3話
その日の放課後、夕暮れの中、俺と雄一郎は並んで下校していた。
伸びる影が俺たちにピッタリくっついている。
それは自然な事だからいい。
問題はあまり遠くない未来、俺はこいつに殺されるんだ。
まったく知らんやつに殺されかけるし、親友には殺されるし、俺の人生やべぇな。
神様には春川凜々を助けろとのお達示だが、俺としては未来を変えるチャンスだ。
どこかでターニングポイントがある。それを見極める必要がある。
「どうしたよ健人ちゃん。難しい顔して」
「はいぇ!?そんな顔してたか?」
「なんか悩みでもあるんか?」
「まぁ……」
お前に殺されないために脳をフル稼働させてるんだよ。とは言えねぇよなぁ。
「歯切れ悪ぃな!俺に隠し事はやめろよ!親友だろ!」
ワッハッハ!と笑いながら肩をガシガシ叩いてくる。
伸びる影もそれを真似る。
選択肢は……出ないか……。
ここが分岐点ではないらしい。
ダッダッダッ。
そんなことに思考をさいていると背後から駆け寄る足音に気づかなかった。
「けーんとっ♪」
ガバッと後ろから抱きつかれる。
柑橘系の匂いとこの呼び方、間違えるはずがない。
「冬子」
「えっへへ、健人の姿見えたから追いかけて来ちゃった♪」
天野冬子俺の幼なじみにして……。
すまん、ここで映像が蘇った。
『大きくなったら結婚しよう』そう誓ったのは紛れもない、天野冬子だ。
なんだってこいつの顔を思い出せずにいたんだ?
栗色でセミロングの髪。
冬という名前が入っているとは思えないほど明るい女の子。って言っても、こいつはもう大学生だが。
こいつと並んで歩いていると高校生カップルと間違われてしまう。
まぁ、こいつはこの春から大学生になったばかりだし、間違われてもしゃーないが。
にはは、と笑みを浮かべると口の端からひょっこりと顔を出す八重歯がまた可愛い。
「冬子さーん!こいつじゃなくて俺と付き合いましょーよ!絶対幸せにしてみせるんで!」
雄一郎は冬子が好きだ。
うん?雄一郎は冬子に気がある?うん?なにか引っかかるな。
理由が分からない疑問が浮上する。
なにか引っかかるな……。
未来で何かあった気がするが……。なんだ?また記憶にモヤがかかって思い出せない。
「お願いしますよ!冬子さん!」
「うーん、やだ♪」
「なんで!?」
「だって雄くん重そうだもん」
「こいつだって小さい頃にプロポーズしたんですよ!?なんでokしたんですか!?」
「うーん……。あの頃ってなんだか恋にときめく年頃じゃない?」
「今もときめいてください!」
押し問答が続く。
雄一郎を止める
雄一郎を止めない
ここがターニングポイントっぽいな。
まぁ、婚約者が他の男の毒牙にかかっているのは例え親友でもいい気はしない。
「雄一郎、その辺にしとけ」
「おーおー、未来の旦那さんは余裕だな」
「あたしを守ってくれるの!?健人!」
親友のひがみと恋人の「さすがあたしの婚約者」という視線が俺に集まる。
「冬子、お前は家あっちだろ?」
俺たちが話しながら歩を進めているとT字路に差し掛かった。
冬子は東側、俺たちは西側だ。
雄一郎と2人きりになるのは怖いが、冬子がこれ以上言い寄られないのはホっとする。
「それじゃあ、健人とついでに雄くんまたねー♪」
大声で俺たちに別れを告げながらブンブンと両手を振りながら彼女は帰路へと進む。
「なぁ、健人」
「なんだよ」
「本当に冬子さんが好きか?」
「当たり前だろ?」
「そっか」
雄一郎は右手をポケットに突っ込んだまま俺に尋ねる。声のトーンが低くなって正直怖い
「俺が望んでる未来はやってきそうにないな」
「は?なんのことだ?」
「死んで詫びろ」
ギロっと怒りと悲しみが織り交ざった表情を浮かべてポケットから手を出す。
そこにはナイフが握られていた。
待て!待て待て待て!どういうことだ!?
嫉妬で俺を殺すのか!?冬子がそんなに好きなのか!?
考えがまとまらない。
あの時、刃物で刺された強烈な痛みが思い出される。
何故だ!?どこで間違えた!?
耐え難い痛みをまた味わうのかという恐怖が襲う。
ダッ!
気がつくと俺は脱兎の如く駆け出していた。
逃げろ逃げろ逃げろ!
俺の思考はとにかく雄一郎から離れることで頭がいっぱいだった。
時間にしては10数秒。けど俺にとっては10分くらいに感じられた。
追いかけてくる足音が聞こえない。
逃げ切れるか!?
少し安堵していた。
その瞬間、ゴッ!と頭に強い衝撃が走った。
「痛ってぇ!」
その場にうずくまる。
頭を押さえる。
大量の血がボタボタとアスファルトをどす黒い赤で染まる。
痛みを感じた所を抑えると血液がどんどん腕を伝って流れ出ていく。
頭皮はえぐられて頭蓋骨がわれていた。
地面を見ると、俺の血だと思われる真っ赤なそれに染まった先が尖っていて大きめな石が落ちていた。
これを投げたのか……!
「お別れだ、健人」
その言葉で俺の意識は途絶えた。