表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界戦記~異世界からの侵略が始まったけど、俺は生き延びる~  作者: もっさり白ブリーフ
トーキョー侵攻
3/20

侵略者は突然に

透明人間になりたい

 ――10分前 東京・渋谷――

 昼下がり。


 真夏の太陽がギラつく空に君臨し、ビルのガラス窓に反射して鋭く煌めく。

 熱気がアスファルトを這い、湿った風が雑踏の間を吹き抜けていく。


 スクランブル交差点は、いつもと変わらぬ喧騒に包まれていた。

 スーツ姿のサラリーマンがスマホを片手に急ぎ足で横断し、制服姿の学生たちはアイスドリンクを片手に笑い合いながら歩く。

 観光客らしき外国人は、巨大モニターに映る制汗剤の広告をぼんやりと眺めていた。


 その“当たり前”は、前触れなく終わる。


――ゴォォォォォ……ン……!


 突如として、地鳴りが響いた。


 空気が震え、ビルの窓ガラスが微かに揺れる。

 人々の足元を、まるで警告のような振動が駆け抜けた。


 次の瞬間――


 交差点の中心に、白く輝く巨大な門が、そこに「存在していた」。


 「……えっ?」


 最初に異変に気づいたのは、横断歩道の中央にいた若い女性だった。


 スマホを片手に動画を見ていた彼女は、ふと違和感を覚え、顔を上げる。

 その視線の先――


 さっきまで何もなかったはずの空間に、見上げるほどの荘厳な門が佇んでいた。


 「なにこれ……?」


 彼女の呟きが、まるで世界を切り替えるスイッチだったかのように、周囲の意識を門へと向かわせる。


 「なんだあれ?」

 「映画の撮影か?」

 「合成じゃなくて……本物?」


 白く輝く門。


 それはまるで、神話の世界から切り取られたかのような神聖さを湛えていた。

 だが、その静謐な光は、不思議と冷たい。


 近づくと、目には見えない「圧」が、胸の奥に重くのしかかるような感覚を生じさせる。


 しかし、そんな異様さも、人々の興奮を削ぐには至らなかった。


 「すげぇ……これライブ配信しよ!」

 「え、なんだよこれ? ファンタジー?」

 「バズるぞ、これ!」


 門の前には、次第に群衆が集まっていく。

 未知の存在に対する畏怖よりも、**「面白いネタ」**としての興味が先行していた。


 そして――


――ギギギギ……!


