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モンスターズ 5

 春野は明署の受付で怒鳴っていた。


「誰か居ないの、ちょっとってば! お伺いしたいことがあるんですが!」


 ようやく扉が開き、出てきたのは憔悴しきった顔の中年婦警だった。


「なんですか? 誰も居ないんですよ。手一杯なんです! あら、あんた」


 いきなり怒鳴られた春野は暫く黙っていたが、突然首を振るとまた喚く。


「人見って人に用があるんですよ! なんとか居場所を教えて下さい」

「あのねえ、あんただって外、見てきたんでしょう? 警官だって何人も殺されてるかもしれないのに、女一人でどこへ行くっていうんです。もうここに居なさい」


 確かに、と春野も思った。道すがらも、包丁で刺しあってる男達や道端で髪の毛を引っ張り合ってる高校生くらいの女の子まで目にしたことは確かだ。 そしてあの少女が言っていたことが確かなら、これは訳のわからない存在によって、意図的に引き起こされている事態なんだろう。市の全域が最終的に内戦状態になってゆくだろうことも容易に想像できた。


「だから行くのよ」

「いいから、ここに――」

「うるさいわね! 行くったら行くの。行かないとこの事態は止まらないのよ!」


 婦警は長い息を吐いた。


「副本部長、いや、人見警部の居場所はわからないわ。夕方出たきりここには戻って無い。はっきり言って、あの人は警察組織の外で動いてる公安の人間だからね。携帯もネットも設備か何か、壊されてて使えないし」

「え?」


 春野は慌てて自分の携帯を取り出し、圏外表示をみて、あっと声を上げた。


「でも、うちの署から消えた警察官が――あいつも公安だったんだろうけど――不自然なまでに通ってた店ならわかるわ。わたし達だってそのくらいは掴んでる」

「フラン、ね」


 婦警は眉を上げて驚いた顔をわざと作った。


「へえ、あんたも伊達に記者やってないね」

「偶然よ、ありがとう」


 駆け出そうとする春野を婦警は呼び止めた。


「これ、着け行きなさい」


 投げ渡されたのは重い防弾ベストだった。


「刃物もかなりの確率で防げる。なんだかわからないけど死ぬんじゃないわよ!」


 春野は礼を言うと、玄関へ向かって走った。その後姿を見送ると、婦警は次々と仲間から届く悲鳴に吸い寄せられるように、無線室へと消えた。


 フランへの道順はどうだっただろう? と春野は焦った。国崎が居れば、と心細さが蘇る。防弾ベストの重さは少しだけ頼もしかったが、暴漢が道を塞いだ時を思うと眩暈を起こしそうになる。しかし、程なく見覚えのある角地のガススタンドを見つけホッとする。

 少し走ると、ヘッドライトが『フラン』の看板を浮かび上がらせた。車の無い駐車場に停めると、春野は店の玄関ドアを叩く。


「すいません。誰か居ませんか? 誰かあ」


 ドアを叩き続けるが反応は無かった。春野は諦めて店の裏に周りこむ。駐車場の奥にドアを見つけ叩いてみたがやはり反応は無かった。だが、ノブを回すとそれはあっけなく開いた。


「ごめんください……」


 恐る恐る暗い廊下を進むと、そこは降り階段になっていて、その奥には扉が見える。春野はゆっくりと階段を降り、その扉も開けてみた。

 中はコンクリートの壁面と机と椅子があるだけだった。学校の教室にでも掛かっていそうなそっけない壁掛け時計が時を刻んでいる。その時、外からエンジンを始動する音が聞こえた。春野は急いで階段を登ると道まで走る。

 走り去る車には二人乗っているのが見えた。助手席には大きな帽子の小柄な女性、そして運転席の大柄な男は特徴あるスポーツ刈りにしていた。あの四角頭は鞍馬、いや金堂だ! と春野は急いでピンキーのエンジンに火を入れる。


 丁度ガススタンドで二人の車が曲がったのを見て、春野は呟く。


「甘いわね。こっちも追跡ならプロなんだから」


 ハンドルを抱えて顔を突き出しながら、春野は十字路を曲がる。だが、そこにはヘッドライトをこちらに向けたあの車が止まっていた。慌ててブレーキを踏み、車を止めると、銃を構えた黒いコートの女が歩いて来るのが見えた。


