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マニピュレーター 4

 壁に並べられたホワイトボードには、各班からの頼りない報告と、手がかり無しを示す空白ばかりが目立っている。人見は腰に手をあててそれを見回すと、困ったわね、と呟いた。ため息交じりで奥田が言う。


「失踪事件、山狩り、地取り、一向に進展無しですね。琴美らしき犯人に至っては、まるで獣みたいだ」


 案外獣かもな、と高見沢がちゃちゃを入れるが、奥田は無視して続ける。


「動機は明々白々。でも、どこに隠れたのやら」

「じゃあ奥田、今後懸念される最悪のシナリオはなに?」

「琴美と思われる人物の更なる凶行。あと、状況に切れたフリのヤクザどもが、市内で公然と正面衝突。といったところでしょうか」

「それは、現在辛うじて押さえられてる、と判断していいでしょう? 高見沢さん」

「そうですね、県警本部からの増援も増えてるし、機動隊も来ますから、時間を稼げれば確率は減ってゆくでしょう。まあ、奴らの対立も表向きだけって噂もあるし」


 聞いていた新山は、近くの椅子をひっぱり背もたれを抱いて座ると、わざとらしく欠伸を一つして口を開く。


「でも、新たな殺しが起こればそんな脆い前提は吹っ飛ぶ。俺はまだおわっちゃいねえと思いますがね。土居琴美の思惑で事が起こっているなら土居の親分だって危ない。原田代議士は、関係が浅そうだし、まあ警備が居るから大丈夫だとしても。嵐の夜は、人間、タガが外れるしねえ」


 人見は顔をホワイトボードに向けたままクスリと笑う。


「それは新山さんの勘だねぇ」

「ええ、そう思ってもらったほうが気は楽だ。なんかを掴んでる訳じゃないですから」

「そうね。――しかし、どうして情報がこんなに少ないのかなあ。雨が降り出したのは悪い材料だけど、さすがにピエロ顔がふらふら歩いてたとしたら、誰かしら見ててもおかしくないよねえ」

「まあ、これだけの人員を使って手がかり無しっていうんだから、土居の命令系統を外れた奴や狂信的な栃姫信者の勢力が絡んでるって線も考えないといかんでしょうな。近所にそういう奴らがいて匿ってるとしたら、この状況、わからなくも無い。だったら、慎重に進めないとヤブヘビになる可能性もあるでしょう。仮にまだ把握できてないそういう組織っぽいもんがあるとしたならばですがね。どうです? 新山さん」


 新山は顔を顰めて首を傾げるだけだった。


「概ね同感。現状でもぎりぎりなのに、三つ巴にでもなったら大変。じゃあどうすればいいと思う? 新山さん」

「んまあ、我々地元の警官なら、地元民は見知った仲だ。何らかの情報が漏れ出すかもしれない。ここは一つこちらに任せて頂けませんか」


 人見は、午後二時四十二分を指す時計に目をやると、その場に居た数十名の捜査員に向き直って、胸を張り、よく通る声を更に張り上げた。


「では、皆さん。組拠点の警備は県警本部からの応援を主体に入れ替えていきます。現場での調整をお願い。明署員は極力、山狩り、地取りへ注力してゆく方向で。ここに居る人も行ける人は各自判断で向かうように」


 書類を放り出してレインコートを着込む者、電話をかける者、ホワイトボードへ向き直る者、銘々が一斉に動き出し、沈滞した本部の雰囲気は無理やりに活性化された。それに負けじと人見の声が更に一段高くなる。


「第一容疑土居琴美は変わらず。でもその他のいかなる可能性も排除しません。同じく清子、美月失踪の方もその生存可能性を考慮してください」


 黒いレインコートに袖を通していた新山の動きが止まった。


「そりゃどういうことです? 人見警部」


 険しい形相で声を殺し、新山は詰め寄ってくる。


「どういうって。言った通りだよ」

「まさか、美月が生きているって? あんただって見ただろう? 報告書にしっかり書いてあるぞ。小学生が、あれだけの血を流して生きてるって……馬鹿な」

「あら、あなた自分で言ったこと忘れたの?」

「俺が? 何を言った」

「井戸から採取した水が、次の日ペットボトルの水に変わるなんて珍しくない。――あなた、そう言ったよ」


 新山は口を閉ざすと、足早に本部を出て行った。その背中を射るような視線で見つめていた人見は立ち上がると、奥田と高見沢を人差し指を鉤にして呼んだ。そのまま二人は人見の後について本部を出、すぐ隣の取調室へと入ってゆく。


 国崎は、と高見沢が口にする。人見は振り返らず、解放した、とだけ言う。


「春野か。いいんですか? どうみたってあいつは」

「いいと思う。結局は帰って来るだろうし」

「自分で?」

「それはちょっと違うかもだけど」


 そして人見は振り返る。


「新山を追え」

「え? にい……」


 奥田は大声で言いかけて口を噤み、小声で言い直す。


「新山さんが、何かしでかしたんですか」

「勘よ」


 ――この状態を楽しんでいやがる。


 人見の丸い顔に、影のある冷たい微笑みを見た奥田は、唐突に激しい嫌悪感が腹の底から沸きあがるのを感じた。

 だかそれと同時に好奇心と高揚感も確かに感じ始めていた。

 真相に近づいた感覚と、人見の読みが外れだった時にほくそ笑む自分や、すべてが人見の読みどおりに解決を見た時の爽快感を想像している自分に驚きもした。これが警察官というものか、と奥田は気づいたような気がした。


「警部の勘は当たるほうですかね?」


 そう言った高見沢も、目に凶暴な光を走らせ明らかに笑っていた。


「どうかな。でもあんたが原田と土居の関係性を口にしたとき、奴は明らかに動揺してた。その後のお芝居には感心したわ。さすがベテランね。――もう少しで管理官が到着するから、私も後で合流するわ。わかってると思うけどしくじったら先が見えなくなるわよ。慎重にね」


 高見沢と奥田は、短く返答すると玄関ロビーへ駆け出した。


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