 門が、動いた。


 まるで“開くことが定められていた”かのように、ゆっくりと、扉が開き始める。


 門の向こう側。

 門の奥には、夜の闇よりなお黒い“裂け目”が口を開けていた。


 暗闇よりなお深い闇。

 そこから、重く響く足音が響き渡る。


ズン……ズン……ズン……


 そして、門の隙間から、黒の軍服を纏った軍勢が現れた。


 黒鉄の鎧に身を包み、鋭利な槍を携えた兵士たち。

 彼らは一糸乱れぬ動きで進軍し、整然とした隊列を形成する。


 まるで、ひとつの巨大な生物が脈動しているかのように――


 「……なんだあれ? 映画の撮影か?」

 「にしてはリアルすぎねぇか? あの門とか急に現れたし……」


 未だ呑気にスマホを構える若者が、半笑いで兵士たちの前へと歩み出る。


 「やべぇ、これ絶対バズるぞ!」

 「俺、ちょっと近くで見てくるわ!」


 不用意に歩み寄った男が、軍勢の最前列にいる兵士へと話しかける。


 「ちょいちょいお兄さん! これコスプレっすか? 映画の撮影とかこの後あるん……」


 その瞬間だった。


――ヒュッ。


 風を切る音。


 次の瞬間――


 男の腕が、「なかった」。


 「っうぁ!? ぅぎゃぁぁぁぁっぁあっあぁぁ!!??」


 理解が追いついたときには、すでに遅かった。

 肩口から先が消え、そこから噴き出す異常な量の鮮血。


 男は悲鳴を上げながら、地面に崩れ落ちる。


 「目障りだ。消えろ。」


 冷たい声が響いた。


 次の瞬間――


 最前に立つ男が剣を抜き、躊躇なく、一閃。


 刃が閃き、首が飛んだ。


 ごろり。


 転がる頭部。


 「……は?」


 誰もが、何が起こったのか理解できなかった。


 しかし、飛び散る血と、充満する鉄の匂いが、容赦なく「現実」を突きつける。


 軍勢が、歩を進める。


 その中心に立つ男が、静かに言葉を放った。


 「今より、この地は我らドレヴァークのものとする。」


 そして、決定的な一言を告げる。


 「――抗うか、跪くか。それ以外の選択肢はない。」


 最初の一撃が落とされた後の沈黙は、嵐の前の静寂に似ていた。

 いや、違う。


 これは嵐ではない。

 これは、理不尽な死が、ただ無作為に降り注ぐだけの空間だった。


 そして――


「――きゃああああああああ!!!」


 誰かの悲鳴が、瓦解の合図となった。


  人々が一斉に逃げ出す。


 思考する余裕もなく、ただ無意識に体が動く。


 駅へ向かう者。

 ビルの中へ駆け込む者。

 車道に飛び出し、クラクションの音が響く。


 しかし、それは無意味だった。


 黒の軍勢は、止まらない。


 命令の声はない。

 掛け声もない。

 誰かと意思を通わせる仕草すらない。


 ただ、進む。

 ただ、その歩みの先にいる者を、淡々と刈り取る。


――ズバァッ!!


 槍が一閃。

 前を走っていた男の背中を貫いた。


 「――ぐっ、ぁ……!」


 駆け出したままの体勢で、男の動きが止まる。

 次の瞬間、槍が抜かれ、鮮血が放物線を描いた。

 男はただの「重力に従う肉塊」となり、地面に転がる。


 隣を走っていた女性が振り返る。


「まっ――」


 声が出る前に、剣が閃いた。


 斜めに切り裂かれた首が、ぎこちなく揺れ、

 遅れて、その体が崩れ落ちた。


 血が、白い舗道を染めていく。


 刃が振るわれる。

 肉が裂ける。

 血が飛ぶ。

 ――それだけだった。


 黒の軍勢は、歩調を乱さない。


 彼らの進軍の先にいる者は、ただ、それだけの理由で命を奪われていく。


 「やめろおおおおお!!!」


 一人の男が叫び、手近なベンチを掴んで振りかざした。

 パニックの末の、本能的な抵抗。

 しかし――


 黒の兵士の腕が、わずかに動く。


 それだけで、ベンチごと男の体が両断された。


 「……っ!?」


 胴体が崩れる。

 断面から流れ出た血が、兵士の黒い靴を濡らす。


 槍が横薙ぎに振るわれる。

 刃が通過した場所にいた者は、一瞬の間に、己の姿を見失った。

 断ち切られた腰から上が、遅れて、地面に落ちる。


 車道に逃げ出した男が、息を切らしながら振り返る。

 兵士たちが、一歩、一歩と歩みを進める。


 「な、なんなんだよ……!? お前ら、人間なのかよ……!!」


 男の叫びが響く。


 しかし――黒の軍勢は、何も言わない。


 ただ近づく。


 男の膝が、がくりと崩れた。

 走りすぎたせいか、それとも――恐怖のせいか。


 彼は涙を浮かべ、懇願するように手を伸ばす。


 「頼む、助け――」


――スパァッ


 血飛沫。


 男の体は、そのまま倒れた。


 叫びは無意味だった。

 命乞いも無意味だった。

 理由はない。ただそこにいたから殺された。それだけだった。


 静寂。


 軍勢の歩調だけが、規則正しく響いている。


 誰もが逃げる。

 誰もが叫ぶ。

 誰もが死ぬ。


 この地に、もう「日常」はなかった。


 渋谷は、血の雨に染まっていく。





 

 爆風が収まった。


 世界が静寂に包まれる。


 耳鳴りがする。

 鼓膜の奥で、金属を擦るような高音が響いていた。


 何が……起こった?


