グラキエスの胸を貫いた。ちょうど魔力が最弱になった瞬間だった。


「グオオオオ!」


 グラキエスが初めて苦痛の声を上げる。氷の装甲に亀裂が走った。


「今です! 右脚の関節、そこが弱点!」


 陽太が叫ぶ。騎士たちが一斉に攻撃を集中させる。


「ぐあああ!」


 グラキエスが膝をつく。巨体が傾き、地響きが起こる。


「とどめを!」


 美咲と香織が同時に詠唱を始める。


「神域展開・時空圧縮!」 「創世魔法・灼熱の咆哮!」


 時間の流れが歪み、超高温の炎が圧縮された空間で爆発する。グラキエスの巨体が、内側から崩壊していく。


「グオォォォ……」


 断末魔の叫びと共に、氷の将は砕け散った。残った魔物たちも、統率を失って逃げ出していく。


「やった……勝った!」


 騎士たちから歓声が上がる。しかし、陽太の表情は険しかった。


「どうしたの?」


 香織が尋ねる。陽太は遠くを見つめながら答えた。


「これは……陽動作戦でした」


「え?」


「グラキエスを倒した瞬間、北西から巨大な魔力反応が。本隊は、別の場所を狙っています」


 アリシアの顔が青ざめた。


「まさか……王都が!」


 彼らが戦っている間に、魔王軍の本隊は別ルートで王都に迫っていた。三人の本当の戦いは、これから始まろうとしていた。


1-9 魔眼覚醒


 王都への帰路を急ぐ中、陽太は激しい頭痛に襲われていた。


「陽太くん、大丈夫?」


 香織が心配そうに声をかける。美咲も手綱を引いて、馬を陽太の側に寄せた。


「さっきから顔色が悪いわ。無理しないで」


「すみません……ただ、頭の中に、たくさんの情報が流れ込んでくるんです」


 陽太の魔眼は、グラキエスとの戦いの後、さらに力を増していた。半径数キロメートルの魔力の流れ、生命の気配、はては時空の歪みまでもが見えている。


「これは……魔眼の副作用かもしれないわね」


 アリシアが馬を寄せてきた。


「古い文献によれば、強大な魔眼の持ち主は、その力に耐えきれず発狂したという話もあります」


「そんな……」


 香織が不安そうな声を出す。しかし陽太は首を振った。


「大丈夫です。むしろ、今まで見えなかったものが見えてきて……あっ」


 突然、陽太の両目が強く輝いた。金色の光が溢れ、周囲を照らす。


「これは……王都の結界が!」


「何が見えるの?」


 美咲が尋ねる。陽太は苦しそうに答えた。


「王都を守る多重結界のうち、第三層までが既に破られています。そして……魔王四天王が二人、王都に侵入している!」


「なんですって!?」


 アリシアが驚愕する。


「ヴォルカンとライゼン……炎と雷の将です。彼らは今、王城の地下へ向かっています」


「地下? そこには何が?」


「古代の魔導装置……『星霜の鍵』があるはずです」


 陽太の言葉に、アリシアは息を呑んだ。


「まさか、あれを狙っているのか。星霜の鍵は、この国の建国時に作られた最重要機密。それを使えば、王都全体を別の次元に転移させることができる」


「転移?」


「はい。最終手段として、王都と国民を丸ごと避難させるための装置です。しかし、悪用すれば——」


「王都を異次元に放逐することもできる」


 陽太が結論を告げる。状況は、想像以上に深刻だった。


「急ぎましょう!」


 一行は馬に鞭を入れ、全速力で王都へ向かった。


 城門をくぐると、すでに街は混乱状態にあった。あちこちで火の手が上がり、人々が逃げ惑っている。


「手分けして消火を!」


 アリシアの指示で、騎士たちが散っていく。三人は真っ直ぐ王城へ向かった。


 城内も既に戦闘状態だった。衛兵たちが炎の魔物と戦っている。


「美咲、香織、援護をお願いします!」


 陽太の指示に、二人は即座に応じた。


「神域展開・重力反転!」 「創世魔法・水の防壁!」


 美咲の力で魔物たちが宙に浮き、香織が生み出した水の壁が炎を消していく。


「陽太くん、私たちは?」


