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マリオネット 1

 新山の自家用ワンボックスは、ゆっくりと踏み切りを渡り駅の北地区へと進んでゆく。

 奥田はじれったそうに舌打ちする。


「追跡、ばれませんかね」

「ばれても良いんだよ。いや、もうばれてるだろ」

「いや、だめでしょ。それじゃあ、そもそも意味がない」

「そりゃそうかもしれんな!」

「ミント苦手なんですけど?」

「どうしてー?」


 笑いながらミントキャンディーを噛み砕く高見沢を不機嫌に一瞥すると、奥田はワイパーの回転を上げた。


「大雨洪水警報出てましたよね。大丈夫かな」

「さあな。明神川にでも聞いてみてくれ」

「もう……やる気ないなあ」


 ワンボックスはゆるゆると住宅地を走り続け、やがて小さなアパートの駐車場へ止まった。奥田は駐車場前を通り抜けると、車を左の建物影に寄せ止める。


「意味ありげな場所だ。案外上手く行ってるかも?」

「言うが易しってやつだ」

「使い方、違いますよ、それ。――行きますか? 待ちますか?」

「ちょっと待ってろ。俺が見てくる」


 高見沢はコンビニで買ったビニール傘を差し、ズボンのポケットに手を突っ込んで通りすがりを装う。バックミラーを凝視していた奥田の筋肉が振るえ、全身を揺らした。

 ミラーの中で高見沢がブロック塀に張りついている。

 そして駐車場を覗くとすぐにこちらに駆け出した。ドアを開けるなりついて来いと言う。奥田も傘を指し小走りに高見沢を追った。


「どうしました?」

「国崎、春野の声が聞こえた。姿は見えなかったが、当たりだ」

「なんでだろう。あの三人に繋がりが?」

「そんなこと知るか」

「マンション翼か。……新山の自宅じゃないしなあ」

「とにかく新山が何かに絡んでるなら二人が危険だ。逆もっとやばいが。警部に連絡しろ」


 慌てて携帯を取り出す奥田に構わず、高見沢はマンションへと向かう。


「ちょっと待ってくださいよ!」


 奥田が後を追おうとすると、手振りでそれを押しとどめられる。


『一人づつだ』


 ジェスチャーで伝えて来る高見沢に奥田は電話をしながら頷いた。

 人見の了解を取った後、タイミングを計ってゆっくりと駐車場を斜めに横切る。

 郵便受けを見ていた高見沢は右側を指さす。玄関から両方に四件が並ぶ部屋割りを見て、二人は左右に分かれ表札を確認しはじめた。

 一階に怪しい部屋は無く、玄関正面のエレベータで二階に上がり調べると、北側隅の部屋にだけ表札が無かった。高見沢は奥田の耳に囁く。


「この上はオーナーしか住んでなさそうだ。ここだろう。はっあ!」


 声を上げる高見沢に驚き、奥田も反射的に慌てて振り返る。 

 そこには薄笑いを浮かべ、腰に左手を添えた、めちゃくちゃなメイクの女が悠然と立っていた。


 ピエロのように口の周りを口紅で真っ赤に塗り、右目は額から頬にかけて大きく真っ黒な逆三角形の中に有った。そして左頬はチークでピンク色に塗りつぶされている。

 息を呑む二人を前に、獲物を食いちぎった猛獣のような真っ赤な口が徐々に割れ、白い歯が零れる。


「土居! 琴美だな!」


 奥田は弾けるように叫び、拳銃を構える。

 だがその声は自分の耳には届かない。まるでプールに飛び込んだようにあらゆる音が遮断され、視界が不鮮明になる。高見沢らしき人影が前に立ちはだかるのが辛うじて感じられる。


――動くな! ――もう諦めろ! ――一緒に来てもらう!


 何度も叫ぶが口が動くばかりだった。視界が歪み、遂には自分の手さえその在り処がわからなくなる。


――あ、もしかして俺、死んだ?