 思考がまとまらない。

 数秒前まで、ただ順番を待っていただけだった。


 しかし――


 赤い光の玉が飛び込んできた。


 本能的に、胸の奥が冷たくなる。

 思考するよりも早く、体が勝手に動いた。


 ――やばい。


 その一言に突き動かされ、カウンターの陰へ飛び込む。


 次の瞬間――


 爆発。


 爆風。

 熱波。

 衝撃。


 背中を強く叩きつけられる感覚と、耳をつんざく破壊音。

 全身が宙に浮いたような錯覚。


 ……だが、今はもう、すべてが静まり返っていた。


 息を吸う。


 ――生きている。


 それだけを確認し、震える腕でカウンターの縁を掴む。

 ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡した。


 そして――息を呑む。


 店内は、瓦礫と化していた。


 天井は崩れ、鉄骨がむき出しになっている。

 壁の一部は吹き飛び、床には砕けたガラスと木片が散乱していた。

 カウンターの奥にあったはずのコーヒーマシンやメニュー表は、どこかへ消え失せている。


 ついさっきまで、コーヒーの香りとざわめきに満ちていた空間。

 しかし、今はもう、その名残すらない。


 そして――


 血肉。


 異様なほどの赤が、視界を埋め尽くしていた。


 腕。

 足。

 頭部だったもの。


 それらが、そこら中に転がっている。

 壁や天井には赤黒い染みがこびりつき、そこに"誰か"がいたことを示していた。


 カウンターの向こう。

 さっきまでコーヒーを淹れていた店員が倒れている。

 だが、その体の半分は焼け爛れ、もはや意識があるのかすら分からない。


 もし、あと少しでも光の玉に近かったら――


 俺も、同じように消し飛んでいた。


 理解した瞬間、全身の血が逆流するような感覚に襲われる。

 胃がひっくり返りそうになる。


 目を逸らしたくなる。

 しかし、もっとひどい光景が視界に飛び込んできた。


 入り口付近。


 そこには、何もなかった。


 壁も、扉も、テーブルも。

 そして――人の形も。


 ただの焦土だった。


 黒く焼け焦げた床。

 大きく抉れたような空間。

 赤黒い染みだけが、そこにいたはずの人々の痕跡を物語っていた。


 ……ここにいた奴らは、一瞬で消し飛んだ。


 息が詰まる。


 カフェはもう、カフェではなかった。

 ただの死の現場だった。


 ――シン……


 音がない。


 誰の声もしない。

 何も動かない。

 まるで世界から、"生"という概念が欠落したような感覚。


 しかし――


 その静寂を破るように、


 コツ、コツ、コツ――


 外から、ひとり近づいてくる音がする。


 黒の軍服に身を包んだ赤毛の男が、ポケットに片手を突っ込んだまま、瓦礫と化した店内へ足を踏み入れる。


 足元に転がる血肉を踏みつけながら、特に気にする様子もなく、ゆっくりと歩を進める。


 カウンターの陰に潜み、俺は息を殺した。


 ――見つかるな。絶対に動くな。


 心臓がやかましいほど鳴る。

 だが、それすら聞こえてしまうのではないかと思うほど、店内は静まり返っていた。


 赤毛の男は、立ち止まり、ふと店内を見渡した。


 そして、ぶっきらぼうな声で問いかける。


 「生きてるやつはいるかぁ?」


 軽い調子。

 だが、その声は店内の隅々まで響き渡った。


 誰も、何も、答えない。


 当たり前だ。

 返事をすれば最後、次の瞬間には跡形もなく吹き飛ばされる。


 しかし――男は沈黙が気に入らなかったらしい。


 「……ちっ。」


 舌打ちが響く。


 「めんどくせぇ。もう一発ぶちこんどくか。」


 呟くと同時に、彼の手のひらに赤い光の玉が生まれた。


 さっき、店を吹き飛ばしたものと同じ。

 あの、即死の光。


 男は、まるで何でもないことのように、掌の上でそれをゆらゆらと転がす。


 「……隠れてんなら、まとめて消しちまえばいいだけだよなぁ?」


 その直後――


 「ひっ……!」


 かすかに、小さな声が聞こえた。


