イモータル 2
人見は、手りゅう弾の破片で破れた左袖をまとめて引きちぎると、再び車の屋根に上がって周囲を見回す。安全を確認すると、上田が窓から顔を出している車に向かって手招きした。駐車場の外で銃撃戦の盾になっていたミニバン達は穴だらけだったが、なんとか自走はできるようだった。
「よし! 今のうちだ」
「事態を収めてくれ。――中尉、頼んだぞ。後始末は俺がやる」
すれ違いざまにそう言い敬礼をする上田に返礼をし、ゆっくり進むミニバンを見送ると、車の屋根から飛び降りる。マシンガンを胸元で保持し、少し背を丸めた独特の体勢で、ビルを降りてきた二人へと近づく。
「あんたもヘリで脱出しなさい。あの車を追って」
「え? でもこの槍は」
「それは、預かる。――大事な証拠だし」
「でも……」
「デモも直訴も無いの。民間人は邪魔なの。わかるでしょ? 上からだって状況は見られるって、ほら!」
春野は項垂れ、首を縦に振った。
その時、向きが変った風に乗って、大人数の足音と車のエンジン音が聞こえてきた。
春野が顔を上げた時、人見は人では無い何かに変わっていた。
燃え上がる車の炎を背負い、黒く陰ったその小さな顔には、目だけが輝き、露になった細い左腕には筋肉の筋が蠢いている。握られた銃のグリップはその握力に耐えかねて軋み、発散する殺気は春野の肌に突き刺さるように感じられた。
後ずさりしながら、遠くを見据えるその視線を追うと、そこには百ほどの人の群れと、それを追うように後で起こる放電があった。建物や電線や街灯が帯電し、スパークしている。
わき道から警察車両が数台現れ群衆に突っ込むが、瞬く間に暴徒に飲み込まれる。力ない銃声が数発起こり、黒のレクサスから出てきた若い細身の警察官が、車の屋根に登って抵抗するが、すぐに弾は尽き悲鳴と共に引きずり下ろされていった。
「奥田あ!」
春野の耳元で人見の発する大音声が響く。
金堂の担いだライフルを奪い取り、道路へと躍り出た人見は自分の身長とあまり変わらない巨大なそれを腰に構えた。
そのまま、百五〇メートルほど先からこちらへジリジリと迫る人間の塊に向かって銃弾を放つ。その一撃は数名の体を一気に千切り飛ばし、細い道を作った。その奥に一人佇む少女をひと目見るや、人見はうなり声を上げ、続けざまのライフル弾を放つ。
上田の車からも五名が降りてくる。駐車場の入り口を守っていた二台からも戦闘服達が数名踊り出て、ブロック塀を盾に一斉に銃口を暴徒へと向ける。
「権田!」
金堂は嬉しそうに、その肩を叩く。彼は素早くミニバンの後ろ扉を開け、マシンガンと弾倉を金堂へと投げ渡した。前の数名に、すぐ横のビルを指し示し、金堂を含む六名は、そのまま駐車場を囲む低いブロック塀の影へ踊りこむと、人見の援護射撃を始める。同時に暴徒からも激しい銃撃が向けられた。
「春野さん。こっちへ!」
振り返って上田が叫んだ。その場にしゃがみこんでいた春野も、槍を抱えなおして上田の元へと転げ込む。
制圧射撃を浴びせながら、金堂が権田の肩を叩く。頭を引っ込める金堂に入れ替わり、権田は素早くライフルを塀の上へと持ち上げ、数秒照準を合わせると、轟音を轟かせた。その一撃で五人が倒れる。
「さすが権田だ。いいねえ!」
「いいえ」
表情を変えずそれだけ言うと、彼はもう一発発射する。
「大尉は引いてくださいよ」
弾倉を差し替えながら、金堂が言う。
「あなたが居れば内務課はどうにかなる。そうでしょ?」
上田は少し笑って、マシンガンを掃射する。
「お前は少し俺を買い被ってるようだな! まあいい。お互い、生きていたらまた話し合おう」
「はい」
「今は己の本能に忠実になれ。これが俺の本心だ」
「勿論!」
ライフルの弾を使い切った人見はそれを捨てると、肩に担いだマシンガンを構えて、向かい側の歩道を駆け抜ける。
「いったー! キレた中尉は無敵だ! フォーゥ!」
拳を振り上げ叫ぶゴリラのような男の無邪気さは春野の混乱を増幅し、リズミカルに鳴り響く殺戮の銃声は、心臓を針のように突き刺した。この場から逃げ出そうとする足を引き止めるのが難しくなってゆく。
「もう、いや……」
耳を塞ぎ思わず呟いてみるが、金堂は射撃を止めない。腹に響く権田の発砲音を三回数えたところで春野は意識を失った。
「お嬢様はおねんねだ」
上田は笑いながらそれを見下ろす。上空からは低空を飛ぶヘリの爆音が轟き始めていた。
「よし、時間のようだ。で、この長いのはなんだ?」
「どうやら、春野さんは、霊感があるそうで、美月のオバケにそれで対抗するようにと言われたそうです」
「へえ、これでねえ……」
「人見さんもちょっと気に入ったようで、置いてけと」
「ならそれでいい。バケモノ退治はあいつに任せよう」
上田は春野の腕から槍を取り上げると、それを地面に置いてその体を軽々と肩に担ぎ上げた。
「では、後は頼むぞ。多少冷静さを保てよ。あと、まあ死なんだろうが、人見を殺すな。後始末は気にせんでもいい。派手にやれ」
「リョウカイです」
上田はその場の五名に背を向けると、車へと走る。金堂は、中尉に続け! と命令を発し、上着を脱ぐと弾丸が飛び交う道路へと進み出た。
虚ろな目のまま襲い来る男達に、人見は三発ずつ丁寧に弾丸を撃ち込み集団への距離を詰める。五十メートルほどに近づいた時、数十の銃口が一斉に人見を捉える。右足を踏ん張って速度を殺した人見は、ビル陰に滑り込んだ。一瞬の後、一つの轟音が轟き、人見が居た地点を同時に数十発の弾丸が襲った。
「ゾンビ共をコントロールしてやがるな。あのプラモデルが!」
吐き捨てると同時に、人見は路地の奥にあるビルの非常口へと走り、ノブに銃弾を浴びせた。
取れてしまったドアノブを蹴り飛ばし、開いた穴に指を突っ込むと、強引に鉄の扉をこじ開ける。
暗い廊下に踊り込み、ガラス張りのビル正面へ抜ける。
集団の横へ出たことを確認し、金堂達を道路の向かい側右手に見つけると、自動ドアに走りこみながらガラスに銃弾を浴びせる。粉々のガラスと共に玄関から転げ出た人見に、無表情な暴徒は一斉に銃口を向けた。
「十字砲火だ! 中尉!」
がら空きの左側面を道に出た金堂達のマシンガンが一斉に銃撃する。
瞬時に体勢を立て直した人見が正面、更に左後続へとマシンガンの弾を雨のように降らせた。
弾が切れたマシンガンを捨てて、素早く拳銃を抜き顔の正面に向けた時、人見の前に立っている人間は居なくなっていた。その耳に聞こえるのは倒れたもの達の呻き声と、自分の息使いだけになる。
人見はゆっくりと腕の緊張を解いて、銃を下ろすと、更に左手奥へと視線を向けた。
そこには、目を路面に落とし、ゴワゴワの黒髪を風に靡かせている少女が立っている。白い街灯の光を後ろから受けピンク色のジャージの輪郭を仄かに輝かせた痩せた少女は、無言のままで一歩ずつ人見に迫る。




