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1話

 



 人生は選択の連続だ。

 それ次第で大きく人生が変わることがある。

 小さいものなら、お菓子を買う買わない。

 お菓子を買ってお腹を満たす。

 買わなかったらお腹は満たされない。

 前者なら、夕ご飯を残してしまい親に怒られる。

 後者なら、ご飯を残さず食べて親に怒られることもない。

 その小さな変化でも人が生きる道というのは変わってしまう可能性がある。

 大きな変化なら夢だろう。

 小さい頃、誰もが夢を見ていたはずだ。

 スポーツの選手。

 アイドル。

 最近では声優や動画配信者など、誰もが一度はなりたい自分の姿を想像して夢を見ていたと思う。

 しかし、夢を見続けて叶えることが出来るのは極わずか。

 大抵の人は志半ばで挫折して諦める。

 夢を追うものは必ずどこかで挫折してしまう。

 怪我をしてスポーツを続けられなくなった。

 声が出なくて演技をすることができなくなった。

 そういう夢を追えなくなっても選択肢はある。

 部活でマネージャーになり、夢を追う者の支援に回る。

 自分が今まで学んできたことのノウハウを誰かに教授する。

 そうやって本来抱いていた夢とは近くて遠いが間接的に叶えることが出来る。

 では、それ以外の挫折とはなにか?

 例えば、同じ夢を志していた者がいるとする。

 そいつと切磋琢磨して競い合って夢を追いかけて、互いに成長していく。

 しかし、片方が成功を収めると、失敗した者は相手を妬んでしまうこともある。

 そうすると、相手に手を出してしまうという選択肢が生まれる。

 手を出す。

 抽象的だが、その方法は様々だ。

 SNSでの誹謗中傷。それだけに留まらず、相手が憎い存在になり、殺してしまう。

 そんな選択肢も浮き出てくる。

 前置きが長くなってしまって申し訳無いが、俺が今その状況なのだ。

「はぁはぁ……!」

 太陽がすっかり沈み、月が顔を出す夜。雲が時々月を隠し、暗さに波がある。

 ザッザと枯葉や時々何かを踏み潰す感触が足を伝って来るが、それにかまう余裕はない。

 森と言うには、木々はそこまで多くない。あえて言うのであれば林だろう。

 油が腐ったような匂いが鼻を刺激する。

 銀杏の実だ。

 先程から踏み潰しているのもそれだ。

「はぁはぁ……!」

 俺は走る。

 とある人物から逃げているからだ。

 ピカっと光が俺を捉える。突然の光に目が刺激される。

「みぃつけた」

 その光の先から声がかかる。

 左手で懐中電灯を俺に向けて、ニヤリと狂気的な笑みを浮かべている。懐中電灯で怪しく光る表情はさらに恐怖差を際立たせていた。

 右手には包丁。そいつは、俺の親友だった小鳥遊雄一郎(たかなしゆういちろう)だ。

 俺たちは共に30代前半だ。

 絵を描くのが好きだった俺は、雄一郎に漫画家になろうと声をかけられた。

 絵を描いて漫画を読み漁って、コマ割りや絵の見せ方を独学で学ぶ日々が功を奏し、俺は漫画家としてそこそこ成功をした。

 対して雄一郎は、絵こそ評価されるが話の構成などが上手くできず、ヒット作が出せずにいた。

 ザッ。

 慌てて逃げようとするが、光が照らす先を見据えて咄嗟に足を止める。

 崖だ。

 コロッと小さな石ころが落下する。あと一歩進んでいたら俺もその仲間入りだっただろう。

 月が照らすと言ったが、僅かに視界が薄く照らされる程度だ。

 断崖絶壁のようなものを夜に発見することは、やつが今構えている光を照らせるアイテムがないと無理に等しい。

「逃げ場はないぜぇ、けんとちゃーん」

 健人。

 叢雲健人(むらくもけんと)、俺という人間に与えられた名だ。

 どうする?逃げ場などない。

 実はそこまで高い崖ではなく、足の骨こそ折れるが、生きながらえる可能性にかけるか?

 いや、さっきの落下した石ころが地面と接触する音が聞こえないということは、それなりの深さだ。

 それに仮に助かったとしてその後どうする?

 では雄一郎に突撃して殴り合うか?

 俺は喧嘩慣れしていないし、あいつは小学生の頃に軽くやっていた程度だが、空手の心得がある。

 加えて向こうは刃物も手にしている。

 打撃は腕で多少はダメージを抑えられる。だが刃物は突き刺されると防御力無視だ。

 殺傷能力が高い分、俺が不利だ。

 どうする?

 そう思考を巡らせている間にも雄一郎はジリジリと距離を詰めてくる。

 殺人鬼になりかけている元親友が1歩1歩迫ってくる恐怖。

 背後は崖。

 逃げ場などない。

 冷や汗が頬を伝う。

 どうする?どうする?逃げる選択肢は無い。なら正面から強行突破しかなくないか?