 男の声――生存者か。


 俺は一瞬、息を呑む。

 だが、同時に最悪の可能性が頭をよぎる。


 ――聞かれた。


 赤毛の男が、ピクリと眉を上げた。

 そして、ニヤリと口角を吊り上げる。


 「……おいおい、生きてるやついるのかよ!」


 一気に上機嫌になったような声。

 期待に満ちた声音で、彼は楽しげに言う。


 「出て来いよ!」


 興奮を隠そうともせず、声のした方へと歩を進める。

 足元の瓦礫や血溜まりを踏みしめながら、ゆっくりと。


 「ここに来てから、人間はたくさん殺したがよ――」


 熱に浮かされたような口調で、男は語る。


 「みんな抵抗もせずに死んじまうんだ。」


 その言葉には、わずかな退屈が滲んでいた。

 まるで、何の面白みもない作業に飽きたかのように。


 「陛下に言われたから殺しちゃいるが……つまらなさすぎるんだよなぁ。」


 つまらなそうに肩をすくめ、男はため息をつく。


 「ここの連中は弱すぎる。すぐに死ぬ。驚く暇も、叫ぶ暇もなくな。」


 男は指先で赤い光を転がし、つまらなそうに舌を打つ。


 「そろそろ骨のある、俺を楽しませてくれる奴を探していたんだぜ!!」


 赤毛の男が声を荒げた瞬間――


 「ひぃっ!!」


 隠れていた生存者の男が、さっきよりも大きな悲鳴を上げた。


 ――まずい。


 このままでは、確実にやられる。


 考える暇はなかった。

 俺は反射的に、足元に転がっていた瓦礫を拾い上げる。

 そして、赤毛の男めがけて思い切り投げつけた。


 ゴッ!


 鋭い音が響く。


 瓦礫は、男の肩口に直撃した。


 「……ん?」


 男は眉をひそめ、ゆっくりとこちらを振り向く。


 そして、目を細めると、にやりと口角を吊り上げた。


 「他にも生きてるやつがいんのか!!」


 嬉々とした声をあげながら、俺を捕えようと手を伸ばしてくる。


 ――やばい。


 俺は反射的に、力を解放した。


 「<加速(アクセラレーション)>!」


 視界の端が歪み、全身の感覚が研ぎ澄まされる。

 カフェの崩れた床を蹴り、俺は入り口の方へと向かった。


 だが――


 「逃がすかぁ!!」


 背後から、赤毛の男の叫び声。


 同時に、俺の背中を焼くような熱気が迫る。

 反射的に振り返ると――赤い光の玉が一直線にこちらへ飛んできていた。


 クソッ――!


 考えるよりも先に、足元に転がっていたテーブルに手を伸ばす。

 天板は焦げ、脚も折れていたが、まだ形は残っている。


 俺は、咄嗟にそれを盾のように構えた。


 次の瞬間――


 ドォォォン!!!


 爆発。


 轟音。

 閃光。

 衝撃波。


 テーブル越しに、凄まじい熱が伝わる。

 腕に痛みが走るが、何とか耐え――


 「ぐっ……!」


 耐えきれなかった。


 爆風に弾かれ、俺ごと吹き飛ばされる。

 床を転がりながら、焼け焦げた空気が肺を満たした。


 ゴッ!!


 背中から地面に叩きつけられる。

 視界が一瞬揺れ、耳鳴りがする。


 「……っ、ぐ……!」


 身体中が悲鳴を上げる。

 服は焦げ、腕や足には切り傷ができていた。


 だが――生きている。


 俺の見立ては正しかった。


 さっき店内を赤く染めた光の玉よりも、今のものは小さかった。

 その分、爆発の威力も弱かった。

 だから、何とか耐えることができた。


 ――ただ、一発凌いだだけだ。


 終わりではない。

 次が来る。


 「ははっ、やるじゃねぇか!」


 背後から赤毛の男の声が響く。

 楽しそうな笑い声とともに、またあの赤い光の玉が生み出される気配がした。


 ――立て直さねば。


 俺はすぐに状況を判断する。


 このまま狭い店内に留まれば、逃げ場がない。

 あの男の光の玉は爆発範囲が広い。

 どこへ隠れようが、逃げ切るのは無理だ。


 それに――まだ生存している男がいる。

 このまま一緒にいれば、巻き添えを食らって殺されるだけだ。


 ならば、外へ出る。


 外なら、俺の足が活きる。


 逃げる道がある限り、撒ける可能性はある――!


