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マリオネット 5

 春野と国崎が押し込められた部屋は、頑丈なガラスケースが所狭しと並べられた十二畳ほどの部屋だった。

 春野は照明が点いた明るいケースの一つに歩み寄り、中を覗く。そこには怪しい光を放つ刀や槍の穂先などが納められている。 ショールームってことか、と納得した。多分ここには親分とか呼ばれる人達やこういう物が好きな金持ちなどがやって来て、男の象徴たる刀をやり取りするのだろう。


 クダラナイと心の底から思う。今更こんなものがなんの役に立つのか。力いっぱい振り回したしたところで、拳銃を持った子供にだってやられてしまうだろうに、と。


 ビニール張りの椅子を国崎が引きずって、どうぞと勧める。

 そもそもこんな奴に付き合ったのがいけなかったのだと彼を睨みかけて、止めた。最低人間を演じるエネルギーも、残っていない。


 そう惜しい命でも無いという思いは確実に自分の中にある。

 生きていたところで、自分を見てくれる人、自分を受け入れてくれる場に出会えるとも思えない。


――だから、もういいじゃない。どうなっても。


こんな自分のネガな部分が、役に立つ瞬間がこようとはおもってもみなかった、とほんの少しだけ表情を崩す。


「あの人、一体何者なんでしょう?」


 同じく放心して、壁をぼんやりと見ながら国崎がぼそりと言う。


「さあ。悪徳警官ってやつかな」

「そうですね。まんまと騙されましたね」


 それだけ言うと国崎も黙った。

 何故か沈黙が心地よかった。そういえば朝から人に会ってばかりだったものな、と春野は満与に会ってからのことを思い出す。

 施設を出て警察に向かい国崎に会って琴美を探しまわり、そして新山と出会った。


 豪雨の中を、新山に乗せられて、聞き込みに付き合い、アパートからギリギリで逃れ、そしてこのザマだ。ニュースネタとしては最高だが書き手が主人公で、しかも風前の灯では、ページを記事で飾ることは叶わないだろう。


 ふふっと笑いが毀れる。国崎は怪訝な表情をしてその顔を覗き見た。


「どうしました?」

「いや、最高のネタを手に入れたなって」

「なるほどね」


 彼も笑い始めた。すると、鍵が開く音がして真顔の新山が素早く部屋に踊りこんで来る。


「どうした? なんか面白いことあったか?」


 さっきとはまるで違う、聞き知った新山の声だった。それきり口を噤んだ新山は、ポケットからガムテープを取り出し、通風孔を目張りしだした。


「なにやってるんだあんた!」


 立ち上がってそれを制止しようと向かう国崎に新山はポケットからもう一つテープを取り出し放り投げた。


「あっちの通風孔も塞げ。催涙ガスを仕掛けてきた」


 春野が立ち上がり質問をしようとするが、それより早く新山が喋りだす。


「ありゃ芝居だよ。俺はここに潜伏して内情を探ってたんだ。わかるよな、スパイだよ」

「もう! 何が本当なの! で、催涙ガスでどうするの?」


 新山は素早く腕時計を見て、後十分で突入部隊が来る、と鋭く言った。聞き耳を立てていた国崎の手が素早く動きだす。


「春野さん。内側からは鍵かけても意味が無い。椅子でドアを固定してくれ。後これを下の隙間に。静かにやれよ」


 新山はコートを脱ぐと春野に投げる。慌てて転びそうになりながら、春野は椅子をドアに運んだ。


 作業が終わると、新山は拳銃を抜きチェックした。それを見て春野も武器になりそうなものを探すが、頑丈なケースから刀は取り出せそうになかった。


「君らはいいよ。間違って俺を切られでもしたらことだからな」


 そんなことは、と春野が新山に顔を向けるが、肩に手を掛けられてまた振り向く。


「春野さんは後ろに」


 国崎の真剣な顔がそこにあった。春野は会ってから初めて国崎に男を感じ、素直に背中に隠れる。新山は時計を確認し、二人をドアの左側、蝶番の後ろの壁へと引っ張った。


「後二分で始まる。突入部隊は東京からさっき着いたばかりだから、君らの顔を知らんのが殆どだろう。混乱の中で弾を食らいたく無ければ絶対に俺から離れるな。いいか?」


 頷く二人にハンカチを渡し、口を塞げとゼスチャーする。分厚いコンクリートの壁と重いドアは、外からの音を遮断してその様子が伝わりにくい。三人は息を殺し、心臓の鼓動だけを聞いて時を待った。