「うおおおおおおおおお!」

 覚悟を決めた俺は雄叫びに近い叫び声をあげて相手に立ち向かう。

 右手を振り上げて殴り掛かる動作を見せるが、こいつは冷静にガラ空きになった俺の腹部を手にしたそれで突き刺した。

「グフっ」

 刺された箇所が激痛を襲う。

 腹と口から大量の血が溢れ出る。

 口の中が鉄の味で支配される。

 やっぱりそうだよなぁ……。

 もっと冷静になるべきだったかもしれない。いや、この状況で?

 いやぁ、難しいと思うけどな。

 人生にコンテニューなどない。

 選択肢を間違えて命を落とせば、人生はそこでおしまいだ。

 激痛に耐えつつ、血が吹き出す腹を抑えてそんなことを考えるが俺の視界は少しずつ光を失った。



 一瞬、ほんとに一瞬だった。

 俺は目を覚ました。

 真っ暗闇の空間。

 先程のように月が地上を照らす夜の林ではなく、何も無い真っ暗な空間。

 だけど不思議と、手や足がはっきりと見える。

 傷口も刺されたのが嘘だったかのように塞がっていた。

 口からも血は出ていない。

 当然鉄の味もしない。

「ここは……?」

「ここは生と死の狭間です」

 疑問への回答はすぐに背後から飛んできた。

「うわっ、びっくりした!」

「ふふ、ようこそ」

 振り返ると蒼白色の髪に大きな白い翼が特徴的な女性がいた。

「あなたは……?」

「私は全知全能の神。気楽に全ちゃんとお呼びください」

「はぁ……。じゃあ全能様で」

「あら、その呼び名もいいですね」

「どっちみちアウトな気がしますが」

 口元に手のひらを当ててくすくす笑う神様。

「って、神様!?」

「はい、神ですが?」

 叫びながら相手の存在を確認する。

 神……神……神様!?

 え!?実在するの!?

「現にここに存在してますが」

「心読まれた!」

「全知全能ですので」

 ぺこりとお辞儀をされる。

 俺もそれに習いオウム返しをする。

「神様、俺を生き返らせることは出来ますか?」

「できますよ」

「なら!」

 よし!雄一郎を懲らしめられる!

「ですが、ただ生き返らせるだけじゃあ物語の進行状、楽しくありません」

「物語の進行状って何!?」

 ふふふ。

 この笑みが怖いです。

「あなたには、とある女の子を救う手助けをしてもらいたいのです」

「女の子?俺が?色々まずくないですか?」

「春川凜々(はるかわりり)をご存知ですね」

「えっ!?そりゃあもちろん」

 春川凜々。俺の高校時代のクラスメイトだ。

 だけど。

「春川凜々はもういないはずですし、生きていても女の子とは呼べないんじゃあ?」

 それに、と俺はさらに言葉を続ける。

「俺、あいつに殺されかけてるんですよ」

 そう、俺がまだ小学生低学年の頃、春川凜々は俺になんの恨みがあるか分からないが、俺を亡き者にしようと企てた張本人だ。

 しかし、件の女は高校生の時に自ら命を絶った。

 いじめが原因でだ。

 学校、そして彼女は普通の家庭ではなく、児童養護施設で育っていた。

 その両方での生活が上手くいっていなかったようだ。

 正直、ざまぁみろと言った感じだ。

「はい。ですのであなたをこれまでの記憶を持たせたまま過去へと飛ばします」

「あの、話聞いてました?あいつに殺されかけてるんですが……」

「この物語のテーマは選択です。重要な択が迫られた場合、選択肢が出ます」

「俺の言葉を聞けぇ!」

「ふふふ」

 またもや笑みを浮かべられた。

 はぁっと深いため息がもれる。

 なんで俺が折れなきゃと心の中で毒を吐き神様に問う。

「それって俺じゃないとダメなんですか?」

「ダメです」

「何故ですか?」

「それは本人から聞いてください」

 片目を閉じて人差し指を口元に運びいたずらっぽく笑う神様。

「えー、そこを説明されなきゃそのお願いは聞けません」

「あなたに拒否権はありません」

「なんで!?」

「どうしてもです」

 有無を言わさぬ速さで彼女は俺の頭に自身の手を置いた。

「過去に戻る前に一つだけ忠告しておきます」

「なんですか?」


「----に気をつけてください」


 あの、よく聞こえませんでした。そう聞き返そうとしたが、俺の意識が闇へと沈んだ。


「なぁ、昨日のヤンの戯れチャンネル見たか?」

「んな暇ねぇよ。今日数学の小テストあるって工藤から言われてたろ?」

「そうだったああああ!」

 ザワザワ、ワイワイ。

 周囲の喧騒で電源が入ったかのように俺の意識は覚醒した。

 ホームルーム前のクラスメイトたちの会話。

 当然全員制服だ。

 俺の席は窓際の1番後ろと、よくあるポジションだ。

 まぁ、理由のひとつは俺の身長が180cmあるから必然的に最後列。もうひとつはたまたまだ。

 一度終わった学生時代、今世ではもう過ぎ去ったあの頃に俺はタイムリープしていた。

 ガラッ!