 「<加速(アクセラレーション)>!!」


 再び能力を発動し、一気に店の入り口へと向かう。


 焼け焦げた床を蹴り、砕けたガラスを飛び越え、視界の端で崩れた天井を捉える。

 あと少し――もう少しで、店の外へ――


 だが――その時。


 「逃がすかよ!!」


 ドォォン!!


 俺のすぐ背後で、爆発音が轟いた。


 直後、熱波が背中を蹴り飛ばすように襲いかかる。


 「っぐ……!!」


 猛烈な衝撃に全身が持ち上がり、前方へと吹き飛ばされる。

 視界がぐるりと回転し、俺は店の外へ投げ出された。


 ドォォン!!


 爆風に叩き出され、俺の体は宙を舞った。


 次の瞬間――


 ゴンッ――!!


 熱せられたアスファルトの上に叩きつけられる。


 「あ……ぐっ……!」


 全身が痛みを訴える。

 衝撃で肺の中の空気が押し出され、まともに息ができない。


 意識が、ぼやける。


 だが――


 そんな状態でも、俺の視界に飛び込んできた光景は、正気を保つにはあまりに苛烈だった。


 街が、壊れている。


 ビルの壁には巨大な穴が開き、黒煙を上げていた。

 砕けたガラス片が降り注ぎ、炎が吹き上がる。

 地面にはいくつものクレーターが刻まれ、瓦礫が積み重なっている。


 そして――血。


 至るところに、赤黒い肉片が飛び散り、まともな形を残した遺体すらない。

 ただ、「人がいた」とわかる痕跡だけが、無造作に散乱していた。


 火薬と血肉の臭い。


 それらが混ざり合い、吐き気を催すほどの死臭を生み出していた。


 ……間違いない。


 あの赤毛の男の仕業だ。


 「……っ……」


 喉が震え、呼吸が詰まる。

 逃げなければ――そう思うのに、体が動かない。


 コツ、コツ、コツ――


 靴音が響く。

 ゆっくりと、確実に、俺の方へ歩いてくる。


 「俺はなぁ――鬼ごっこは嫌いなんだよ。」


 低く、だがはっきりとした声。

 まるで、つまらない話をするような調子で。


 赤毛の男は、俺を見下ろしながら、面倒くさそうに眉をひそめた。


 「男なら、正々堂々と真正面から戦うもんじゃねぇのか?」


 その言葉に、背筋が凍る。


 こんな奴と、戦えるはずがない。


 俺はただの高校生だ。

 いくら能力を持っていたとしても、こんな怪物とやり合う力なんて――


 全身が恐怖に凍りつく。


 呼吸が浅くなる。

 手足の先が、氷のように冷たい。


 そして、無意識に口から漏れた。


 「ば……化け物め!!」


 「化け物ねぇ……」


 赤毛の男は、鼻を鳴らした。

 それは驚きでも怒りでもなく、ただの 「またかよ」 という反応だった。


 「もう何百回も聞いたな、それ。」


 飽き飽きしたように肩をすくめる。

 その仕草は、まるで 「くだらない質問に答えるのも面倒だ」 と言わんばかりだった。


 「でもなぁ、お前らが俺に殺されるのは――」


 男は掌を開く。


 空間が揺らぎ、赤い光の玉が生まれる。

 指先で軽く弾きながら、まるで石ころでも転がすかのように弄ぶ。


 「お前らが弱えからだぜ?」


 まるで、雨が降れば地面が濡れるのと同じくらい、どうしようもない事実を言うように。


 「弱者は強者に殺される。」


 淡々とした口調。

 まるで、その理屈に納得できない奴の方が間違っていると言わんばかりに。


 「それが、逃れようもない運命なんだぜ?」


 そう言いながら、男は光の玉を軽く放り投げる。

 まるで、遊び半分でボールを転がすように。


 その時だった。


 「弱者は強者に殺される……確かに、私も同感ね。」


 透き通った声が響いた。

 しかし、どこか冷ややかだった。


 ――赤毛の男の、すぐ後ろから。


 「なっ……!?」


 男が一瞬驚き、咄嗟に振り返ろうとする。


 だが――遅い。


 その首元には、細い刃物が突きつけられていた。

読んでいただきありがとうございました。続きが気になる、面白かったって方はブックマークと下の方にある星マークを付けてください。ものすごく励みになりますので。それでは、次の話でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