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レジスター 1

 国崎は、ミニバンの中で、突き上げられるような振動を伴った爆発音を聞いた。

 二人の男は車外に去り、残ったのは運転席に居る男だけだったが、逃げるのは無理だろう、ならば今はじっとしていよう、と自分に言い聞かせる。

 

 不意に昨夜の琴美の顔が浮かぶ。優しく肩を抱いて寄り添ってくれたあのぬくもりが肩に蘇る。また何時か、あんな時を送れる日が来る確率が極めて低いだろうと、絶望する。


「おかしい、こんなこと。絶対におかしい」

「え? なんか言ったか?」

「いいえ」


 運転席の男が顔を前に向けると、ラジオからそれまで流れていた音楽が止まり、固いアナウンサーの声がそれに変わった。


『臨時ニュースをお伝えします。明市に明神川はん濫警戒情報が発令されました。指定区域にお住まいの方は、自治体の指示に従ってください、繰り返しお伝えします――』


 運転手は、それを聞くと無線マイクを取り上げる。

「指揮より連絡。災害情報が出た、情報を取れ」


 アナウンサーは更に続ける。


『なお明市へ向かう国道一四五号上谷橋は通行止め。榊峠は崖崩れの復旧作業を中断しております。また、JRも運休を予定しております、なるべく外出を控え――』


「やべえ……」


 思わず口を突く運転手の言葉に国崎も頷く。国道もJRも止まってしまえば明市は陸の孤島となる。同じように橋で繋がる高速のランプもいつ通行止めになってもおかしくはなかった。

 残るのは南の細い峠だけだが、こんな状況では多分止まっているのだろう。新山は無事だろうかとふと思い、人のことなど考えている場合か、と苦笑する。そこへあの二人が駆け込んできて、上田と呼ばれていた小太りが。肩の雨粒を払いながら言う。


「あー、自然には勝てないな。アジトは危険区域外だ。取りあえず戻るぞ。後のことは状況を見て判断する。出せ」


 国崎の乗った車を先頭に、三台のミニバンが列を作る。激しさを増す豪雨の中、車通りの少なくなっている道を電車のように連なって猛進する。

 気持ち悪い雨ですね、と金堂が呟く。

「本当に、シャワーみたいに降り続くな」


 ダルマのような体型を更に丸くして窓の外を見ていた上田は、ふいに向き直る。


「で、国崎君」


 上田は膝に肘をついて上半身を乗り出し、静かに語りかけてくる。


「君には、最後にはこのことを忘れて頂くことと、もう一つお願いしたいことがある」

「琴美ちゃんのことですか?」

「うんうん! そうだ。見ての通り、我々はいわゆる警察とは少し違う行動原理を持っている。だが、社会にとって良くないものを排除し市民の安全を守る、という目的は同じだ。だが、まあ、君には辛いことかもしれんが、土居琴美はやはり、我々ではなく、警察に保護されるべきだと思う。率直に言ってな」

「はい……」

「勿論、明確な証拠があるわけでも無い。今あるのは辻褄の合わない証言と不可解な事実だけなようだから、他に犯人が居るということもあり得るわけだ」

「そうなんですね。良くわからないですけど」


 それまで背もたれに体を預けていた金堂も、身を乗り出して目を細める。


「そんなに深刻な顔しないで、ね? ほら、人見さんに会ったでしょう?」

「はい、警察署で」

「俺友達なんですよ。だから、国崎さんがとっ捕まるなんてこと無いから。事情は……わかってるからあの人。たぶん」

「新山さんから、いや相模さんでしたか――聞きました。あの人も同じ組織の人なんでしょう」


 小太りは頷く。


「ここは我々を信用してもらって、一緒にこの変な事件を終わらせましょう、国崎君。いや、信じろなんてのはムシが良すぎるな。ただ、最終的な利害は一致しているはずなんだ。彼女自身がどうにかなるのは怖いが、彼女が他人を害するーーそのように見えてしまう、ってのも含めてーーのはもっと恐ろしい。そうでしょ?」


 国崎は小太りの真剣な表情と、にやけた金堂の顔を交互に見てから一回だけ頷いた。


「流石、男だ。ねえ上田さん」

 金堂は上田に笑顔を向ける。上田もそれに頷く。

「では、国崎君。以後は人見警部の指示に従ってください。よろしくお願いしますよ」


 そう言ったきり、二人は腕を組んで背もたれに背中を預け、一言も発しなくなった。

 車はやがて、赤十字病院の裏手駐車場の隅に止まる。金堂は無言でスライドドアを開け、手で出るようにと促した。前に止まる黒いセダンの中には、ロリポップを咥えた少女のような人見の笑顔が見える。彼女は親指で後部座席を指す。国崎は言うとおりに座席へ滑り込む。ミニバンは荒い排気音を撒き散らしながら去って行った。


「怖くなかったあ?」

 甲高い声は、唐突にそう言った。

「怖かったです。けど……あの」

「あ、いいのよ。あたしもあいつらの――えーっと……仲間? だから。でも他のが居るとこでは言っちゃだめだよー。金堂が殺しに来るから。居たでしょ? あのゴリラみたいな奴」


 運転席にめり込んでいるかのような座高で、軽快に車を走らせながら彼女は嬉しそうに笑い声を上げる。

 バックミラーの中で彼女の顔が一瞬だけヘッドライトで照らし出された。口の周りだけの笑いに残忍な光を放つ目が、福笑いのようにまるで無関係くっ付いている顔に、彼は背筋を凍らせた。

「聞いてもいいですか?」

「あ、うん。いいよー」

「俺は、どうなるんです? 金堂さんや偉そうな中年の人は希望があるようなことを言ってたんですけど」

「ああー。それは、リップサービスってやつだね。ざあんねん!」

「もうどうにもならないんですね」

「そうね。真実とかもうめんどくさいし。やってるのだいたいあたしだし」


 その顔が再び照らし出される。人見は笑っていた。その根の深い残忍さが無秩序に表出した、可愛らしさなど微塵もない老いた笑顔が、国崎の目に刺さり込んでくる。

 萎え切ってしまった彼の心に「怒り」の火が小さく灯り、見る間に大きく燃え盛ると、胃袋をかき回して何かを掴み上げた。


 ――くびり殺せ!


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