「地下へ行きます。四天王を止めないと」


 三人は城の地下へと向かった。螺旋階段を下りていくと、熱気と電気の匂いが強くなってくる。


「近いです。この先に——」


 地下の大広間に出た瞬間、三人は息を呑んだ。


 そこには、炎を纏った赤い巨人と、雷を従えた青い戦士の姿があった。


「ほう、追手か」


 ヴォルカンが振り返る。その手には、既に星霜の鍵が握られていた。


「遅かったな、人間ども」


 ライゼンが嘲笑う。しかし、陽太の魔眼は、彼らの力の本質を見抜いていた。


「美咲さん、ヴォルカンの炎は魔力の振動数で制御されています。神域で振動を乱してください」


「分かったわ」


「香織さん、ライゼンの雷は生体電流の延長です。絶縁体を創造してください」


「任せて!」


 二人が同時に動く。しかし——


「甘いわ!」


 ヴォルカンの炎とライゼンの雷が融合し、巨大な炎雷の竜が生まれた。


「二人の力を合わせれば、お前たちなど——ん?」


 ヴォルカンの言葉が止まる。陽太の魔眼が、これまでにない輝きを放っていた。


「見えました」


 陽太が静かに呟く。


「あなたたちの力の源泉、魔力の循環、弱点、すべてが」


 陽太が手を翳すと、空中に複雑な魔法陣が描かれた。それは、緻密な解析の結果生まれた、対四天王用の特別な術式だった。


「これは……魔法陣? 貴様、魔法が使えないのではなかったのか!」


「使えません。でも、見えるんです。そして、伝えることができる」


 陽太が叫ぶ。


「美咲さん、座標X-15、Y-7、Z-23に神域を集中! 香織さん、その逆位相に氷晶の槍を!」


 二人は迷わず従った。陽太の指示通りの座標に、それぞれの力を放つ。


 すると——


「ぐああああ!」


 ヴォルカンとライゼンが同時に苦悶の声を上げた。陽太の解析により、二人の魔力の急所を正確に突いたのだ。


「今です! 合わせ技を!」


「神域展開・次元切断!」 「創世魔法・聖なる裁き!」


 美咲の力が空間を切り裂き、香織の光が四天王を貫く。


「ま、まさか……我らが……」


 ヴォルカンとライゼンの体が、光の粒子となって消えていく。最後に残った星霜の鍵が、床に転がった。


「やった……」


 香織が安堵の息をつく。しかし、陽太は倒れかかった。


「陽太くん!」


 二人が支える。陽太は蒼白な顔で微笑んだ。


「すみません……ちょっと、魔眼を使いすぎたみたいで」


 その時、地下室に重い拍手の音が響いた。


「見事だ」


 振り返ると、そこには黒いローブを纏った人影が立っていた。顔は見えないが、その存在感は四天王をも上回っている。


「貴様は……」


「魔王軍幹部、ザイオン。四天王の上に立つ者だ」


 ザイオンはゆっくりと近づいてくる。


「特に君、金色の魔眼を持つ少年。君の力は興味深い」


「何が目的です」


 陽太が問う。ザイオンは低く笑った。


「魔王様は、君のような存在を待っていた。すべてを見通す目。それこそが、我らの計画に必要なものだ」


「計画?」


「いずれ分かる。今日のところは、これで失礼しよう」


 ザイオンの姿が闇に溶けていく。


「待て!」


 美咲が神域を展開するが、既に遅かった。


 地下室には、再び静寂が戻った。陽太は星霜の鍵を拾い上げながら、不安を覚えていた。


 魔王軍の真の目的は何なのか。そして、なぜ自分の魔眼が必要なのか。


 異世界での戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。


 こうして第1章は終わりを告げる。陽太たちの異世界での冒険は始まったばかりだ。元の世界では「最弱」と呼ばれた少年が、この世界でどのような活躍を見せるのか。そして、美咲と香織との関係はどう変化していくのか。


 物語は、これから本格的に動き出そうとしていた。

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