「誰? 車降りな」


 春野は舌打ちしながら、車を降りた。


「なんか用? あんた春野だね」

「そうよ」

「金堂。派手顔のお姉さんが用事だって」


 人見は笑いながら金堂を呼ぶ。金堂が車を降りると小さな車がぐらりと揺れた。


「春野さーん。まだ帰ってなかったの? 危ないよ? 防弾チョッキは良い判断だけど」


 後頭部を掻きながら金堂は照れたような笑顔を作る。


「高速がもう通行止めで……。いや、それより」

「じゃあなに? 自称ジャーナリスト」

「自称じゃないわよ! ちゃんと報道に携わってます」

「ほんと? 国崎といちゃいちゃしてただけじゃないの? ずっとロビーで待ってたし、彼のことをさ」


 風が変わり、人見の匂いを春野の鼻に届けた。硝煙とコロンの匂いに混ざり、血の匂いが春野の鼻腔を刺激する。反射的に顔を顰めると、人見の態度が急変した。


「なんだそのツラぁ? 調子にのってっとぶっ殺されれるぞコラ」


 素早く銃口が春野の左胸を捉える。金堂が慌ててまあまあと人見を宥めた。


「で? 春野さんなんの用?」

「ちょっとあんたに見てもらいたいものがあるの」


 春野は銃を向けられたのを無視して。ピンキーの後ろに回った。


「余計な真似したら頭すっとばずぞ」

「煩いわね。私だって命がげで運んでるのよ。さっさとこっち来てよ」


 人見は、苦笑いする金堂の腕を拳で殴ると、渋々春野に続く。


 春野は無言のままでズルズルと槍を引き出し、穂先の鞘をはずす。


「なにこれ? 骨董品の鑑定なんか出来ないけど?」

「それはこっちのセリフ」

「やっぱりお前も、おかしくなってやがんな? これで何人殺した?」

「違う。これは満与さんの血……らしいわ」

「なんで原田満与が、こんなに血ぃ出してんだよ」

「赤城の里の職員の斉藤さんが、これで満与さんを殺したらしい」

「ヘー。やるもんだね。まあこの一時間、殺人なんか珍しくも無いけどさ」

「それで……なんていったらいいかなな? つまり、美月的なものが現れたのよ」


 腰に片手を当て笑っていた金堂の表情が無くなり、人見も口を開けて動きを止めた。


「……格好は? 服装とか、覚えてる? なんで美月だとわかった?」


 溜め込んだ息を吐くように、人見の声は不自然に上ずった。


「ピンクのジャージよ。昨日琴美さんが着せたっていう。それに白銀の髪と同じ色の眉や睫毛。エメラルド色の瞳だったけど……まあ本人が色々言ってて」


 また口を開けて目を丸くする人見に、春野はいい加減にして、と言い放ち先を続けた。


「斉藤さんは暴漢にやられたらしくて、私、助けようとしてた。そうしたら、突然その子が現れて――昨日金堂さんに食事を誘われた時、店に行く前にも見たんだけど、あと……」

「え? あの時?」


 金堂も目を見開く。


「そうよ、店であの子のこと聞いたじゃない? それで急いで戻ってみたの。今思えばあれって事故現場だったんじゃないかと。――いえそんなことはどうでもいい」

「いや、どうでもよくは無いわ。あたしなんか一回も直じゃ見たこと無いもの」

「そう。でも、その子が言うには、この槍で美月を殺して欲しいって」

「そう言ったの? 美月が美月を殺せって?」

「ええ。データがどうとか、あの子は無敵じゃないとか、この槍に付いた血がブログラムにエラーを起こすとかで……でも最終的な判断はあんたがするから、槍を渡せって。それだけ言うと居なく――」


 金堂が車に走り、コール音の鳴る衛星端末を取った。


「金堂です。え? わかった。すぐ救援に。――人見さん、大尉が危ない! 市役所へ」


 人見は二台の車を素早く見ると、金堂を指でカローラに乗るよう指示し、春野をクラウンの後部座席に押し込んだ。


「ちょっと! 何するのよ?」

「急ぎだ、車借りるよ」


 そういうと、人見はアクセルを煽ってパワースライドさせ、一瞬で百八十度方向を変えた。


「伯父さんの車なのよ! 乱暴にしないで」


 春野の懇願に高笑いを返した人見は、猛烈なスピードで市役所へと向かった。


「あんたの言うことは、まあ、嘘にしちゃお粗末過ぎるから、本心だってのはわかる」

「そう。有難がるのが正解かしら?」

「でも、そんなもんあたしは使わないよ。銃があるからね」

「そう言うと思った」

「その、オバケは他に、何か言ってた?」

 いや、と言いながら春野は口ごもった。他人の恥部を次々に口にしたアレの言葉があればこそ、自分は今こうして人見に会っているのだと思いなおし、そのことをぶちまけてしまおうかとも思った。だが、今、人見とこの槍は出会っている。この人が信じようが信じまいが役割はここまでなのだろうと結論する。


「湿っぽい言い方だけど……」

「あ? 聞こえねえよ」

「やぼったい! かも! しれないけどぉ!」

「うっさいわね!」

「あの子はなんか悲しそうだったわ。あれは、死んじゃった双子の片方、瞳ちゃんなんじゃないかって」

「あたしの苗字と同じか……いいさ、もう、こうなったらなんでもアリだ」

「そうね。信じられないかもしれないけど、この槍で満与さんが殺されたのも多分確か。これを運んできた斉藤さんも死んだし、あなたなんかに一生、二度と会いたくない私も、こんな状況の中、あなたの所へわざわざこれを運んだってことも事実よ。――それに」

「それに?」

「あなたを友達だとか言ってた……よくわからないけど」


 暫く黙っていた人見は、突然後ろを振り向くと「わかったよ」と吐き捨てる。

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