 ゆっくりと新山の左腕が上がり、腕時計を顔に近づける。やがて、囁くような声でカウントダウンを始めた。

「後十秒……五、四、三、二、一……」

 シャンパンのコルクを抜くような音が二回すると、足音や怒声が聞こえてくる。部屋の前を駆け抜ける足音がする度、新山の背中がびくりと動く。そして唐突に地下全体を揺らすような爆発音がして、小気味の良い銃撃の音が遠くから響いた。


「騎兵隊だ」


 新山は野獣のような濃厚な笑顔でそう言った。

 大勢の足音と銃声と悲鳴が、微かにドアの外から聞こえる状態に三人が慣れて来た頃、足音が部屋の前で止まった。乱暴にドアを開けようとノブを押し引きするが、椅子がつっかえて空かない。にわかに緊張する三人に怒声が浴びせられる。

「なにやってんだ新山! 二人をさっさと引っ張ってこい」


 新山は懐から警棒を取り出しすと、タイミングを計って椅子を蹴り飛ばし、ノブを回す。思い切りの体当たりでドアを開こうとした男は、部屋の床に転げた。目が開かず咳き込んでいる男に馬乗りになった新山の警棒の先端が、静かに男の喉に当てられた。男の手から離れた拳銃を国崎が慌てて拾う。


「手を頭の上に。静かにしてろよ。喉仏は折りたくねえだろ神田」

「新山、テメエ!」

「まあ、悪く思うな。俺もこれで飯食ってるんだ」

「あいつらは何者だ! マシンガンぶっ放してるぞ! てめえもグルか!」

「うるっせえなあ、お前は」


 それだけ言うと、新山はポケットから注射器のようなものを取り出し、神田と呼ばれたその男の肩にあてがった。すると汚い言葉を吐いていた口が急に動かなくなり、体から力が抜ける。


「なにしたの?」

「うるさいと余計なのが来るからな。寝てもらったんだ」

「そう、なの……」


 外の喧騒が嘘のように、部屋の中には不気味な静けさが流れた。急いで椅子をドアノブに噛ませていた国崎は、拳銃を新山に渡し、少しも動かない神田を見下ろしている。奪い取った拳銃の弾倉を抜き確認していた新山が、勢い良くそれを拳銃に戻す。


「どうしたお二人さん。もうちょいで外もカタが付くぞ。そうしたらもう安全だ」

「安全? ……あなた達なんなの? この人、生きてるの? 息してないんじゃないの!」


 春野は鋭い視線を新山に向けた。新山はその震える眼球をちらりと見ると後頭部に左手をまわし、ふっと鼻から息を抜く。


「まあ、色々相談しないとならないことがあるのは確かだ。でもな、春野さん。あんたにはもう関係の無いことだ。忘れるのが最善。『エクリプス』、知ってるだろ? あんたなら」


 春野の視線がにわかに泳ぎ出し、右足を半歩後ろに引く。


「エクリ……。何言ってるの、そんな組織、ただの噂でしょ。あなたが”盾”だとでも言いたいの? じゃあ……じゃあ、あたしの彼氏は、はぁ! ハリウッドスターよ!」

「だからさ、春野さん。あんたは絡まないほうが良い。黙っててくれりゃ問題は無いんだからな。手を引いて東京に帰れよ」

「そんな子供だましの脅しなんか効かないわよ。今更手ぶらで帰れっての? 誰が美月ちゃんを殺したのか、清子さんは。そして、こっ! 琴美ちゃんを――」

「ああもう嬢ちゃん、泣くなよ、せっかくの美形が――」


 外にブザーが鳴り響き、新山は言葉を切る。続けて作戦終了という野太い声が館内放送用のスピーカーから流れた。


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