 そう思った瞬間、すべては元に戻った。琴美らしき女は消え、手から拳銃が滑り落ちる。そして、視線の先に高見沢がうずくまっていた。


 時間が切り取られた不可解さで奥田は混乱する。目を硬く瞑り首を振ってみるが肩を押さえ呻き声を上げる高見沢は消えず、土居琴美の姿が再び現れることも無かった。


「痛てえなバカ野郎!」


 高見沢の叫びでやっと我を取り戻した奥田は、やっと足を前に運びしゃがみ込む。


「大丈夫ですか? ――俺が、撃ったんですか?」

「他に誰が居るんだよ!」


 すると背後で非常用の鉄階段を駆け下りる音がし、奥田は振り返った。そこには驚いた表情の新山が銃を持って立っていた。


「新山さん! ちょっと待ってください」

「お前ら、何でこんな所で発砲した!」

「土居琴美が……居たんだ。まさか、あんたあいつと一緒だったのか?」


 油汗を浮かべながら体を起こした高見沢が言うと、新山は明らかに狼狽し銃を向ける。


「そんな訳あるか! お前らの策略になんぞ乗らん。犯人を挙げられないからって俺に罪を着せようってか! 若造どもめ!」


 次第に狂気の色を孕んでゆくその声に奥田は危機を感じ、両手を上げた。


「そんなこと思ってませんよ。土居琴美が居たのは確かなんです。そして俺は銃を暴発させたようなんです。今は高見沢さんを病院に運びたい。それだけです」


 騒ぎを聞いた部屋の扉が開き、数名が目だけを出して三人を見ていた。視線にやっと気がついた新山は銃を仕舞うと、無言で非常階段へ走った。奥田は溜息をつき、高見沢を抱き起こす。


「すいません。琴美の顔を見た途端にボーっとして。自分が何をしてたのかも……」

「全く危なかったぜ。避けてなかったらどてっぱらだった」

「なんでこんなことをしたんだろう?」

「お前、俺を嫌いだったのか?」

「冗談言ってる場合ですか。あ、まさかどこかの部屋に!」

「いや、それは無いだろう。ドアの音はしなかった」


 奥田は落とした銃を拾うと、周りに怒鳴り散らした。


「警察です。危険な人物が武装して逃走しています。たとえ若年の女性であっても絶対にドアを開けないように!」


 言い終えると、高見沢を支えながらエレベータで一階に下りる。


「署に連絡してここらを封鎖しろ。俺の怪我は事故だ、気にするな。後で、報告書用の口裏合わせを……」


 奥田は銃を握ったまま携帯で連絡を入れる。


「――はい、マンション翼です。土居琴美と遭遇しました。――はい、国崎、

春野もここで目撃しました。負傷一名……」


 電話を切ると、奥田はマンション玄関ごしの外を睨んだまま壁にもたれ座り込む。


「ほんと、すいませんでした」

「いや、一瞬お前の様子がおかしくなったのはわかった。だが……お前の言うことを事実として受け止めた後、どう説明をつけるか」

「なにかトリックがあるんだとは思います。そういう手だとしたら、辻褄は合って来るんですよね」

「証言は都合の良い幻覚を見せられていた結果ってことになれば……そうか」

「はい、佐久間の有り得ないような証言も、もしかしたら国崎の事故現場の証言も」

「……しかし、土居琴美は、どこにどうやって消えた」

「下、いやもしかしたら上か」

「上?」


 やっとパトカーのサイレンが聞こえ始め、奥田は少し緊張を解く。

 ふいに、黒いセダンが駐車場に入り、玄関を塞ぐように止まった。車とは不釣合いな小さい顔が運転席でぐにゃりと歪み不適な笑いをつくる。

 素早い動きで車を降りる黒ずくめの人見がロリポップを咥え直し、大股で二人に迫った。


「なにやってんの、ブッサイクねえ。痛い? 高見沢さん」

「面目無い。暴発でして。新山達にも逃げられました。ほんと大失態です」

「で? 土居琴美は?」

「例によって消えましたよ、二階から……飛び降りたのか……」

「ふーん、そこすらあやふやか。で、奥田は血を見て卒倒でもしてたの?」

「いや、その。新山に銃を突きつけられて、ですね」

「なんで殺さなかったの」

「そんな……本当に冗談はやめてくださいよ」


 人見は血で汚れた高見沢の肩をしげしげ見ると、ポケットからシガレッポの箱を取り出し、一本取り出すと咥えさせる。


「死なない、大丈夫。……ああ、刑事ドラマみたいだね。かっこいい」


 苦い顔でそれを咥える高見沢を見て、髪を揺らして大笑いする。

 しかし直ぐにその目は鋭さを取り戻した。


「で、土居琴美で間違い無いんでしょうね?」


 それに、本物の煙草のようにパイプを二本指で挟み、煙を吐き出す動作をしながら高見沢が答えた。


「顔は佐久間さんの証言通りめちゃくちゃでしたが、警部。両脛の同じ高さに新しい傷がありましたよ」


 驚いた顔の奥田に高見沢は笑いかけるが、直ぐ痛みで顔を顰める。


「清子の車を道路から落とした時に、車内で足が跳ねて内装にぶつけたか」

「まあ、可能性、ですけどね」

「さすが高見沢さん、プロだね」


 言うと、人見は到着した制服警官に向き直って敬礼する。


「よーし、みんな各階を警戒。おかしなメイクの女が出たら、すぐ本部に連絡。一人で当たるな。なるべく距離を取って警戒しなさい。他の警官を撃たないように。負傷した高見沢を病院へ。諸々よろしく」


 命令を終えると、人見は奥田の袖口をひっぱり管理人室へと向かった。マスターキーを受け取ると二人は二階の北隅部屋へと向かう。


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