「皆の者おっはよーう!」

 教室の後ろ側の扉が勢いよく開き、快活に挨拶をする人物が現れた。

「よう、小鳥遊!」

「小鳥遊君おはよう!」

 ニコニコとテンション高く、いかにも陽キャというキャラが大股で、俺の前の席まで詰め寄ってきた。

 言うまでもない、俺を殺そうとした小鳥遊雄一郎その人だった。

「おはようさん健人ちゃん」

「お、おうおはよう」

 バンバン!笑いながら俺の机を叩く

 俺に先程までの記憶があるようにこいつにも同様の記憶があったら、と思うと怖い。

「どうしたよ?引きつった顔して」

「いやな」

 さて、どう対応したものかと逡巡していると


「俺を殺そうとした記憶はあるか?と問う」

「テキトーに誤魔化す」


 うおっ、ほんとに選択肢が出た。

 前者は聞くのが怖いな。

 後者で行くか。


「テキトーに誤魔化す」


「いやな、お前に殺される夢を見たんだよ」

 頭をよぎった言い訳がこれだった。

 やばい、もしこいつに記憶があったら、速攻バットエンドじゃないか!?

 と内心焦っていると

「はっはっはっ!俺がお前を殺す!?んな事天地がひっくり返っても有り得ねぇよ!」

 ケラケラと笑い飛ばされた。

 いや、実際俺はお前に殺されかけたどころか、神がいなかったらもう星になってたよ。

 と内心ツッコむ。

 この様子だと、こいつにあの記憶は無さそうだ。

 そもそも俺がこいつに殺されかけた理由は俺だけが漫画家として成功したのと……。

 あれ?もうひとつ重要な理由があったはず……。

 脳で記憶を再生しようとしたが、そこだけが黒く塗りつぶされたように思い出せない。

 何故だ?

「おーい、健人ちゃん?」

「あっ、悪い」

 虚空を見つめていた俺に手を振り我に帰らせられた。

「そんなことよりさ、英語の宿題やった?漫画書いてたら忘れちまって」

 てへへと舌を出す雄一郎。

 男がやると気持ち悪いな。

「悪い、俺ちょっと気分悪いから保健室行ってくる」

「ちぇー」

 とにかく今はこいつから離れたかった。

 廊下に出て10メートルほど進んだところで、1人の女学生が、数人の他の女子に囲まれて無理やり気味にどこかへ連れていかれようとしていた。

 首にかかるくらいまでのセミロングの髪をポニーテールに結っているその後ろ姿は紛うことなく、春川凜々のものだ。

 なぜわかるかって?

 何となく雰囲気で。

 あれ?なんで、ほとんど接点のない相手を後ろ姿の雰囲気だけで、判別できたんだ?

 ま、いいや。一応クラスメイトだからわかったんだろう。

 本当は体調良くないし、どこかで時間潰してホームルーム前に戻ればいいか。

 そう思っていたが。


「春川凜々を追いかける」

「無視する」


 またもや選択肢。

 んなもん無視する一択だろ。

 俺、あいつに殺されかけてるんだぜ?そんな相手を助ける義理なんてない。

 確か1階に自販機あったな。そこでジュースでも買って一服するか。

 タバコ吸うって意味じゃないからな?

 休憩するって意味だからな?

 ここは3階。

 そこから1階まで降りて目当ての自販機でコーラを購入。

 日差しが差し込む花壇を眺めていると人が降ってきた。

 グシャ!

 頭から落っこちてザクロの実のようにドス黒い血がコンクリートを染める。

 落ちてきたのは春川凜々だった。

 ぶつん。

 俺の意識はそこで途絶えた。

 しかし、それは一瞬だった。



「あなた、私の話を聞いてました?」

 再びあの真っ暗闇の空間で椅子に座られ、両手は後ろでロープか何かで縛られている。

 目の前には、ニコォと笑顔を浮かべている神様。

 顔は笑っているが、その声調は怒りを帯びていた。

「だって、1度あいつ俺を殺そうとしてるじゃないですか!」

「それでも助けなきゃダメです」

「どうしてですか?」

「どうしてもです」

「話になりません!俺はもう死んでいいので、解放してください!」

 ふぅ。

 彼女はため息をついた。

 そして無言で俺の頭に手を乗せられる。

 ほうっと、暖かな温もりを感じながら再び意識がぶつんと切れた。

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俺の言葉を聞けぇw!とニッコリ笑う神様で吹きました。ギャグ×サスペンス×異能リープもの!?しかも選択肢って、めちゃくちゃ斬新ですね!さらに起承転結の転から初めて読者を引き込む構成でしょうか。メチャクチ…
親友に殺されて、 高校時代に殺されかけた女子を救う為に 高校時代にタイムスリープ。 なかなかアグレッシブな展開ですが、 個人的にはこういう展開も好きです。
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